第105回 「TICADプロセスとTICAD VI:成果と展望」
日時:2016年12月8日(木)19時30分~21時00分
場所:コロンビア大学 ティーチャーズカレッジ
スピーカー:小松原 茂樹氏(国連開発計画)
■1■ はじめに
国連フォーラムでは、UNDPアフリカ局 TICADプログラムアドバイザーの小松原茂樹さんを迎えて、12月8日(木)19時半よりニューヨークにて「TICADプロセスとTICAD VI:成果と展望 」をテーマに勉強会を開催しました。
TICAD(アフリカ開発会議)は、Tokyo International Conference on African Developmentの略で、アフリカの開発をテーマとする国際会議です。1993年以降、日本政府および国連、国連開発計画、世銀、アフリカ連合委員会などとの共催で計6回のTICADが開催されました。TICADは毎回アフリカの開発課題を先取りし、アフリカ開発に関する国際的な合意形成をリードしてきました。
小松原さんはUNDPガーナ事務所、アフリカ局本部の両方からアフリカ開発に携わってこられ、2011年よりUNDPアフリカ局TICADプログラムアドバイザーとして、TICADプロセスをご担当されています。そのご経験に基づいて、UNDPの概要とアフリカ局の役割・活動、TICADの概要・構成と今までの成果を非常にわかりやすく解説して頂きました。
なお、以下の議事録の内容については、所属組織の公式見解ではなく、発表者の個人的な見解である旨、ご了承ください。
講師経歴:小松原 茂樹(こまつばら しげき)
国連開発計画(UNDP)アフリカ局 TICADプログラムアドバイザー。
徳島県生まれ。東京外国語大学卒業後、ロンドンスクールオブエコノミクス大学院で経済学修士号(国際関係論)を取得。(社)日本経済団体連合会事務局、経済協力開発機構(OECD)民間産業諮問委員会(BIAC)事務局出向を経て2002年よりUNDPにて勤務。本部アフリカ局カントリープログラムアドバイザー、ガーナ常駐副代表等を歴任。現在はニューヨーク勤務。
■2■ 国連開発計画 (UNDP)、アフリカ局について
UNDPは1966年、二つの国連技術協力機関(国連特別基金と国連拡大技術援助計画)の統合で発足し、2016年で50周年を迎えた。本部はニューヨークにあり、約170の国・地域で活動し、グローバルな課題や国内の課題に対し、各国に合った解決策の策定・実施を支援している。
UNDPは貧困削減、気候変動、ガバナンス、紛争予防・復興の専門分野に加え、国連開発グループ議長の役割も果たし、国連開発システムの総合調整を担当しており、各国で国連開発システムによる活動の総合調整にあたる常駐調整官( Resident Coordinator)が国連開発計画の常駐代表(Resident Representative)を兼務しているのもこのためである。国連開発計画では4年ごとに戦略計画を策定しており、2014年から2017年までの戦略計画では、持続可能な開発、民主的ガバナンス、危機に対する強靭性の構築などを戦略テーマとして取り組んでいる 。
UNDPのアフリカ局は、サブサハラアフリカの活動全般を統括している。サブサハラアフリカ46カ国全てに事務所を設置しており、各国のニーズに応じた支援を提供している。エチオピアの首都アディスアベバにはUNDP地域サービスセンターが設置されており、アフリカ内の地域的な取り組みや、各国のより専門的な支援ニーズに対応している。アフリカ局の年間事業予算は約12億ドル。職員数は約4500名で、そのうち28名が本部で勤務している。アフリカでの主な活動分野は貧困削減、ガバナンス、気候変動、環境、紛争予防・復興などだが、能力強化、ジェンダーの主流化、南南協力の促進などの課題は各分野に共通の優先事項である。
■3■ TICADとは
1993年に始まったTICADは、様々なステークホルダーが参加する、オープン(開かれた)でインクルーシブ(包摂的)な会議である。TICADは日本政府および前述の共催者が運営にあたっているが、アフリカ諸国と日本に加えて、国際機関、市民社会、民間企業等からも多くの参加がある。首脳会議での議論を具体化するフォローアップメカニズムがあるのも特徴である。今までに計6回のTICADが開催された。現在のTICAD共催者は、日本政府、UNDP、国連アフリカ担当特別顧問室(OSAA)、世界銀行、アフリカ連合委員会(AUC)の5者である。UNDPは共催者として、戦略的課題の設定、TICADに於ける議論への知的貢献、会議等のプログラムの策定、実際の会議の運営、ロジスティックなどを通じて、TICADを全面的に支援しており、UNDPアフリカ局に置かれたTICADユニットがUNDPの窓口として共催者、UNDPの関連各局、その他の関係者との総合調整にあたっている。
■4■ TICADの仕組み
TICAD首脳会議はTICAD Vまで5年に一度開催されてきたが、TICAD V以降は3年に一度の頻度で開催されることとなった。更に首脳会議を日本とアフリカで交互に開催する事も合意された。これらを受けて2016年にケニアの首都ナイロビで開催されたTICAD VIは、初の3年周期、初のアフリカ開催の記念すべきTICAD首脳会合となった。次のTICAD VIIは、2019年に日本で開催される予定である。
TICAD首脳会議の議論は、TICADフォローアップ・メカニズムを通じて具体化される。毎年閣僚級の会議が開催され、首脳会議での議論の具体化の状況や新たな開発課題などについて意見交換を行うと共に共同宣言や行動計画の実施状況をフォローアップする。更に、TICAD合同モニタリング委員会が毎年日本で開催され、共催者と在京アフリカ外交団(African Diplomatic Corps)などの関係者が定期的に意見交換を行っている。
■5■ TICADの特徴
TICADの特徴としては下記の5点が挙げられる。
- 開かれているフォーラムである。TICAD Iの参加者は 1000人であったが、回を追って増え、TICAD VIでは、 日本から3千人、合計で1万1千人の参加があった。日本とアフリカだけのフォーラムであればここまでTICADが成功する事はなかったであろう。さらに 今回は経済界関係者の参加が増えた。時々の開発課題や関心を反映して、多様な関係者が柔軟に関与できる開かれたフォーラムとした事が今日のTICADの成功の大きな一因である。
- アフリカの自主性を尊重し、アフリカの優先課題を議論するフォーラムである。
- 国連開発計画など、国際機関が共催者となっている事で、アフリカ開発に関する議論の結果やアフリカの声を、国連などのグローバルな場に於ける開発の議論に反映させていく事が出来る。UNDPと日本政府は、人間中心の開発、人間の安全保障、能力強化など、開発の視点や手法に共通点が多い。
- フォローアップ・メカニズムを通じて、関係者が自主的にTICAD首脳会議での議論をどう活動に反映させているかを報告するとともに、参加者間の更なる情報・意見交換を可能としている。
- 開発議論への貢献:TICADは、多様な関係者が参加して、アフリカ援助の重要性、地域統合の推進、人間の安全保障、人間中心の開発、均衡のとれた経済発展の必要性、個人と組織の能力強化、ミレニアム開発目標(MDGs)や持続可能な開発目標(SDGs)に反映される事になる具体的な人間開発目標など、開発に関する国際的な議論をリードしてきた。
■6■ TICADの歴史
TICADは毎回アフリカの開発課題を先取りし、アフリカ開発に関する国際的な合意形成をリードしてきた。
TICAD I(1993年)は、冷戦が終わり、アフリカ援助への関心が薄くなる中でアフリカ支援の重要性を改めて訴えるために開催されたが、そこではアフリカ経済、ガバナンス、民間企業の発展、地域協力・統合、アジアとアフリカの協力の促進などが話し合われ、アフリカ開発に関する東京宣言が採択された。
TICAD II( 1998年)は、ミレニアム開発目標 ( MDGs)に向けた国際的な議論が高まる中、「アフリカの貧困削減と世界経済への統合」をテーマとして開催された。TICAD IIでは「アフリカのオーナーシップと国際社会のパートナーシップ」がTICADの理念として確認されると共に、東京行動計画が採択され、後に国際的に合意されるMDGsにも反映される多くの具体的提言が行われた。
TICAD III( 2003年)では、アフリカのオーナーシップを促進する見地から、NEPADに代表されるアフリカ独自の取り組みを支援することが合意された。更に、平和、能力強化、人間中心の開発、インフラ、農業、民間セクター支援、パートナーシップの拡大、市民社会との対話等が議論された。
TICAD IV(2008年)は、アフリカが全体として安定化し、経済成長が優先課題となる中で、「元気なアフリカを目指して-希望と機会の大陸」をテーマとして開催された。経済成長の加速、人間の安全保障、平和構築や良い統治(グッド・ガバナンス)、環境や気候変動、南南協力やアフリカ内での協力促進などが議論され、横浜宣言が採択された。
TICAD V(2013年)は、アフリカが堅調な経済成長を続ける中で、「躍動するアフリカと手を携えて」をテーマとして開催され、持続可能な経済の構築、国内外のショックに対応できる強靭で包摂的な社会の構築、平和と安定などへの対応が話し合われた。また、経済成長に伴って民間セクターが開発に果たす役割の重要性が認識され、日本の経済界首脳によるアフリカの投資・事業環境改善に関するプレゼンテーションやアフリカ各国首脳との対話が初めて行われた。 TICAD Vで採択された横浜宣言は、当時国連を中心に進んでいたSDGs策定に向けた議論にも重要な貢献となった。
TICAD VI(2016年)には、日本から3千人、アフリカ諸国、アジア諸国、国際機関、NGO、民間企業、市民社会など、合計で1万1千人が参加した。TICAD初となる、日本とアフリカの経済界関係者とアフリカ各国首脳の対話セッションが本会議で開催された他、経済界関係者が様々なセッションに参加した。数多くのサイドイベントに加えて、日本、アフリカのビジネス関連の展示も大規模に行われ、アフリカ開発における民間セクターの役割の重要性が改めてハイライトされた。
■7■ ナイロビ宣言
TICAD VIは開催間隔が5年から3年に短縮されて初めての首脳会合であり、TICAD Vにおいて2013年から2017年を対象として採択された横浜宣言および横浜行動計画が実施されている中での開催となった。そのため、TICAD VIでは、TICAD V以降発生した一次産品の国際価格下落、 エボラ出血熱、過激主義の蔓延などを背景とした議論が行われ、(1)経済の多角化、(2)保健システムの強化、(3)社会の安定化を3本柱としたナイロビ宣言“Advancing Africa’s sustainable development agenda: TICAD partnership for prosperity”が採択された。
■8■ TICAD VIIに向けて・これから
TICAD VIIは2019年に日本で開催される予定である。今後はTICAD V横浜宣言および横浜行動計画と、TICAD VIナイロビ宣言および行動計画の実施状況をフォローすると共に、新たな開発課題を閣僚会議などで議論していく事になろう。また、TICAD VIで設立が発表された日アフリカ官民経済フォーラムが、平行して開催されることになろう。
アフリカ経済見通し(英語版リンク)はUNDPがOECD、アフリカ開発銀行と共同で毎年発表している非常に有用な経済分析で、全体あるいは特定の章を無料でダウンロードできる。2016年版の経済見通しにはアフリカへの資金流入の構成と傾向をまとめたグラフがあるが、そこで注目すべき点は、アフリカへの資金流入の過半を占めるのが直接投資や送金など、民間の資金の流れで、大きな伸びが無いODAよりも額がはるかに大きく、かつ増加傾向にある事である。アフリカの持続的な成長に果たす民間セクターの役割は益々拡大していくだろう。
■9■ 質疑応答
質問:宣言はどのようにして具体的な政策や行動に反映されるのか?
回答:TICAD首脳会合の宣言がどのように具体化されるかは、フォローアップ・メカニズムを通じてモニターすることになる。TICADは多様な関係者が参加する開かれたフォーラムである事から、行動計画をどのように実施し、どのように成果を報告するかは関係者の自主的な判断に任せられている。さらに、TICADには日本とアフリカ諸国以外の関係者も多く参加していることから、アフリカ開発の優先課題が、アフリカ以外の関係者にも広く共有され、国際的な開発議論にアフリカの声を広く反映する場としても重要な役割を果たしている。
質問:過去6回のTICADは、日本政府の対アフリカ外交にどのような影響を与えてきたと思うか。
回答: TICADは日本のアフリカとの関わりにおいて一貫して大変重要な役割を果たしているのではないか。TICADは日本に加えて国連およびアフリカのためのグローバル連合(Global Coalition for Africa/GCA)が共催者となり、開かれたフォーラムとして発足したが、それが大きな波及効果を生んで来た事は前述の通りである。その後発足した様々なフォーラムの多くがアフリカと特定の1カ国の間の取り組みであることを考えると、大変先見の明のある決断であったのではないか。
質問:ガンビアの閣僚級準備会合では議論がまとまらなかったと聞いているが、どのようにして合意形成したのか。また、どのように宣言を決めるのか(多数決か)。
回答:TICADの様に多様な関係者が参加する会議では様々な意見が出るのが普通であり、また様々な意見を戦わせる中で合意が次第に形成されていくものである。その意味では、時間をかけて粘り強く幅広い関係者と議論を重ねる事が重要で、準備会合では概ね合意が出来ても、更なる議論が必要な点が残るのは珍しい事ではない。そのような議論を重ねて作られた宣言は首脳会合では満場一致で採択されてきた。
質問:前回のサミットはアフリカ初の開催(ケニア)であったがロジ面で大変だったことは何か。今後に何か繋がるようなことはあったか。
回答:TICAD VIへの参加者は1万1千人にのぼり、日本からも3千人もが参加した。関係者の一部には治安を心配する声もあったが、ケニア政府が万全の体制で臨み、会場周辺は非常に安全であった。国際会議を多く開催するナイロビでも前例のない規模の会議で、ロジ面では色々と大変な事もあったが、関係者の努力で大きな問題も無く、大成功だった。日本からの参加者の多くも良い印象を持って帰ってもらえたのではないか。特に今回は日本から企業トップの方々にアフリカに来て頂いたので、日本企業のアフリカ進出の後押しにもなったのではと思っている。3年後のTICAD VIIに向けてどれだけ具体的な結果を出せるかが課題だろう。
質問:企業関係者がTICADに注目するようになったきっかけは何か。
回答:2011年にTICADに関するUNDP側の窓口になって以来日本に出張する機会があり、アフリカの経済見通しなどについて何度か報告会を開催した。毎回多くの参加者に来て頂いたが、当初は企業で渉外や社会的責任(Corporate Social Responsibility)などを担当されている方々が多かった印象がある。参加者が変わってきたのは2013年に開催されたTICAD Vの前後である。その頃から、同じ企業でも戦略、企画、営業などを担当する方々の参加が多く、アフリカに社会貢献の対象というよりは市場として関心を持つ日本企業が増えている事を実感した。ケニアやルワンダのように、天然資源に頼らずに経済成長を実現している国もあり、アフリカに関する情報や知見が増えるにつれ、拡大するアフリカ市場に進出を考える企業が増えてきているのではないか。
質問:アメリカには外国公務員贈賄防止法があり、アメリカ企業が発展途上国に進出するのが難しいという意見があるがどう思うか。
回答:アメリカには外国公務員に対する不正な便宜供与を禁止する外国公務員贈賄防止法があり、この法律によって米国企業が他国の企業との競争上不利になるという意見も過去にはあったようだが、その後先進各国が同様の規制を導入したので、米国企業にのみ不利といった問題はないのではないか。ただ、国際的な開発資金に関する議論でも指摘されている様に、開発資金はODAに加えて民間資金が重要になってきており、さらに援助を受ける諸国がそれぞれの国内で如何に開発資金を動員するかということも重要な課題である。そのような視点からも、汚職 ( Corruption)や違法な資金の流れ ( Illicit financial flow)を防止する努力や、徴税システムの強化や税制の見直しを含む国内資金動員( domestic resource mobilization)を進める事が重要となってくるのではないか。
質問:アフリカに関心を持つ日本企業が近年増えているが、それは中国企業との競争を意識しての事ではないか。
回答:アフリカは広く、発展のためのニーズも、マーケットも非常に多様なので、多くの国がそれぞれの得意とする分野でアフリカを支援し、それぞれの企業が強みを活かしてアフリカ市場に取り組めば良いのではないか。海外進出先で人材や市場を育て、長い目で事業を展開して成功して来た日本企業も多いと思うが、アフリカ各国も、国内での人材育成、製品の付加価値増大、雇用創出、ビジネス環境整備などを重視してきており、日本ならではのビジネスモデルを自信を持って伝えれば、アフリカ開発へ日本らしい貢献をすることは可能ではないか。
■10■ さらに深く知りたい方へ
このトピックについてさらに深く知りたい方は、以下のサイトなどをご参照下さい。
国連フォーラムの担当幹事が、下記のリンク先を選定しました。
・ TICAD
https://ticad6.net/
・ 外務省
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ticad/
・ UNDP
http://www.jp.undp.org/content/tokyo/ja/home/partnerships_initiatives/ticad/
・ 国際連合広報センター
http://www.unic.or.jp/activities/economic_social_development/sustainable_development/ticad6/
2017年4月8日掲載
企画リーダー:志村洋子
企画運営:高橋尚子、原口正彦、中島泰子、西村祥平
議事録担当:洪美月、志村洋子、三浦弘孝
ウェブ掲載:中村理香