第173回:清田明宏さん 国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)保健局長
国連職員NOW!第173回では国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)保健局長を務めていらっしゃる清田明宏さんにお話をうかがいました。清田さんは大学時代に公衆衛生的な対策をすべきという問題意識を持ち、国際協力の道を志しました。どんな時でも物事をポジティブにとらえ、新しいことに挑戦していく清田さんのインタビューをお楽しみください。
プロフィール
清田明宏(せいた あきひろ):1961年福岡県生まれ。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。結核予防会・結核研究所に当初勤務。国際協力機構(JICA)でイエメン結核対策プロジェクトに取り組む。その後、世界保健機関(WHO)に入り、中近東の結核対策、三大感染症の責任者となる。2010年より国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の保健局長に就任。3,100人の保健医療スタッフをまとめる。2015年第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞受賞。
Q. なぜ国際協力に使命感や当事者意識を持ったのでしょうか。
私が大学生活を過ごしていたころ、国際協力の現場では国際機関や各国政府がベトナム・カンボジアの国境沿いで緊急医療サービスを盛んに行っていました。しかし私自身はそれに興味をもったのではなく、逆に公衆衛生的な対策をすべきという問題意識を学生ながらに持っていました。憧れとしてとらえるのではなく、自分事として考えられたことが、この分野に対する特別な思いにつながりました。
Q. 国際協力という分野で生きていくと覚悟が決まったのはいつでしょうか。
大学の時から、国際協力分野で仕事をしていきたいという思いは頭の片隅にありました。そのため、医療の分野でも1つの分野でずっとやるというよりは、様々な分野の医療を経験できるような次のキャリアにつながる就職先を探しました。そうやってキャリアを進めていくうちにだんだん覚悟や仕事に対する誇りができてきました。
Q. キャリアを選ぶときに大事にしてきたことは何でしょうか。
自分のやりたいことを大事にすることです。私の場合は、病気を見つけるのではなく治すこと。それは臨床の現場でも現在の仕事でもやってることは違えど大事にしていることです。キャリア形成の仕方として「何でもやれますと胸を張る20代」と「自分はこれができると胸を張れる30代」になれることが頼もしいと考えます。その理想像に近づくためには物事を「考える」ことが重要だと思います。
Q. なぜ仕事を短期間で変えていったのでしょうか。
運と巡り合わせです。一つ一つの仕事を考え抜き、確実に成果を出していくことで道が開けました。仕事をする上で専門性は入口にすぎず、その後はいかに考えられるかが大事になってくると思います。調べてわからないことに対していかにcritical thinkingができるか、知識や情報をどうやって使ってどういう風に考えていくかが今の時代は大事になると思います。
また、問題の本質を知るためには、プレゼンターや先輩、教授などにたくさん質問をしてロジックを理解する必要があるのではないかと私自身実感しています。
Q. 清田さんは「考える力」が大切だとおっしゃっていましたが、考える力が磨かれる瞬間はどういう時でしょうか。
質問する時です。何故ならば、漠然とした大きな問題があるときに、本当の問題が何かということは、質問して考えないとわからないからです。その問題のロジックがどのように組み立てられるかを、考えて行くことが大切です。もちろん、自問自答も含まれますが、自分よりも知識や経験のある人に聞くのも大切です。”I’m sorry I have a stupid question.”など勇気を持って思い切ってきいてみてください。また、言語的な面では、文化的な背景も含まれますが、日本語よりも英語の方が質問しやすいのではないかと感じています。たとえば、ハーバード大学4年生の韓国系アメリカ人のインターン生と次のようなお話をしました。その方は、韓国の文化で教育を受けてきた人は「先生は正しい、逆らわない」ことが正しいと習ってきている一方で、アメリカでは先生に「こうではないでしょうか。」と先生を疑ってかかるくらいの勢いがあると言っていました。このような違いも質問に対する姿勢の違いを生んでいるのではないでしょうか。
Q. 清田さんは、国際機関で大活躍されていますが、どのように英語力を習得されたのでしょうか?習得の方法についてご意見をきかせてください。
横須賀の米軍病院で研修していた経験があったので、WHOに入った時には「自分は英語ができる。」と思っていました。しかし、初めて書いたメモに上司から真っ赤な書き込みをされてしまいました。とても建設的なことをおっしゃってくださる上司だったので、私は恵まれていたと思います。そこで、もっと英語力を向上させたいと思い、Economistという雑誌を毎週買って電子辞書を片手に読んでました。当時はネットもそこまで普及していませんでしたしね。思い返してみると、それが一番英語力向上につながったと思います。
日本人は英語を書けて読めるけど、話せないと言われることが多いと思います。しかし、実際は読み書きもままならない日本人も多いのではないでしょうか。英語は読めるようになると、書けるようになって、話せるようになります。英語がネイティブでない人は、一生懸命読むことが必要です。加えて、英語の力そのもの以上に、その問題や出来事の背景が何かについても把握していないと議論についていけないです。そのため、英語での議論であっても、それについていけるかどうかは、日頃から新聞を読んでいるかも大切になってきます。
Q. これまでで一番考えさせられた仕事は何でしょうか。
UNRWAの仕事での、どうやって保健の現場の状況を改善するかということです。そのために多くのクリニックを訪問し、いろんな人と話しました。その際に漠然と話をきくのではなく、一番の問題が何かを追求してきいていくこと、話すことが重要です。そうすることにより、次のステップが決まります。
話は変わりますが、私の活動は現場で物を動かすことです。オペレーションとでもいいましょうか。その際大事なことは、物を簡潔にし、その理由付けをし、現場の人に、これをやってください、という風に持って行っていくことです。たとえば、糖尿病対策では運動教室をやってください、といったように伝えます。メッセージが簡潔であれば、現場の人はそれをどうやったら良いか、その現場の状況に合わせて考えます。場合によっては、学校の運動場を借りるということもあります。この時やってはいけないのは、現場の人に糖尿病対策をどうやってやるか一緒に考えましょう、と漠然ときくことです。
現場では様々なことが起こっているので、解決策を見つけるのは大変です。現場の人にすれば解決を見つけるのは我々のような人の仕事だと思っていることが多いです。現場の人にこれをやりましょう、そのためにはどうしたらよいか考えて教えてください、ときく方が物事は動きます。
Q. 現場でのお仕事は、自分の価値観と、被益者の間の文化や考え方の間に隔たりが生じることもあると思うのですが、どのように考慮していきましたか。
着任してから、管轄の全部の保健所やクリニックを回ったことが効果的だったと思います。「どういう患者さんがいて、その地域の人々や自分の所の職員がどういう生活をしているかがわからないと保健の問題は解決できない」とかつての上司に言われたことがありました。具体的には、給料がいくらか、それは足りているのか、子供が何人かなど、それら全てを知らないとうまくいきません。しかし、最終的に何をする必要があるかを決めるのは、リーダーです。もちろん、その決断にはコンセンサスは必要ですが、私が知っている国際協力で活躍している人はとても「わがまま」です。それは論理性を持って明白な理由でその決断をしており、自分を貫いているためです。複雑な問題でも、1番重要なことを取り出して、いかにきちんと論理付けして、ストーリーを作っていけるかが、鍵となります。
Q. UNRWAでの9年間で変化したこと、逆に変化していないことはどういったことでしょうか。
UNRWAはこれまで常に新しいことに取り組んできました。医療サービスの向上のため、家庭医のシステムを構築し、電子カルテを導入し、作業を簡略化したことは大きな変化といえます。
ヨルダンの医師のカリキュラムでは家庭医になるのには長い時間がかかります。そこでUNRWAで家庭医を育てるためにどうすればよいのかを考えました。そうしたら、イギリスの大学院で1年間で家庭医の免許が取れるコースがあったんですね。今ではそこで家庭医の免許を取った医師がUNRWAで活躍しています。ある年には、イギリスの研修過程の首席をガザの医師が取ったこともあります。あれはうれしかったですね。こうしてシステムを改善し、医療の質の向上を行ってきました。最近では、メンタルヘルスに力を入れていますね。
ただ、パレスチナ、シリア、レバノンの情勢はどんどん悪化していて、私たちの活動にも限界を感じることがあります。一番の解決策は戦争をやめることです。私にその権限はないし、どうすることもできないですが、それを言い続けないといけないと思っています。言い続けることでいろんな人が賛同してくれるのは面白いですね。
Q. 国際保健の分野で活躍し続けていますが、モチベーションを保つために行っていることはありますか。
新しいことに挑戦していくことですね。そして、それをどう戦略的にやっていくかが大切です。そのために大切にしている視点・姿勢があります。それは、私たちの活動は、普通の組織のピラミッドとは全く逆であるということです。つまり、一番上のボスは難民で、二番目にそれを支えているクリニックのスタッフがいて、三番目に各フィールドのまとめ役がいて、四番目にUNRWAのスタッフがいて、私は一番下にいると考えています。だから私は、疲れてくるとクリニックに行って患者さんやスタッフに話を聴くようにしています。一番困っている難民が最も大切なのです。
この考え方は、結核などの感染症の経験から学びました。感染症は患者さんが治ってなんぼなんです。見つかった病気が治れば勝ちで治らなければ負けというように、白黒がはっきりとしています。人間というのは、今日やったことが明日結果にならないとモチベーションはあがりません。だからいろいろな人からも話を聞いて、どうすれば結果がでるかというしくみを考え、プロジェクトを計画して実行して評価して修正してというサイクルを繰り返すのです。
Q. 国際機関で働いていることに関してとてもポジティブに物事をとらえている印象ですが。
私は国連に対してそんなに幻想は抱いていなくて、国連安全保障理事会以外はあんまり世の中には影響力はないと思っています。明日国連がなくなっても困るのは国連職員の職がなくなるということだけかもしれません(笑)。UNRWAのスタッフの中には、お金を持っている支援機関のことを信頼しており、お金をもらえる組織のために働いている人もいます。しかし最終的に難民が助かるなら、誰のために仕事をしてもいいと思います。
Q. では、明日UNRWAがなくなったらどうなると思いますか?
少なくともパレスチナ難民は困りますよね。未来永劫UNRWAが存在するかというとそれはわかりませんが、UNRWAが存在することは、パレスチナ難民が存在すると国際社会に訴える唯一の方法です。だから、UNRWAのサービス以上に、UNRWAが存在しているということが大事なのです。
Q. 短期的・長期的な目標は何でしょうか。
短期的な目標としては、まず薬不足を解決していきたいですね。他にも、メンタルヘルスの問題を見つけるだけでなく、快方に向かっているかまでケアできる環境とその指標を整備することも中期的な大きな課題です。
長期的な目標としては、娘が学校を卒業したので働くことが自分の中で絶対という状態ではなくなったのですが、それでも国際協力を続けていきたいです。やはり昔も今もこの仕事が面白いと思うからです。
Q. 日本の若者にパレスチナ問題をどう伝えていくのがよいでしょうか。
私が執筆した「ガザの声を聴け」・「ガザ-戦争しか知らないこどもたち」の2冊の本は、原案とは題名を変えて、少しでも読者にインパクトや衝撃を与えるためにあえて国連では使わない単語を使っています。また講演の内容も地域や年齢層にあわせて変えています。パレスチナ問題を無理に知る必要はなくあくまで個人の自由だと思いますが、興味を持っていただくきっかけや深めていく手助けができればと思っています。
Q. これから国際社会を舞台に仕事をしていきたいと思っている若者たちへメッセージをお願いします。
とことん自分を信じてやってみてください。自分がやりたいことを見つけてそれを仕事にできると一番いいと思います。それは1つじゃなくていいし、時間がたって変わればまたそのやりたいことを追求すればいいです。やりたいことができるようになると、人生が面白くなるのではないでしょうか。上司にとって都合のいい人材や何でも屋さんで終わるのではなく、常に自分の興味関心と向き合って日々を過ごしてほしいです。組織がどうやって動いているかを理解し、その中で自分ができることを見つけてそれが自分の好きなことであればモチベーションを高く維持して次のチャレンジに進めると思います。
参考文献
「天井のない監獄ガザの声を聞け」(集英社新書)(2019年)
https://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/0976-b/
「清田明宏・国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)保健局長 会見 2018.6.6」(2018年)
https://www.youtube.com/watch?v=VevqsWEFVZI
「ガザ:戦争しか知らない子供たち」(ポプラ社)(2015年)
https://www.poplar.co.jp/book/search/result/archive/2900266.html
「ガザ紛争から1年『戦争は人間の尊厳をも破壊する』国連機関局長の清田明宏さんに聞く」(2015年)
https://www.huffingtonpost.jp/2015/08/16/unrwa-seita_n_7994438.html
「パレスチナ難民のヘルスケアに取り組む ~清田明宏UNRWA保健局長~」(2014年)
http://blog.unic.or.jp/entry/2014/05/22/090000
「国境を越えた3人の医師の『憎まない生き方』」(2014年)
http://blog.unic.or.jp/entry/2014/05/19/090000
「すべてのパレスチナ難民に家庭医を~UNRWA医療サービス再生計画~」
(国連広報センター広報誌『Dateline UN 』Vol.80, 2012年)
https://www.unic.or.jp/files/dlun80.pdf#page=7
2019年9月18日アンマンにて収録
聞き手:右馬治樹、桑原未来、日比野佳奈、丸山篤子、依田恵
写真:田瀬和夫
編集:岡本昻、北萌
ウェブ掲載:岡本昻