「国連とビジネス」概論(7)赤道原則:持続可能な金融に向けた取り組み

柴土真季
2014年10月18日

持続可能な開発の為の基準や枠組みには、国際機関によって作られるものだけではなく、民間企業がリーダーシップを発揮し進められているものもある。今回の「国連とビジネス」概論では、世界の主要金融グループが採用する、自主的な環境社会リスクマネジメントの枠組みであるThe Equator Principles(赤道原則:エクエーター原則と呼ばれることもある)を紹介したい。

赤道原則とは

持続可能な開発において、金融機関は国際機関と並んで資金の出し手としての役割が期待されている。だが、金融機関は開発プロジェクトやそのプロジェクトを実施するスポンサーの資金調達を担うわけだが、投融資先を見極める過程に環境社会リスクマネジメントを組み込み、グローバルイッシューの解決にも努めていることをご存知だろうか。

赤道原則は、欧米の民間銀行が中心となり2003年につくられた「行動原則」である。金融機関が一定の規模以上(適用される貸出、融資金額や期間が決められている)のプロジェクトへの融資を行う場合、建設予定地やその周辺の環境及び地域社会への影響やリスクを評価し、改善を要する課題があれば適切な対策を行うことを促し、プロジェクトが終了するまで対策が計画通りに行われるかをモニタリングする枠組みである2014年8月末現在、赤道原則は民間銀行など世界80の金融機関によって採択されており、世界のプロジェクトファイナンス(貸出人が、単独プロジェクトからの収入を債務返済の原資かつ与信の担保として見なして貸出す方法(出所:赤道原則協会ウェブサイト))案件の約7割に採用されるなど、同ファイナンスの「業界基準」として認識されている。赤道原則は自主的な枠組みのため、法的な拘束力はないが、民間銀行が融資判断に採用することで、融資するプロジェクトやそのスポンサーが環境や社会に対する説明責任を果たすよう導く働きを持つ。

さて、赤道原則が適用される銀行取引は、民間企業が実施する大規模な新規のプロジェクトや企業向けの貸出で、例えば発電所、パイプライン、港湾などの設備投資案件や、鉱物や石油ガスなどの資源採掘案件があげられる。

赤道原則を採択する銀行が融資するプロジェクトが赤道原則の適用対象となる場合、そのプロジェクトには、環境・社会リスクや影響の規模や内容に応じて、A(高い)からC(低い)の3つのカテゴリーが与えられ、リスクや影響の大きさに見合った管理体制や計画が策定されているか確認が行われる。例えば、最もリスクが高いと判断されるカテゴリーA案件では、プロジェクトのスポンサーと外部専門家による環境社会アセスメントの実施、プロジェクトの環境社会管理体制の構築、ステークホルダーの苦情処理メカニズムの構築、環境社会アセスメントの一般公開など、多面的な対応が求められる。銀行は、プロジェクトの環境社会アセスメントをもとに、プロジェクト所在国の法令や「国際基準」を満たしているかを確認する。この「国際基準」とは、国際金融公社(IFC)の環境社会配慮基準であるパフォーマンススタンダードと世界銀行の環境・衛生・安全ガイドラインで、確認項目は多岐に渡るが、例えば保護を要する貴重種への影響はないか、地域社会の安全に配慮した内容か、先住民をはじめとする地域住民の土地や資源を不当に搾取するものではないかなどが含まれる。基準を満たしていない項目については、どのように差を縮めるか、アクションプランを策定する。そして、プロジェクトの融資契約書には、スポンサーが環境法令やアクションプランなどを遵守するよう、またその報告を融資する銀行に対し定期的に行うような条項を入れる仕組みもある。

環境と金融

金融機関が、赤道原則のような枠組みを用いた環境社会リスクマネジメントに取り組み出したきっかけのひとつに、アメリカのラブキャナル事件がある。化学メーカーが有害物質を投棄した運河が後日埋め立てられ小学校や住宅地に転換されたことから、子どもや周辺住民に健康被害が発生したもので、この事件をきっかけに、アメリカでは環境汚染の浄化責任を貸し手である銀行を含めた潜在的責任当事者に問うスーパーファンド法が制定された。このため、北米の銀行では、不動産や土地の開発を伴うプロジェクトなどへの融資を行う際、その土地に現在と過去に渡って重大な土壌汚染がなかったか調査が行われている。

一方、開発途上国に関わる国際機関や開発援助機関も、資金を供与したプロジェクトで現地の生態系や地域社会への深刻な影響がみられたことへの反省から、環境社会配慮ガイドラインを整備してきた。例えば世界銀行やアジア開発銀行はセーフガードポリシー、国際協力銀行(JBIC)は「環境社会配慮のための国際協力銀行ガイドライン」、国際協力機構(JICA)は「国際協力機構環境社会配慮ガイドライン」がある。それぞれのガイドラインはNGOや産業界などのステークホルダーによるコンサルテーション作業を経て策定されている。

赤道原則の立ち上げも、環境負荷の高いプロジェクトへの融資に対する抗議活動がトリガーとなった。2000年代に入り、アメリカの民間銀行が融資する中米の石油パイプライン案件への抗議を皮切りに、欧米の環境NGOが新聞やテレビなどのメディアにその銀行に対する批判広告を掲載するキャンペーンを展開。プロジェクトを実施する企業だけではなく、融資する民間銀行の姿勢をも問う動きは欧州にも広まり、レピュテーション・リスクが顕在化した民間銀行は自主的な枠組みをつくり、自ら環境社会リスクマネジメントに取り組むに至ったのである。

Win-winの関係

このように書くと、環境社会リスクマネジメントとして赤道原則のようなツールが活用されるのはレピュテーション・リスク回避のためと考えられがちだが、金融機関にとっては資金調達ビジネス上、そしてスポンサーにとってはプロジェクト運営上、大きなメリットがあるからにほかならない。

例えば、とある資源採掘プロジェクトがあるとする。作業員や鉱山の坑内および周辺地域の安心・安全のために慎重な作業が求められる事業だが、人為リスクを最小限に押さえるために作業員の安全計画の策定や教育が入念に行われれば、重大な事故が発生するリスクを抑えることができる。鉱山の操業期間中、大きな事故も無く、採掘された鉱物が順調に出荷されれば、スポンサーは売上げをもとに、資金調達先である銀行に返済を滞りなく行うことができる。一方、スポンサーが作業員の安全対策のための費用や教育などの手間を惜しみ、その結果として人為的な爆発事故や、周辺河川への有毒物質垂れ流しが発生したとしたら、プロジェクトの操業は停止する。鉱物の出荷ができないため、プロジェクトの収入はなくなり、補償や浄化費用の負担が生じることで、銀行への資金返済が滞るだろう。

このように、プロジェクトには企業の財務状況やプロジェクトの採算状況に関わるリスクに加え、「非財務リスク」として環境社会リスクもあることが分かる。企業はトラブル発生を回避するため、そして銀行は貸し倒れを回避するため、プロジェクトの環境・社会に対する配慮が国際的な基準を十分満たしているかなど、融資前にリスクや影響の有無をあらかじめ確認するのである。これらのリスクや影響が低いか、あるいはある程度のリスクや影響があっても対策を講じることが可能であることをスポンサーが証明できなければ、銀行も資金の出し手としてプロジェクトに参加することはできない。

銀行がシンジケーション(複数の銀行が集まって融資を行うもの)を組んでプロジェクトに融資する場合は、融資に参加する銀行間で、環境や技術的な側面のデューディリジェンスを担当する役割を設定する場合もある。担当する銀行は「Environmental Bank」と呼ばれ、環境コンサルを選定し、例えば融資契約書への環境社会関連事項の織り込みなどを交渉する役割を担う。環境社会リスク面をしっかりアドバイスできる銀行は、スポンサー側も覚えており、他のプロジェクトでも声がかかりやすい。企業側も、手がけるプロジェクトがきちんと赤道原則を遵守していれば、同原則を採択する世界の主要な金融機関から、社会的責任を果たしているとの「お墨付き」を得られるからである。スポンサーと金融機関双方が環境社会リスクマネジメントを講じることは、まさにwin-winの関係をもたらすといえる。

金融機関は、赤道原則以外にも、セクター別融資方針(例えば石油ガス、鉱業、森林)やRSPO(Roundtable on Sustainable Palm Oil(持続可能なパーム油のための円卓会議):持続可能なパーム油の認証制度。パーム油産業のステークホルダーで構成される)やFSC(Forest Stewardship Council(森林管理協議会)。適切な森林管理が実施されていることを認証する制度(文中のハイパーリンクはFSCジャパンウェブサイト))などの業界基準を採用し、さまざまな角度から融資案件の環境社会リスクマネジメントを進めている。赤道原則についても、各採択行が同原則で求められる基準を単にクリアするだけでなく、赤道原則適用の透明化を確保するため、監査法人よりアシュアランス(第三者保証)を取得するなどの取り組みがはじまっている。また、「国連のビジネスと人権に関する指導原則」を金融機関により適用させるための議論もはじまっている(Thun Groupと呼ばれる、民間銀行によるグループが立ち上がっている)。気候変動の議論や世界各国のエネルギー安全保障の動き、さらに様々な開発金融機関の環境社会配慮ガイドライン改訂などにより、環境社会リスクマネジメントの国際基準も年々進化/深化するものと考えられる。