第9回 榮谷 明子さん UNICEFベオグラード事務所 Programme Communication Officer(現在はUNICEFジュネーブ地域事務所勤務)

榮谷 明子さん

略歴: さかえだに あきこ 日本の大学で文化人類学を学び、交換留学先のミシガン大学で医療人類学を知る。銀行で職務経験を積んだあとアメリカのSchool for International Trainingで異文化コミュニケーションや平和構築を専攻し、Intercultural Relationsの修士号をとる。2004年2月からJPOとしてユニセフ・ベオグラード事務所でプログラムコミュニケーション担当官として予防接種、ヨード欠乏症、HIV/エイズ、保健員の研修など公衆衛生のプログラムに多く関わる。現在はユニセフのジュネーブ地域事務所でコンサルタントとして日本政府拠出の鳥インフルエンザ対策のプロジェクトを担当する。順天堂大学医学部公衆衛生学教室に研究生として在籍。

<仕事の内容>

Programme Communicationは、Communication for Developmentとも呼ばれる分野で、ユニセフのプログラムの意図を、お母さんたちや、子どもたちや、仕事のパートナーに分かりやすく伝えたり、現地のニーズに合わせてプログラムを修正したりすることで援助の効果をあげる大切な役割を担います。たとえば予防接種のプロジェクトについて考えて見ましょう。まず厚生省などと協力して、その国の全国各地の保健所にワクチンを分配して、どの地域の赤ちゃんでも予防接種が無料で受けられるシステムを作ったとしますね。それだけでも大変な仕事ですが、実際に予防接種が実施されるには、お母さんたちに保健所まで赤ちゃんを連れてきてもらう必要があります。どうしたらたくさんのお母さんたちに来てもらえるでしょうか。まず、実施の場所と時間、および誰でも無料で受けられることを、お母さんたちに知らせなければいけません。それからこの予防接種が安全で、子どもを特定の病気から守ることができると説明することも必要でしょう。さらに仕事を持っている忙しいお母さんに合わせて保健所の開業時間を延ばさなければいけないかも知れません。このように、いい社会サービスを提供しようと思ったら、そのサービスについて分かりやすい言葉で告知し、受益者のニーズを把握し、利用しやすい形にシステムを作るなど双方向のコミュニケーションが必要なのです。

写真①

現地のニーズを細かく把握することはドナーとのコミュニケーションにも役に立ちます。特にセルビアをはじめ、中東欧の国々では、すでにユニセフがあちこちの国で成果を挙げてきた水と衛生や女子教育などのプロジェクトが必ずしも必要とされていません。子どもの主な死亡原因が衛生状況よりもむしろ事故であったり、教育の機会が少ないのは女子よりも少数民族だったりするのです。新しいプログラムに挑戦し、その効果を確かめたいと思ったら、既存のプログラム以上に綿密な準備が必要です。現地の状況を調査結果や資料を用いてきちんとドナー側に説明して資金を出してもらい、現地のパートナーと新しいアイディアを出し合ってシステムをつくり、援助の効果を評価し、システムを改善しながら、ドナーへの説明責任を果たすこと、このすべての段階にプログラムコミュニケーションの考え方や手法が役立ちます。

写真②

<なぜプログラムコミュニケーションを選んだか>

JPOに合格してユニセフの派遣先を探している時、プログラムコミュニケーションの職務内容を見て「これだ」と思いました。自分の興味や学歴にぴったりだったからです。そして私にとって試練でもあり、幸運でもあったのは、私が所属する中東欧・中央アジアの地域にプログラムコミュニケーション担当官がほとんどいなかったことでした。初めは仕事の内容が定まらず、事務所の中での自分の役割をなかなか見極めることができなかったため、上司に頼んでジョンズ・ホプキンズ大学の夏季セミナーを受講させてもらいました。そして学んだことをもとに同僚と一緒にじっくりと自分の仕事を組み立てていきました。1年が経ち、自分の考えやアイディアをプレゼンで発表できるようになった頃、地域事務所のアドバイザーやほかの国のコミュニケーション担当官に呼ばれて、短期でアルバニアやアゼルバイジャンの事務所に派遣してもらったことで、だんだん自信がついてきました。自分の仕事を客観的に分析したり人に説明したりできるようになるのには、任期いっぱいの2年間かかりましたから、その後、半年の延長期間をもらえて本当に良かったです。最後の半年間に実績を残し、自分の存在をアピールできたことが、現在の仕事をいただくご縁を呼び寄せたと思います。

写真③

<ローカル・ファンドレイジング>

ベオグラード事務所でもうひとつ貴重だったのは、ユニセフの新しいトレンドになりそうなローカル・ファンドレイジングという手法を体験したことです。援助を受けていた国が経済的に発展してきたら、プログラムによっては資金を現地で集めて、ユニセフは技術的な支援だけをすることも可能になります。ベオグラード事務所は2005年夏に、現地のカリスマ的なバスケットボール選手と一緒に「学校から暴力をなくそう」という運動をたちあげ、一般から寄付を募ったり、バスケの選手らにユニフォームなどを寄付してもらってチャリティ・オークションを開催したり、親善試合のチケットの売り上げを資金にするなど、現地の個人や法人から集めたお金でプログラムを運営しました。2006年夏現在、セルビアの全国50以上の小学校で「暴力のない学校」プログラムが実施されています。

(写真:保健員の研修風景)

<もっと知りたい人のために> "Involving people, evolving behaviour" UNICEF, Southbound Penang, 2000『開発コミュニケーション』 久保田賢一著 明石書店 1999

2006年10月18日掲載
担当:粒良