第40回 牧 秀崇さん 財団法人日本国際協力システム(JICS) パキスタン・プロジェクト事務所(イスラマバード)

牧 秀崇さん(左)

牧 秀崇(まき ほたか):1980年東京都生まれ。立命館大学国際関係学部卒。アメ リカン大学(米国)国際関係学部卒。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学 専攻「人間の安全保障」プログラム修士課程修了。専門は人道的介入(とりわけ 「保護する責任」)。2006年、日本国際協力システム入団。食糧援助・貧困農民支 援プログラムを経て、2008年よりパキスタン支援プログラムに従事。

1.花とテロと力強い人々と

イスラマバードは今、一年で最も美しい季節を迎えようとしています。多くの家の庭先で咲き誇っているブーゲンビリアに加え、あと一カ月ほどするとジャカランダの花が町じゅうで咲き乱れ、イスラマバードを見下ろす丘から市街を見ると街のところどころが薄紫色に染まって見えるようになります。

そんな花と緑であふれる美しい街イスラマバードを首都に置くパキスタンは、ここ数年、常に治安と不安と混乱に悩まされてきました。毎日のように新聞やテレビを騒がす大小のテロ事件がパキスタン各地で起きてきました。そんな数々の苦しみや困難の中、それでもパキスタンの人々は「インシャラー(人事を尽くして(人によっては「尽くさず?」)天命を待つ)」と言いながら、大地の上で淡々としかし力強く生きています。そんな力強さに時に心から畏敬の念を抱かされながら、私たち日本国際協力システム(JICS)は、この地で4年以上に亘って事業を行ってきました。

JICSが再建した女子小学校で学ぶ児童たち

2.JICSの役割:援助をカタチに

日本国際協力システム(JICS)は日本で唯一の公的な調達専門機関で、主として日本政府と相手国政府の間で決定された援助の約束をモノや建物やサービス(供与された製品のメンテナンス法指導など)という形にして相手国政府や裨益者に届ける役割を果たしています。

JICSは日本政府の行うODAのうち主として無償資金協力事業を支援しています。無償資金の援助を行うにあたって、現金の形で被援助国政府に供与を行った場合、透明性を確保し、公平性や競争性を保った形でODA資金を効果的に活用することが困難なケースが往々にしてあります。そのため、被援助国政府に代わって、JICSが援助資金の管理を行い、また公正な入札や契約手続き及び適切な事業管理を行った上で、モノや建物やサービスなどの調達を行い、それらを現地まで届ける業務を行っています。

国際協力機構(JICA)が技術協力や有償資金協力も含めて案件発掘から始まる援助の総合プロデュースを行っているのに対して、JICSは決定された援助を透明性や公平性を担保したうえで「形にする仕事」をしていると言えます。

JICSイスラマバード事務所で行われた入札会の様子

3.パキスタンでのJICSの活動

JICSパキスタン・プロジェクト事務所は、2005年に起きたパキスタン北部大地震の直後に同震災に対する緊急援助及びその後の復興支援を円滑に行うために開設されました。現在は、(1)震災復興支援事業、(2)FATA地域(アフガン国境沿いの部族地域)の保健衛生・教育支援事業、そして(3)パキスタンの厳しい経済状況を緩和するために必要物資の供与を行っているノン・プロジェクト無償事業の3種類の事業を主として行っています。いずれも日本政府による援助で、これを「形にする」業務を行っています。

JICSはこれらの援助について、パキスタン政府が提出する要請内容の適切さを判断した上で、入札を通じて事業者の選定を行い、事業の管理監督を行って、裨益者に届けられるモノや建物、サービスの品質の確保と援助が形になるプロセスの透明性の確保を行っています。

震災復興支援では、被災地であるパキスタン北西辺境州のバタグラム県に約100校の耐震設計の学校と約20の病院及び1基の橋梁の再建を行っています。この事業のため、JICSはこのバタグラム県にもプロジェクト事務所を開設し、私たちは建設コンサルタントと共に工事の管理監督を行い、そして発生する問題の解決に奔走してきました。本来であれば、工事の進捗管理と品質管理が主な仕事であるはずですが、実際には日々発生する問題の解決が最も中心的な業務であるように感じています。例えば、小学校建設が決まった土地の所有者の兄弟が建設に反対して再建工事を妨害することや、学校へのトイレ建設に隣地の住民の理解がなかなか得られないこともありました。そうした際、地方の行政府や現地の有力者の協力も得ながら、一つ一つ話し合いを進めて、解決につなげてきました。問題が発生している現場は山中で携帯電話も通じず、またJICSパキスタン事務所にいる日本人職員は基本的に1名の体制であるため、時として、問題が起きている現場、その場で私自身が即決で判断を行わなくてはならないこともありました。

また、建設現場の多くは山中のアクセスが困難な場所にあり、レンガや鉄骨などの建設資材や建設什器の輸送を最後は人力やロバに頼らざるを得ない現場も数多くあります。4WDの車で入れる地点から「徒歩1時間半」の建設現場すらあります。

そのため、現場での施設建設は、毎日が解決困難な問題を解決するための闘いの日々です。しかし、建設コンサルタントや建設会社をはじめ地元関係者を含む多くの人々の協力によってこれまで何とか問題を乗り越えてくることができました。幸いにして、JICSによる震災復興支援は他国ドナーの事業よりもプロジェクトの完成が早いとパキスタン政府やバタグラム地方行政府からは高く評価されています。

震災復興支援の現場は山間地のため、冬期は寒さが厳しく工事ができない時もありました。
建設現場まで車輌が入れない所が多く、資機材の輸送も最後は人力や畜力に頼らざるをえません。

FATA地域への人道支援事業は、同地域が部族社会という特殊性から社会開発と貧困削減への取り組みが遅れており、貧困削減はテロなどの不安定要因を取り除くための重要な課題であると考えられていることから、日本政府によって支援が決定されたものです。この支援事業において、JICSはX線検査装置や超音波検査装置などの医療機器や救急車、発電機そして机やイスなどの学校備品を調達して、FATA地域の病院や学校に供与し、また医療機器や救急車などについては使用方法やメンテナンス方法のトレーニングを行っています。

FATA地域は治安上不安定な場所が多く、輸送事業者のトラックに武装警察護衛を同伴させることが必要なときもありました。FATA地域行政府が置かれているペシャワール市ですら現在は安全管理上外国人が入ることが難しく、FATA行政府を訪問して直接協議を行うことができないため、コミュニケーションの方法を試行錯誤しています。また2年ほど前に実施した現地調査時には武装警官の部隊を同伴の上で裨益対象の病院や学校に外国人である私が訪問することも制限付きながらできましたが、現在では治安の悪化により訪問はきわめて難しくなっています。そのため、製品の納入完了後にそれらが各施設に適切に納入され、使用されているかどうかを確認するにあたり、モニタリング調査の実施をFATA行政府に依頼するなどして、製品の納入状態や使用状況を確認する方法の模索を行っています。

このほか、パキスタンは累積債務の拡大や貿易赤字の拡大などによって経済的困難に直面しているため、恒常的に外貨の不足する国の厳しい経済状況の改善努力を支援することを目的としているノン・プロジェクト無償事業の実施も行っており、市民生活や公共事業に必要な製品の調達を行っています。

グル・ムハンマド・アバッド女子小学校。校舎はJICSが建設し、教材や学用品の一部はユニセフが供与しました。

4.国連との関わり

震災復興支援では、被災した小学校の仮設校舎や仮設トイレ、水タンクなどを国連児童基金(ユニセフ)が建設し、本設校舎の再建をJICSが行った施設もありました。他にも、小学校の校舎の再建と机やイスなどの学校備品の調達はJICSが行い、通学鞄などの子どもたちの学用品については、ユニセフが供与を行った施設もあります。

また、震災復興支援を行う援助機関が集まって開かれる治安に関する定期会合では、ユニセフや国連開発計画(UNDP)の方も交えて会合が行われ、安全面での意見交換も行ってきました。そうした場での経験から国連機関はやはり安全管理体制がしっかりしていると強く感じています。現在、私が行っている安全対策は治安に関する情報収集や意見交換、そして立っている姿勢からすぐに「伏せ」をする練習(イスラマバードの日本人学校では子どもたちは皆練習しているそうです)をベッドの上で行っているだけですので、国連機関の安全面での取り組みも参考にして、JICS事務所としてよりしっかりと安全管理体制を作っていきたいと思っています。

他にも、FATA案件では国連世界食糧計画(WFP)のスタッフの方と話をして、WFPが実施している輸送と引渡しの方法を参考にしたこともありました。FATA地域は、その地域的特性から裨益対象の各学校まで外国人はもちろん同地域以外出身のパキスタン人が入ることも難しいことから、どのように学校備品の納入を行おうか頭を悩ませていました。そんなとき、同じようにFATA地域で活動を行っているWFPの現地職員の方から、WFPではFATA地域の各中心都市までWFPが輸送を行い、そこから先は各地方政府が輸送や配布を行っていることを伺い、JICSの案件でもその方法を採用しました。実際に納入を行ってみると、FATA地域の治安が予想以上に悪化したこともあり、その方法が現実的に最良のやり方であったと感じています。

また、JICSはこれまで世界保健機関(WHO)などの国連機関や東南アジア諸国連合(ASEAN)事務局や国際獣疫事務局(OIE)などの国際機関をクライアントとして、医薬品やラボ機材の調達を行うなどの事業を行ってきました。ここパキスタンでも、JICSはイスラマバードにあるOIE研究所の鳥インフルエンザ対策のための改良工事事業を現在行っています。

アジメラ女子小学校。手前の2棟の仮設教室はユニセフが建設し、後方の周辺塀付きの本設施設はJICSが建設しました。

5.治安上の苦慮と自爆テロ

このところパキスタンでは治安が安定せず、私たちも業務を行う上で常に悩まされてきました。例えば、震災復興支援で再建した男子短大の建設中には、軍の駐屯地を狙って反政府武装勢力が発射したと思われるミサイル弾が短大の屋根に着弾したこともありました。また、バタグラム県のあるNGO事務所が武装勢力に攻撃された際には、安全確保のため、JICSも外国人スタッフを一時イスラマバードまで引き上げざるをえませんでした。FATA地域への支援事業では、政府軍と反政府武装勢力の間の戦闘などの治安悪化で、裨益対象となっている病院にアクセスすることができず、医療機器などを他の病院に代替的に仮納入せざるをえなかったこともありました。

業務以外の日常生活でも常に緊張を感じてしまう毎日です。そのため、爆竹の音をピストルの発砲音だと思って伏せをしてしまったり、深夜の大きな落雷をテロ攻撃と勘違いしたこともありました。

2008年9月にイスラマバードのマリオットホテルに対して大規模な自爆テロ攻撃があった際には、私はホテルから500メールほどの距離にあるJICS事務所で勤務中であったため、爆発に目の前で遭遇し、身の危険を感じました。JICS事務所の被害は窓ガラスが割れたのみでしたが、その衝撃の記憶はあの場で苦しんだであろう多くの人々の悲しみと共に深く自分の心に残っています。あの事件以来、いったいどうやったら「人がテロリストになる」というプロセスの鎖を断ち切ることができるかについて考えるようになりました。富裕層の若者がテロに走るケースもあるように、貧困があるからテロが生まれるという簡単な図式では決してないようです。現在のJICSの業務と直接は関係無いのですが、あのように人々が悲しむ悲劇を少しでも減らすために自分の人生の中で何ができるのかを模索していきたいと思っています。

バタグラム男子短大の引渡し式。この施設は、建設中に反政府武装勢力が発射したと思われるミサイルの被弾を受けました。

6.フィールドから思うこと

フィールドで働いていて感じることは、やはり裨益者に近い場所で働くことができるのは大変ありがたくまた貴重なことであり、そして圧倒的に面白いことであるということです。フィールドにいることで、自分が従事している援助の裨益者や支援を必要としている人々が実際にはどのような環境に置かれ、彼らの自己実現を効果的にサポートするためにはどんな手助けが必要とされているかを多少なりとも感じることができるためです。
一方で、問題が山積し、思ったようにはプロジェクトを前に進めることができない現実の中で無力感を感じることは日常的にあります。事業をやっていて現地の人々から感謝の言葉を頂くことがある一方で、一部の人々の果てしない欲望に辟易とさせられることも残念ながら日常茶飯事です。

他方、現地の人々から話を聞いたり、困難な生活の現状を垣間見る過程で、多くのことを考え、悩むことのできる機会はかけがえのないものだと思っています。例えば、貧困下に置かれている人々の生活を目にして何が必要とされているのかを考えさせられることはしばしばあります。また、人々から「無償でモノが来るよりも、雇用が欲しい」とか「自分たちが生産したものを先進国に販売できる輸出ルートが欲しい」と言われたこともあり、無償資金協力の役割や意義にも考えを巡らせながら、より良い援助を求めての模索を行うきっかけを与えてもらったこともあります。

また、現地の人々のみならず他の援助関係者と意見を交換できることも現地で働くことの大きな魅力だと感じています。米国援助庁の職員の方やセーブ・ザ・チルドレンのスタッフの方などこちらで他国(の)ドナーやNGOのスタッフと話をする機会が時折ありますが、そうした方々の中にはウルドゥ語を操るのはもちろん、FATA地域の子どもの衛生状況に大変に精通している方がいらっしゃったり、自分が誘拐にあったときの経験から「誘拐時に自分の身を守る正しい方法」を実践的に語ってくださる方がいたりと、この業界の方々の百戦錬磨の知識と経験そして鋼のような使命感には常に感心させられています。そうした方々に少しでも近づけるよう、今年こそウルドゥ語をもう少ししっかりと勉強し、また自分の従事しているプロジェクトのフィールドに対する理解をもっと多角的に深めていこうと決意しています。

現地スタッフの妹の婚約式に招かれて、一晩中踊ったこともありました。

7.JICSの使命を常に肝に銘じて

JICSは国連の各機関やJICAなどとは全く比較にならないほど小さな組織です。そんな小ささをアドバンテージにして仕事を行うこと、すなわち小さな組織だからこそできる小回りを効かせて、現場のニーズに合わせてフレキシブルな対応行っていくことがJICSにとって極めて重要であると最近考えるようになりました。

そして何より、血税を原資とするODA資金を1円たりとも無駄にせず、効果的な援助を透明性を確保した上で効率的に形にしていくというJICSの使命と存在意義を片時も忘れることなく日々の業務を行っていこうといつも強く考えています。まずは、ぬるいお湯の出るシャワーを浴びることができるだけでこの上ない幸せを感じながら、目の前のやるべきことを一歩一歩しっかりと行い、一日も早くそれぞれのプロジェクトを完成させるために、力の限りを振り絞っていきたいと思っています。

2010年4月11日掲載
担当:堀越
ウェブ掲載:秋山