第37回 望月 大平さん 国際移住機関(IOM)ジンバブエ事務所 プロジェクト・デベロップメント・オフィサー

望月 大平さん

望月大平(もちづきだいへい):東京都出身。慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、米シラキュース大学マックスウェル行政大学院にて国際関係修士号を取得。その後、(特活)日本紛争予防センタースリランカ代表事務所プログラムオフィサー、在オーストリア日本大使館専門調査員(旧ユーゴ諸国担当)を経て、2007年度JPO試験に合格、2008年10月より現職。

1.はじめに

08年10月末にジンバブエの首都ハラレに赴任し、約1年が経過しました。赴任当初は、ハイパーインフレ、大統領選挙後の政情不安等の影響から、スーパーの棚に物が何もなく、ガソリンや生活必需品を手に入れことも困難という状況でしたが、09年2月に国内統一政府(GNU)が成立し、米ドルが正式に取引通貨として採用されて以降、インフレは最小限に抑えられており、スーパーや商店にも輸入品ではありますが商品が徐々に戻ってきています。他方、水道、電気等の基本的なインフラ設備、保健施設等は依然として限定的に機能しているのみであり、また、農業、製造業等の国内産業は僅かしか機能していない状態が続いています。

私が現在勤務している国際移住機関(IOM)ジンバブエ事務所は、首都ハラレ以外に地方事務所が5つあり、事務所全体で193名のスタッフがいる、国内では比較的大きなミッションです。また、活動の内容も国内避難民(IDPs)支援、帰還移民支援等の緊急支援業務から、移住に関する政府への技術協力および人身売買対策支援等多岐に亘っています。このエッセイでは、IOMにあまり馴染みのない方もおられると思うので、最初にIOMの基本的な説明をしてからジンバブエ事務所の業務内容及び私の業務について紹介したいと思います。

2.IOMについて

IOMは、世界的な人の移動(移住)の問題を専門に扱う機関で、加盟国(現在127ヶ国)によって運営されている国際機関ですが、国連組織には属していません。本部はジュネーブにあり、世界450箇所に事務所があり、約6,690名の職員(うち国際スタッフは10%程度)がおり、年間予算は2008年に10億米ドルを超えました。

IOMは、「正規のルートを通して、人としての権利と尊厳を保障する形で行われる人の移動は、移民と社会の双方に利益をもたらす」 という基本理念に基づき、移民個人への直接支援から関係国への技術支援、移住問題に関する地域協力の促進にいたるまで、 幅広い活動を続けています。各国のニーズに応じた活動を行っているため、その活動内容も、自然災害・紛争後の緊急支援から、加盟国政府および地域レベルでの移住に関する提言・技術支援等まで、各事務所及び地域によって千差満別です。

また、IOMには、他の国際機関ではあまり見られない組織としての特徴が幾つかあります。まず第一に、IOMでは、本部からフィールドへの分権化が積極的に進められています。現在、18の地域事務所及び7つのリエゾン事務所が存在し、また、コスト削減等の観点からマニラ及びパナマ事務所にアドミニストレーション機能を移転させました。これらは、本部がもつ権限を最小限に留め、地域事務所の役割を強化し、よりフィールドのニーズに沿った活動を行うための取り組みの一環として行われています。次の特徴は、プロジェクト化(Projectization)の促進です。これは、IOMが雇用するスタッフ、特にフィールドで活動するスタッフ(国際及びローカルスタッフ)については、ほぼ全員が一つまたは幾つかのプロジェクトの属しており、全ての経費がプロジェクトから拠出されています。この結果、IOMの全体予算のうち96%がプロジェクトに対するドナーからの自主的拠出であり、加盟国からの通常拠出金は4%となりました。本部職員及びアドミニセンターの運営は、通常拠出金及び全IOMプロジェクトに一律5%課されるプロジェクトサービスコストによって運営・維持されています。

3.IOMジンバブエの活動内容

次にジンバブエ事務所の主な活動内容を紹介します。まず、全プロジェクトの中で最大の割合を占めるのは、国内避難民(IDPs)支援です。ジンバブエ国内には、主に政治的理由から、以前居住していた土地からの移動を余儀なくされ、新たな土地に住み移ったIDPsが数十万人存在しているといわれています。彼らの流動性、政府による土地の強制収用により現在も新たなIDPsが発生しているため、正確な人数を把握することが困難な状況です。IOMは、IDPsに対して、食糧、生活必需品、シェルターの提供等の緊急支援のほか、保健、衛生、HIV/AIDS対策、ジェンダーに起因する暴力(GBV)に係る啓蒙活動等の支援をパートナーと共に実施しています。ただ、今年に入り、政情が比較的安定してきていることもあり、新たな取り組みとしてIDPsの生活向上及び一般コミュニティーへの統合促進といった長期的な支援への移行を開始しました。また、プロジェクトの実施に関しても、パートナー機関のキャパシティーを向上させることにより、IOMの直接実施からローカルNGO等への引継ぎ段階的にを行っており、緊急支援から開発支援に移行する際のギャップを最小限にとどめ、IDPsに対する持続的な支援を行う取り組みも開始しています。ただ、昨年の選挙前後の動乱、コレラの大流行、新たなIDPsの発生といった緊急事態の際は、IDPsはもとより、地方事務所がある国境地帯においてもIOMが直接支援を実施しています。

国内避難民(IDP)の家族

次に、隣国との国境におけるプロジェクトとして、不法滞在等で国外退去処分となり隣国からジンバブエに送還されてくる移民の人道支援事業があります。IOMは、南アフリカとボツワナとの国境に移民受入サポートセンターを設置し、隣国から送還されてくる国外退去処分者を一時的に受け入れ、IOMからの支援を希望する者に対して、食事の提供、健康診断、カウンセリング、HIV/AIDS・GBV対策の啓蒙活動等を実施し、最終的に出身地域までの交通手段を提供しています。この事業が開始される前は、国外退去処分者たちは国境地域で釈放され、再度違法に国境を越えるというケースが後を絶たず、また国境地帯の治安悪化等も懸念されていましたが、センターが設置されて以降は、すぐに違法に越境するという者は減少してきています。

この他にジンバブエ事務所が実施している事業は、関係省庁に対する移住関連法案や移住と開発に係る政策の作成支援及び提言、入国管理局に対するデータ管理システム導入に係る技術支援、ジンバブエディアスポラへの情報提供及び技術を持った帰還希望者への短期一時帰国の支援、英国からの自主的帰還者に対する再定住支援、人身売買対策に係る広報活動等、安全な移住(Safe Migration)に関する青年層への国内キャンペーン等幅広い活動があります。

前述したように、IOMは国連組織に属しませんが、IOMは、ジンバブエの国連カントリーチームの一機関となっており、セキュリティーや人事関連規定等を共有しています。また、ジンバブエでは、国連機関を中心としたクラスターシステムが機能しており、特にコレラが大流行した際は保健及び水・衛生クラスターにおいて積極的な活動の調整が行われました。現在、IOMは早期リカバリークラスターと保護クラスター傘下のIDPsワーキンググループのリード機関となっています。

4.仕事内容について

前述したとおり、IOMでは各事務所にコアファンドというものはなく、プロジェクトによって各事務所が運営・維持されています。ジンバブエ事務所で働いているスタッフは、事務所代表も含め全員が一つまたは幾つかのプロジェクトに分けて雇用されており、1年以上の契約を持っているスタッフはいません。そのため、IOMがジンバブエにおいて支援を続けていくためには、プロジェクトを継続的に実施していくことが不可欠であり、プロジェクトが終了してしまうと、そのプロジェクトに関わっていたスタッフ達を解雇せざるを得ない、という状況になります。他方、事務所スタッフはプロジェクトの実施に専従しており、新規プロジェクトを形成する時間的余裕がないため、必然的にプロジェクト形成を専門的に担当するものが必要となるわけです。
プロジェクト・デベロップメントオフィサーとは、他の機関ではあまり存在しないポストですが、IOMでは各事務所に配置されており、新規プロジェクトの開拓、形成、現存プロジェクトの継続申請、新規ドナーの開拓等の業務を行い、事務所の各ユニットと協力し、全プロジェクト形成に関わる担当官です。また、ドナーからプロポーザルコール出た場合や国レベルでのアピールプロセスが実施される際は、事務所幹部及び関係ユニットを集めてそのコール及びアピールについての協議を行い、申請する場合には担当者及び申請までのワークプランを決定し、確実に申請期限内にプロポーザルを仕上げるためにフォローアップを行う、という業務もプロジェクト・デベロップメントオフィサーの仕事の一つです。

ただ、全てのプロジェクト書類作成を担当しているといっても、一人で最初から最後まで担当することは稀です。これまでにミッションで実施したことのない分野のプロジェクトを除き、事務所内の各ユニットがこれまでにプロジェクトで培った専門知識、新規または継続プロジェクトの実施計画、最新のデータを提供し、それをプロジェクト・デベロップメントオフィサーが取り纏め、最終的にプロポーザルとして仕上げて行きます。例を挙げると、昨年コレラが大発生した際には、事務所の保健ユニットが現地調査および保健クラスターでの情報共有によって得た情報を提供し、それらを利用してプロジェクト・デベロップメントオフィサーがプロジェクト書類を作成し、ドナーへの働きかけを行う準備をします。
なお、IOMでは、プロジェクトプロポーザルの質の向上、そして機関としての統一性を維持するために、各ミッションでのプロポーザル作成後、地域事務所の担当者及び本部の担当部署の承認を得ることを義務付けています。他方、ジンバブエのように緊急支援を行っている国においては、ドナーから1週間でプロポーザルを仕上げて欲しいという要請がきたり、緊急のプロポーザルコールが発出されることも珍しい事ではなく、時にこの承認プロセスを経ることが困難になることもあります。

現在、ジンバブエ事務所において進行中のプロジェクトは、40件ほどですが、その殆どが1年のプロジェクトであり、全てのプロジェクトの進行状況等を考慮しながら、新規プロジェクトの発案・形成、また、継続の可能性があるものについてはプロポーザルの更新作業を適宜行い、IOMプロジェクトのギャップを減らし、裨益者への影響を最小限にとどめるように考えながら仕事をしています。この仕事を担当していて一番充実感を覚えるのは、やはり自分が苦労して作成したプロジェクトがドナーからの資金を得て、そのプロジェクトが成功裡に実施され、最終的にプロジェクトの裨益者達が喜んでいる姿を見た時です。

国内避難民に対する職業訓練コース修了式において

5.終わりに

これまで、IOMの紹介、ジンバブエミッションの業務内容、そしてプロジェクト・デベロップメントオフィサーとしての仕事内容について述べてきました。ここで紹介したのはIOMの活動内容のほんの一部であり、国連機関に比べて知名度の低い国際機関であるIOMの活動に少しでも興味を持って頂くきっかけになればと思い書きました。また、私の業務内容に関しても、上述したプロジェクト・デベロップメントオフィサーとしての業務の他に、小規模な調査プロジェクトのマネージメントから、ドナーリエゾン、全プロジェクトの進捗状況の管理といった業務も担当しています。また、ジンバブエの状況及びプロジェクトの進行状況を自分の目で見て、その後の案件形成の役立てるために、なるべく頻繁に出張に行くようにしています。

ジンバブエは、独立以前は穀物を輸出するようなアフリカでも有数の農業国でした。そのような国が、約30年でここまで破綻してしまうことに当初は愕然としましたが、今後政情が徐々に安定することによって、現在外国に暮らしている数百万人とも言われるジンバブエ人の帰国につながれば、国内経済も活発化してくるのではないかと思います。この国は、気候も良く、隣国に比べて治安も良く、更に観光資源にも恵まれているので、将来的に大きく発展する可能性を秘めています。この国が緊急支援に依存している状況から脱出し、開発支援及び技術支援によって発展を遂げていく手助けをするために、今後もIOMの強みを活かしたプロジェクトを形成していきたいと思います。

2009年12月31日掲載
担当:内田(麻)
ウェブ掲載:柴土