第41回 上月 光さん 国連難民高等弁務官事務所 駐日代表補佐官

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プロフィール

上月 光(こうづきひかる):1973年埼玉県生まれ。早稲田大政治経済学部経済学科卒。東京三菱銀行、プライスウォーターハウスクーパース勤務を経て、01年ハーバード大ケネディ行政大学院修了。シティバンクエヌ・エイ在日支店、開発コンサルタントとしてUFJ総合研究所(当時)で勤務後、JPO試験に合格。04年7月に国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)ジュネーブ本部財務局予算課に着任、06年3月より現職。

Q. 国連職員を目指されたきっかけは?

国連に入りたいと昔から考えていたわけではありません。けれども、高校生の時にルイジアナ州ニューオリンズ市郊外の公立校に交換留学してから、厳しい状況にある人の役に立ちたいと思ってきました。白人、黒人とも貧しい同級生が大多数。移動式の簡易住居に住み、大学に行けない。彼らの父親は失業中か日雇い労働者、農場の作業員、エビ漁の漁師などでした。陸上競技を通じて黒人と、サッカーを通じ白人と、ゴスペルなど聖歌の合唱活動で宗教心の強い人たちと仲良くなりました。

経済を専門にするという私の方向性に影響を及ぼしたのも、留学中の出来事です。ちょうど、91年の湾岸戦争の最中。公民の授業で、兄が戦場へ行っているという同級生が「兵力ではなくお金ばかり出す他国はずるい」と言いました。意見を言うよう促され、日本は自衛のための兵力はあっても軍隊はなく、多額の金を出して後方支援しているのだと説明しました。先生が「各国がそれぞれ得意な分野で貢献をすればよい」と言ってくれました。

アジア出身は学校に僕一人。淋しくて、ミシシッピ川の河口近くの堤防に腰を下ろし、ぼんやりと行き交う船を眺めました。川崎汽船や日本郵船の船が通った時、とても嬉しかった。日本の企業社会ってすごいな、と思いました。

Q. 国連その後、国連に入るまでの経緯を教えてください。

途上国の経済発展と日本の企業の真の国際化に寄与したいと思い、海外進出をしていた都市銀行を就職先に選びました。支店勤務から始まり、自分にどういうスキルが身についているのか当時はわからなかった。もう少し国際的な仕事がしたいと思い、外資系企業に転職しました。

その後、日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所開発スクールの研修生となり、米国の大学院で開発金融を学びました。世界銀行やアジア開発銀行に就職したかったのですがご縁がなく、日本で再び銀行勤務をしました。結果を出すことを要求される代わりに、仕事を任せてくれるのが外資系。自動車会社の本社や現地子会社間の送金為替コストを削減し、銀行にとっても億単位の収益になる仕事をしました。プレッシャーで1か月間、耳鳴りが止まらないこともありました。国際協力への夢は消えず、大学院時代の同級生の多くが就職した国連で金融の知識や技能が活かせることを知り、JPO試験を受けました。

Q. JPOとしての前職はどのようなものでしたか。

三つ任務がありました。一つは、UNCHRの翌年度の予算編成。本部の各部局や各国事務所からの予算計画を精査し、配分を決めました。僕は、人件費や事務所の維持管理費などの間接費用を担当しました。二つ目は、突発的な人道危機へ対応するために緊急予算を組む仕事です。三つ目の組織変革の検討が、これまで誰もやったことがない重大任務でした。限られた予算の中でいかにやりくりするか。膨張一方の組織を冷静に見つめ、事務所の統廃合、人件費の削減等の具体案を出しました。

財務は、組織健全化のための「憎まれ役」ですが、現場のニーズに予算配分が追いつかないことがあったと思う。例えば、スーダンのダルフール担当者からのトラック運転手20人増の要請を断らざるを得ない場面があり、抗議に返す言葉もありませんでした。

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Q. 現在のお仕事について教えてください。

外務省、内閣府、国際協力機構(JICA)など政府や関連機関、パートナーであるNGO、民間企業への渉外が主です。具体的には、寄付や支援・協力の依頼、支援プロジェクトの提案や調整など。UNHCRへの理解や他団体との連携を深めるためのイベントの企画・実施もします。日々、現地の必要と支援者からの要望を合致させ、一刻も早くお金や物資を送り届けるよう、努めています。

昨年11月には、スーダン南部の主要都市ジュバやマラカルにある帰還難民の一時滞在所を日本のNGOとともに訪れました。水、教育、トイレ、診療所、電気などの欠乏を見て支援の必要性を訴えた結果、新たに資金を獲得することができて嬉しかったです。この視察で、日本のNGO、特に若い女性が最先端の厳しい環境下で働いているのを知り、感動しました。NGOにはまだまだ資金力が足りない。政府からのより一層の後押しを期待します。

Q. 将来やってみたい仕事は何ですか。

人道支援をする組織の中で、財務の仕事はいわば傍流。けれども、自分が自信を持てる分野で仕事をしたい。だから、今度は現地事務所で、具体的なプロジェクトの資金管理に携わりたい。川上からのお金の流れはわかったので、現場で受け取る側の状況を身を以って知りたいです。

Q. 国際協力をしたいと思っている人達にメッセージをお願いします。

日本のサラリーマンやOLの基本能力は非常に高い。人との接し方、エクセルやパワーポイントでの資料作り、メール処理、会議の準備、たまには飲み会企画など、日本人の社会人が身につけている技能は国際機関で十分に活かせます。これまで全然関連のない仕事をしてきた、と思わないでほしい。人事、法律、広報、財務など、様々な分野で力を発揮できます。

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また、ライフワークとして、普通のおじさん、おばさんが気軽に国際貢献できるような土壌をつくりたい。国際協力は特別な人がやっているわけではない。けれども、機会が限られているために、国連など国際協力機関で働く人達の学歴・職歴が必要以上にインフレートして(つりあがって)いると思う。裾野を広げたら、この問題も是正できるのではないでしょうか。

国連を目指す人達へ一言。「○○したい」も必要だけれども、「好き」かどうかがより重要だと思う。世界中から言葉も文化も違う人たちが集まって仕事をし、時に現場で汗を流す。そういう仕事に飽きないかどうかが鍵だと思います。

(2007年6月1日、聞き手:山岸千恵、幹事会広報担当。写真:田瀬和夫、国連事務局OCHAで人間の安全保障を担当。幹事会・コーディネーター。)

2007年6月18日掲載