第15回 横谷 薫さん UNDPウガンダ事務所 プログラム・アナリスト
略歴: よこたにかおる 大阪府出身。神戸女学院大学家政学部児童学科児童教育専攻卒業。英国イースト・アングリア大学大学院より開発学ディプロマ、英国サセックス大学教育研究所より国際教育学修士号を取得。大学卒業後一般企業に勤務し、企業の社会的責任(CSR:Corporate Social Responsibilities)の担当として、他企業や行政機関、NGOsなど関係機関との協力を構築しつつ、企業の社会貢献活動、職員のボランティア活動の推進にかかる業務を担当。その後、大学院留学、スリランカのNGOでのインターンを経て、日本の社会開発系コンサルティング会社において、主に日本の二国間援助におけるプログラム・プロジェクト管理、モニタリング&評価、社会調査などの業務に従事。2004年度JPO試験に合格し、2006年6月より現職。
1. 始めに
私は現在JPOとして、UNDPウガンダ事務所において、危機予防復興支援(CPR: Crisis Prevention and Recovery)ユニットのプログラム・アナリストとして勤務しています。これまでは、二国間援助において、社会福祉の分野を中心とした社会的弱者支援とプロジェクト管理の業務に関わる仕事に主に従事してきましたが、現職ではこれらの経験を活かしながら、主にウガンダ北部紛争地域における人道・緊急支援から開発援助へのトランジションという新しい分野に関わっています。国際機関での勤務も初めてとあって、多くのことを学びながらチャレンジングな日々をおくっています。今回のフィールド・エッセイでは、着任後約8ヶ月にわたり関わっている、UNDPウガンダ事務所の危機予防復興支援ユニットにおける、北部の国内避難民の早期帰還支援に関する業務を中心に書いてみたいと思います。
2. ウガンダ北部の状況と国連機関の取り組み
ウガンダでは、政治的に安定し発展がすすむ南部と、20年以上にわたり反政府勢力との紛争が絶えず、住民が国内避難民としてキャンプ生活を強いられている北部との格差が深刻な問題となっています。近年、国の発展のためには北部支援が不可欠と、ようやく政府も北部開発に力を入れ始め、各援助機関もそれを支援しています。現在、政府と反政府勢力Load Resistance Army(LRA)が停戦合意に署名し、それにつづく平和交渉の継続を受け、国内避難民帰還の動きが急速に高まっていることから、人道・緊急支援から開発援助へのトランジションが喫緊の課題となっています。各機関は、このような状況への時宜に適った対応を目指して、協調のとれた活動を展開しようと、試行錯誤の中力を合わせています。UNDPウガンダ事務所の危機予防復興支援ユニットは、このような背景を受け2005年の6月に新設されました。
国連機関の取り組みとしては、国連改革の流れを受けて2005年12月より正式に、クラスター・アプローチが導入されました。これは、人道・緊急支援、およびそこからより持続可能な開発援助へのトランジションのフェーズにおける各機関の役割をクラスター(セクター)ごとに明確化することで、アカウンタビリティーと透明性を高めてより効果的な支援を目指そうとするアプローチです。ウガンダではこの新しいアプローチに沿った支援がパイロット的に進められており、UNDPは早期復興(Early Recovery)(人道・緊急支援から開発援助へのトランジションにおける国内避難民の支援)のクラスター・リードとしての役割を担っています。早期復興クラスターの他には、WHOが保健・栄養クラスター、FAOが食糧安全保障クラスター、UNICEFが教育クラスターおよび水と衛生クラスター、そしてUNHCRが国内非難民保護のクラスターのリードをそれぞれ担っています。
3. UNDPの取り組み
この早期復興のフェーズにおけるUNDPの役割は、国内避難民の帰還地域において、人道・緊急支援からより持続可能な開発援助への円滑なトランジションを支援することです。その大きな柱は、1)クラスター・リードとして関係機関のコーディネーションを行うこと、2)開発援助機関として、UNDPのマンデートである生計向上支援、ガバナンス支援を行うことです。政府自身のオーナーシップを重視するUNDPでは、これらの取り組みをできるだけ既存の行政組織と共に行うことで、そのキャパシティーを構築しつつ現地のオーナーシップを向上させていくことも大きな使命としています。
1)のコーディネーションにおいては、国内避難民帰還地域における社会経済状況調査を関係政府機関および援助機関と共に実施すると共に、各機関や団体の活動展開の状況の把握につとめることで、各セクターにおける支援の問題点やギャップを明らかにし、その情報を、優先分野や地区の特定など、今後の効果的な支援計画に活かせるよう、広める取り組みを行っています。これまで、国内避難民の多くが帰還を果たしているLira県において、政府機関、国連機関、NGOsとの協力の下、Rapid Needs Assessmentを実施しました。その結果は、他の国連機関やNGOsにより、今後の支援計画のため活用されています。これらの経験を基に、より効果的な支援を目指して、各セクターにおいて専門性のある他の国連機関とのセクター横断的な支援―ジョイント・プログラムの実施に向けた動きも始まっています。また、国内避難民政策を実施する大統領府の担当部門、および県レベルのコーディネーション組織であるDistrict Disaster Management Committeeへ人材を派遣し、政府のキャパシティー向上の支援も行っています。2)の特定分野の支援については、当該地域での支援活動の実施に向け、これまで国南部を中心に支援を行ってきた事務所内の他ユニット(貧困削減ユニット、ガバナンスユニット)との連携を構築しつつ、プロジェクトの実施に向けた計画を進めている段階です。
4. チャレンジ
早期復興フェーズにおいて、適切なコーディネーションによるセクター横断的な支援が必要だという考え方自体に意義が唱える人はいませんが、実践となるとなかなか簡単にはいきません。クラスター・アプローチそのものは本部・本局の上層部によって構築された理論的アプローチであり、国ごとに状況や問題、政策や政府の力も異なる実際の現場で、支援実施のモダリティやプロジェクト期間・予算サイクルの異なる関係各機関とWin-Win関係を築きながら実践することは、理論でうたうほど簡単にはいかないというジレンマを抱えているのが現状です。特に早期復興クラスターはマルチ・セクターを包括するクラスターとして、これまでのセクター・アプローチや他のクラスターとの役割分担が必ずしも明確にはなっているとはいえません。また、人道・緊急支援から開発援助へのトランジションのフェーズでは、時宜に適った迅速な対応が求められるにも関わらず、コーディネーションには多大な労力や時間が必要です。実際には、機関ごとに首都および地方レベル双方における人材の数と質、目的達成に向けての手段および考え方、利用可能な資金量、そして実施までのスピードなどが異なるため、最終目的は共有していても、その過程で折り合いをつけていくことは非常に難しいといわざるをえません。縦割りと非難されがちな国連カルチャーの中で、機関ごとの都合や目的が優先されることも少なくないように思います。また、これまで開発援助を中心に行ってきたUNDPは、人道・緊急支援を中心に行う機関ほど迅速な対応が得意ではないように思います。そんな中、クラスター・アプローチのパイロット国の一つであるウガンダでは、試行錯誤の中、前進を試みているというのが現状です。
機関間ばかりでなく、UNDP内にもチャレンジは山積しています。前述のとおりUNDPウガンダ事務所内でもCPRユニットは新設のユニットであり、私自身が赴任する約半年前に急激に人員が増え、地雷対策プログラム、元兵士の武装解除・動員解除及び社会への再統合(DDR)プログラムに対し、パイロットベースで支援を実施してきました。これらのプログラムは、国内避難民の自主的な帰還の促進および、帰還避難民の支援を実施するにあたって帰還地域の安全を保障するものとして、早期復興支援プログラムと緊密な連携なもと実施する必要があるものの、緊急のニーズに対応することが優先されてきたため、それぞれが独自に実施されている感があります。今後は、包括的な戦略に基づき、各プログラム間の連携が十分にとれた取り組みを行うことが喫緊の課題となっています。さらには、生計向上、ガバナンスの分野において、国南部を中心に長年支援を行ってきた他ユニットとの連携および役割分担も明確にしてく必要もあります。
このような状況下、カンパラにいる同僚とよく話すジレンマは、自分たちの仕事がどの程度フィールドでニーズを抱える当事者に役立っているのかということです。北部担当として出張ベースで現場を訪れることがあるとはいえ、プログラム・アナリストとしての通常の業務は首都カンパラで、なかなか当事者と直に接する機会は多くありません。Gulu県およびLira県にあるサブ・オフィスの同僚と話していると、上述のような機関間・事務所内のコーディネーションや、各種会合への参加、官僚的と認めざるをえない数多くの手続きなどに追われがちな首都と、当事者のニーズを目の当たりにする地方レベルの温度差というものもひしひしと感じます。
より効果的な支援を目指して、現在カントリーオフィスとして、プログラムの戦略的焦点、サブ・オフィスの機能の明確化、他ユニットとの連携と明確な役割分担、より戦略的な人員配置などを含むCPR戦略の策定を目指しているところであり、その成果に期待するところです。一方で、「戦略策定」の間にもフィールドでニーズを抱える人々の生活は日常であり、状況は日々刻々と変化しているという厳然とした事実もあり、これもまた大きなジレンマであるのですが。
5. 最後に -自分にできることは何か
人道・緊急支援からより持続可能な開発援助への円滑なトランジションは、これまでの経験からの実践がまだまだ不足している分野ですが、私自身は、今後、開発援助において益々重要な課題になってくると信じており、そのフェーズにおいてUNDPが貢献できる可能性に魅力を感じています。特に、政策レベルのアドバイザリー支援とフィールドレベル支援を行う開発機関として、マクロレベル(政策レベル)とミクロレベル(フィールドレベル)の支援の連携を強化し、当事者の緊急的なニーズへの支援という点の取り組みから、当事者の主体性を高めていく仕組みづくりの支援という面的な取り組みへの移行を担うという点で、UNDPの比較優位があると考えています。こういった大きな「理想」を描きつつ、着任して8ヶ月、自分にできることは何かを常に自問しつつ、日常の業務にあたっています。
非常に地道なことですが、まずは足元を見つめることを心がけています。例えば、自分自身が、UNDPの支援実施のモダリティや手続き、オペレーション(調達や会計システム)など、組織内の仕事の流れや必要手続き、各スタッフの役割分担などを十分に把握することで、より効率的な業務遂行を目指すことです。これまでの業務経験から知見のあるプログラム管理は、理論原則は一緒でも、組織独自の業務手続きやその流れを知らないことには仕事になりません。
また、コミュニケーションの大切さも重視していることです。日本の組織での経験と比べると、担当者が変わると業務が中断したり方向性が変わったり、ガイドライン通りに業務が進まないことも少なからずあるなど、組織として一丸となった取り組みというよりも、個々人の能力ややる気、考え方に左右される部分が大きいように思います。そんな中、より当事者に近いところで日常業務を行っているプロジェクト担当スタッフやサブ・オフィスの同僚を含めたCPRユニット内、事務所内の他セクターのプログラム担当ユニット、オペレーション担当ユニットとの密なコミュニケーションは欠かせないものとして、日常業務を遂行する上で常に心がけています。実際、この努力が信頼関係につながり、思った以上の協力が得られたり、業務が円滑に進んだりする瞬間は、些細な事ながらちょっとうれしいものです。また、本部レベルの関係部門とのネットワークを広げていくことも必要だと感じています。このコミュニケーションは、機関間のコーディネーション業務でも重要な要素と感じており、今後さらに強化していく必要のある課題であると認識しています。
上述のように、プログラム・アナリストの仕事は、組織内外の多くの関係者との対話の中で業務を進めていく必要があります。特に、CPR関連の仕事は、政府のハイレベルな課題を含み、政治的な力に状況が左右されることも多く、政策レベルの動きも常に頭にいれておくことが求められます。今後は、より情報収集能力を高めると共に専門分野の知識を深め、自分の意見を説得力をもって主張できるよう、自己研鑽を重ねていく必要があると考えています。開発援助に携わるということは、常に学び成長していくことが求められる非常にチャレンジングなことですが、常に大きな流れとフィールドにいる当事者の現実をバランスのとれた視野でとらえながら、自分にできることを確実に重ねていくことを、日々試行錯誤の中で心がけています。
2007年4月5日掲載
担当:井筒