第20回 坂根 宏治さん 国際協力機構(JICA)インドネシア事務所 企画役 中進国における援助枠組みの現在:ジャカルタコミットメント誕生プロセスに見るインドネシアの援助協調の動向と今度の展望

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プロフィール

坂根 宏治(さかねこうじ)

早稲田大学政治経済学部卒、ブラッドフォード大学平和学部(紛争解決修士)。1991年国際協力事業団(当時、現 国際協力機構(JICA))入団。カンボジア事務所(94年-96年)、国際緊急援助隊事務局(96年-99年)、外務省出向 国連日本政府代表部(開発イシュー担当)(2001年-03年)、企画部(DAC担当)(03年)、理事長室(03-06年)を経て、2006年9月よりインドネシア事務所。

1.はじめに

インドネシアでは2009年1月12日、ジャカルタコミットメントという援助協調に関する文書が22のドナー・国際機関との間で署名された。この動きを中心に、インドネシアにおける援助枠組みがどのように変化してきたのか、また、日本としてこれからどのように援助を展開していくべきかについて、考えてみたい。

なお、本稿に記載した意見は、あくまで筆者個人の意見であり、私の所属する組織の意見を代弁するものでもなければ、インドネシアに関わる日本の援助関係者の見解をまとめたものでもない。この拙稿を展開するに当たり、あらかじめお断りしておきたい。

2.背景:インドネシアの援助環境の変化

インドネシアでは、従来実施されてきた援助国・機関との支援国会合(Consultative Group of Indonesia (CGI))が2007年1月にユドヨノ大統領の発表により廃止されることとなった。CGIは、内容が形骸化しているなどの課題も指摘されていたが、各援助国・機関とインドネシア政府が対話を行い、共通の認識を形成するという点で、一定の役割があった。しかし、このCGIの廃止により、インドネシアにおいてドナー・国際機関とインドネシア政府が話し合う共通のフレームワークが消滅することとなった。

一方、近年のインドネシアの経済状況を見ると、97年のアジア通貨危機、昨年(2008年)後半の世界的な金融危機など、いくつかの試練はあったものの、概ね堅調な伸びを示しており、2008年の一人当たりGDPは、2000ドルを超えるものと見込まれている。

インドネシアの国家財政運営においては、諸外国・国際機関からの対外債務の比率を抑えるとともに、国家財政の赤字分を国債発行で対応するなど、対外依存度を下げる施策が取られている。

また、インドネシアの国際政治動向を見ると、国内の政治経済状況の安定感を反映してか、近年特に、国際社会に対する関与・貢献の度合を高めているように感じられる。例えば、他のイスラム諸国の人材を招聘し研修を行おうとしたり、資金・物資の供与や人の派遣を行ったりするなど、新興ドナーとしての役割を帯びようとする気構えが見え隠れし始めている。

一例としてパレスチナを挙げれば、2008年12月27日に始まったイスラエルのパレスチナ空爆に対し、2日後の29日には、ユドヨノ大統領が、国連事務総長及び安保理に緊急集会を呼びかける書簡を送るとともに、10億ルピア(約8000万円)の資金援助を発表。その後、非同盟諸国グループ(Non-Aligned Movement (NAM))代表に緊急会合を働きかけたり、国連平和維持ミッションの派遣を提案するなどのアプローチをする他、二国間では、医薬品等の物資供与、医療団の派遣を発表し、国際社会で強いリーダーシップを発揮しようとしている。

(http://www.thejakartapost.com/news/2008/12/29/gaza-under-fire-president-urges-un-step.html/)

(http://www.thejakartapost.com/news/2009/01/06/ri-presses-with-un-emergency-meeting.html)

アセアン域内においては、2008年12月15日にアセアン憲章発効を目的に、タイで首脳会議が開催される予定だったが、タイ国内の政情不安のため延期されると、インドネシアは、すぐに外相会議のジャカルタ開催を提案し12月15日に実現している。これは、アセアン域内でのインドネシアの存在感の回復、インドネシアの政治大国としての威信の復活を示すものと考えられる。

(http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20081211/179920/)

もう一点、ジャカルタコミットメントが生まれる土壌としては、2008年のアクラハイレベルフォーラムの存在を無視することはできない。2008年当初より、パリ宣言の実施状況を確認するモニタリング調査およびアクラハイレベルフォーラムに向けた準備作業が開始され、インドネシアにおけるODAデータのとりまとめが2008年1月から3月にかけて行われた。この際にドナー側として取りまとめ役を務めたCIDAがそのまま引き続き関わる形で、ジャカルタコミットメントの起草作業が進められた。

3.分析:ジャカルタコミットメントとは?

3-1.概要

ジャカルタコミットメントのドラフトが一般のドナーに示されたのは2008年9月である。その後、わずか4ヶ月でドラフトはファイナライズされ、2009年1月12日の署名式には、19の二国間ドナー・実施機関(EC含む)および3つの国際機関(世銀、国連、ADB)が署名を行った。

ジャカルタコミットメントとは、2014年を目標としたインドネシアにおける援助効果向上のためのロードマップである。具体的には、1)カントリーオーナーシップの強化、2)効果的・包括的な開発パートナーシップの構築、3)援助効果に関するモニタリングと評価の強化が掲げられている。

1)のカントリーオーナーシップについては、インドネシア政府のシステムの活用促進として、インドネシアのプログラムやシステムに整合した(align)アプローチを採ることが求められるとともに、アンタイド化が推奨され、また援助実施全体を管理するメカニズムの形成が示されている。また、インドネシア政府として国際的な援助枠組みの強化に関与する意思を示すとともに、南南協力の推進を謳っている。

2)の効果的・包括的な開発パートナーでは、インドネシアの開発ニーズに応じた援助実施の重要性を謳うとともに、マルチドナートラストファンドの積極活用により、報告システムなど、インドネシア政府の制度にあった援助の実施を推奨している。またPPP、企業のCSR事業など、多様なリソースを活用するとともに、民間セクターや市民社会グループなど、様々な開発アクターを含めた対話メカニズムの形成を目指すこととしている。

3)の援助効果に係るモニタリングと評価に関しては、中期国家開発計画の実施成果を包括的にモニタリング・評価する枠組みを検討するとともに、ドナーのコミットメントの実施状況をレビューするメカニズム構築を目指している。

3-2.評価

このジャカルタコミットメントは、DACの援助効果向上に関するアジェンダをかなり忠実に再現したものであるが、単にDACでの議論をコピーしたものではなく、インドネシア政府の援助の現状に対する認識を反映したものと読むべきであろう。

例えば、カントリーシステムの活用については、インドネシア国内で汚職撲滅に対する動きが活発になっており、汚職撲滅委員会の設立、調達制度の見直し、監査の強化が進んでいる。NGOの活動に関しても、活動資金のモニタリング(不正な資金の流れの監視)が強化され、認可されていないNGOに対しては外国からの援助資金の受け入れが不可能になる動きがある。また日本の援助との関係では、援助資金の受け入れはすべて、モニタリング可能なインドネシアの銀行に限定することとなり、無償資金協力事業の実施においては、銀行口座の開設方法等につき、調整を行っているところである。

各ドナーからの援助資金の流れについても、借款はもちろん、無償資金協力や技術協力においても、援助資金の把握に関する関心が高まっている。インドネシアは会計年度が暦年と同一であることから、日本の場合、いかにタイムリーに暦年での予算や実績についての報告を出せるか検討が必要となる。また、現在は、それほど強い要望は出されていないが、早晩、多年度に及ぶ援助実施予定額の提示が要望される可能性があり、援助の予測性向上に対する対応も検討する必要がある。

この他、ジャカルタコミットメントの文中には明記されなかったが、ドラフト検討段階では、調査団派遣の統合(ジョイントミッション)や派遣回数の削減なども、アジェンダに含まれており、今後留意していく必要がある。

今回のジャカルタコミットメントの取りまとめにおいては、インドネシア政府の強い意気込みを感じるものであった。合意形成までのスピードの早さだけではなく、従来のドナー、レシピエントの関係をパートナーの関係に変えるものであり、中進国としての自信の表れを感じるものであった。スリ財務大臣(兼経済調整大臣)は、署名式でのスピーチで、このジャカルタコミットメントを「新しいパラダイムを築く枠組みであり、他国のモデルとなるもの」と表現しているが、ここにその一端を垣間見ることが出来るであろう。

4.提言:我々は何をすべきか

これまで見てきたようなインドネシアにおける現在の流れを踏まえ、我々は今後、どのように援助を展開していけばいいのか? バイの援助に関わる者として、ビジョン、システムなどいくつかの角度から、今後の援助のあり方と可能性につき検討してみたい。

4-1.スタンス

(1)オーナーシップの尊重:親離れのシグナルを見逃すな

「親離れ」という表現には抵抗を感じる方もいると思うが、若干の誇張をお許しいただきたい。ジャカルタコミットメントは、インドネシア政府がドナーに全てを依存する時代から、ドナーに頼らず自ら国をマネージしていこうとする変革プロセスと捉えるべきである。将来、独り立ちするインドネシアに対し、「まだまだ子ども」とみなすことは、疎まれるだけである。我々自身が意識改革を行い、対等なパートナーとして付き合うよう意識を変えていくことが必要である。

これは、ODAに限定せず、国と国との総合的な関係を考える上でも重要と思う。ODAの切れ目が縁の切れ目になるようでは意味がない。ODAが終わっても、二国間の良好な関係が維持、強化され続けるよう、オーバーオールの関係をどのように維持・形成していくべきか考えていく必要がある。言うまでもなく、日本は他の先進国とODAの提供を介さずとも良好な関係を構築している。このような枠組みへの進化を考えていく必要がある。

4-2.ビジョン

(1)ビジョンの明確化と対話の強化:目線を上げた援助の実施

インドネシアの場合、毎年、技術協力だけで100件以上の要請が出されるが、インドネシア側も我々も、それぞれの案件がどこに位置付き、全体として何を目指そうとしているのか、全体像を掴むことが容易ではない。現在、より戦略性を高めるべく、パッケージ化を進め、プロジェクト単位で見る目線から、プログラム単位で考える目線に変えようとしている。プログラムの内容についても、10年、20年という長期スパンでインドネシアの開発を考え、インパクトを及ぼすことが出来るよう、中長期ビジョンに立って効果的な協力が実施できるよう努めている。しかしここで満足するのではなく、さらに上位のレベル、即ち国家の開発課題のレベルで、どのように援助を行うか、また実施した援助が国家の開発課題にどのように寄与したのかを考える目線に引き上げるよう、考えていきたい。

インドネシアにおいては、2010年から次期5ヵ年の中期国家開発計画が実施され、現在はその検討段階にあるが、我々としてもこれまでの経験を元に、インドネシア側と対話を行いながらインプットを行っていく必要があると考えている。また、その際には、アセアン統合など、国だけでなく地域の環境変化も意識し、インドネシアが近隣諸国あるいは国際社会の経済社会状況の変化の中で今後どのようなポジションを占め、またどのような役割を果たしていくのかを見通した広範な知的貢献が出来るよう努めたい。産業振興、エネルギー、食糧、空・海のインフラなど、多くの開発課題は、一国のレベルで捉えるのではなく、国際社会、近隣諸国の変化予測とともに考えていく政策ビジョンが必要と思われる。

(2)自己完結しないプログラム構築:他人のフンドシで相撲を取る

一見、上記と相矛盾するように見えるかもしれないが、インドネシアが考える国家プログラムを支援するという観点からは、日本独自で自己完結するプログラムを作るというより、むしろインドネシア国の全体的なプログラムの一部として日本も貢献することが重要と思われる。他ドナーとの関係においても、他ドナーがカバーしている部分は任せ、全体としてインドネシアの国家開発計画が達成されるよう考えるべきである。

DAC諸国においても、日本がODA総額世界1位の時代は終わり、今や世界5位となった。今後、日本が援助の世界で引き続き貢献していくためには、それぞれのドナーの特徴・比較優位性をどのように捉え、どのドナーとどのようなパートナー関係を築いていくのか考える必要がある。また、資金量は減っても内容の面で貢献するためには、ドナー会合等の場で、金は出さずとも議論をリードする、すなわち他人のフンドシで相撲をとることができるよう、我々の仕事の仕方、専門性の磨き方を変えていく必要がある。

4-3.システム

(1)援助システムの簡素化:シンプルな業務モデルを目指す

日本の援助制度は、多くのスキームが存在するとともに、それぞれフォームや手続きが異なるなど、被援助国サイドにとってみれば非常にわかりにくい制度となっている。この点で、例えばUNDPなどは、日本よりもずっとシンプルなオペレーションシステムを持っており、被援助国サイドに取ってもわかりやすいはずである。日本の場合は、大量の専門家派遣や研修員受入事業をさばいているため、国内の関係者に必要な情報を効率よく伝達するため、現行制度となったという背景はあるが、なるべく簡便なシステムに変え、不必要なところは削減するなど、システムの合理化を目指す必要がある。手を抜くところは抜き、わかりやすいシステム構築を目指すべきであり、他の援助実施機関のやり方も参考にすべきであろう。

(2)柔軟なオペレーション:目的達成のために手段を臨機応変に変える

日本の援助は計画立案の時点から、詳細に専門家派遣や研修員受入れ等の投入内容を規定している。しかし、援助、特に技術協力については、カウンターパート(C/P)の能力構築を目指すものであるがゆえに、C/Pの受容度等により、当初の計画通りに行かない場合が多い。当初の計画に縛られすぎないよう、状況とC/Pの受容能力に応じ臨機応変に投入形態を変えられるような柔軟な枠組み作りが必要である。但し、この場合には、手段は変化しても目標はぶれないこと、また目標達成に対し手段は最適かを検証するメカニズムが必要である。また要請受付から実施までの期間を短縮するメカニズム作りも検討する必要がある。

4-4.コンセプト

(1)ジャパンブランドを作る

財政支援が一番効果的な援助の方法であり、日本のODAを全額、財政支援として行うことが望ましいのであれば、世銀等のマルチの機関に全額拠出すればいい。バイの援助機関は不要だし、渡す先のマルチの機関も一本化した方が効率的である。しかし、それだけでは満たされないODA実施のニーズがあると思う。この部分は、バイの機関が担うべきであるし、バイの機関としては、このニーズに対応した援助アプローチを磨くべきである。

実施単価を考えた場合、中国他のドナーと価格競争し、安く援助を行うことが至上命題であろうか?むしろ、価格競争だけではなく、ジャパンブランドとして、サービスの差別化を図ることが重要ではないかと思う。援助協調の流れの中で、どのようにジャパンブランドを売り出していくのか、我々のビジネス戦略を明確にしていく必要がある。

実際、インドネシアの場合、インドネシア政府は、案件の内容・難易度等により、「ここは中国に任せるが、ここは日本にやってもらいたい」というように、ドナーを使い分けている。ジャパンブランドを明確にし、それを相手国政府や他ドナーに示していくことは、援助協調が進む中で、むしろ大きな意味合いを持つはずである。

また、ジャパンブランドが定着すれば、わが国国民のODAについての理解・支援も広がっていくものと思う。わかりやすいジャパンブランド戦略を形成・発信していく必要があると思う。

(2)日本が売れる商品は何か?:バイの魅力の再点検。

日本の技協の魅力のひとつは、現役の役人が相手国の役所に入って技術移転できるところにある。マルチの機関では、アナリストは派遣できるかもしれないが、ある国を背負って日々奮闘する現役の役人を送ることは容易ではない。インドネシア側の対応を見ても、バイの機関に対しては、二国間の外交関係の一環であるという観点から、一定の敬意を払っていると感じることがある。

専門分野に関してみると、途上国のニーズは、その国の発展度合いや優先課題に応じ、分野と求める技術レベルの点で無際限であるが、現在の日本が提供できる技術は、これまでの日本の産業構造の変化等に伴い、技術指導できる人材が殆どいなくなった分野もあり、限定的である。例えば、省エネ技術など、他ドナーと比べても日本が比較優位を持つものは何かを考え、ジャパンブランドとしての商品ラインナップを考えるべきである。またその際には、どれだけの供給能力があるのかも確認する必要がある。関係する専門家がわずかしか出せないのであれば、プロジェクトは成立しても、事業を回すだけのバックアップ体制が得られないことになるかもしれない。

また、日本の技協の特色は、技術だけではなく、能力構築の手法そのものにある。処方箋を書いてC/Pに渡すのではなく、C/Pと一緒になりC/P個人が、そしてC/Pの所属する機関が、能力を高めるよう伴走する、コーチングの手法を取る。そして日本が今有している技術の移転を目指すのではなく、その技術を生み、支えている哲学やコンセプトを紹介しながら、相手国の環境の中で根付く技術や技能を形成するよう努めるのである。単純にモノを移転するかのように技術を移転するのではなく、ローカルコンテクストの中で適正な技術を生み出していく、またその技術を維持発展させていく組織文化を形成していくプロセスである。試行錯誤を繰り返しながら、新しい概念を作る作業であり、数値化するのが難しく、成果発現の予測も立ち難い。しかしながら、生みだされたものは、ローカルコンテクストの中で共有されるものであり、現地に根付き自立発展していくものである。わかりにくいものであるがゆえに、外部の人々からなかなか理解してもらえない。また技協を実施しているといっても自らは資金管理のみ行い、国際機関やNGO等が提案するプロポーザルに資金拠出をしているドナーが多数を占める中、日本の技協は、自前で事業を実施できる構造を有している。この優位性を最大限活用するとともに、技術協力のアンタイド化の議論の前で、かかる良さが失われることがないよう、このような日本の技協のエッセンスをわかりやすく説明していく工夫が必要である。

スキームの観点からは、ご存知の通り、JICAは2008年10月に旧JBICの円借款部門と統合を行い、無償の一部も実施できるようになった。円借款は、相手国が単年度の予算の縛りではなかなか実現できないような大型インフラ事業を可能にするものであり、魅力的なスキームである。JICAは、3スキームを使いこなすことが出来る機関という点で世界的に類まれな機関となったが、このメリットも最大限生かす必要がある。

(3)売れ筋商品の売込みを

ジャパンブランドとして国際社会に通用する商品が確立すれば、積極的に売り込んでいくことが重要である。他ドナー・国際機関のアプローチとの差別化を計ることで、援助協調の舞台でも、魅力ある存在感を発揮することが出来るであろう。

またジャパンブランドの開発と販売促進を行うにあたっては、我々がこれまで実施してきた事業の中から、売れるタマを探し出す作業も同時に進めるべきである。これまでは、現在あるいは近い将来行う事業の実施にウェイトを置きがちで、過去の成果から学び、過去の成果を売っていくことが充分出来ていなかったのではないかと、考える。インドネシアにおいては、母子保健、市民警察、ワクチン製造など、日本のコンセプトや技術が根付いている好事例が多く存在する。これらの価値を見出していくことも重要であろう。

4-5.新たな枠組み

以下に述べる南南協力も他のアクターとの連携も、必ずしも目新しいものではないが、現在の援助協調の流れ、特に中進国における援助枠組みの変化を考えると、その意義はより大きく変わりつつあると思われる。このようなイシューに関し、若干触れることとしたい。

(1)南南協力支援

インドネシアでは、従来よりJICAの第三国研修、第三国専門家等の枠組みを使い、アフガニスタンやパレスチナ、マダガスカル等の国々と第三国協力を実施している。しかし、冒頭の「背景」で述べたように、昨今、インドネシア政府は、他の途上国への支援活動を急速に拡大しており、近い将来、タイの国際開発協力局(Thailand International Development Cooperation Agency(TICA))のように援助の受け手ではなく実施者側としての体制を構築する可能性がある。インドネシア政府も、長年にわたり協力を実施してきた日本を参考にしたいとの意思表示を示しているが、中国やスウェーデン等の国々がインドネシアに対し南南協力支援のオファーをしている中で、日本としては、この機を逃さず、支援していく意味があると思う。

改めて述べるまでもなく、日本は1993年から始まるTICADの枠組みでアフリカ支援を行ってきたが、このイニシアティブの中で、アジア・アフリカ協力、南南協力の推進をうたってきた国である。しかし、インドネシアに対し日本が南南協力を推進する意義は、このレベルにとどまらない。

インドネシアは、1955年にアジア、アフリカの29カ国が集まるバンドン会議を開催した国であり、以降、時代の流れの中での起伏はあったにせよ、非同盟諸国グループの中心的存在であった。1995年には、第11回非同盟諸国首脳会議でのエンドースを受け、ジャカルタにNon-Aligned Movement Center for South-South Technical Cooperation (NAM-CSSTC、通称「NAMセンター」)を設置しており、日本はNAMセンターに対し、無償資金協力を行っているほか、現在もNAMセンターで第三国協力を実施している。

加えて、インドネシアは、将来、世界の経済大国となるポテンシャルを有しており、2007年のOECD閣僚理事会で、インドネシアは、中国、インドなどの数カ国とともに「関係強化国」と位置づけられている(日経新聞2008年10月23日付、特集)。アセアン域内でも、2007年のデータで一人当たりGDPはシンガポールの17分の1程度であるが、GDP総額では、インドネシアはアセアン全体の3分の1を占めている。(http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/asean/pdfs/sees_eye.pdf)。世界第4位の人口を抱えるインドネシアが、今後さらに経済成長すれば、世界のGDP総額への寄与度、および中産階級の増大による市場の成長、消費の拡大の点で、さらに大きなインパクトを世界に与えるのは明らかであろう。

宗教の観点から眺めると、インドネシアは国内ではキリスト教やヒンドゥー教などの宗教にも寛容・中立的な立場を取っているが、人口の75%以上、1.7億人のイスラム教徒を抱える国であり、人数の多さでは中近東諸国を超え、世界最大である。国際政治の舞台では、イスラムとの対話、共存が重要となっている中、穏健なポジションを取り、かつアジア的な価値観を日本と共有するインドネシアは、宗教、国際政治の観点からも重要なパートナーとなる。

インドネシアは、アフリカもさることながら、パレスチナ、アフガニスタンなどのイスラム諸国への支援に積極的な関心を示しているが、日本にとって比較的接点が薄かったイスラム諸国への支援は、日本、インドネシア双方にとってWin-Winの協力関係が得られる可能性が高いと思われる。

但し、今後の協力の具体化に当たっては、南南協力支援、ドナー化支援の文脈で、日本が何を目的とし、また何が提供できるのか、戦略の高度化の検討が必要と思われる。戦略性がないまま協力を行えば、日本国内での支持を得られなくなるリスクがある。

(2)他のアクターとの連携

フォードなどの財団や、民間企業、NGOなどの活動は、開発を考える上で、ますます重要な存在となっている。例えば、途上国へのネット資金フローに占める公的フローの割合は10%にも満たず、大半を民間フローが占めるようになっている(岡田仁孝「動き始めた途上国CSR」、『グローバル経営』2008年10月号)。またカリフォルニアにあるスコール財団は、6億ドル以上の資産を持ち起業化支援プログラムを行っている(http://bizplus.nikkei.co.jp/genre/soumu/rensai/nri_social.cfm?i=20080917se000se)。気候変動との関連では、二酸化炭素排出権取引が企業のCSR事業の大きな推進力となっている。また、Base of the Pyramid(BOP)に対する認識は、貧困者層を新たなビジネスの対象と捉え、企業の開発への参加を促す要因となっている。例えば、UNDPの報告書(“Creating Value for All; Strategies for Doing Business with the Poor”, 2008)によれば、ジャカルタのスラム住民は、高級住宅街に住むジャカルタ住民の5倍以上、またニューヨーク市民より高い金を飲料水購入に費やしており、ここにビジネスチャンスがあるとしている。

開発という世界のなかに、途上国政府とドナーという旧来のアクターだけでなく、数多くのアクターが参画し始め、かつ相当なインパクトを及ぼし始めている現在、我々も援助のあり方を見直す必要がある。JICAは例えば、インドネシアの大学による貧困層支援事業をサポートしているが、これは大学の技術力とコミュニティのネットワーク力をJICAがつなぎ、技術移転の方法や精度管理について助言を行うとともに、資金的なバックアップを行う事業である。しかし、このような他のアクターとの連携は始まったばかりであり、さらにさまざまな可能性を追求していく価値がある。

例えば、これまでの日本の援助経験から得られた情報、ノウハウ、ネットワークなどは、こうした連携を進める上で、有益な資産となるであろう。情報やノウハウは、異なる相手に繰り返し提供できるという意味からは枯渇しないアセットである。このようなこれまでの協力の中から得られたナレッジを、民間、大学などの新しいパートーナーに対しタイムリーに提供していくことは、今後の日本の協力を考える上で重要と思われる。

民間、NGO、財団、アカデミーなどの各アクターは、開発というイシューに対しても、それぞれ異なる関心を示し、また財力、ノウハウなどそれぞれ異なるリソースを有している。このような多様なアクターをどのように結びつけ、全体としてどのように望ましい事業に高めていくのか、ファシリテーションとネットワーキングの進め方について、さらに方策を練るとともに実行に移していくことが、今後必要と思われる。

5. おわりに

本論に加えることが出来なかったが重要と思う課題として、コストのイシューと日本の総合政策について、最後に若干触れることで、本稿の結びとしたい。

(1)コスト削減と効率性

援助の効率性は、DACや途上国での議論のみならず、日本国内でも提起されている課題である。あらゆる事業において、業務のあり方を見直し、コスト削減を限りなく追及していくこと、これは重要なことである。しかしながら、コスト削減の追及に当たっては、コスト削減の結果として発生する質の低下との関係についても見ていく必要がある。つまり、コスト削減のみを追いかけていると、日本としての強みが発揮できないところまで質が低下する可能性がある。ジャパンブランドを考えるのであれば、単純に他ドナーと単価比較をするだけでなく、ジャパンブランドの特色を発揮するために、コスト削減を行う一方でどのようにして質を担保するのか、日本のODAのあり方としての最適値はどこにあるのかも考える必要があるのではないか、と思う。援助の成果やゴールを明確に設定し、その最大限の実現を目指すことが、ひいては効率的な援助に繋がるのではないかと思う。

(2)わが国の総合政策の中でODAを考える

援助協調について考えるにあたり、我々日本の援助関係者が考えるべきことは、日本のODA政策が、日本の国全体の総合政策の中でどのように位置づけられるのかという点である、と思う。ともすると我々援助関係者は、「相互依存の下で生きている日本が、ODAの実施により、国際社会に貢献するのは当然の責務」である等のナイーブな議論を行いがちであるが、それだけでは、国の政策を与る国会や政府全体の中で、ODAに対しての確かな位置づけ(役割期待)とそれに見合う財政措置は担保されない。現在の日本では、正社員比率の低減、派遣社員の解雇、高齢化など、国内の労働環境・社会福祉環境が不安定な状況に置かれている。また将来の産業構造、これを支える労働人口の確保と教育、食料・エネルギー確保の問題など、長期ビジョンの下で考えなければいけない課題が山積みになっている。日本のODA政策も、原資が日本の税金である以上、このような国全体の課題との関連で考え、然るべきポジションに位置づけられる必要がある。(この点については、国際開発ジャーナル2009年1月号中の「森羅万象」にて荒木光弥氏が詳細に分析している。)

援助に関わる人間としては、被援助国で展開される援助のあり方の議論と、日本国内で展開される国家政策と予算配分に係る議論、その双方に耳を傾けるとともに、両者の橋渡しができるリアリティのある提案作りをしていく必要がある。
「援助の効率性」をテーマとして、議論を展開するつもりであったが、どの程度、効率性につき、ポイントを絞った議論が出来たか、定かではない。しかし、効率性の追求は、援助効果をいかに高めるべきかという議論と表裏をなすものであると考える。つまり、より高い効果発現がある援助が行えるのであれば、援助効率も高まるのではないか、と思う。

援助の実務に携わるものとして、今すぐできること、出来ないことも含めて、どの方向に我々の事業が展開していけばよいのか、かなり大胆に私論を展開してきたつもりである。反論、コメントも喜んでお受けしたい。これからの援助のあり方を検討するに際し、参考としていただけるところがあれば、筆者として大変光栄である。

2009年4月7日掲載
担当:中村、菅野、宮口、藤澤、迫田、奥村、荻、高橋