第44回 小松原 茂樹さん UNDPアフリカ局TICAD プログラムアドバイザー TICAD VII に向けて:TICAD プロセスを通じてみたアフリカ開発
プロフィール
小松原 茂樹(こまつばら しげき)さん
徳島県生まれ。東京外国語大学卒業後、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)大学院で経済修士号(国際関係論)を取得。(社)日本経済団体連合会事務局、 OECD (経済協力開発機構)民間産業諮問委員会(BIAC)事務局出向を経て、2002 年より国連開発計画に勤務。本部アフリカ局カントリーアドバイザー、ガーナ常駐副代表等を歴任。現在ニューヨーク勤務。
序文.はじめに
2016年8月に、ケニアの首都ナイロビで第6回アフリカ開発会議(TICAD VI)が開催された。TICADは1993年の開始以来、アフリカ開発の論調をリードする重要な役割を果たし、アフリカ開発を支援する関係者が集まるグローバルなフォーラムとして発展してきた。本稿ではTICADの歴史を振り返りながら、TICAD VIIに向けた展望を考えてみたい。
1.TICADとは
1993年に始まったTICADは、様々なステークホルダーが参加する、オープン(開かれた)でインクルーシブ(包摂的)な会議である。TICADは日本政府およびUNDP、国連アフリカ担当特別顧問室(OSAA)、世界銀行、アフリカ連合委員会(AUC)の5者が共催者として運営にあたっているが、アフリカ諸国と日本に加えて、欧米のドナー諸国、アジアやラテンアメリカ諸国、国際機関、市民社会、民間企業等からも多くの参加がある。UNDPはTICAD創設以来の共催者として、戦略的課題の設定、TICADにおける議論への知的貢献、会議等のプログラムの策定、実際の会議の運営、ロジスティックの提供などを通じて、TICADを全面的に支援しており、UNDPアフリカ局に置かれたTICADユニットがUNDPの窓口として共催者、UNDPの関連各局、その他の関係者との総合調整にあたっている。
2.国連開発計画 (UNDP) アフリカ局について
UNDPは1966年、2つの国連技術協力機関(国連特別基金と国連拡大技術援助計画)が統合されて発足し、2016年で50周年を迎えた。本部はニューヨークにあり、約170の国・地域で活動し、グローバルな課題や国内の課題に対し、各国に合った解決策の策定・実施を支援している。UNDPは貧困削減、気候変動、ガバナンス、紛争予防・復興等の専門分野に加え、国連開発グループ(UNDG: UN Development Group)議長の役割も果たし、国連開発システムの総合調整にあたっている。各国で開発援助に関係する国連諸機関の活動を総合調整する常駐調整官(RC: Resident Coordinator)が国連開発計画の常駐代表(RR: Resident Representative)を兼務しているのもこのためである。国連開発計画では4年ごとに戦略計画を策定しているが、2014年から2017年までの戦略計画では、持続可能な開発、民主的ガバナンス、危機に対する強靭性の構築などを戦略テーマとしており、2018年からの戦略計画策定に向けた検討も進められている。
アフリカ局は、サブサハラアフリカの活動全般を統括しており、サブサハラアフリカの46カ国全てに事務所を設置して、各国のニーズに応じた支援を提供している。エチオピアの首都アディスアベバにはUNDP地域サービスセンターが設置されており、アフリカ内の地域的な取り組みや、各国の専門的な支援ニーズに対応している。アフリカ局の年間事業予算は約12億ドル。職員数は約4500名で、そのうち28名が本部で勤務している。事業予算規模ではJICAとほぼ同等だが、サブサハラのすべての国に事務所を置いて活動していることや、現場における職員数の多さから、国連機関としてのUNDPが持つネットワークの広さと深さが想像できよう。UNDPによるアフリカでの主な支援分野は貧困削減、ガバナンス、気候変動、環境、紛争予防・復興などであるが、能力強化、ジェンダーの主流化、南南協力の促進などの課題は各分野に共通の優先事項となっている。
3.TICADの仕組み
TICAD首脳会議はTICAD Vまで5年に一度日本で開催されてきたが、アフリカ側の強い希望もあり、TICAD VI以降は3年に一度開催されることとなった。TICAD Vでガーナのマハマ大統領(当時)が発言を求め、「アフリカの人々はサッカーが大好きで、4年に一度のワールドカップを楽しみにしているが、我々が同様に楽しみにしているTICAD首脳会議が5年に一回しか開催されないのは残念だ。」と各国首脳の笑いを誘いながら開催間隔の短縮を訴えたことは、アフリカ首脳がTICADに持つ親近感と期待を感じられたエピソードとして今でも強く印象に残っている。TICAD V後には首脳会議の開催間隔短縮と日本とアフリカでの交互開催が合意され、これを受けて2016年8月にケニアの首都ナイロビで開催されたTICAD VIは、初の3年周期、初のアフリカ開催という記念すべきTICAD首脳会議となった。TICAD首脳会議での議論は、TICADフォローアップ・メカニズムを通じて具体化される。毎年閣僚級の会議が開催され、首脳会議での議論の具体化の状況や新たな開発課題などについて意見交換を行うと共に、行動計画の実施状況をフォローアップしている。更に、TICAD合同モニタリング委員会が毎年日本で開催され、共催者と在京アフリカ外交団(African Diplomatic Corps)などの関係者が定期的に意見交換を行っている。
4.TICADの特徴
TICADの特徴としては主に下記の5点が挙げられる。
(1) 開かれたフォーラム:TICAD Iの参加者は1000人であったが、回を追って増え、TICAD VIでは、 日本から3000人、合計で1万1000人の参加があった。TICADの後を追うように、二国間のアフリカ開発フォーラムが数多く発足したが、それらは特定の国の対アフリカ援助を交渉・議論する場であり、広く国際社会に開かれたものにはなっていない。TICADも日本とアフリカだけのフォーラムであればここまでの成長を遂げることはなかったであろう。TICAD Vには日本の経済界首脳が参加したが、TICAD VIでは日本とアフリカの双方から多くの経済界関係者が参加し、本会議での討論に初めて参加した。このように、TICADは時々の開発課題や関心を反映して、多様な関係者を柔軟に受け入れて発展してきた。第1回のTICADは日本、国連(UNDPを含む)、アフリカのためのグローバル連合(GCA: Global Coalition for Africa)の3者共催で開催されたが、最初からTICADを開かれたフォーラムとしたことは、大変先見の明に富んだ決断であり、今日の成功の大きな一因であるといえよう。
(2) アフリカの自主性の尊重:TICADはアフリカの自主性を尊重し、アフリカ自身が設定する開発課題を国際社会が支援するというスタイルを確立してきた。TICAD IIが打ち出した“African Ownership and International Partnership”という考えは、国連などの場における議論にも共通する開発援助の基本理念となっている。
(3) アフリカの声を世界へ:UNDPなどの国際機関が共催者となっていることで、アフリカ開発に関する議論の結果やアフリカの声を、国連などのグローバルな場における開発議論に反映させていくことが出来る。2008年に開催されたTICAD IIや2013年に開催されたTICAD Vの提言を読むと、当時国連で進行していたMDGsやSDGsの議論に直接関連する提言が多いが、開発関係者、経済界、市民社会、国際機関など、幅広い参加者がアフリカ首脳とともにアフリカ開発を議論することで、アフリカの声をグローバルな声とし、国連などの場における議論に反映させるという点でもTICADは非常に重要な役割を果たしている。これに加え、UNDPと日本政府は、人間中心の開発、人間の安全保障、能力強化など、開発の視点や手法に共通点が多く、アフリカ開発にとどまらず、MDGs、SDGs、気候変動、紛争予防・復興、貧困削減、官民連携など多くの分野で連携している。
(4) フォローアップ・メカニズム:フォローアップ・メカニズムは、TICAD首脳会議での議論を活動にどう反映させているかについて、様々な関係者が自主的に報告することで、参加者間の更なる情報・意見交換と、パートナーシップの拡大を可能にしている。例えば、TICADには開発援助を受ける側から、提供する側になろうとしているアジア諸国やラテンアメリカ諸国、独自の活動を行うNGOなども参加しており、フォローアップメカニズムや様々な会合を通じて、それぞれがアフリカにどのような支援を行っているか、あるいは行う予定かを広く関係者に周知し、パートナーシップを強化・拡大することが可能である。
(5) 開発議論への貢献:多様な関係者が参加する開かれた会議であるがゆえに、TICADは時々の関係者の問題意識を反映して、アフリカ援助の重要性、地域統合の推進、人間の安全保障、人間中心の開発、均衡のとれた経済発展の必要性、個人と組織の能力強化、ミレニアム開発目標(MDGs)、持続可能な開発目標(SDGs)など、国際的な開発議論に重要な貢献を行って来た。アフリカにおけるガバナンスの重要性、持続的で地元に貢献する支援、人づくり、人間の安全保障など、今では広く受け入れられている概念を早くから議論していたのもTICADである。
5.時代を先取りするTICAD
先述のように、TICAD首脳会議は、それぞれの時代の国際環境を反映し、問題意識を先取りした提言を行ってきた。
TICAD I(1993年)は、冷戦が終わり、アフリカ援助への国際社会の関心が薄くなる中で、アフリカ支援の重要性を改めて訴えるために開催された。そこではアフリカ経済、ガバナンス、民間企業の発展、地域協力・統合、アジアとアフリカの協力の促進などが話し合われ、アフリカ開発に関する東京宣言が採択された。
TICAD II(1998年)は、ミレニアム開発目標 (MDGs)に向けた国際的な議論が高まる中、「アフリカの貧困削減と世界経済への統合」をテーマとして開催された。TICAD IIでは「アフリカのオーナーシップと国際社会のパートナーシップ」がTICADの基本理念として確認されると共に、東京行動計画が採択され、後に国連で合意されるMDGsにも取り入れられる多くの具体的提言が行われた。
TICAD III(2003年)では、アフリカのオーナーシップを促進する見地から、NEPAD(New Partnership for Africa’s Development: アフリカ開発のための新パートナーシップ)に代表されるアフリカの自主的な取り組みを支援することが合意された。さらに、平和、能力強化、人間中心の開発、インフラ、農業、民間セクター支援、パートナーシップの拡大、市民社会との対話等が議論された。
TICAD IV(2008年)は、アフリカが全体として安定を増し、経済成長が優先課題となる中で、「元気なアフリカを目指して-希望と機会の大陸」をテーマとして開催された。経済成長の加速、人間の安全保障、平和構築や良い統治(グッド・ガバナンス)、環境や気候変動、南南協力やアフリカ内での協力促進などが議論され、横浜宣言が採択された。
TICAD V(2013年)は、アフリカが堅調な経済成長を続ける中で、「躍動するアフリカと手を携えて」をテーマとして開催され、持続可能な経済の構築、国内外の不測の事態に対応できる強靭で包摂的な社会の構築、平和と安定などへの対応が話し合われた。また、経済成長に伴って民間セクターが開発に果たす役割の重要性が認識され、日本の経済界首脳によるアフリカの投資・事業環境改善に関するプレゼンテーションやアフリカ各国首脳との対話が初めて行われた。TICAD Vで採択された横浜宣言は、当時国連を中心に進んでいたSDGs策定に向けた議論に対しても重要な貢献となった。
TICAD VI(2016年)には、日本から3000人、アフリカ諸国、アジア諸国、国際機関、NGO、民間企業、市民社会など、合計で1万1000人が参加した。堅調な経済成長を続けるアフリカ経済への日本産業界の高い関心や、人材や市場の育成に日本企業が果たせる役割へのアフリカ側の強い期待、SDGsなどを背景として民間セクターが開発に果たす役割の重要性に注目が集まった事などを背景に、TICAD初となる日本とアフリカの経済界関係者とアフリカ各国首脳の対話セッションが本会議で開催された他、日本とアフリカの経済界関係者が様々なセッションに参加した。数多くのサイドイベントに加えて、日本、アフリカのビジネス関連の展示も大規模に行われ、アフリカ開発における民間セクターの重要性が改めてハイライトされた。
6.ナイロビ宣言
TICAD VIは開催間隔が5年から3年に短縮されて初めての首脳会議であり、TICAD Vにおいて2013年から2017年を対象として採択された横浜宣言および横浜行動計画が実施されている中での開催となった。そのため、TICAD VIでは、TICAD V以降発生した一次産品の国際価格下落、エボラ出血熱、過激主義の蔓延などを背景とした議論が行われ、(1)経済の多角化、(2)保健システムの強化、(3)社会の安定化を3本柱としたナイロビ宣言 “Advancing Africa’s sustainable development agenda: TICAD partnership for prosperity”が採択された。
このように、アフリカ自身の関心や開発の進展に伴って生起する様々な課題を捉え、新たなステークホルダーを柔軟に受け入れながら、アフリカ開発に関する国際的な議論を主導してこれたのも、TICADがアフリカを中心に、多様な関係者に開かれたフォーラムとして発足したことによるところが大きいといえよう。参加者が第1回の1000名から第6回の1万1000名にまで増えたことが如実に語るように、TICADはアフリカの開発アジェンダを支えるコンセンサス形成の場、志を共有する関係者のネットワーキングの場、また様々な関係者間の個別具体的な相談の場として、アフリカ開発のキーパーソンが集う「アフリカ開発のダボス」ともいうべきフォーラムに成長している。
7.TICAD VIIに向けて
TICAD VIIは2019年に日本で開催される予定である。今後はTICAD V横浜宣言および横浜行動計画と、TICAD VIナイロビ宣言および行動計画の実施状況をフォローすると共に、新たな開発課題への取り組みなどについて様々な機会で議論していくことになろう。また、TICAD VIで設立が発表された日アフリカ官民経済フォーラムも、平行してアフリカで開催される見通しである。
アフリカ経済見通し(英語版リンク)はUNDPがOECD、アフリカ開発銀行と共同で毎年発表している非常に有用な経済分析であるが、2016年版の経済見通しでも、アフリカへの資金流入の過半を占めるのが直接投資や送金、ポートフォリオ投資、融資など、民間の活動に関連する資金の流れで、長年大きな変化が見られないODAよりも額がはるかに大きく、かつ増加傾向にあることが述べられている。
SDGsではMDGsよりも明確に、民間企業が持続的発展の実現に果たす役割の大きさが認識され、企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility)の延長としての開発への関与から、持続可能な企業活動を通じた開発への貢献を重視する観点に大きくパラダイムが転換した感がある。2011年にガーナ事務所の副代表から本部に戻り現職について以来、日本に出張する機会が増え、アフリカの経済見通しなどについて何度か報告会を開催し、多くの企業関係者に来て頂いたが、当初は渉外や社会的責任(Corporate Social Responsibility)などを担当されている方々が多かった。ところが2013年に開催されたTICAD Vの前後から、戦略、企画、営業などを担当する方々の参加が圧倒的に増え、社会貢献の対象というよりは中長期的な視点から見た市場としてのアフリカに関心を持つ日本企業が増えていることを実感している。
アフリカは広く、発展のためのニーズもマーケットも非常に多様である。また、一昔前にはアフリカの経済成長は一次産品頼みとの見方もあったように記憶しているが、最近ではケニア(紅茶、生花)やルワンダ(IT)のように、天然資源に頼らずに経済成長を実現している国もあり、アフリカに関する情報や知見が増えるにつれ、拡大するアフリカ市場に進出を考える日本企業は確実に増えてきている。また、TICAD VI以降、一次資源に加えて、消費財、運輸、ITなどのサービス分野、あるいは飲食事業など、様々な分野で日本企業のアフリカ進出が加速しているが、アフリカはアジアに次ぐ成長市場であり、全世界の経済成長の過半を新興諸国市場が生み出していることなどを考えれば、これまでの「出遅れ」を取り戻す意味でも、グローバルな企業戦略の一環としてのアフリカ市場への進出が今後も加速されることが期待される。
アフリカ各国も、インフラ整備などのハード面に加えて、国内での人材育成、製品の付加価値増大、雇用創出、事業環境の整備などを重視しており、海外の進出先で人材や市場を育て、長い目で事業を展開して成功して来た日本企業のアフリカ進出に期待を高めている。SDGsは17分野169項目の多岐にわたり、MDGsに比べても、企業活動そのものがSDGsへの貢献となる可能性は高い。売り手よし、買い手よし、地域よしの「3方よし」は日本が江戸時代から育んできた商道徳であるが、SDGsの文脈で語られるsustainable businessは、まさに日本が200年来重視してきた社会と共存し、社会とともに繁栄する、長続きするビジネスの賢明さが、世界的に認識されたものだとは言えないだろうか。
長期的なトレンドに目を転じれば、経済成長に加えて、ガバナンス、気候変動、急速な都市ヘの人口集中、技術進歩やイノベーション、人口増(若年労働者の増加)、女性の役割など、今後の開発議論に大きな影響を与え、開発へのアプローチそのものの再考を迫りかねない変化も規模とスピードを増している。加速度を増す変化の中で、いかにアフリカ開発を安定して持続可能な形で加速させていくか、世界中の関係者が集うTICAD VIIに向けた議論が注目されるところである。
2017年6月5日掲載
担当:志賀裕文、菅生零王
ウェブ掲載:三浦舟樹