第42回 合澤 栄美さん 国際協力機構(JICA)広報室報道課
合澤栄美(あいざわえみ):大分県生まれ。国際協力機構(JICA)広報室報道課勤務。上智大学外国語学部卒、英国リーズ大学大学院開発と障害修士。JICA入職後、途上国の研修員受け入れ事業、国際機関との援助協調、カンボジア事務所勤務、社会保障分野の技術協力事業、アジア太平洋障害者センターでの専門家としての勤務(2008年~2010年)を経て、2010年3月より現職。
はじめに
私は、JICA入職直後に担当となった研修員受け入れ事業をきっかけに、開発途上国の障害者支援に関わるようになりました。途上国の障害者や、障害者を支援する立場にある人々を対象とした、日本での研修のアレンジを担当し、途上国や日本の障害者リーダーから多くの刺激を受け、途上国における障害者の状況、効果的な協力のあり方について知りたいという気持ちを強くしました。その後、英国リーズ大学で障害学(Disability Studies)を学び、障害は個人の問題ではなく、社会が変わっていくことで様々なバリアを取り除くことができる、社会として取り組む課題であるという考え方に強く共鳴するようになりました。
その後、JICAカンボジア事務所や人間開発部社会保障課において、教育や法整備、障害者支援、社会保障分野の事業を担当し、2008年3月から2010年3月までの2年間、タイのアジア太平洋障害者センターに、人材育成分野の活動を支援する専門家として派遣されました。
アジア太平洋障害者センター(Asia Pacific Development Center on Disability: APCD)とは
APCDは、アジア太平洋地域の障害者支援を協力して行うために、タイ政府と日本政府により、2002年、バンコクに設立されました。(www.apcdfoundation.org) 障害者のエンパワメントと社会のバリアフリー化の促進を目標に掲げ、障害分野の人材育成、関係団体間のネットワーク構築、情報支援などに取り組んでいます。APCDの特徴は、障害者を受益者としてではなく社会に貢献できる重要なリソースであると捉え、大部分の活動において、障害者のリーダーが講師などを務めている点です。また、障害の種別を問わず、様々な障害を持つ人が、必要なサポートを得ながら一緒に活動に参加できるよう心がけています。このようなアプローチの根本には、障害者の参加を阻む社会のバリアや、それらに直面している障害者のニーズについて最も理解しているのは障害者自身であり、他の障害者や障害者支援に携わる様々な関係者に働きかけるのは障害者リーダーが最適であるという考え方、また、障害の種別を越えて連携することの大切さがあります。
私の仕事
2008年に私が派遣された時点で、APCDは設立後7年半が経っていました。既に33カ国から650人を超える研修員を受け入れ、各国政府の障害担当部門との協力に関する覚書が結ばれ、多くの障害者団体やNGOとの協力関係が構築されていました。
APCDは様々な活動を通じて、障害者と非障害者が出会い、経験や意見を交換する場を提供する触媒的な役割を担っています。タイで実施する障害分野の研修、過去にAPCDで研修を受けた障害者リーダーと連携して開催する各国でのワークショップ、各国政府高官を招聘した障害分野における南南協力に関する会合、様々な障害を持つリーダーが各国から集まって障害者団体の強化について意見を交換するワークショップなどを実施しています。専門家としての私の主な役割は、これらの活動の計画段階から実施、フォローアップの検討のプロセスを支援し、各活動の内容やアクセシビリティの確保に関する助言を行うことでした。APCDは障害者の活躍を支える裏方、そこでタイ人職員の育成を支援する私はさらなる裏方といった格好です。
着任時に気がついたのは、幅広い活動を複数展開していくことに精一杯で、若手の職員は事務手続きや調整業務に特化し、ごく少数のシニア職員が活動のコンテンツ作りをしていること、会議や出張の記録の作成と共有、個人に蓄積された様々な知識やノウハウの組織メモリー化、職員のキャパシティ・デベロップメントなどが十分にできていないということでした。センターの設立目的を達成するための活動と同時に、日々の業務を通じたAPCD職員の能力強化が必要であると強く感じました。そのため、議事録や出張レポートを迅速に作成したり、関係者間の情報共有を徹底したりするという基本的な取り組みから始め、研修やワークショップの準備・実施段階で、若手を含むタイ人職員の役割を徐々に増やし、私はそのサポートを丁寧に行うことを心がけました。その結果、若い職員が以前より能動的に責任を持って仕事に取り組むようになり、事務手続きや調整業務を行うだけではなく、活動の内容についても自分の考えを提案するようになってきました。
多岐にわたる活動の中でも特に印象に残っているのは、ろう者や知的障害者との活動です。従前のAPCDの活動には、様々な障害を持つ人が参加していましたが、聴覚障害や知的障害を持つ人の参加が比較的少ない状況でした。そのため、これらの分野の自助グループの強化を重点的に支援するとともに、他の活動においても、手話通訳者や支援者を配置するなどの配慮を徹底しました。タイから知的障害者が初めて日本へ研修に行ったり、タイや日本の知的障害者や家族が専門家としてアジアの国々に派遣されたりすることで、タイやミャンマーで初めて知的障害者たちの自助グループが設立されるなど、画期的な動きがありました。また、タイのろう者リーダーが近隣国のろう団体の強化に貢献するなど、域内の団体同士の交流も進んでいます。さらに、研修やワークショップに、ろう者や知的障害者および家族の参加が急増し、APCDが目指す障害種別を越えたネットワークが確実に拡がりつつあります。
パートナーとしての国連
APCDは、国連機関とも積極的に連携しています。特に、国連アジア太平洋社会経済委員会(Economic and Social Commission for Asia and the Pacific: ESCAP)との関わりは深く、2002年10月にESCAPの「アジア太平洋障害者の十年」最終年ハイレベル政府会合において採択された「びわこミレニアム・フレームワーク」の中で、APCDは、アジア太平洋地域において、障害者のエンパワメントと社会のバリアフリー化促進を担うセンターとして位置づけられています。アジア太平洋地域各国において、草の根と政府の両レベルにネットワークを持つAPCDと、国連機関として政策レベルの取り組みを行っているESCAPが連携することで、活動の効果を高めることができます。具体的には、APCDが実施している障害者自身の団体を対象とした域内ワークショップや政府高官との会合にESCAPが協力し、国連機関の取り組みについて参加者の理解を深めたり、同ワークショップに参加した国連関係者が草の根の障害者団体の取り組みについて情報を得たりしています。
さらに、コミュニティに根ざしたリハビリテーション(Community-based Rehabilitation: CBR)の推進については、ESCAPに加え、WHOやILOなどとも協力し、アジア太平洋地域で初のCBRに関する地域会合を開催したところ、各国から650人を超えるCBR関係者を迎え、CBRの事例紹介や今後の方向性に向けた議論が展開されました。このような議論において障害者自身の声が反映されることは不可欠ですし、国際的な舞台で途上国の障害者リーダーが発表する経験を積むということも、障害者団体を強化していく過程で重要なことです。また、政府高官は、APCDが単体で実施する活動よりも、国連機関との連携のもとで実施する活動に関心を向けます。また、「びわこミレニアム・フレームワーク」のような国連の文書にAPCDに期待されている役割が明記されることにより、各国政府の協力を得やすいという利点もあります。国連機関との連携は、このような観点からもAPCDにとっては重要な戦略のひとつであり、同時に、APCDと組むことにより、国連機関は、政策レベルでの取り組みが障害者の生活にどのようなインパクトを与えているのか、障害者は何を求めているのかを知ることができます。このように、ビジョンを共有するパートナーが、それぞれの強みを活かして連携することの大切さを実感しました。
おわりに
近年、開発途上国における障害に関する課題に対する関心は高まりつつありますが、依然、障害者の多くは最貧困層に属し、偏見や差別に直面しています。開発援助に携わる人たちからも、「障害のない人だって貧しいのに、障害者の支援なんて、まだ先の話なのでは」という意見を聞くことも少なくありません。一方、障害者リーダーは、自分たちよりもさらに苦しい状況にある農村の障害者や重度障害者のことを考えながら、インクルーシブな社会作りに貢献するために、障害者自身の啓発や能力構築、家族や社会への働きかけを行っています。ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)の達成は、人口の1割を占めるとも推計される障害者のインクルージョンなしにはありえません。国連機関をはじめとする援助機関は、障害者を社会的弱者としてだけではなく、貴重なリソースでありパートナーであると捉えて、彼らの意見に耳を傾けながら、共に社会のバリアを取り除いていくことが大切だと感じています。
2010年9月1日掲載
担当:高浜
ウェブ掲載:秋山