第25回 慎 泰俊さん 最高のコストパフォーマンスを達成するMFIの調査システムを
プロフィール
慎 泰俊(シン テジュン)
1981年東京生まれ。 朝鮮大学校政治経済学部法律学科、早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。2006年よりモルガン・スタンレー・キャピタル勤務。「貧困の終焉」に触発され、2007年10月より特定非営利活動法人Living in Peace(以下、Living in Peace)を設立、現在は代表理事をつとめる。 Living in Peaceの目指すことは、機会の平等の提供による貧困の削減であり、国際的な活動ではマイクロファイナンス、国内では教育に特化したプロジェクトチームを組成し、活動を行っている。2009年末現在、二つのプロジェクトチームには40人以上が参加している。チームメンバーの多くは社会人が占める。著作に「15歳からのファイナンス理論入門(ダイヤモンド社)」、「imidas 2010-2011(マイクロファイナンスについて執筆)」など。ブログTaejunomicsやTwitter(@81TJ)で情報を発信中。
1.マイクロファイナンスとは
マイクロファイナンスとは、銀行融資を受けられない貧困層の人々を対象とした、各種金融サービスの総称である。小額融資(Micro Credit)が代表的サービスだが、貯蓄、保険など様々なサービスがある。
マイクロファイナンスを行う組織を総称して、マイクロファイナンス機関(”MFI”, Microfinance Institution)という(政府認可を得た団体のみをMFIと呼ぶ場合もある)。これらMFIは、営利企業、政府組織、NGOなどの形態をとる。NGOからスタートした組織が、営利企業の要素を取り入れながら成長する過程に、政府からの許認可を取得していくケースが多い。
少なくないマイクロファイナンス機関は、貧困削減と営利追求という二つの目標を同時に達成している。ここに持続可能な貧困削減手法としてのマイクロファイナンスの特色がある。
ただし、現実は決してバラ色ではなく、ノルマ達成のために無理な貸付を行ったり、執拗な取り立てを行い、返済のために他のマイクロファイナンス機関からの借り入れを強要するなどの問題が生じているところもある。非常に知名度が高いマイクロファイナンス機関においても同様の事態が生じており、現時点においてはいくつかのメディアが指摘しているのみだが、近いうちに社会問題化すると考えられる。 組織や人間の行動は環境によって変化する場合がある。もちろん、人間の偉大さのひとつは環境にも屈せずに周囲を変革できるところにあるが、全体として見た場合、環境が組織や個人の行動に及ぼす影響は否定できない。
マイクロファイナンス機関の行動を変質させうる外部的要因としては、次の3つが考えられる。
- 競争の程度:大手数社がほとんどのシェアを有している寡占状態においては問題ある行動が生じやすい
- 資金余剰:外部から過度に資金を調達してしまうと、それを運用するために無理な貸付が生じる
- 国家による規制の有無:政府の適切な規制立案により、上記問題はある程度まで回避することができる
MFIに投資するマイクロファイナンス投資ファンド・マイクロファイナンス投資ビークル(MIV)の活動は、上記1と2に少なくない影響を与えている。本稿では、MIVの活動に焦点をあて、現状分析とその問題点、問題解決のための提言を行う。
2.マイクロファイナンス投資ビークル(MIV)の現状
マイクロファイナンス機関の資金調達元は大きくドナーと投資家に分類される。ドナーには、国際機関、財団、NGOなどがある。投資家には国際機関、個人投資家、機関投資家、マイクロファイナンス投資ビークル(MIV)がある。
2.1. MIVとは
CGAPはMIVを次の様に定義する。
- 独立した投資法人である
- 全投資資産におけるマイクロファイナンス機関への投資比率が50%を上回る
CGAPのレポートによると、2008年末におけるMIVの数は103であり、資産残高(AUM, Asset Under Management)は総額で66億ドルとされている。AUMは2009年においても約30%増加したと推定されている。
マイクロファイナンス投資の4分の3は貸付等の債券投資が占める。株式への投資が少ない理由としては、外資規制の存在、投資リスクの高さなどが挙げられている。(本稿の主題から若干逸れるが、株式への投資はMFIが適切な負債比率を保ちながら成長するために重要であり、その投資残高の成長率はローンのそれより高い)
2.2. MIVの例:Dexia Microfinance Fund
MIVのAUMの半分以上は、大手5社によるものである。ここでは、大手MIVの一つとして、BlueOrchardのDexia Microfinance Fundを紹介する。
スイスに本拠を置くBlueOrchardはDexia Microfinance Fund(ファンド国籍はルクセンブルグ)を運用している。アメリカドル建てのファンドは1998年9月より、スイスフラン建てファンドは2001年12月より、ユーロ建てファンドは2003年4月より運用が開始されている。
三つのファンドの運用残高は2009年11月で5.3億ドル、うちローンポートフォリオのサイズは4.0億ドルであり、35カ国、98MFIを対象に185件の投資を行っている。平均ローン投資のサイズは217.1万ドルであり、平均貸付期間は14.5ヶ月である(これら全ては2009年11月末時点のもの)。
MIVの多くは、貧困削減等の社会的意義の追求も重視している。社会的パフォーマンスの指標として、投資対象MFIの農村地帯の借手の数、女性の借手の数、平均ローンサイズなどを用いている。
投資パフォーマンスは、11月のパフォーマンスはニカラグアのMFIのパフォーマンスの落ち込みにより若干のマイナスとなったものの、2009年初から11月末までの投資リターンは2%以上を達成している。2001年から2008年までの平均投資リターンは約5%だ。
2.3. 他の資産との相関が低いMF投資
為替リスクをヘッジした場合、マイクロファイナンス投資に存在するリスクの多くは、現地の借り手の貸倒れリスクである。このようなリスクは現地の地場産業や農業の景況に影響され、先進国の経済状況との相関は低い。多くのMIVが2009年度においても概ね正のパフォーマンスを達成出来たのは、借り手の貸倒れリスクが先進国の金融危機の影響を受けにくかったことに由来していると考えられる。
マイクロファイナンス投資にまつわるリターンは、伝統四資産(国内株式・債券、外国株式・債券)のそれとの相関が低いため、投資にマイクロファイナンスを組み込むことで、ポートフォリオのリスクを低下させることが出来る。ヘッジファンドの中にも、マイクロファイナンスへの投資を検討する会社があらわれている。
先進国の中で、マイクロファイナンス投資ファンドが存在しないのは日本だけであった。そのリターン特性と社会的意義から、Living in Peaceは2008年より日本で初めてのマイクロファイナンス投資ファンドが組成されることを望み、呼びかけてきた。
2.4. 2009年は日本のマイクロファイナンス元年
2009年は、日本におけるマイクロファイナンス投資元年となったといえる。Living in Peaceとミュージックセキュリティーズ株式会社の業務提携の下に組成されたマイクロファイナンス投資ファンド「カンボジアONE」は日本初のマイクロファイナンス投資ファンドであった(第2種金融商品取引業者の登録のないLiving in Peaceは、金融商品の勧誘、募集等の行為は一切行っていない)。この取組みには多くのメディアが注目し、20以上の新聞、雑誌、テレビ、ラジオで取り上げられた。また、大和証券が組成した「マイクロファイナンス・ボンド」(国際機関IFCのマイクロファイナンス事業への資金調達)も多くの注目を集め、数百億円の資金を集めた。
マイクロファイナンスについての学びの意識が高まってきたのもこの1年だった。アライアンス・フォーラムが主催したマイクロファイナンスのスタディツアーには定員の3倍を超える人数が申し込み、世界銀行の主催するマイクロファイナンスコースにも、いつになく多くの人々が参加している。
マイクロファイナンスの潜在的な需要は2,800億ドルあると考えられている。今後もマイクロファイナンス投資は拡大を続けるであろうと考えられる。
しかし、現状は一種の危うさを孕んでいる。それは、マイクロファイナンス投資ファンドが、国内のMFIの寡占を促進させると同時に過度の資金余剰をもたらし、MFIセクターの健全な成長を阻害しうることである。
3.危うい現状
MIVによる投資資金の偏り MFIへの投資は、全体としては歓迎されるべきものである。マイクロファイナンスセクターは一貫して資金不足の状態にあり、資金不足主体に資金を提供するのは金融の基本でもある。
3.1. MIVの有するインセンティヴが生みうる偏った投資活動
問題点は、投資が偏っている点にある。MIVには投資家から集めた資金を投資に費やす動機が存在する。そうしないと投資リターンを得られないためである。大手のMIVがその資金を全て投資に用いるためには、どうしても大規模の投資を行わざるをえない。
CGAPのレポートによると、MIVの平均ローン投資サイズは約180万ドルであるが、これは、多くの中小規模のMFIが受け入れるには過大である。中小規模のMFIに特化して投資を行っているMIVも存在するが、上述のDexiaをはじめ多くのMIVはTier1およびTier2と呼ばれる、現地では大企業とされるMFIのみへ投資を行っている。
MIVが比較的大規模のMFIにのみ投資を行おうとすると、セクター全体としては資金不足なのにも関わらず、大手MFIにとっては資金余剰の状況が生じる。
3.2. 偏った投資がもたらしうるもの―寡占と一部MFIの資金過剰
上述のような状態が続くと、中小規模のMFIの成長が抑制され、大規模のMFIのみがますます成長し、市場が寡占化する可能性がある。30年以上に渡り貧困層のファイナンスを支援してきたStuart Rutherford氏は、次のように指摘する。「今となっては大手となったMFIにも中小規模だった時期があり、当時は外部からの投資や資金援助を受けて育ってきた。それに比べ、現在において中小規模のMFIはあまりにも厳しい資金調達環境にさらされている。」
大手MFIは、自らの培ったノウハウを海外のMFIに移転する活動を行っている。このノウハウ移転は多くの場合、株式への投資を伴っている。中小規模のMFIの主要株主や社外取締役を見ると、大手MFIの関係者が載っている場合が少なくない。こういったノウハウの移転そのものは有意義だが、MFセクターの寡占化に拍車をかける可能性がある。
寡占は、イノベーションを阻害するのみならず、顧客にとって好ましくない融資条件が横行する要因ともなりうる。
また、このような状況においては、拡大意欲のあるMFIが必要以上の資金調達をしてしまう可能性がある。
過度の資金調達は、MFIによる無理な資金融資を誘発する。実際に、借手の能力をはるかに超えた融資を行い、強引な貸しはがしを行うケースが増えている。貸しはがしには、担保の奪い取りや他のMFIからの借入を行わせ自社のローンを返済させる、などの手法がある。大手で、社会的な信用が非常に高いMFIにおいても、このような事態が生じている現状がある。
若干話題は逸れるが、外部から資金調達を行っていないMFIであっても、利益を無理に全て内部留保するのであれば同様の問題を有する可能性がある。
繰り返しになるが、組織や人の偉大さのひとつは環境に左右されず自らの理念を全うする姿にあり、私もそれを否定しない。しかし、問題はマクロの話であり、資金調達環境が組織の行動に影響を与えるのは事実であると考える。
4.MIVによる投資の偏りの一因はコスト構造にある
4.1. 収入は手数料
投資ファンドのビジネスは、一定のサイズを達成しないと成立しないといわれている。投資ファンドの運用者らは手数料によってビジネスを成立されている。その手数料は主に次の四つからなる:
- A. ファンドの組成段階で組成額に対して得る手数料
- B. 投資実行時に投資金額に対して得る手数料
- C. 投資実行後、投資残高に対して期間毎に得る手数料
- D. 投資終了後、成功報酬として得られる手数料
前述した通り、マイクロファイナンス投資の多くはローン投資であり、年間のリターンは固定されている。よって、投資運用者が投資家にリターンを返すためには、投資にかかるコストが投資サイズに対して一定の比率(2%程度)に収まる必要がある。バートン・マルキールの「ウォール街のランダムウォーカー」にもあるように、投資パフォーマンスと手数料には明確な関係がある。
4.2. 固定費が大部分を占めるコスト構造
また、マイクロファイナンスが必要とされている地域は発展途上国が主であるが故、各種インフラや適切な人材・能力などの不足などによって事前調査に相応のコストが発生してしまいがちな状況にある。
ファンドを運営するためには、収入が支出を上回らなければならない。MIVの支出の多くは事前調査といったような固定費であり、ここに問題の所在がある。
例として、小規模のMFIに対する1,000万円の投資を考えてみよう。日本から開発途上国に赴き、数日を費やせば、15万円から20万円程度のお金がかかる。契約が一回の訪問でまとまればよいが、もし二回訪問すれば、投資サイズの4%が費やされることになる。さらに、運用者の人件費やその他維持費がかかる。これらの多くは固定費のため、投資対象となるMFIのサイズによって変化しない。結果として、1,000万円程度の小規模の投資を行う場合、MIVはコスト割れを起こしてしまい、投資ファンドとして持続可能たり得ない。
5.提言
最高のコストパフォーマンスを達成するMFI調査システムを この問題に対する解決策として、私はMFIの事前調査システムを開発し、MFIの調査コストを格段に下げることを提言したい。それにより従来よりも低コストでMIVに興味を持つ機関に調査データを提供し、1,000万円程度の小さいサイズでも収支がつくようにする。そうすることによってサイズは小さいが資金を必要としている中小規模のMFIに資金を提供し、マイクロファイナンス市場のより一層の健全化につながる。 これはLiving in Peaceのマイクロファイナンスプロジェクトの中期目標であり、私たちだからこそ達成しうる目標だと考える。
現在、一つのMFIのパフォーマンスを評価するための調査を行うには、最低でも50万円が必要とされている。その多くは現地への渡航費と従業員の人件費によるものだ。
現地訪問なしの調査システム
私たちは、現地訪問をせずにある程度のパフォーマンス評価を出来るシステムの開発を考えている。企業の倒産確率を推定するクレジット・リスク・モデリングの学びは、少なくない場合において、数値情報のみを用いたシステムの導き出す答えは、融資担当者の経験に基づいた勘を上回るというものだ。これは企業の信用リスクの推定に限った話ではなく、数多くの場面で実証されており、「その数学が戦略を決める」という書籍にもまとめられている。MFIへの投資だけがモデル化できない理由は存在しないと考えられる。また、このシステムは企業の財務パフォーマンスのみならず、ソーシャルパフォーマンスも推定できるものにしようと考えている。
Living in Peaceメンバーには財務モデリングやデータマイニングなどを専門的に行っている者もいるため、システム開発に着手するための人的リソースは存在している。
最大のチャレンジは、正しいデータを入手することにある。マイクロファイナンスのウェブ上のデータベースであるMIX Marketには1,000以上のMFIの財務情報が掲載されているが、ここにあるデータの更新頻度は現状においては高くない。よって、データ入手は、個別に行うことになるが、スタートアップのMFIの財務情報の信頼性は高くない(ただし、小規模以上のMFIはしっかりした会計事務所の監査を受けている)。これらMFIに対してメールや電話ベースで情報を取得する際に、虚偽の情報が入り込むことを排除するシステムを作成する必要がある。また、よりテクニカルな問題として、倒産リスクをモデリングする際に用いる被説明変数の設定や、十分な数のサンプルの取得などが今後のチャレンジとなる。
パートタイムNPOの利点である固定費の低さを活用
Living in Peaceは、パートタイムのメンバーの集まるNPOであり、参加者は自らのモチベーションによって行動している。 事務所も有さず活動しているため、組織運営にかかる固定費は非常に低く、調査システムを開発しても、人件費のかかる会社よりはるかに低コストで開発することが可能である。
目指すのは最高のコストパフォーマンス
私たちは、この調査システムが全てのMFIの調査に勝るとは考えていない。私たちが提供したいのは、最高のコストパフォーマンスを有するMFIの調査システムである。現在、MFIへの投資において、事前の財務・ソーシャルパフォーマンスの調査は、全て高コスト・高(ときに中)パフォーマンスであるが、私たちはその限定された状況を変えたいと考えている。圧倒的な低コストで、中程度以上のパフォーマンスを達成するのが、私たちの選択するポジショニングである。
2010年にもLiving in Peaceは多くのMFIの調査を行う予定である。今後3年間は現地調査をしっかりと行いつつ、試作版のモデルと現実とのギャップを埋めていく予定である。LinuxやWikipediaと同様の、金銭的報酬ではなく活動意義や仲間の魅力に惹かれた人々が作り上げるシステムの可能性を模索したい。
6.参考文献一覧
CGAP 2009 MIV Survey
http://www.cgap.org/gm/document-1.9.37549/CGAP%20MIV%20Survey%20-%20Results%20Presentation.pdf
Dexia Micro-Credit Fund November 2009 Investors’ Update
http://www.blueorchard.com/jahia/webdav/site/blueorchard/shared/Products/Dexia/Newsletter/
091012_DMCF%20Monthly%20update%20November%202009.pdf
responsAbility Global Microfinance Fund Monthly report November 2009
http://www.responsability.com/domains/responsability_ch/data/secure_pdf/2009%2011%20rAGMF%20monthly%20report_EN.pdf
LIP Report No.2 投資対象としてのマイクロファイナンス
http://www.living-in-peace.org/_common/img/pdf/LIP_Report_No2.pdf
2010年2月17日掲載
担当:荻、奥村、金田、釜我、迫田、菅野、高橋、中村、宮口