第19回 茶谷 展子さん UNDPパプア・ニューギニア事務所 持続可能な生計プログラム・オフィサー

茶谷 展子さん

私のオフィス・キュービクルに座っている、UNDPとOCHAの同僚です。OCHAとは今後、気候変動(Adaptation)のプロジェクトを一緒に立案する予定です。

ちゃたにのりこ 東京都出身。米国オレゴン州立大学国際関係、社会学部卒業。米国ブランダイス大学Sustainable International Development修士修得。在ムンバイ日本国総領事館において草の根・人間の安全保障無償資金協力の外部委託調査員、青年海外協力隊村落開発普及員(タンザニア)等を経て、2005年度JPO試験に合格し、2006年より現職。

Introduction:

♪さらばラバウルよ又来るまでは しばし別れの涙がにじむ
恋しなつかしあの島見れば 椰子の葉かげに十字星♪

皆さんは、このラバウル小唄という唄をお聞きになったことがありますか?ラバウル小唄は、第二次世界大戦中に日本で広く親しまれ、流行った歌曲なのです。もしもラバウル小唄を知っていても、ほとんどの人はラバウルがどこにあるのか知らないと思います。ラバウルとは、パプア・ニューギニア独立国(以下PNG)ニューブリテン島、東ニューブリテン州の州都で、第二次世界大戦中の1942年には日本軍が占領し、3万人以上の日本兵が駐留した場所です。因みに、ラバウルは「ゲゲゲの鬼太郎」の作者である水木しげるが戦時中に片腕を失った場所でもあるのです。このように、半世紀前から日本と深い関わりがあり、日本から南へ直線距離にしておよそ5000kmしか離れていないPNGですが、今でも多くの日本人の間では秘境の地とされています。私は、その秘境の地であるPNGにおいて、UNDPのSustainable Livelihoodsプログラム・オフィサーとして勤務しています。

ラバウルでは、現在においても旧日本軍の戦跡が多く見られます。左の写真は、ラバウルに残された数多くのトンネルの一つです。

PNG for Beginners:

PNGの面積は、日本の約1.25倍あり、太平洋諸島諸国の中で最も広い国土と人口を有していますが、人口はわずか日本の22分の1の約570万人でしかありません。しかし、その人口570万人程度に対して、PNGの住民は非常に多様な民族から成り立っており、その数は800以上もあるとさえ言われています。それらの部族は、海、島、山、河と多種多様な地形のもとで、それぞれの言語を話し、異なった生活習慣を持っているため、PNGは世界一の多言語・多民族国家と断言しても過言ではありません。PNGにおける人口の約8割は、農村地域において森林・漁獲・狩猟・農業などに依存した自給自足生活を送っていますが、その約半分が貧困レベル以下の生活をしているとされています。PNGの脆弱な経済・社会インフラ、未整備な社会サービスシステム、乏しい市場へのアクセス、低い政治・行政キャパシティ、および険しい地形による様々な地理的困難が、この国の経済・社会開発の可能性を低め、人々の生活水準の改善を妨げています。その上、若年層の慢性的失業やフォーマル・セクターの低い雇用吸収力などから、収入獲得の機会を得られない青少年たちが殺人、強盗、強姦、放火、車両強盗などの凶悪犯罪行為に走る傾向が高くなっており、PNGにおける法と秩序の問題を深刻化させています。

これらのPNGにおける現状・問題を背景にPNG政府は、「中期開発政策(2005-2010)」を2004年11月に発表し、以下の7つの項目に、今後10年間優先的に予算配分することに決めました:1). 輸送インフラの復興と維持・管理、2). 収入機会の向上、3). 基礎教育、4). 成人対象のインフォーマル教育、5). 基礎医療、6). HIV/エイズ予防、7). 法と秩序。
なお、PNGは鉱物、材木、漁業、石油・ガスなどの天然資源に恵まれていることから、これらの資源が効果的に活用されれば、経済・社会開発の見込みは充分にあると考えられています。

The United Nations & UNDP in PNG:

PNGにおける国連の活動は、主に上記のPNG政府中期開発計画を支援することです。現在、PNGにおける国連システムでは、2008年より5年間にわたって実施されるUnited Nations Country Programme(UNCP)"Partnership for Nation Building"の作成で大忙しです。残念ながらPNGは、One UNのパイロット国1としては選出されませんでしたが、UN Joint OfficeとしてPNGにおいて活動している国連システムが、全体の活動経験、実績、比較優位を活かして、PNG政府中期開発計画目標達成のために以下5つの協力の分野を選定しました: 1). ガバナンスと危機管理、2). 人間発展の基盤整備、3). 持続可能な生活様式と人口問題、4). ジェンダー、5). HIV/エイズ。なお、PNGにおいてUNCPに関わった国連機関は、UNDP、UNICEF、UNFPA、WHO、UNV、UNAIDS、UNHCR、FAO、UNESCO、ILO、およびUN HABITATであり、これらの国連機関による支援は、主にガバナンス、医療、教育、環境、HIV/エイズの分野に広く行き渡っています。

PNGに赴任した直後に参加したUNDPオフィス旅行の写真です。旅行の目的は、UNDPのスタッフのteam buildingでした。

私は、上記3). 持続可能な生活様式と人口をサポートするUNDPの活動分野の1つであるエネルギーと環境ユニットに配置されています。前述の通り、PNGは豊かな自然資源に恵まれている国であり、また、ブラジル、コンゴ共和国に続いて世界第3の熱帯林を有し、世界で最も生物の多様性に富んでいる国でもあります。PNGの土地の3割は肥沃土で降雨も充分であることから、幅広い農作物に適しており、国内消費だけでなく農作物の輸出もサポートできるはずですが、起伏の多い地形から生じるアクセス制限、さらに弱体な政府が及ぼす非効果的な自然資源管理、人口圧力などが、PNGの経済・社会開発の不利になっています。特に、PNGの森林業、漁業、鉱業部門における環境管理の取り組みは非常に弱く、PNGは資源の乱獲および自然環境の劣化に陥っています。これは、PNGの発展にとって重要な役割を持つ自然資源の長期的持続可能性を奪うだけでなく、人口の増加によってPNG の失業状態が悪化し、PNGの治安状況を一段と深刻化させることとなります。そのため、持続可能な生活様式と人口のサポートにおいて国連システムは、PNG政府が効果的に自然資源の管理、計画、モニタリング、および行政機関の間での自然資源管理協調を実施できるよう行政能力強化を支援すると共に、PNGにおける市民社会団体やコミュニティーなどの能力向上にも深く関わっており、草の根レベルでの生活改善にも広く貢献しています。

私が所属しているUNDPのエネルギーと環境ユニットでは、主にカウンターパートの政府機関である環境省の能力開発の支援に従事しています。現在、私のユニットでは、主にGEF2プロジェクトを通しての環境省の条約対応能力構築支援などの能力開発支援が多いですが、近々にPNG観光促進局とパートナーシップを組んで、地域密着型のエコツーリズムプロジェクトを実施し、草の根レベルにおいての生活改善に取り組もうと試みています。また、PNGは本年度中にGEFの第4フェーズにおいて、生物多様性運営プログラムの大規模プロジェクトと気候変動(Mitigation)運営プログラムの中規模プロジェクトを申請する予定です。なお、PNGは「森林減少・劣化に起因する温暖化ガスの排出とその抑制方策」(Reducing Emissions from Deforestation and Forest Degradation: REDD)や森林破壊の防止(Avoided Deforestation:AD)などの名称で現在知られている国際的議題を2005年にモントリオールで開催された気候変動枠組み条約第11回締約国会議(UNFCCC COP11)において初めて発表した国であります。これは、PNGのような多くの開発途上国は、伐採、プランテーション、森林火災などの森林破壊から排出される温室効果ガス(GHG)量の割合が大きいことから、クリーン開発メカニズム(CDM)のような市場メカニズムを利用してGHGの削減を促進し、同時に森林生態系を保全しようという、ポスト京都議定書の世界に向けた革新的な試みです。

Main Tasks:

Sustainable Livelihoodsプログラム・オフィサーとして私が行っている業務内容は、既存プロジェクトの運営管理業務(現在3件)、およびエネルギーと環境ユニットにおけるGEF資金の新規プロジェクトの立案計画業務(現在4件)などのデスクワークが主です。既存プロジェクトに関しては、円滑な運用を確保するためにプロジェクト活動・予算の適正な管理、執行を確保することが大切です。そのため、プロジェクトの運営管理業務は、主にロジスティックスやアドミ系の業務が多くなります。これらはプロジェクトの円滑な運用にはなくてはならない業務だと考えていますが、実際、フィールドと言ってもほとんどはコンピューターとの睨めっこが毎日で、それ以外は、環境省、環境促進局、NGOとの打ち合わせなどの毎日です。国外においては、主にバンコクにあるGEF Regional Coordination Unitの生物多様性および気候変動の地域技術顧問とのGEF新規プロジェクトに関するコーディネーションなどをメールやテレコンを通して行うことが多いです。幸いなことに、PNGは今年10月に南太平洋地域環境計画(SPREP)が開催する第8回Pacific Islands Countries on Action Strategy for Nature Conservationの主催国であることから、私はEquator Initiativeの地域コミュニティ会談(Community Dialogue Space:CDS)のフォーカル・ポイントの担当となり、CDSの打ち合わせのために会議が開催される州政府やコミュニティベースの団体とのコーディネーションなど、フィールド行く機会は徐々に増えています。また、GEF資金の生物多様性および気候変動のプログラムにおいては、今までGEFが承諾しなかったようなREDDやCDMなどのカーボンファイナンスを利用した革新的なプロジェクト・コンセプトを環境局とともに立案しているので、大変ですが非常にやりがいがある仕事だと思っています。特に、GEF資金による新規プロジェクトの立案プロセスにおいては、政策レベル事項との関係を調整する必要がしばしば生じるため、PNG政府が展開する環境政策に対する分析的レビューや、提案作成業務などにも間接的に携わる機会があり、PNG政府の環境対策に深く関わることができています。このように私は、Sustainable Livelihoodsプロジェクト・オフィサーとして、ロジスッティクスやプロジェクト運営管理などの業務をこなしつつ、豊かな自然資源に恵まれたPNGにおける環境政策レベルでのダイナミックな業務に携わっています。

Challenges and the Way Forward:

現在、UNDPのエネルギーと環境ユニットにおいても、カウンターパートである環境局においても、最大のチャレンジは、不十分な活動資金と弱い行政能力です。特に、双方とも、その活動はGEFの第4フェーズの資金に大きく依存しているため、GEF資金の執行の遅くれは、私たちの活動に深刻な影響を及ぼします。しかしながら、GEFの新規プロジェクトの立案からプロジェクト・プロポーザルの提出までには、時間が非常にかかり(約22ヶ月)、なおかつ、GEFの承認にも時間がかかります。環境局の低い行政能力および人材不足も、GEF 新規プロジェクトの迅速な申請をより難しいものにしています。このような状況から、プロジェクトが承認されて、GEF資金が実際に利用可能になるのは、私のJPOの任期が終わったしばらく後になるのではないかと危惧してきています。最近では、オーストラリアや世界銀行などが気候変動の問題に非常に関心を強めていることから、今後はUNDPおよび環境局双方が、環境対策関連のコーディネーション力を高め、プロジェクトのパートナーとしての対話を確立していければと思います。一方、PNGが試みようとしている、REDD・ADは京都メカニズムにおいても導入されていない分野なので、今後の見通しが幾分か不確かですが、これらがPNG政府の優先課題としてある限り、私たちはそれをサポートする必要があります。今年12月にバリで行われる気候変動枠組み条約第13回締約国会議(UNFCCC COP13)でのpost 2012における決議は、今後PNGにおいて環境関連の業務をしていくのに非常に大きな影響を及ぼすと思われます。

近年、様々な新しい動きが環境分野では起こっていますが、REDD・ADのような革新的な取り組みによって、気候変動だけでなくその他の環境問題を取り上げるPNGの環境分野で現在働くことができていることは、貴重な体験であり、やりがいがある仕事だと思います。私の主な業務である、新規プロジェクトの立案やプロジェクトの運営管理業務を行うにあたって、予想外の不足(金、時間、能力)に日々直面していますが、これからも私は、PNGならではの"Land of the unexpected"(想定以外のことが起こる土地)を心掛けて、楽しく仕事をしていきたいと思います。

"Lukim yu"とは、PNGでの共通語であるピヂン語で「さよなら」という意味です。
  1. One UNとは国連諸機関が国別レベルで一体となって連携を強化することで、業務の重複を避け、業務のコストを下げ効果的に開発目標を達成するために提案された連携強化方策です。
  2. GEF(地球環境ファシリティー)とは開発途上国の地球環境保全を支援するために、資金を供与する多国援助のことです。

2007年9月10日掲載
担当:井筒