第20回 本田 容子さん WFPアフガニスタン事務所 パイプライン・オフィサー
ほんだようこ 東京都出身。日本の大学卒業後、英国マンチェスター大学Institute for Development Policy and Management にて農村開発管理と経済学修士号取得(2000年)。帰国後、日本の政府系銀行国際協力部において、東南アジアにおける農村金融の調査、ラテンアメリカの中小企業を対象とした品質管理の研修・出版プロジェクトに関わる。2003年11月よりJPOとしてWFP・モザンビーク事務所にプログラム・オフィサーとして勤務、主に旱魃・洪水の被災者に対する緊急食糧支援プログラムと、Food for Work (労働の対価としての食糧援助)を担当。2006年12月より現職。
1. WFPについて
WFP(国連世界食糧計画)は国連唯一の食糧援助機関、かつ世界最大の人道援助機関です。飢餓と貧困の撲滅を使命として1961年に設立が決定され、1963年より正式に活動を始めました。本部はローマにあり、世界各地に事務所を設けています。日本政府は1996年から常に第2位~4位の拠出国となっています。アフガニスタンにおいても日本は第5位の拠出国です。各国事務所の組織図は主に、現地政府、非政府機関と連携を取りながら様々なプログラムを運営する部と、食糧を運送するロジスティックス部、経理、人事、ICT等に分けられます。
WFPは、紛争などの人為的災害、あるいは干ばつや洪水、病害虫などの自然災害に起因する食糧不足により、死の危険にさらされた人々の生命を守ることを目的として、緊急食糧援助を行っています。紛争や迫害を逃れた難民や国内避難民に手を差し伸べるとともに、子どもや妊産婦・授乳期の女性、HIV/エイズ感染者など、自力で食糧の調達が困難な人々もWFPの食糧援助の支援対象となっています。さらに、住民参加のもと、耕地・牧場などの開墾、道路・灌漑用水路などの建設や修復、植林などのプロジェクトを実施し、労働の提供者にその対価として食糧を配布しています。これは、「フード・フォア・ワーク」(労働の対価としての食糧援助)と呼ばれる事業で、地域社会の自立を促すことを目的とするものです。子どもに栄養価の高い給食を提供し、就学率と学習能力を高める「学校給食プログラム」も重点的に行っています。
(http:// wfp.org.jpより抜粋)
2. アフガニスタンにおけるWFPの活動概要
アフガニスタンでは長年の内戦、自然災害、2001年以来の国軍・NATO軍・反政府勢力との武力衝突により国内のインフラは荒廃し、国民の殆どが厳しい貧困状態に置かれています。2005年にWFPほか国連機関とアフガ二スタン政府が共同で行った国内調査(National Risk and Vulnerability Assessment)では約660万人の国民が日々の最低限必要とされている食糧を確保できていないと推定しています。
WFPは2006年よりPRRO-Protracted Relief and Recovery Operation(復興支援) を行っています。これは一国の緊急事態の後半の段階を支援するもので、通常、3年間の中長期復興支援プログラムです。PRROの主な目的は生活の復興と安定化、および世帯レベルの食糧安全保障の回復と確保を支援することにあり、3年間で計55万トンの食糧を約660万人に配給することを目標としています。国内には5箇所の地域事務所と3つの地方事務所があり (地図参照)、計約790人のWFPスタッフが各地で働いています。
WFPによる食糧配給を手段とした主な活動は以下の通りです。
緊急援助
旱魃や洪水の被害者、また国内の避難民、イランからの不法労働強制退去者に対して、最低限の食糧が確保できるよう、短期的な支援を行っています。2006年の旱魃では、190万人を対象に11万トンの食糧が配給されました。2007年までに全てが封鎖される4箇所あるパキスタンの難民キャンプからの帰還難民への支援も予定されています。
労働の対価としての食糧援助
住民参加のもと、耕地の開墾、道路・灌漑用水路などの建設や修復、植林などのプロジェクトを実施し、労働の提供者にその対価として食糧を配布するものです。農村復興開発省、NGOとの連携によって比較的治安が安定している地域や、労働に参加できる避難民等を対象に行っています。
教育プログラム
学校に来た子供に栄養価の高いビスケットを提供し、就学率と学習能力を高めるプログラムです。アフガニスタンではタリバン政権のもと女子教育が禁止され、今でも伝統的に学校に行くことが許されない子供たちが沢山います。子供たちが学校に来られるように、Incentiveとして食用油を提供するOil for Girlsは女子教育を促すひとつの手段となっています。2007年前半期は計120万の子供たちがこれらの教育プログラムによって食糧援助を受けました。青少年に対するFood for Training (研修の対価としての食糧援助)では約18万人の女性たちが識字教育、工芸品技術、健康と栄養教育を受けています。
健康・栄養プログラム
アフガニスタンは世界で数少ない、女性の寿命が男性よりも短い国です。中でも結核患者の数は世界中で非常に高く、毎年増え続ける世界中の結核患者の8割がアフガ二スタンにいるといわれています。アフガ二スタン政府要請のもとWFPは全国で、9万の結核患者に対し、定期的に治療を促す食糧援助を行っています。小麦の栄養価プログラムではPremixを小麦に加えることによって貧血やその他の栄養不足を軽減することを目的に、全国で約12万人に栄養強化された小麦が配給されました。
3. 仕事の内容
私はこのWFPアフガニスタン事務所で、Pipeline Officer という任務を担っています。"Pipeline Officer"と書いた名刺を差し出すと、よく"石油のパイプラインを扱っているの?"と聞かれることがありますが、この職務はWFP特有のもので"プログラムとロジスティックスの橋渡し"が主な役目です。
WFPにおけるPipelineとは、年間のプログラム計画(必要な食糧/の計算)、ドナーからのContribution(in kind/cash)をプログラムの状況、国内外にある倉庫の貯蔵状況に合わせて、必要な食糧(小麦、豆、油、塩、ビスケット等)を購入するところから、その食糧が実際に国内に届き、国内の地域事務所から各郡の現地のプロジェクトへ、さらに受益者に届くまでの一連の流れの事をいいます。WFPのオフィスのなかでよく耳にする"Pipeline Break"とは何らかの理由(資金不足、食糧調達の遅れ、自然災害、治安による道路の封鎖等)で食糧の供給が滞った状況のことをいいます。
Pipeline Officerの日常業務は主にUp Stream/Down stream に分けられます。前者では本部ローマ、バンコク地域事務所におけるDonor Relations Officerとの連携を通して、現地における各ドナーとの交渉関連業務を行いつつ、ドナーからの資金援助を中、長期的に予測し、実際に資金が確定した後にその使い道を考え、食糧購入のプロポーザルを行うのが主な仕事です
Down Streamと呼ばれる業務は、実際に食糧が国外のHub(倉庫)に届いてから、アフガニスタン国内の各地域事務所に分配され、受益者に届けられるまでの一連の流れをいいます。アフガニスタンの場合、国外4箇所(パキスタン2箇所、イラン、ウズベキスタン)にある中継倉庫から陸路で食糧が運ばれてきます。各地域事務所にある倉庫の貯蓄量、各プロジェクトの進行、道路・治安の状態等を見極めてそれぞれの地域に食糧を分配します。予測される難民の帰還や、NATOと反政府勢力との戦闘に巻き込まれて行き場を失った国内避難民、突如として起こる自然災害の状況など、その時々に応じて必要な緊急支援の必要性も考慮します。
これらの仕事の醍醐味は食糧の動きを通してWFPの活動を最初から最後まで、マクロかつマイクロに見ることができることです。またWFPの活動をサポートする内部の様々な部署との連携を通じて、日々新しいことを学んでいます。
4. 日常のチャレンジ
"必要な食糧(量)を必要な場所に、必要な期間に届ける"というのがどこの国のWFP事務所で働くPipeline Officerが目指すところですが、アフガニスタンではこの一見簡単そうに見える一連の業務が、様々な面から阻まれることがあります。
WFP は国内34州(全州) において活動をしていますがその多くは常に治安が悪く、反政府武装勢力が活発に活動を拡げている地域です。WFPが抱えるジレンマは、援助の需要がより高いそれらの危険地域において、いかに職員と食糧を運送・護衛する人々の安全を確保しながら活動を行うか、そのバランスを見極めなければならないところにあります。度重なる運送トラックを狙った攻撃により、今年に入って半年間で数多くの運送、護衛者の命が犠牲になっているほか、520トンの食糧が襲撃にあっています。最近ではドナー国の国旗の入った食糧を配給すること自体が危険になっている地域もあり、地域の状況に合わせた個々の応対に迫られています。季節ごとに起こる、自然災害によって、数少ない道路は遮断され、土砂崩れや洪水によって食糧の輸送が阻まれることもしばしばです。厳しい冬の間、多くの地域は陸路が遮断されてしまいます。そのため、事前の食糧配備も重要です。
5. 柔軟さと、創造性
治安問題や、自然災害による道路遮断など、一見解決できそうもない問題に立ちふさがったとき、規定の枠組みから離れた斬新なアイディアが時としてとても大事になってきます。アフガニスタンの治安状況、日々変わる国内の敏感な状況に合わせて、柔軟に一つ一つのことを対応していくことが必要です。その為に、チームワークの大切さを日々実感しています。各国で経験を積んできたインターナショナルスタッフと、現地の状況により詳しいナショナルスタッフの良い連携プレーが最終的にWFPが目指す脆弱者に対する食糧支援の効率化に繋がると思います。WFPではそれぞれの個人の役割が、食糧のPipelineとなって、最終的に人々の手元に食糧が届きます。その歯車の一部として、如何に柔軟に、かつ創造性豊かに携わっていけるかを課題に、日々の経験を積んでいきたいと思っています。
*Photo: Ebadullah Ebadi @ WFP Afghanistan
2007年10月4日掲載
担当:井筒