第116回「LGBTQの権利は守られているのか?」

  • 日時:2017年8月31日(金)19時00分~20時30分
  • 場所:コロンビア大学ティーチャーズカレッジ図書館3階 ラッセルホール306
  • スピーカー:加藤丈晴(弁護士 札幌弁護士会所属)

加藤丈晴(かとう・たけはる)弁護士(札幌弁護士会所属)

2000年京都大学法学部卒。2004年弁護士登録。2016~17年ニューヨーク大学ロースクールアジア法研究所客員研究員。LGBT支援法律家ネットワークのメンバーとして、LGBTQ当事者の法的支援と啓発活動に取り組む。2016年8月から2017年9月までニューヨーク大学でLGBTQに対する差別解消に向けた取り組みについて研究を行う。

■1■ はじめに

今回の勉強会は、弁護士の加藤丈晴さんをお招きし、「LGBTQの権利は守られているのか?トランプ時代のアメリカと”LGBTQブーム”の日本、そして世界で」というテーマでお話を伺いました。加藤氏はLGBT支援法律家ネットワークのメンバーとして、LGBTQ当事者の法的支援と啓蒙活動に取り組んでおり、現在はニューヨーク大学ロースクールにてLGBTQに対する差別解消に向けた取り組みについて研究を行われています。なお、以下の議事録の内容については、所属組織の公式見解ではなく、発表者の個人的な見解である旨、ご了承ください。

■2■ LGBTQとは何か

まずLGBTQの問題を考えるうえで大切な二つの概念は、性的指向と性自認である。性的指向(sexual orientation)とは、人の恋愛・性愛がどのような対象に向かうのかを示す概念であり、好きになる性に関連するものだ。一方、性自認(gender identity)とは、自分の性をどのように認識しているのか、どのような性のアイデンティティ(性同一性)を自分の感覚として持っているかを示す概念で、心の性の問題と言える。

LGBTQとは、Lesbian(女性同性愛者)、Gay(男性同性愛者)、Bisexual(両性愛者)、Transgender=心と身体が一致しない人(性同一性障害なども含む)が一般的に知られており、QとはQueerもしくはQuestioningを指す。QueerはLGBTに含みきれない、自身の性自認や性的指向が定まっていない人を含めた包括的な概念である。Questioningは自身の性自認や性的指向が定まっていない状態を指す。またその他のジェンダー、セクシュアリティ(Asexual=どちらの性に対しても恋愛感情を抱かない、Pansexual=好きになる性に違いが無く、男女の違いを意識せずに恋愛感情を抱く、X gender=性自認が定まっていない、など)も含まれる。LGBTQは世界中のどの国にも一定の割合で存在し、おおよそ人口の3-6%と推定される。

性自認と性的指向はそれぞれ独立した概念であり、その組み合わせは多様である。身体の性、心の性、好きになる性にわけられ、12通りの組み合わせが存在する。例えば、Transgenderで両性愛者の場合、身体の性は男性であるが、心の性は女性であり、好きになる性は男女両方の性ということになる。

更に、性のグラデーションとは、性別上の性、性自認の性、性的指向の性において、性を男性と女性の二つに明確に分けることに疑問を持つ考え方である。その考え方によると、男性・女性のどちらでもない、もしくは、その中間という可能性もあるわけだ。

また、Intersex(性分化疾患)とは、外性器・内性器・内分泌系(ホルモン異常など)・性染色体などが、「普通」とされる男性もしくは女性と異なることを指す。必ずしも両性具有ということではない。

トランスジェンダーと性同一性障害は同等ではなく、トランジェンダーの中でも一定の診断基準を満たした人が性同一性障害と診断される。法律上の「性同一性障害者」とは、生物学的には明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別であるとの持続的な確信を持ち、かつ、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意志を有する者である。一方でトランスジェンダーの人全員が身体的治療を望んでいるわけではない。

一般的なLGBTQの認識については、GID(gender identity disorder)という障害としての認識からGD(gender dysphoria=性別違和)への脱病理化の動きがある。その根底にある主張は、LGBTQが抱える障害は社会との接点で生じるものであり、当事者の性自認自体に障害や異常があるわけではないというものだ。更にはジェンダー、セクシュアリティを分類することの困難性や性的多数派と少数派を区別すること自体を問題視する観点から、SOGI(sexual orientation and gender identity)という言葉も用いられるようになっている(例えば「SOGIに基づく差別の禁止」など)。

■3■ LGBTQの権利~何が問題なのか~

(1)国家による権利侵害

同性愛、同性間性行為の処罰(ソドミー法)は、2017年5月時点で72か国で認められ、うち8か国では最高刑が死刑。米国では2003年に連邦最高裁が違憲と判断して、それ以降無効になっている。また同性愛プロパガンダ禁止法の下、同性愛を宣伝する行為の処罰はロシア、リトアニアなど旧ソ連圏4か国で採用されている。

世界各国では、軍や警察官による弾圧や人権侵害も問題となっている。最近の例としては、イスラム圏の国であり、政府が同性愛者の存在すら否定しているチェチェン共和国で、2017年4月に同性愛者の男性100人以上が摘発され、強制収容所で虐待を受けるという事態が相次いだこと。また、インドネシアでは同性愛自体は違法ではないのにも関わらず、あるゲイサウナのパーティーにて141人が不当摘発され、拘束されるという事件があった。韓国においてはソドミー法はないものの、軍隊内での同性愛行為は刑事罰の対象となる。本件では同性愛者向けのアプリを使用したおとり捜査で同性愛者を特定し、自白させ、恥辱的な質問をした。米国ではソドミー法が違憲とされたが、12州では未だ廃止されないまま残っており、ルイジアナ州では2011年から2013年の間に警察官が12人の男性を不当逮捕している。

(2)私人間における差別

ヘイトクライム・ヘイトスピーチに関しては、同性愛者である男子大学生が二人組の男性に暴行を加えられて殺害されたマシュー・シェパード事件(1998年)を契機に、ヘイトクライム防止法に性的指向、性自認が含まれた。LGBTQはアフリカ系アメリカ人の2倍ヘイトクライムのターゲットになりやすく、中でもアフリカ系アメリカ人トランスジェンダー女性が際立って殺害のターゲットになりやすいことが、米国2014年の調査で明らかになっている。これは、米国では人種差別と性的差別が切り離せない現状を表しているといえる。

一方、日本ではヘイトクライムを加重処罰する法律がないためヘイトクライムに関する公式統計は存在しないが、LGBTQに対するヘイトクライムは顕在化しにくいが存在している。例えば、東京都江東区の新木場公園では2000年に同性愛者の男性が殺害され、2006年には複数の同性愛者男性に対する暴行事件が発生している。また政治家達によるLGBTQに対するヘイトスピーチも多くある。その他、雇用、住居、医療など社会生活上の差別が存在し、若者の間ではいじめ、それによる自殺も問題となっている。

米国の家庭では、25%ものLGBTQの若者が家族から拒絶されており、そのうち追い出されてホームレス化した若者は、万引き、売春、薬物売買などの犯罪行為に関わることもある。

(3)家族形成の問題

婚姻の平等(同性婚)は2001年にオランダで初めて認められて以降、2017年5月までに、23か国で認められている。G7では日本のみが認めていない。

同性婚のカップルが直面する家族形成の問題としては親子関係の形成が挙げられる。同性カップルが血縁のある子供を持つ場合、女性同性愛者であれば精子バンクの利用、男性同性愛者の場合は代理母という選択肢がある。また、連れ子の場合は養子縁組を結び、血縁のない子供の場合は二次親養子縁組を結ぶことがある。米国では二次親養子縁組の要件、代理母契約の可否、代理母で生まれた子との母子関係など、LGBTQの親子関係をめぐる法律は州によって様々である。しかしながら、日本では二次親養子縁組は民法上認められておらず、パートナーの連れ子と養子縁組を組む場合は実親が親権を失ってしまう。したがって、同性カップルが双方親権者として子供を育てることは法律上不可能である。代理母出産は法的に未整備であるが、産婦人科学会が規制をしているのが現状。日本では代理母から生まれた子の法律上の母親は代理母とされる。しかし、2013年に女性から男性へ性別変更をした(FtM:Female to Male)トランスジェンダーの夫と、精子提供を受けて出産した子供との間に父子関係が認められた。また大阪市が男性同性カップルに対し里親認定をした。しかしこれは里親として子を代わりに育てることを認めたものであり、法的に親子関係を結ぶ養子縁組が認められたわけではない。

■4■ LGBTQの歴史

アメリカでは1969年ニューヨークシティで発生したストーンウォールの反乱(Stonewall Innというゲイバーで警察の強行捜査に対して同性愛者らが反抗した事件)以降、さまざまな運動が進められてきた。日本でも歴史的な出来事として府中青年の家事件東京高裁判決が挙げられる。ゲイとレズビアンの若者が主に中心となったグループが東京都の「府中青年の家」で合宿中、施設を利用していたほかの団体から嫌がらせを受けたため、「府中青年の家」に対応を求めたところ不誠実な対応をされ、さらに再度の利用を施設側から拒否された。東京都教育委員会は「男女別室ルール」をもとに団体の今後の利用を認めないことにした。団体は偏見にもとづいた人権侵害であるとして、東京都を提訴。1994年の東京地方裁判所の判決及び1997年の東京高等裁判所の判決により、原告の団体は完全勝訴した。判決では同性愛者の利益・権利に対して、行政当局が無関心または知識がないことは許されないことが明言された。

2003年には性別変更を可能にする性同一性障害者(Gender Identity Disorder, GID)特例法が成立。ただし日本の場合は、性別変更に手術が必要になるなど条件が厳しい。学校でのトイレや制服の問題もあり、配慮の対象となるには診断書が必要とされる場合も多い。この法律によって性同一性障害への認識が高まったが、性自認が障害の問題とみられる傾向が広まるなど脱病理化に逆効果になってしまったところもある。実際に日本でトランスジェンダーは治療を要する病気又は障害者として扱われ、社会から押し込められている。

2015年に渋谷区でパートナーシップ条例が成立。区が「結婚に相当する関係」と認めた同性カップルにはパートナーシップ証明書が発行される。ただし証明書は法律上の結婚を認めるものではないため、相続や税金の優遇はない。

■5■ LGBTQの権利の今とこれから

オバマ前大統領はアメリカ軍の「聞くな、言うな」(Don't Ask, Don't Tell)規制の撤廃や初めてトランスジェンダーの女性を政府高官に登用するなどLGBTQに対して寛容であった。2015年のオーバーグフェル対ホッジス裁判(Obergefell 判決)では、アメリカの全州において同性間の結婚が認められ、LGBTQの家族関係、雇用、教育における差別禁止などにも波及効果があった。このようなLGBTQの権利拡大にも関わらず、現大統領トランプ氏の政権下ではバックラッシュ(揺れ戻し)が行われている。宗教的な理由にもとづいたLGBTQへの差別を容認する方針、最高裁判事への保守的な人物の指名(終身制のため政治への影響が大きい)、トランスジェンダー生徒のトイレ使用を認める大統領令の撤回、トランスジェンダーの軍入隊の再禁止など、政策が反LGBTQの方へ傾いてきている。

日本では渋谷区のパートナーシップ条例成立後、他の自治体でも(同性)パートナーシップ認証制度が実施され、波及効果を生んでいる。生命保険の死亡保険受取人に同性パートナーの指定を可能にしたり、LGBTQに関する研修を設けたりするなど一般企業における取り組みが活性化されている。地方自治体でもLGBTQの権利を守ろうという動きが見られる。

国レベルでは自民党が促進する理解増進法と民進党などが主張する差別解消法がある。自民党の考えでは、差別解消を進めるのは時期尚早であるとし、カミングアウトができる社会ではなく、「カミングアウトする必要がない社会」を目指すのが目的。

■6■ 日本とアメリカの違い

なぜアメリカと日本との間にLGBTQに対しての対応の違いがあるのか。アメリカは宗教の影響が強いため、確信的な差別の傾向がある。それに対して日本は見たくない、いないものとして扱いたいという考え方がある。LGBTQの人たちにとっては真綿で首を絞められ、じわじわと痛めつけられるような感覚だという。日本は出る杭は打たれる社会であるため、カミングアウトすることができにくい社会である。また、マイノリティ(社会的少数派)なのだから多少の生きにくさは我慢するしかないのではないかという当事者自身の声もある。このような人たちを今後どう運動に巻き込んでいくのかが悩ましいところ。

■7■ 質疑応答

質問:アメリカでもまだまだLGBTQに対していろいろな偏見や差別がある。信教の自由との関係では、どのような理論で反論するべきか?

回答:アメリカでは信教の自由が複雑性をもたらしている。例えば最近コロラド州のケーキ屋が宗教的な理由で同性愛者へのサービスを拒否したことが裁判になっているケースがある。最高裁まで上訴されている。はたしてケーキを作ることが宗教的な信念を害することなのか、店と顧客との間に生じた契約を果すだけではないのか。また、はたして同性婚の手続きも信教の自由を制限するものなのか。

質問:LGBTQに対して国家による権利侵害が深刻な国の中で特にイスラム教徒の国が比較的多いと見受けけられるが、その中でLGTBQに対して法律が変わった例はあるのか?

回答:イスラム教徒の国では宗教的に難しい。それに比べてアフリカは欧米諸国からの圧力もあり、徐々に変わり始めている。ただし、まだ様々な問題がある。アフリカはもともとLGBTQに対し反対してはいなかったが、植民地時代に宗主国からの影響で反LGBTQに転じた歴史がある。それなのに、現在は欧米諸国からの資金援助などの条件でアクションを取らざるをえないことに反発もある。

質問:LGBTQへの対応の改善をODAに結び付けていることはあるのか?

回答:ODAについては分からないが、日本もLGBTQの課題を取り扱う国連のコアグループのメンバーになるなど、対外的には頑張っている。外向きと内向きでこの問題に対する態度の違いがあるが、国際的には積極的な態度を示している。

質問:加藤さんは日本ではどのような活動をしているのか?

回答:札幌でパートナーシップ制度導入の運動にかかわっていた。札幌以外はほとんど上から(市長、議員)の指示でパートナーシップが実施されているが、札幌は異なる。市長に当事者が申し出をするなど、当事者からの運動で成り立っている。また、札幌は10年以上前からプライドパレードを行ってきた。その他弁護士として一般相談や講演なども行っている。本を出版したりや同性婚を求める運動にも参加している。

質問:日本の現在の法整備は欧米諸国に比べると遅れていると認識している。日本の文学を読むと昔はもっと開けていたのではないかという印象を持つ。なぜ今の状況になってしまったのか。

回答:よくいわれるのは、日本はLGBTQに対しておおらかな国であったこと。奈良や平安時代から同性愛に関しての記録がある。武田信玄が若い男性に送った手紙も知られている。江戸時代には衆道(男性の同性愛関係)があった。日本以外でも中国・オスマントルコ・ギリシャ・ローマなど、どの文化にも同性愛の記録は残っている。欧米の文化を輸入し始めた明治時代から日本ではゲイへの偏見が始まったといってもいい。また、昔はおおらかだったというのもLGBTQをアイデンティティ(自認)として認めていたのではなく、あくまで性的な方面からみた文化や風俗と捉えられていた。したがって権利として認めていたわけではない。今の日本における同性愛嫌悪は欧米の考えと自国の出る杭は打たれるという文化が複雑に混ざって形成されたものだと思う。

質問:日本でのLGBTQのメディアイメージに関して。どういうふうに一般の人たちに影響を与えているか?

回答:日米を比較しても明らかだと思うが、アメリカではLGBTQを普通の人に描いて当たり前のように放映している。日本ではお笑い番組に出る程度。また、いわゆるオネエタレントが、性別再適合手術をしてからは芸人として売れなくなってしまったという例もある。日本の大部分はLGBTQを人として見ず、お笑いのネタに過ぎないものとして扱っている。我々はこの点を問題だと指摘し続けているが、まったく変わらない状況。それに比べアメリカでは、LGBTQの団体が、メディアを監視する一方で、むしろ利用し、家族のイメージを強調するなど戦略的に行ってきている。誰にでも共通するトピックとしてLGBTQを放映している。アメリカは市民社会の活動に対しお金も集まりやすいためこのような活動に有利なところがある。

■8■ さらに深く知りたい方へ

このトピックについてさらに深く知りたい方は、以下のサイトなどをご参照ください。国連フォーラムの担当幹事が、勉強会の内容をもとに下記のリンク先を選定しました。

● HEAPSマガジン:NYCのLGBTが歩んできた歴史

http://heapsmag.com/The-history-LGBT-in-NYC-has-walked

● ハフィントンポスト日本版:同性パートナーシップ証明書とは 今までと何が変わる? わかりやすく解説

http://www.huffingtonpost.jp/2015/11/04/lgbt-couple-shibuya-setagaya_n_8475140.html

2017年12月24日掲載
企画リーダー:原口正彦
企画運営:三浦弘孝、一ノ瀬はづき、洪美月、小林聖、大川友里恵、加藤順平、高橋尚子
議事録担当:三浦弘孝、小林聖
ウェブ掲載:三浦舟樹