第19回 山際 薫さん UNDP スリランカ事務所 Social Cohesion(社会一体性)を考慮したコミュニティー参加型開発

写真①

プロフィール

山際薫さん

ウィスコンシン大学オシュコッシュ校(国際関係学部)卒業後、民間企業に勤務。その後、サセックス大学院にてジェンダーと開発修士号を取得し、UNDPモルディブ事務所、東ティモール事務所、世界銀行本部勤務を経て、現在、UNDPスリランカ事務所にて同国北部・東部の復興支援に携わっている。

1.はじめに

コミュニティー参加型開発というアプローチが主流になってかなりの時間が経った。今でも忘れられない初めての参加型手法の経験は、あるNGO主催のバングラデシュへのフィールドワークに参加した時である。当時は、貧困削減分野における参加型開発が主だと思っていたが、今日このアプローチは多くの分野で取り入れられている。 紛争復興支援においてもコミュニティ開発はかなり広まってきており、様々な援助機関やNGOがこのアプローチで復興支援に取り組んでいる。私が現在所属する国連開発計画(UNDP)も、世界中でコミュニティー参加型の復興支援を展開してきた。最近では、同じ参加型でも’Area-Based Development’-ABD(地域型開発とでも言うのだろうか)アプローチで復興支援に取り組む例が多く見られる。住民参加型のアプローチ、受益者やコミュニティー、ローカル組織の能力強化、持続性重視などという点でコミュニティー参加型と基本的コンセプトは類似しているが、ABDは「ある国において特別複雑な開発問題を抱える特定された地域を対象とし、統合的、包括的、参加型、そして柔軟性のあるアプローチ」(参考文献1)である。UNDP Regional Bureau for Europe and CISの同地域における調査によると、調査対象の27件のABDプロジェクトのうちほぼ半数が紛争復興支援の分野であり、これは紛争復興支援におけるこのアプローチの有効性、効果性を示しているともいえる。

私の赴任国スリランカでは、1983年以降25年以上に亘り、北・東部において分離独立を目指す少数派タミル人の反政府武装勢力(LTTE)と政府側との間で内戦が続いている。2002年の停戦合意後、大規模な復興支援が行われてきたが、2006年半ばから停戦合意が双方で破られ、2008年1月には事実上失効となった。2008年2月1日現在、北部の一部では政府との間で激しい交戦が続いており、多くの市民が巻き添えになっている。そんな環境の中で、UNDPは2004年から2007年までArea-Based Development(ABD)アプローチのTransition Programme (TP) を通して紛争復興支援し、2008年からは同プログラムのパート2としてTransition Recovery Programme (TRP) を実施している(2001年から2003年にはTP前身のプログラムを実施)。2年間これらのプログラムに携わってきた中で、紛争と紛争後復興の混在した状況下における参加型支援に関して繰り広げられた議論を元に、これまでの経験、現在プログラム内で試みようとしていること、そしてその中で私が考えていることをシェアさせて頂きたい。


2.ケーススタディの紹介、経過、及び結果

2-1.Transition Programme (TP)の背景

Transition Programme (TP)は、紛争後緊急援助から復興への移行の段階において、国内避難民、帰還民、ホストコミュニティーを対象に生計向上(農業、漁業、酪農など様々な分野における技術向上及び初段階に必要な物資支給を元に収入向上)、コミュニティーインフラ整備、家屋の建築、及びマイクロファイナンスなどのマルチコンポーネントを通じて社会及び経済復興を支援する包括的なプログラムである。2002年の停戦合意後、国連のニーズアセスメントミッションや2003年6月に開催された「スリランカ復興開発に関する東京会議」を経て、UNDPはコミュニティーレベルに重点を置いた復興支援、受益者や地元機関の能力強化、Community Based Organizations (CBOs) や地元政府、Non-Governmental Organizations (NGOs) とのパートナーシップ強化などの戦略を元にこのマルチドナープログラムを2004年から2007年までスリランカ北東部8県(ジャフナ、バブニア、マナー、キリノッチ、ムラティボ、トリンコマリー、バティカロア、アンパラ)(2)にて実施してきた。

Transition Programmeの実施は、中央政府下のカウンターパート省(Ministry of Nation Building and Estate Infrastructure Development)と連携をとりながらUNDPが直接行っており(Direct Implementation)、各県では、UNDPフィールドオフィスが地元政府(Government Agent, Divisional Secretaries)とコーディネーションをとっている。フィールドオフィスは、地元政府やUNHCRとの蜜な情報交換を元に受益者や対象地域を絞り、対象の村や町で参加型ニーズアセスメントを行う。

  • (2)情勢悪化のため、キリノッチ及びムラティボにおける活動は現在一時停止している
UNDP staffによるPNAの様子

判明されたニーズを元に受益者がどのように参加、貢献できるか、そして地元機関の能力や技術レベルなどを受益者や地元のステークホルダーと話し合い、その後サブプロジェクトが立案される。サブプロジェクトは、県知事を座長とし、地元政府スタッフや国連機関、NGOをメンバーに迎えたDistrict Review Board (DRB)で最終的に議論及び承認された後に実施が始められる。というと非常に官僚的に聞こえるが、実際には、DRBが受益者の声を反映させると同時に地元政府との橋渡しの役目を担っている。 また、地元政府の復興及び開発計画と統一性を保たせ、他の援助機関実施のプロジェクトとの重複を避ける一つのメカニズムとしても利用され、地元政府の能力強化支援にも繋がっていることから様々なステークホルダーや受益者から好意的に受け止められている。

サブプロジェクト実施においては、出来るだけ受益者も参加、貢献できるような仕組みになっている。例えば家屋建築のサブプロジェクトでは、労働の部分は受益者自身が家族と共に可能な範囲で行い、他の部分でも極力地元組織や職人を巻き込むことでオーナーシップと能力向上を強化している。 具体的な一例としては、受益者のメンバー内或いは対象地域に存在する職人やCBOに簡単な技術トレーニングと器具を支給することで、レンガ、ドア、窓などの建設素材をコミュニティー内で生産し、UNDPがその製品を買い上げて家屋建築に利用している。このような取り組みは、零細企業奨励、人々の所得向上にも繋がっている。また、農業、漁業、酪農分野では、すでに組合が存在することが多いので、これらの組合はUNDPのパートナーとして積極的に分野内の活動やコミュニティーインフラ整備プロジェクト管理の一部に携わっている。

住民参加型で建設された住宅

2-2. Transition Programmeにおける転機

上述のようにUNDPスリランカは、紛争の影響を受けてきた人々の生計向上、能力強化、コミュニティーレベルのインフラ整備や家屋建築などを通して帰還民が安心して再定住できるよう、Transition Programmeを通して復興支援をしてきた。 参加型アプローチは、自分達の力で復興活動を行っているという自信をつけ、地元政府や組織もサブプロジェクト実施のサイクルに関わることで復興活動に責任感やオーナーシップを感じているようである。更にプライベートセクターに一任するのとは異なりコスト削減にも繋がった。その反面、2004年12月に起こった津波やその後の情勢変化で受益者がプロジェクトサイトから避難してしまったり、それまで積み重ねてきた実績と努力の積み木が崩れかかったり、実施に遅れが出たりとかなりのチャレンジもあった。情勢が悪化した地域では、パートナーとなる組織が見つからなかったり、組織があっても能力やモチベーションが足りない例もあり、また津波支援を受けた地域では、援助機関への依存性が高くなって参加型が成り立たないような時期やロケーションも見受けられた。

同プログラムの中期評価が行われた際には、それまでに出してきた結果に対する好評価と共に、実施形態の向上の必要性、ドナー主導のプログラミングやモニタリングに対する課題、Community-basedからArea-based重視への移行奨励など様々な評価を受け、アドバイスに基づいてその後、プログラムの戦略や方向性の変更が行われた。アドバイスの一つには「Transition Programme(TP) を通した紛争の根源や平和構築に対する取り組みが足りない」という指摘も含まれていた。TPでは、ニーズアセスメントに基づいて民族や宗教の異なるコミュニティーの人々が交流出来るようコミュニティーセンターを建設したり、複数のコミュニティーや民族が利用できるコミュニティーマーケットを建設するなど、それなりの努力は行われていた。また、TPの枠外でも平和構築の為のグラントや和平プロセスに関わるステークホルダーへの平和構築能力強化などのプログラムも実施されてはいたが、近年は平和構築を前面に出すことが容易な環境でないことは確かであった。

この評価を受けて、コミュニティーレベルで平和構築に貢献するため、2006年に「平和のためのスポーツ」(Sports for Peace)というプロジェクトがパイロット的に始められた。これは、スポーツ活動を通して青少年のConflict Tranformationや和解のスキルを発展させ、コミュニティーにおける社会一体性を高めることを目的としたプロジェクトである。 

スポーツを通して相互理解を深める青少年参加者

紛争地域と紛争地域外にいる青少年のグループが1週間のスポーツや文化交流の合宿に参加したり、紛争内外地域にある学校の交換訪問が実施され、青少年はお互いの民族や文化に対する理解を深めた。また、スポーツをトラウマ除去や和解ツールとして利用することに目をつけ、スポーツコーチに対するトレーニングや施設建設や器具の支給なども行われた。このプログラムは学校や地元スポーツ組織を巻き込んで行われたこともあり、青少年のみならず、両親や教員、地元組織や参加コミュニティー全体において他民族や宗教に対する偏見的な見方に変化が出てきたり、平和について考え直すなど、広範囲に好影響を及ぼした。このプロジェクト実施は、国内で紛争が存続し、平和を前面に出すことが困難な環境でもコミュニティーレベルで平和構築や社会一体性の活動を行うことが可能だと示唆する大きな転機となった。

3. 問題点と分析

平和のためのスポーツプロジェクトがコミュニティーレベルでの平和構築の可能性を広げた一方で、帰還民再定住支援のための復興活動ともっと一体化出来るのではないか、そして以前実施した平和構築のプログラムとTransition Programmeとのリンクをもっと強化できるのではないかなどの課題も出てきた。そんな反省をしつつ、チームがポストTransition Programmeの案件作成に取り組んでいた2007年の後半、UNDP本部の危機予防・復興ユニットのミッションからも復興プログラムにおける社会一体性及び平和構築の主流化に関するアドバイスを受けた。

2005年の中期評価後、前進は見られたものの社会一体性や平和構築が復興プログラム内に浸透しなかった原因は様々であるが、個人的には、下記の3点が主な理由であったと分析する。(1)Transition Programmeのデザインの視野が未だ狭く、平和構築と再定住支援環境作りや他の分野との間にギャップがあった;(2)コミュニティー参加型アセスメントでニーズに比重が置かれ、またそのニーズに早急に対応することが優先されたため、受益者以外との対外関係やダイナミックに対する配慮、平和に対するコミュニティーにおける能力強化が足りなかった;(3)情勢の変化や津波の影響で人々も援助側も目まぐるしく変わる環境に飲み込まれていた。3点目については、プロジェクトのコントロール外であるのかもしれないが、(1)と(2)に関しては、プログラムデザインの修正で改善できる部分であっただろう。

4.提言

(A)短期的な視点: Conflict Sensitive Programming

上記の経験や反省を活かし、ポストTransition Programmeの案件作成においては、危機予防と復興ユニットのアドバイスを元にもっと紛争の影響に敏感なプログラム(Conflict-sensitive programming) への取り組みが行われた。その結果作成されたプログラム、Transition Recovery Programme(TRP)は、下記の3点をconflict sensitiveな特徴として前面に出している。(1)現存の各々のコンポーネント(家屋建築、インフラ整備、生計向上、マイクロクレジット及び零細企業奨励、コミュニティー環境管理)における活動実施の際にもっと社会一体性を考慮すると共に、社会一体性の独立したコンポーネントを設け、縦横から取り組むことで戦略的インパクトを強化する;(2)市・町レベルの社会経済調査を行って対象地域のベースラインを掴み、受益者のみならず地域周辺における支援活動の衡平さを考慮する(そうすることでコミュニティー間や内の緊張感や問題を回避する);(3)各々の地域やコミュニティーにおける紛争の社会的影響やコミュニティーの構成(帰還民及び近隣の村や町、受入れ側)を更に分析すると共に各々の地域の情勢に応じてプログラムに柔軟性を持たせることで無理のないプロジェクト実施を行う。

Social Cohesionを考慮したTransition Recovery Programmeの構成
(Source: Transition Recovery Programme Project Document)

現存のコンポーネント内で社会一体性を持たせるには、始めのアセスメントの部分がかなり重要である。今まではニーズに重点が置かれていたが、今度はニーズアセスメント実施の際、コミュニティー内外のダイナミックを把握すると共にその近郊の村や町の貧困や環境はどのようになっているのかなどにも更に考慮し、支援が社会一体性の強化に繋がるような方向性に持っていかなければならない。そこで、独立した社会一体性コンポーネントでは、(1)社会経済調査の実施;(2)プロジェクトスタッフへの社会一体性能力強化;(3)復興支援と更に一体化した平和構築活動(スポーツや文化イベントに加え、地元組合の交換プログラムなど)の実施を通して社会一体性の強化を図る予定である。「平和のためのスポーツ」プロジェクトを土台に新たに始まった「平和のためのコミュニティ」プロジェクトでは、青少年のスポーツ活動と同時に社会一体性に配慮した生計向上活動を同じコミュニティーで行うことで青少年と地元の成人達が相互的影響が期待されている。 また、社会一体性というのは、コンセプトだけではなかなか理解しにくい現実を考慮して、生計向上やコミュニティー型インフラ建設サブプロジェクトと抱き合わせて、Non-violent communication や偏見や態度に関するトレーニングを行なったり、過去にプロジェクト実施に参加してきた活動的なCBOを対象にトレーニングと小規模グラントを支給し、社会一体性・平和構築に貢献できるコミュニティー活動実施を行う予定である。

(B)中長期的な視点―コミュニティーレベルにおける社会一体性浸透

紛争は社会やコミュニティーのダイナミックを変えたり、弱小者を生み出したり、特定の宗教や民族を排除する本質がある反面、本来、平和を願う人々に考え方を変える機会を与えたり、上述のように何かの活動参加することで、ポジティブな変化をもたらす潜在性も秘めている。その潜在性を引き出すには、コミュニティーの根底にある蟠りに耳を傾け、そこから人々がワンステップ外に出られるように時間をかけて手助けをしてあげることが必要である。

(1)PNAやPRAにおけるConflict Sensitivityの主流化

私は、中長期に社会一体性を浸透させるには、コミュニティーニーズアセスメントやPRAにおけるConflict Sensitivityの主流化が重要だと考えている。 先に私達のTransition Recovery Programme (TRP)のPRA/PNAはニーズにフォーカスが行き過ぎていたと述べた。これまでのニーズアセスメントには、それ自体すでに非常に重要な情報収集の役目があったが、人々の紛争に対する考え、態度やコミュニティーのダイナミックを観察する要素、緊張緩和には何が出来るかなどの可能性を探る部分に欠けていた。 社会一体性という要素を別の物として新たに持ち込むとなかなか浸透させるのが難しいが、すでに行っているPNAやPRAにABC(Attitude, Behavior, and Conflict) TriangleやConflict Treeのようなシンプル且つわかりやすいconflict sensitiveなツールを組み込むことで、他のコミュニティーや民族に対する不信感、偏見、あるいは不信感を生み出しかねない状況などを把握し、既存の復興活動に反映させていくことができるのではないか。また、市や町レベルの社会経済調査をすることでベースラインができ、PNAやPRAの結果とクロスチェックしながら人々の態度や感じ方の変化のモニタリングが出来るだろう。

(2)コミュニティーレベルにおける社会一体性のSocial Mobilizerを育てネットワークを広げる

社会経済調査やConflict SensitiveなPRA/PNAに加え、人々の持つ不信感や偏見を取り除いたりコミュニティーの緊張を和らげていくには、他のコミュニティーとの媒体役になれるSocial Mobilizerが必須である。 スリランカ北部や東部の村を訪ねた際に帰還民やホストコミュニティーの村人と話をしていると、他民族やコミュニティーに不信感を持つ人が多々いる反面、特に偏見もないがコミュニティー内の見方が気になってあえて他民族のコミュニティーと接触しなかったり、接触する機会がないため、あえて交流しないような人々にも出会った。紛争という環境の中でも何かを変える可能性があるということだ。平和のためのスポーツプロジェクトで、青少年の偏見や考え方が変化したことが大人にも好影響を与えたように、もし平和や社会一体性の媒体となるSocial Mobilizerが育てば、偏見のあった人々の考え方も徐々にシフトしていくのではないか。 NGOやCBOメンバーなどすでにアクティブな活動を行っている人だけでなく、教員や青少年など媒体となる可能性をもつ人々にもNon-violent communication やSocial Tranformationのトレーニングを行い、学校やコミュニティー活動、日常活動を通して他民族やコミュニティーに対する固定観念を和らげることができれば、徐々に社会一体性が強化されていくであろう。また、Social Mobilizer達のネットワークを作ることで、経験談をシェアしたり、お互い刺激しあったり、アイディアを分かち合いながら社会一体性や平和構築の活動がもっと活発になるであろう。

以上、私がスリランカにおける紛争復興支援に関わってきた中で、議論や反省したことを元に試みようとしていることや私の考えを述べさせて頂きました。 様々な国でご活躍の皆様からも復興支援におけるSocial Cohesion(社会一体性)に関するご経験やご意見などを聞かせて頂ければ幸いです。

参考文献一覧

  1. John Harfst, ‘A Practitioner’s Guide to Area-Based Development Programming’, UNDP Regional Bureau for Europe & CIS. 2006.
  2. ‘Towards Peaceful Development: Rebuilding Social Cohesion and Reconciliation’, UNDP. 2004
  3. Transition Recovery Programme Project Document, 2008.
  4. Paul Matthews & Andre Klap, Transition Programme External Review Report, UNDP. 2005.
  5. United Nations Development Programme Sri Lanka

2009年2月26日掲載
担当:中村、菅野、宮口、藤澤、迫田、奥村、荻、高橋