第18回 渡辺 真樹子さん アジア開発銀行 紛争後の復興開発支援におけるコミュニティ主導型開発の役割-インドネシア・アチェの経験から-

写真①

プロフィール

渡辺真樹子さん

神奈川県出身。慶応大学法学部卒。ハーバード大学J.F.ケネディスクール公共政策学修士。国際協力機構(JICA)、国連東チモール暫定統治機構(UNTAET)、JICAアフガニスタン事務所、世界銀行インドネシア事務所などで、復興開発支援、特にコミュニティ主導型開発を通じたローカルガバナンス強化・地方開発に従事。2007年11月よりアジア開発銀行勤務。現在はインド、ネパール、バングラデシュで、コミュニティ主導型開発を取り入れた地方開発プログラム形成・実施に取り組んでいる。

1.はじめに

私はこれまでに、東チモール、アフガニスタン、インドネシアのアチェにおいて、国連PKOミッション、国際開発協力機構(JICA)、世界銀行の立場から紛争後の復興開発支援に携わる機会を得てきました。多岐に亘る復興開発支援の中で、アフガニスタンとアチェでは特にコミュニティ主導型開発(Community Driven Development: CDD)プログラムに注力してきました。CDDとは、主に世界銀行が中心となって90年代後半から推進してきたアプローチです。特徴としては、オン・バジェットであること(政府の開発予算を使うこと)、中央政府から地方政府を介さずに直接コミュニティに資金供給すること、マルチセクトラル・アプローチであること、コミュニティ自らが資金管理、プロジェクト実施・管理まで担うこと、などが挙げられます。CDDはコミュニティレベルの貧困削減だけではなく、国の地方分権化推進のため、コミュニティエンパワメントを通じて末端のガバナンス能力を強化させ、地方政府とコミュニティのつながりを強化・改善させることを目的としています。

このCDDプログラムは、昨今紛争後の復興支援においても効果的であるとして、ガザ、ルワンダ、東チモール、インドネシア、アフガニスタンなど、世界各地の紛争地で実施されています。私もインドネシアとアフガニスタンで直接CDDプログラムに携わる機会に恵まれました。したがって、今回はアチェでデザインから実施、評価まで携わったBadan Reintegrasi Aceh ? Kecamatan Development Program (BRA-KDP)という世界銀行のプログラムの経験をもとに、CDDプログラムが紛争の復興開発支援に如何に貢献できるのかを考察してみたいと思います。

2.ケーススタディ

2-1.アチェの紛争―過去と現在

アチェでは、歴史的にジャワ本島とは異なる政治、社会、文化、民族的背景に加え、インドネシア政府による天然資源の搾取や政治的抑圧が引き金となり、1976年以降独立紛争が続いてきました。その間に1万2千人以上が死亡。アチェに住んでいたほぼ全員が何らかの暴行、拉致、ゆすりの被害に遭いました。しかし、2004年12月のスマトラ沖地震・津波と当時のインドネシア政府のイニシャチブがきっかけとなり、2005年8月15日、インドネシア政府とアチェ独立運動を推進してきた独立派組織「自由アチェ運動」(GAM)がヘルシンキにて和平合意に署名。これによって、29年間続いた独立紛争が終焉しました。アチェの地方自治拡大及びインドネシア軍・警察の撤退を認める代わりに、GAMの武装解除が合意されました。2005年末には合意通り、武装解除と軍・警察の撤退が完了。2006年7月に定められた新アチェ法に則り、2006年12月には初の地方選挙が平和裏に行われ、GAM出身のイルワンディ氏が州知事に就任。また、19県のうち7県がGAM出身者を県知事に選出しました。2007年にはGAMは正式に政治組織として生まれ変わりました。

ジャングルに潜むGAMのゲリラ兵

一見順調に見えるアチェの復興支援ですが、紛争から平和への移行はそれほど容易ではありません。GAMとインドネシア政府・軍の武力衝突はほとんどなくなりましたが、より踏み込んだ調査を行うと、人々の間には未だに数多くの対立構造が折り重なって存在することが分かります。GAM除隊兵とそれを受け入れるコミュニティ、GAMと軍や警察、独立派と反独立派、GAMの上層部と下層部など、多数の対立構造が複雑に存在し、こうした対立関係は異なる形で表面化しています。アチェで現在最も問題になっているのは、土地、天然資源、政治権力、津波や紛争の復興支援をめぐる争いです。

ここで特に強調したいのは、援助が対立の種になっているという点です。紛争後、物資が極度に不足している環境で援助を行った場合、何らかの摩擦が生じるのは必須です。よかれと思って行った援助が潜在的に存在していた対立構造をより深めてしまったり、新たな対立構造を生み出してしまうということは実によくあることです。紛争後様々な権力構造が入り組む中で援助を行う際には、援助が対立構造にマイナスの影響を及ぼさないよう、また、既に存在する対立関係がプログラム実施の阻害要因にならないよう留意することが必要です。BRA-KDPはこうした問題意識から形成されました。

2-2. BRA-KDPの概要

BRA-KDPはインドネシア政府が自国予算から紛争被害者支援に充てた資金のうち約24億円をより効果的に配分するため、2006年から2007年にかけて実施されました。世界銀行が1998年からインドネシアで実施してきたKecamatan Development Program (KDP)というCDDプログラムをベースに、より紛争地に合致したデザインに改善したもので、世界銀行の協力のもと、インドネシア政府が実施しました。

BRA-KDPの目的

  1. 紛争被害者に援助を迅速かつ公正な方法で供与し、生計向上・経済活性化を図る。
  2. コミュニティのニーズに合った支援を政府の名の下に迅速に実施することで、新政府への信頼醸成を図る。
    (BRA-KDPを政府のプログラムとして実施することの意義はここにあります)
  3. 参加型の意思決定・プロジェクト実施プロセスを通じて、コミュニティ内の対立関係にあるグループの和解・関係改善を支援する。
  4. コミュニティ自らが開発ニーズを分析し、優先順位をつけ、プロジェクトを実施・管理するというプロセスを通じて、コミュニティのガバナンス能力を強化する。

BRA-KDPの仕組み

BRA-KDPはアチェ州19県のうち17県にある67郡、合計1,724のコミュニティに対してブロックグラントを供与。裨益者は約106万人に上りました。ブロックグラント額はコミュニティの紛争の度合と人口によって、1コミュニティ当たり$6,700―$19,000が与えられました。(紛争の度合いは、世界銀行が9つのデータを元に構築した紛争データベースによって決められました。紛争データの中には、紛争被害者数、軍事情報、警察情報、元政治犯やGAM除隊兵の数などが含まれます。) このブロックグラントは、コミュニティ集会で合意された開発ニーズに充てられます。資金はプロジェクトの進捗に応じて、3回に分けて支払われ、住民から選出されるプロジェクト管理チームが毎月、進捗状況ならびに会計報告を行うことになっています。詳細な説明は省きますが、第1ステップの郡レベルでのプログラム説明会からコミュニティのサブプロジェクト開始までは平均約56日間で完了しました。これは、他の類似プログラムと比較してもかなり短期間であると言えます。

2-3. BRA-KDPの特徴

BRA-KDPが紛争後のアチェにおいて複雑に入り組む対立構造をより深めてしまったり、新たな対立構造を生み出してしまわぬよう、事前に何度もフィールドで紛争調査を行ってデザインに工夫をしました。以下に主な特徴を説明したいと思います。

(1) オープン・メニュー方式

一般的にCDDプログラムはどれもそうですが、BRA-KDPでもブロックグラントの使途は定めませんでした。何のために、かつ、誰のために資金を使うかはコミュニティの意見に基づいて決められます。道路を作るのでもよし、コミュニティの中でも特に紛争被害のひどかった一部の人たちへの援助に充てたいということであればそれも可能です。資金を独立派と反独立派が共存するコミュニティでは、コミュニティの結束を高めるために、モスクを建設したところもありました。セクターを定めないこの「オープン・メニュー方式」をBRA-KDPに取り入れた理由は主に2点あります。第一に、特に紛争地では地域によって紛争被害の種類や度合いが大きく異なり、コミュニティのニーズは多岐に亘るため、セクターを限定したアプローチではコミュニティのニーズに合致した援助ができないためです。第二に、コミュニティ自身が開発ニーズを分析し、優先順位をつけるというプロセス自体がコミュニティのエンパワメントにつながると考えるからです。資金の使途を決める際に摩擦は起きやすいものですが、その難しいプロセスを武力ではなく議論を通じて行うことで、平和裏に問題解決をする能力を高められるのです。

(2) ソーシャライゼーション

「ソーシャライゼーション」とは社会学的な考えに端を発した言葉ですが、いわゆるプログラムに関する情報伝達のみならず、プログラムが醸成しようとしている価値観や行動様式をコミュニティに汲み取ってもらおうとするプロセスです。正確な情報発信を怠るとすぐに誤った噂が流れていまいます。アチェでも、「紛争被害者は全員Xルピアもらえる」だの、「BRA-KDPのブロックグラントの10%は元GAMに寄付すべきと政府が決めた」といった噂が多数流れました。この噂を信じて、数日間かけて州政府にお金をもらいに来たコミュニティもありましたし、ブロックグラントをGAMに一部渡した後、誤解と分かり、コミュニティとGAMの間で武力衝突に至ったケースもあります。誤った噂による誤解は後に人々の怒りを買うだけでなく、政府に対する不信感を増大させたり、不要な対立を招く恐れがあります。これを防止するために、BRA-KDPではソーシャライゼーション・チームを設立し、新聞、ポスター、チラシ、ラジオ、コミュニティ集会、女性集会、教師や宗教リーダーなどに対する集会など様々な手段を用いて、異なるターゲットグループに正しい情報を伝達し、プログラムを通じて何を達成しようとしているのかを理解してもらうことに努めました。さらに、コミュニティにメッセージを届けるためにはどの手段が最も効果的だったかを随時フィールドで調査し、情報戦略を常に改良し続けました。さらに重要だったのは、コミュニティの誰もがアクセスできる苦情ホットラインを設けたことです。大部分は匿名のテキストメッセージでしたが、州都にいるファシリテーターが政府と一緒に管理・返答しました。深刻な問題や内部告発があった場合には、実際にフィールドに出向き、事実関係を調査し、解決策を探りました。何かあった時にコミュニティが苦情を言える手段を設けること、また、それに対して政府がきちんと一人一人に回答する、という地道な作業も、正しい情報を伝達するとともに、信頼を醸成するのに必要不可欠でした。

女性集会の様子①
女性集会の様子②

(3) 紛争被害者マッピング

BRA-KDPでは、貧困マッピングの代わりに紛争被害者マッピングを行いました。これは、コミュニティが自分たちの被害の種類や度合いに応じて被害者のカテゴリーを設定し、人を区分する作業です。被害の度合いが高いグループのプロポーザルが優先される仕組みになっています。大多数のコミュニティが被害の高・中・低というグループ分けを行っていました。各カテゴリー毎に振り分けられた人々のリストを一定期間貼りだし、苦情がなければ確定する仕組みです。BRA-KDPのブロックグラントの約9割は生計向上の資金として、家族ごとに、被害の度合いに応じて配分され、一部はコミュニティ全体が裨益できる公共サブプロジェクトに充当されました。被害の度合いに差があることを他人にも認識してもらい、微々たる額でもそれに応じて資金を配分したことは、被害者にとって心理的に重要だったようです。

紛争被害者マッピングの様子

(4) モニタリング・評価

冒頭触れたとおり、援助は新たな資金を投入するわけですから、何らかの摩擦が生じるのは必須です。しかし、この摩擦をうまく統制できないと、新たな対立が生じたり、紛争時から存在していた対立がより深刻化してしまう可能性があります。紛争後は権力構造が非常に流動的ですから、BRA-KDPによってコミュニティ内の権力構造がどう変化しているのか、或いは、プログラム外の様々な対立がいかなる影響を及ぼしているのかを逐次モニタリングする必要がありました。したがって、定期的に世銀・政府・ファシリテーターの合同調査を行い、プログラム期間中、67郡のうち47郡を回り、モニタリングで明らかになった問題点を適宜プログラムのデザインや活動に反映しました。日々のモニタリングは州レベルからコミュニティレベルに亘って、合計3,700人以上のファシリテーターが行い、月例報告をMISシステムに登録するとともに、世銀・政府との月例会議を行いました。こうしたきめ細かいモニタリングによって、素早く問題に対処することが可能になりました。

最後に力を入れたのは評価です。CDDは紛争後の復興開発、特に対立しているグループ間の信頼醸成、新政府に対する信頼醸成、迅速な復興支援といった面で役立つという認識はかなり広がってきました。しかし、それを実際に立証する定量的な評価は多くありません。大多数の評価は定性的で、限られたフィールド調査で「住民は満足したと言っていた」からプロジェクトは成功である、といった見聞録に留まっています。また、CDDのようなプログラムが成果を達成できたかだけではなく、なぜ成果が達成できたのか、そして同じプログラムでもコミュニティによって成果が異なるのはなぜか、といった踏み込んだ調査研究はほぼ皆無です。したがって、我々は、今後CDDを異なる紛争地で実施する人たちに役立つよう、定性的な調査を行うと同時に、コロンビア大学・スタンフォード大学と共同で、大規模な定量的調査(Randomized survey)をデザインしました。現在はプログラム終了1年後のデータ収集をしており、またその1,2年後に同じ調査を繰り返し行い、時間の経過とともに成果にどのような変化が生じたかも分析します。評価のポイントは以下の通りです。

  1. BRA-KDPの成果は達成できたか。プログラムの成果は、(i) 社会的融合、(ii) 政府に対する信頼醸成、(iii) 紛争被害者の生計向上の3点です。
  2. なぜBRA-KDPが効果的であったか(あるいは効果的ではなかったか)、効果を左右した要因は何か。この要因は、プログラムのデザイン・実施方法に関わる内的要因と、コミュニティの紛争状況などの外的要因に分けて考察します。
  3. BRA-KDPの効果に、他の援助プログラムの存在が関係したか、そうであればどのような援助プログラムの並存がより効果を増大させたのか。これによって、CDDの他にどのようなプログラムを実施すれば、より高い効果を達成できるのかが分かります。

2-4. BRA-KDPの成果

定量的なデータに基づいた評価結果は上記の通りまだ現在収集中ですが、複数のフィールド調査からは、肯定的な反応を得ています。

(1) 紛争被害者の生計向上

通常のCDDプログラムでは、ブロックグラントの7割以上が地方インフラに使われます。ところが、BRA-KDPでは、ブロックグラントの89%がインフラではなく経済活動に充てられました。経済活動の中で最も多かったのは家畜や農業(肥料、種子、農業機具等)で、その他には小規模ビジネス、マイクロクレジットなどが含まれます。ほとんどの人が日常品を買うためではなく、長期的な収入向上につながる投資にブロックグラントを使いました。実際にどれだけの収入向上を得られたのかは、現在実施している定量的評価結果を待たなければ分かりませんが、あまり大きな借金をせずに農作物の作付けを拡大できたケースや、家畜を飼って定期的な収入向上を得たケースが多々見られ、少なくとも短期的には確実に生計向上につながったと言えます。

グラフ
BRA-KDPが支援した乾物作り

BRA-KDPで経済活動が大半を占めた最大の理由は、紛争により経済が疲弊したアチェで最もニーズが高かったのが生計向上につながる資本だったからです。その他には、BRA-KDPがいわゆる紛争被害の「賠償」であるため個人に配分されるべき、という考えが強かったことや、他の援助プログラムで地方インフラ整備は賄えるケースが多かったことがあげられます。

但し、経済活動とインフラの比例は地域によって大きく異なりました。フィールド調査を行った20郡のうち13郡では経済活動が80%以上を占めたのに対し、3郡では比率は50%ずつで、4郡では70%以上がインフラに充てられました。この地域的なばらつきは、地域によって被害の種類や度合いが異なることや、他の援助プログラムの有無に差があったため、コミュニティが求めるものが大きく違ったことによるものです。つまり、セクターを限定せずに柔軟性を持たせた方がコミュニティのニーズや状況により合致した援助ができることを示唆しています。

(2) 新政府に対する信頼醸成

アチェの紛争では、インドネシア政府が不当に住民を搾取・抑圧しているとの認識が強かったため、政府に対する不信感はトップがGAMに替わっても根強く残っていました。また、GAMに代わってからも、汚職や一部のGAM上層部による利権の独占が目立ち、人々の期待は薄れつつありました。そのような中で、援助資金を公正かつ透明性の高い方法で配分することは非常に重要でした。BRA-KDPの開始に当たり、住民の多くは半信半疑でした。しかし、実際に自分達が意思決定の主体となり資金配分を決めたこと、資金が2,3ヶ月で手元に届いたことなどから、徐々に「政府もやればできるんだ」という肯定的な意識が醸成されました。また、GAMとして武力闘争に関わらなかったコミュニティも紛争被害者であるということを政府が認識し、それに対して援助を行ったことは、コミュニティの心理に大きく影響しました。印象的だったのは、フィールドでインタビューしたある住民の次の言葉です。

「私たちはGAMとインドネシア軍の双方から被害を被った。暴力を振るわれたし、お金やモーターバイクも持っていかれた。村全員が1ヶ月以上森にこもったこともあったし、紛争のせいで違う土地に逃げざるを得ない人もたくさんいた。GAMが政権をとったら、“お前達は武器を持って戦わなかった、ただ乗りしていただけだ”とののしられた。今回、BRA-KDPを通じて政府からお金をもらったことは、政府が私たちの犠牲をようやく認識してくれたという証しで、お金よりもそのこと自体に意味がある。」  -南アチェ県住民

(3) コミュニティ内の和解・関係改善

BRA-KDP実施に際して最も配慮したのは、元GAM除隊兵とコミュニティの関係です。特に、GAMは既に彼らのための特別な援助プログラムがあったため、BRA-KDPの対象から除外しており、GAMの反発を買う可能性が高かったのです。アチェのGAMとコミュニティの関係は大きく分けて3通り存在しました。ひとつは、GAMが紛争時から強い支配力を持ち、紛争後もコミュニティを牛耳っているケース。こうしたコミュニティでは、ブロックグラントを搾取しようという動きが頻繁にありました。ふたつめは、GAMに対する住民の支持が強いものの、GAMが圧倒的な支配力を持っていないケース。この場合、GAMとコミュニティの関係は友好で、プログラムはスムーズに実施されました。最後は、コミュニティがインドネシア軍とGAM双方の被害に遭ったケース。この場合、GAMとコミュニティのコミュニケーションはほとんどなく、プログラムの実施は根拠のない噂に大きく影響されました。

BRA-KDPでは、GAMの反発を最小限に抑え、彼らのコミュニティへの融合を推進すべく、GAMにソーシャライゼーションをしっかり行うことと、除隊兵をプログラムのファシリテーターやプロジェクト管理・実施チームの一員となることを奨励しました。また、第3のケースのように、まだまだ壁が厚い場合には、月例プログラム会議にオブサーバーとしてGAMを招聘し、少なくとも正しい情報が渡るよう配慮しました。実際、GAMのコマンダーレベルの人は実行力と統制力に長けていて、コミュニティの意見調整に大きく貢献したケースが少なくありませんでした。また、GAMがプログラム当事者であった場合、ブロックグラントを搾取しようというGAMの動きを防ぐことができました。ブロックグラントこそもらえませんでしたが、プログラムの一員となることで、コミュニティとの接点が増え、信頼を勝ち取ることができたという点で、GAMも裨益したと言えます。また、コミュニティとしても、近寄りがたい雰囲気のあった除隊兵と日々プロジェクトという中立的な作業を一緒に行うことで、徐々に親近感が増していったようです。

3.今後の課題

今後の最も大きな課題は、プログラムを通じて醸成しようとした人々の新しい意識や行動様式を、プログラム終了後どう持続させるかです。この課題を克服するには、以下の3つの問題に取り組む必要があります。

3-1. コミュニティの意識・行動様式をどう変えるか

コミュニティはBRA-KDPを通じて参加型の意思決定プロセスや透明性の高い資金管理方法、自分達自身によるプロジェクトの実施・管理手法を学びました。また、共同作業を通じて対立しているグループとの信頼が醸成できることも経験しました。しかし、このCDDアプローチが果たしてその他の開発プロジェクトやコミュニティの開発以外の活動に適用されるかというと、外部の働きかけなしにはまだまだ難しいと思われます。プログラムのフィールド調査では、自分達で資金の使途や配分を決められたことに対して大部分の人が好意的な反応を示しました。しかし、だからといってコミュニティの物事のやり方をすぐに変えるのは困難です。特に、村政府やGAMなどの有力者達にとって、従来のトップダウン方式でやった方が自分達の利益を最大化させられる場合にはなおさらです。人々の意識や行動様式を変えるには、かなり時間を要するものです。したがって、本当に意識・行動様式を変えたいのであれば、引き続き、同様のプログラムを通じてCDDアプローチの利点を人々に理解してもらうこと、CDDの価値観を支持する人々がトップに対して行動様式を変えるようプレッシャーをかけていくこと、また、プログラムの中で汚職などには厳しく対処することで、コミュニティのエリート層の意識を変えていくことが必要です。

3-2. 政府の意識・行動様式をどう変えるか

CDDが導入しようとするボトムアップアプローチを持続させるには、当事者であるコミュニティだけでなく、政府の意識・行動様式を変えることが必要不可欠です。CDDは多くの政府にとって新しいコンセプトであるため、初めは懐疑的な反応を示されることが少なくありません。また、資金が中央政府から地方政府を介さずにコミュニティに直接流れるため、地方政府としては当然面白くありません。(但し、その方が汚職の確率を減らし、コミュニティに資金が届くスピードが増すことは言うまでもありません。)さらに、CDDはマルチセクトラルであるため、セクター別の省庁からは、自分達の権限と領域を侵している、という拒絶反応を示されることが多々あります。しかし、実際には、CDDは政府にとって多くの利益をもたらします。

第一に、コミュニティにとっては、より迅速に、かつ、地方政府の汚職でプログラム資金が目減りすることなく援助が届く訳ですから、政府に対する信頼は高まります。第二に、コミュニティが実施するインフラ整備の方が、コントラクターに委託して行うインフラ整備よりも50%以上安価に、かつ、質のよいものが出来上がります。(質はオーナーシップがあるかないかに大きく左右されます。)したがって、政府にとってCDDはより費用対効果が高い訳です。第三に、地方インフラ整備や社会開発プロジェクトのもたらす雇用相乗効果は絶大で、政府にとってCDDは経済発展・貧困削減に大きく貢献するプログラムです。例えば、インドネシア全国でKDPの直接裨益者は来年960万人になりますが、間接的裨益者は1,340万人にも上るのです。最後に、CDDは政府を除外するのではなく、むしろ、政府とコミュニティのつながりを強化しようとするもので、政府の役割はより重要になってくるのです。例えば、CDDはあくまでもコミュニティレベルのプロジェクトしか実施できませんし、CDDが全ての問題を解決できるはずがありません。規模の大きい開発は当然地方政府やセクター省庁が実施しなければいけませんし、戦略的な開発計画の策定や、公共サービスの供給といった問題は政府が引き続き取り組むべきものです。また、コミュニティレベルで学校やクリニックを建設したとしても、その運営のための教科書代、教師代、医療スタッフ代などは政府が賄わなければいけないわけで、コミュニティと政府はプロジェクトの計画段階からコミュニケーションをよく取り、運営費用などについて事前に合意しておく必要があるのです。こうした利点を政府に理解してもらうには、継続的にプログラムを実施し、きちんとした評価を行い、プログラムの成果を立証していくことが必要となります。また、早期にプログラムのコンセプトを理解し支持してくれる上級政府役人を見つけ、その人に政府内の説得工作をしてもらうことも効果的です。

3-3. 政府の意識・行動様式をどう変えるか

皮肉なことに、ドナーの意識・行動様式がプログラムの成果を持続させる妨げになることが少なくありません。ここでは特に2点に着目したいと思います。1点目はドナー間の競争意識です。複数のドナーがあるひとつのアプローチに統一的に取り組むことはほとんど皆無です。例えばCDDの定量的な評価結果をもってドナーにその有用性を納得してもらうのは容易ではありません。「世銀が自分達のアプローチを押し付けようとしている」という反応がほとんどです。より効果的なアプローチを考案するために建設的な批判は重要ですし、何事もトライアル・アンド・エラーですから、様々な方法を試すことも大切です。しかし、同一コミュニティに複数のドナーが別々の住民組織を作っているようでは逆効果です。コミュニティはそれを見てどう思うでしょうか。私だったら、「どうせこれもまたすぐ消えてなくなるんだ」と思って生半可な気持ちで取り組むでしょう。そんなことでは、どんなプログラムも台無しです。もし既にある組織や仕組みが存在しているのであれば、新たに策定するのではなく、既存のものを改善すべきです。自分達の援助の付加価値を高めるためには、必ずしも新しいアプローチを導入する必要はないはずです。2点目はドナーのプロジェクト・ベースの視点です。往々にしてドナーはプロジェクトを実施する3-5年間くらいの視野しかもっておらず、プロジェクト終了後、その経験をどのように制度化するかというビジョンに欠けています。例えば、新しい住民グループを組織した場合、プロジェクト終了後、それらはどうなるのでしょうか。仮にプロジェクトを通じて人々の意識や行動様式を少しずつ変えられたとしても、プロジェクト以降はどうなるのでしょうか。もしその成果を持続させたいのであれば、どうしても継続的な支援が必要になります。もし資金的に何年も継続して実施するのが困難であれば、他のドナーや政府のプログラムとどう連携させられるかを考えればいいのです。方法は探せばあります。問題は全てを自分達の短期間のプロジェクトの中で完結させようとするドナーのプロジェクト・ベースの視点なのだと思います。

4.私の提言

ここでは、プログラムを通じて醸成しようとした人々の新しい意識や行動様式をどう持続させられるのか、援助実施機関に対する提言を行いたいと思います。

4-1. 単発のプロジェクトではなく、継続的な支援を。

どのようなプログラムであれ、その成果を持続させるためには長期に亘る支援が必要不可欠です。BRA-KDPは2007年に終了しましたが、幸い、アチェで1998年来続いてきたKDPがその後もBRA-KDPの経験を取り入れ、引き続き実施されます。KDPは10年以上CDDアプローチを推奨してきた結果、コミュニティも政府も随分とその利益を理解してくれるようになってきたと思いますし、住民や政府の中にはCDDの強力な支持者も生まれました。特に、何年もかけてプログラム内で汚職やエリートの資金独占などには警察や裁判を含め厳しく対処してきたこと、プロジェクトの結果やプロセスが上手くいったコミュニティにはより金額の大きいブロックグラントを供与したり、賞を与えるなどのインセンティブを供与したことが、住民の意識・行動様式の変化に貢献しました。また、最初は懐疑的だったインドネシア政府も、徐々にKDPが自分達に有益であることを認識し、今年からKDPを国家貧困削減プログラムとして全国展開することを決定しました。総予算1,200億円、対象コミュニティは全国の9割に当たる70,000コミュニティという莫大な規模ですが、政府は予算の6割を自分達で負担します。10年かかりましたが、最終的にKDPは政府とコミュニティの意識・行動様式を変えるのに少なからず貢献できたと言えると思います。この期間を長いと見るか、成果の持続性を確保するには必要な期間だったと見るかは、プログラムを実施する側がどこまで本気で取り組む用意があるかに拠るのだと思います。

ここで再度強調しますが、継続的な支援は必要ですが、どのドナーも予算的な制約が当然ありますから、自分達だけで長期間のプログラムを実施することは不可能ですし、その必要もありません。重要なのは、どのくらいのスパンで関与していくつもりなのか、その後、同様のプログラムを継続したい場合、連携できるドナーやプログラムが他にあるかどうかを事前にきちんと検討しておくことだと思います。

4-2.エンド・ゲームを明確にし、それに向かってプログラムを柔軟かつ戦略的に発展させる。

長期的な関与は重要でも、プログラムを永続的に続けるわけにはいきません。コミュニティ開発プログラムを通じて何を達成したいのか、そのためには長期的にどのようにプログラムを発展させていけばいいのか、そしてどの時点でフェードアウトするかというエンド・ゲームを予め描いておくことが重要です。例えば、KDPは10年間全く同じことを繰り返してきた訳ではなく、最終的な目的に向かって、柔軟かつ戦略的に発展を遂げてきました。KDPの最終目的は、コミュニティレベルの貧困削減に寄与すること、また、インドネシアの地方分権化政策を促進すべく、コミュニティエンパワメントを通じて末端のガバナンス能力を強化させ、地方政府とコミュニティのつながりを強化・改善させることです。エンド・ゲームとしては、2つの長期的なシナリオがありました。一つは、KDPを国家貧困削減プログラム化させ、政府の開発予算で運営してもらうことでプログラムの持続性を確保すること。もう一つは、CDDを通じたボトムアップの開発計画策定と、政府のトップダウンの予算配分をうまく融合させる仕組みを構築することです。第一のシナリオ達成に向けては、10年かけて徐々にKDPをスケールアップさせ、他のドナーも取り込みつつ、KDPのもたらす利点をインドネシア政府に理解してもらいました。その際、毎年フィールドの教訓や新しく判明したニーズなどを踏まえ、柔軟に活動を発展させていったことが功を奏しました。BRA-KDPがそのよい例です。KDPは単なる貧困削減プログラムではなく、紛争後のコミュニティ間や政府に対する信頼醸成のツールになることを立証することで、CDDアプローチの汎用性を政府に対してアピールしたのです。第二のシナリオ達成に向けては、KDPの経験をもとに、コミュニティと郡政府をつなぐ仕組みを構築するための別のプログラムを形成しました。この第二のシナリオはまだまだ長い道のりですが、KDPを地方分権化支援の一画と位置づけているからには、達成しなければいけないシナリオです。いずれにせよ、プログラムの効果を最大限引き出すには、長期的かつ戦略的なビジョンと柔軟なプログラム実施が必要だと思います。

4-3.プログラムの教訓を政策に反映させ、制度化する。

我々全ての援助実務者が目指すべきは、プログラムの教訓を政策に反映させ、制度化することです。仮にCDDを通じてコミュニティや政府に新しい意識・行動様式を醸成させられたとしても、それを支援し、持続する環境が整備されていなければ長続きしません。例えば、いくらコミュニティがイニシャティブを取って、自分達が作った開発計画を郡政府に提出したとしても、それを地方政府予算に反映させられる仕組みがなければ、コミュニティの開発計画は無意味です。したがって、あるプログラムが効果的であった場合には、その教訓を単に政策提言という形で政府に提出するのではなく、実際に政策化されるよう、プログラムの実施中から政府を巻き込み、実際の成果をフィールドで直接見て納得してもらえるよう努力する必要があります。また、きちんとした定量的評価を行い、プログラムの成果を科学的に立証することが大切です。

もし政府が納得し政策化した暁には、その政策の下にドナーのハーモナイゼーションを図ることが可能となります。ハーモナイゼーションでアプローチを統一すれば、2つの効果が得られます。1点目は政府のプログラム管理にかかる労力削減です。複数のドナーが異なるプロジェクトをバラバラに実施しているとそれを管理する政府は大変ですし、特に紛争地でキャパシティが限られている場合にはほとんど不可能です。2点目はコミュニティの混乱防止およびプログラムの正当性の強化です。特に多数の援助プログラムが入る紛争地などでは、同一コミュニティが複数のドナーから援助を受け取ることが多く、アプローチが同一化されていれば、コミュニティに統一したメッセージを送ることが可能になるのです。

5. おわりに

以上、BRA-KDPおよびKDPの経験に基づいて意見を書かせていただきました。当然、これらのプログラムは完璧ではなく、様々な問題を抱えています。しかし、1つの開発プログラムが国家政策化されたことは画期的で、そのプロセスを当事者の一人として経験できたことは非常にいい勉強になりました。もちろんまだまだ経験の浅い私の未熟な提言ですので、皆さんのご意見、ご指摘をいただければ幸いです。

アチェの子供達

参考文献一覧

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  3. World Bank. 2006. CDD in the Context of Conflict-Affected Countries: Challenges and Opportunities.
  4. World Bank. (Forthcoming). Community-Based Reintegration Assistance for Conflict Victims (BRA-KDP) Final Report.

2009年1月17日掲載
担当:中村、菅野、宮口、藤澤、迫田、奥村、荻、高橋