「国連とビジネス」概論(8)マーケティング:その進化が投げかける可能性

豊島美弥子
2015年3月15日

「難民キャンプにあかりを届けよう」(巻末1) ー 今年1月にIKEAが出したプレスリリースが記憶に残っている方もいらっしゃるのではないかと思います。これは、消費者がIKEAでLED電球1個を買うごとに、難民キャンプの照明整備支援のため、IKEAグループの慈善財団がUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)に1ユーロを寄付するという期間限定のキャンペーンを周知するものでした。 このように、ビジネス活動と国連の活動を直接連携させようとする取組は、私たちの消費の場面でも多くみられるようになりました。そこで本稿では、「国連とビジネス」を、「マーケティング」という視点から考えてみます。 マーケティングの定義は種々ありますが、ここでは「顧客との有益な関係を構築することを目的とした企業活動全般」(巻末2)という考え方を基本にします。社会の変化や技術革新に伴い、マーケティングのあり方も常に変化しています。(巻末3)この変化が「国連とビジネス」に投げかける可能性について考えてみよう、というのが本稿の狙いです。

1.CSR(Corporate Social Responsibility)からCSV(Creating Shared Value)へ

最初に、以前の概論(6)(巻末4)で前川さんがまとめられていることを、少しおさらいしたいと思います。詳しくはぜひ、概論(6)をお読みください。

  • 企業の社会的責任(CSR)には経済、社会、環境の3つの側面(「トリプルボトムライン」(巻末5)と総称される)があり、企業は慈善活動に限らず、本業(自社事業の過程と結果の両方)においてCSRを全うすることが求められている。
  • CSRを全うするためには、トリプルボトムラインのそれぞれの側面に存在するステークホルダー(利害関係者)を特定し、その要請を把握し応えていくという姿勢、つまり「ステークホルダーエンゲージメント」が重要になる。
  • 「外部の要請に『応える』」CSRに対して、CSVは「社会にポジティブな影響を与える新たな価値(商品、市場、製造・流通行程、人材開発など)創造することにより『自社の競争力を高める』」戦略的概念。

いま、大きな流れはCSRからCSVへと動いています。そもそも企業は競争のなかで経済的な利益を獲得し続けなければ存続できない組織です。CSVのほうが、よりその存在に適した「社会的責任」の果たし方、といえると思います。そして、前川さんも言及されていますが、CSVにおいてもステークホルダーエンゲージメントは非常に重要です。企業が生み出した「新しい価値」が、ステークホルダーにとって「良い」価値であって初めて競争力が強化されるからです。

2.マーケティング進化論 ~ マーケティング3.0

トリプルボトムラインや各ステークホルダーを意識して事業を進めることが求められるCSR/CSVが注目を集める流れは、マーケティングの世界にも現れています。代表例として、フィリップ・コトラーが2010年に提唱した「マーケティング3.0」(巻末6)が挙げられます。コトラーは、マーケティングの概念が進化していることを指摘し、その段階をマーケティング1.0、2.0、3.0と分類して、それぞれを以下のように定義しています:

  • マーケティング1.0:マーケティングが「4P(Product=商品・サービスの開発、Promotion=情報伝達・販売促進活動、Place=流通、Price=価格設定)」に集約される製品中心主義のマーケティング
  • マーケティング2.0:マーケティング1.0から視点を顧客に移し、商品を差別化し、ターゲットとなる顧客の満足度を高めてリピーターを増やすことを追究する
  • マーケティング3.0:マーケティング2.0を経て、企業が社会に提供する「価値」に注目する

現在はマーケティング3.0の時代に入っているとするのが、コトラーの主張です。 コトラーによればこのマーケティング3.0は、具体的には以下の3つのマーケティングの融合によって構成されます。

  1. 協働マーケティング
    • インターネットの発達は、消費者を情報の受け手から情報の発信者へと変化させました。そうであれば「購入後」の感想だけではなく、「購入前」の段階から消費者の意見を取り入れ、共に商品やサービスを創っていきましょう、という考え方が協働マーケティングです。消費者は単なるお客さんではなく、一緒に価値を創る「パートナー」に位置づけられます。
  2. 文化マーケティング
    • 経済・ビジネスのグローバル化の進展は、グローバル経済を飛躍的に成長させている一方で、経済格差や環境破壊をより悪化させている側面があります。コトラーは経済格差や環境破壊を「文化的課題」と位置づけており、この課題の解決をビジネスモデルの中心に据えることで、消費者や社会に価値を提供しようというコンセプトが文化マーケティングです。
  3. スピリチュアルマーケティング
    • 大量生産・大量消費の時代から世界的な長い不況を経て、人は精神的な価値を再評価し始めています。企業にも金銭的な価値や社会への価値(前述した文化的課題の解決)だけでなく、精神的な価値(その企業が存在する「意味」など)を確立し、人々に発信することが求められるという考え方です。

このマーケティング3.0の成功例として、無印良品の「くらしの良品プロジェクト」(巻末7)が挙げられるのではないかと思います。このプロジェクトでは、消費者の意見を広く募集しながら、新商品の開発や既存商品の改良を行っています(協働マーケティング)。また、全商品に通貫するコンセプトとして「感じの良いくらし」を掲げ、エネルギー負荷と無駄の少ないコンパクトなライフスタイルという価値を提案、創造しています(文化マーケティング)。これらに加えて、自身の事業運営においても産業廃棄物の削減や環境に配慮した資材調達等に積極的に取り組み、積極的に情報発信することで、同業他社とは異なる「存在意義」を社会に訴求しています(スピリチュアルマーケティング)。

3.マーケティング3.0の処方箋

マーケティング3.0は新しい概念を提示するもので、必ずしもそれを実践する具体的な手法を説明しているものではありません。では、具体的な手法としてはどのようなマーケティングが考えられるのでしょうか。ここでは二つの手法を提案したいと思います。

(1) コーズ・マーケティング

「Volvic ‘1L=10L’キャンペーン」(巻末8)。多くの方がご存じだとは思いますが、ミネラルウォーターブランドのボルヴィックが、1リットルの商品売上に対し、10リットルの清潔な水をアフリカに供給するというキャンペーンです。日本では例年7~9月に実施されており、売上の一部がユニセフ・マリ共和国事務所の水と衛生に関する事業に寄付されています。

これは、企業がマーケティング活動を通じて特定の社会的な課題(コーズ)の解決を支援する「コーズ・マーケティング」という手法です。コーズ・マーケティングには、

  • 企業=ブランド価値の向上、販売促進等
  • チャリティ団体=活動資金の獲得、団体/活動の知名度向上等
  • 消費者=消費活動を通じて関心のある社会問題への関与が可能

など、企業、チャリティ団体、そして消費者のすべてにメリットをもたらす可能性があります。ここで注目したいのは、企業とチャリティ団体だけでなく、消費者も主要アクターとしてカウントされていることです。マーケティング3.0で重視される消費者との協働が可能となっています。

また、コーズ・マーケティングは、一般的に「コモディティ化しており競合商品との価格競争、差別化が難しい商品」「生活必需品より嗜好品」でより効果的だと考えられています。(巻末9)これは文化的、精神的な価値を付与することで競合商品より優位に立つことができるからだと考えられます。

一方で、コトラーはこのマーケティング手法の有効性に一定の評価を与えると同時に、単なるPR手段としてみなされている可能性もあるとの警鐘も鳴らしています。また、ある程度の消費者関与には貢献しても、消費者のライフスタイルの変化にまでは繋がっていないとも指摘しています。この辺りが、マーケティング3.0が本当の意味でCSR/CSVを促進する手段となる上での課題となるのではないかと思います。

(2) サステナビリティ・マーケティング

コーズ・マーケティングに比べ、より大局的、経営的視点でマーケティングを再構築する「サステナビリティ・マーケティング」は、2000年代に入って注目を集めている手法です。これは、「持続可能な社会」を目標に、トリプルボトムラインを重視しながら商品・サービスの供給側/受け手側双方の活動(行動)様式を変えていこう、というものです。(巻末10)具体的には以下の6つのプロセスで展開されます。(巻末11)

  1. 社会的・環境的な課題の分析
  2. 消費者行動の分析
  3. 目標設定(どんな新しい価値を提供するのか)
  4. マーケティング戦略立案
  5. 実践(4P等を通じて)
  6. 社会/事業活動/消費者行動の変革

このマーケティングの成功例として、トヨタ自動車のプリウスが挙げられます。(巻末12)

この車の開発は、環境問題の焦点が公害問題から二酸化炭素排出量の増加による地球温暖化へとシフトしたことや、それに伴う消費者意識の変化を分析した結果として始まりました。そしてハイブリット車という新しい価値は、1997年12月、気候変動に関する国連枠組条約に関する第3回目の加盟国会議(COP3)が京都で開かれるタイミングに合わせて発売されます。この戦略的なマーケティングは、同社の売上増に貢献しただけでなく、「環境のトヨタ」というブランドイメージの確立に繋がりました。消費者はいま、車を購入する際に「環境配慮」をひとつの選択肢としています。まさに世界規模で、消費者行動の変革を促したのです。

このように、サステナビリティを企業が果たすべき「責任」ではなく、企業が成長する「機会」ととらえ、戦略的にマーケティング活動に取り組んでいこうとする取組は、少しずつ広がりつつあります。国連グローバル・コンパクトとアクセンチュアが103カ国1000人のCEOに対して実施した調査(2013年)(巻末13)では、実に93%がサステナビリティは自社の将来の成長にとって重要な事項だと回答しています。

4.マーケティング3.0時代と国連

マーケティング3.0時代は、「消費者は『より良い社会』を求めており、その実現に価値をもつ企業に共感するようになっている」ことを前提にしています。その『より良い社会』と人々の日常的な購買・消費活動や企業活動をリンクさせるために、国連はどのような役割を果たすことができるでしょうか。

ここで、ユニリーバの取組と発言に注目したいと思います。ユニリーバは2010年、ユニリーバ・サステナブル・リビング・プラン(USLP)(巻末14)をスタートしました。これは「環境負荷を削減し、社会に良い影響を与えながらビジネスの規模を2倍にする」ことをビジョンとし、原材料調達から消費者の製品使用・廃棄にいたるまでの環境・社会・経済に与える影響について、2020年までに達成する数値目標を設定したものです。同社CEOは、USLPがコスト削減やブランド価値強化を着実に実現していることを報告すると同時に、より大きな変革が必要なこと、たとえば消費者の食生活の改善や気候変動対策については、他社や政府とのパートナーシップなしでは実現しないことを強調しています。(巻末15)つまり、先に紹介したサステナビリティ・マーケティングのゴールのうち、製品開発や資源利用といった自社の変革は一企業の努力で実現しても、社会や消費者行動はドラスティックに変革できるものではないのです。本当の改革を行うには、言うまでもなく、競合他社や異業種、政府、そして市民社会との協働が不可欠となります。その中で国連は、「各社それぞれのマーケティング3.0」を促進するだけではなく、「一社の努力ではどうにもならないところ」を埋める役割が期待されると考えられます。

国際社会の主要アクターや位相スペース、原理について、功刀達朗氏は以下のとおり図示しています。

国連は国際社会において、政府、企業、市民社会といった主要アクター間のパートナーシップを促進し、相互作用を調整し、シナジーを最大限化するにもっと適した位相スペースに位置していると言えます。(巻末16)

では、国連はマーケティングの場において、具体的にどのようにシナジーを創出できるでしょうか。ひとつは、現在も国連グローバル・コンパクト等を中心に行われていることですが、国連がその活動と企業や市民社会とを連携させるプラットフォームを形成し、情報交換や国際的な規範づくり、アドボカシー等をより強く推進することが挙げられるでしょう。また、国連が、小規模ながら意義のある活動を行っているNPO/NGOと企業の連携を促進し、新しい「価値」創出に向けてのインキュベーター的役割を果たすことも考えられます。

近年、開発はもちろん、平和や人権など、国際社会が抱える問題に対して、国連とビジネスセクターの連携の必要性に注目が集まっています。マーケティングの視点をここに組み入れると、この連携を単なる二者のパートナーシップによるwin-win関係の構築に終わらせず、市民・消費者と協働し、新たな価値・文化を創出し、人々の精神的な満足へと結実させる可能性をより大きく広げることができるのではないか、と思います。

(注)

  1. http://www.ikea.com/jp/ja/good-cause-campaign/brighter-lives-for-refugees/index.html
  2. Kotler, P. and G. Armstrong (2004) ‘Principles of markting: 10th ed.’ p.5(筆者和訳)
  3. Belz, F. M. (2006) ‘Marketing in the 21st century’
  4. 国連フォーラム国連とビジネス概論(6)参照
  5. http://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&serial=3735
  6. P. Kotler, Kartajaya, H & Setiawan, I. (2010) ‘Marketing 3.0: From products to customers to the human spirit’
  7. http://www.muji.net/lab/
  8. http://www.kirin.co.jp/products/softdrink/volvic/1lfor10l/index.html
  9. コーズ・マーケティングについてはAdkins, S. (1999) ‘Cause related marketing: who cares who wins’やKotler, P. and N. R. Lee (2005) ‘Corporate social responsibility: doing the most good for your company and your cause’等に詳しい。
  10. Belz, F-M. and K. Peattie (2012) ‘Sustainability marketing: a global perspective: 2nd ed.’
  11. Belz, F-M. (2006) ‘Marketing in the 21st century’(和訳は筆者)
  12. 石川敦夫(2009)「環境的観点からみたプリウスの開発」
  13. http://www.accenture.com/microsites/ungc-ceo-study/Pages/home.aspx
  14. http://www.unilever.co.jp/sustainable-living/uslp/
  15. http://www.unilever.co.jp/sustainable-living/ceo-review/
  16. 日本国際連合学会編(2009)「市民社会と国連」第1章