第11回 「Political Economy of Africa in the Post-ICPD Era 1994年カイロでの国際人口開発会議(ICPD)後のUNFPAを取り巻く環境の変化について」
2005年11月1日開催
大橋 慶太 さん
国連人口基金(UNFPA)アフリカディヴィジョン
■1■ 94年カイロ会議前後の変化
1)人口問題へのアプローチの変化
カイロ会議以前は途上国の人口爆発が問題とされ、どうやって人口増加を抑えて一人あたり経済成長率を確保するかが課題だった。94年以降は、単に数を問題にするのではなく、女性の権利、特に自由に子供をつくる権利を保障することが重視されるようになった。
2)UNFPAのオペレーションの変化
よりフレキシブルなプログラム運営をすることが求められるようになった。
- 家族計画の推進から、より幅広い概念であるリプロダクティヴ・ヘルスへのシフト
- 人口政策とデータの収集から、貧困削減への重点のシフト
- 女性の権利から、より幅広い概念であるジェンダー・エンパワーメントへのシフト
3)新しい開発の枠組みへの対応
MDG、PRSP、SWAPといった新しい開発の枠組みに対応するべく、オペレーションのあり方が見直された。
■2■ 戦後の人口問題の歴史
50年代-70年代
国際社会が開発途上国に対し、避妊や家族計画を推進した。(中国の一人っ子政策など。)このような政策は基本的人権に抵触するため、単純に数(人口)を下げるだけが重要なのではないという議論が起こる。
74年 ブカレスト会議
84年 メキシコシティー会議
80年代には大きな影響力を持つアメリカ政府のスタンスが変わったため、UNFPAのオペレーションにも影響が出てきた。レーガン政権、ブッシュ(父)政権時に、アメリカは、UNFPAが、中国において人工中絶が産児制限の手段となっていることを支持しているのではないか、という疑惑を持ち、IPPFとUNFPAに対する資金をストップした。クリントン政権はUNFPAへのファンディングを再開したが、現政権はまたファンドを凍結している。
■3■ アフリカの政治状況
1)共同体結成と団結強化の動きが活発になってきている。
・アフリカ連合;
アジスアベバをヘッドクォーターとしてさまざまな活動をしている。昨年アフリカン・パーラメントを発足させ、(HQ南ア)現在その議員を中心に法整備や政治的協調を進める動きが進んでいる。
・NEPAD;
AUを中心とし、長期的に政治・経済・および開発の枠組みを見直そうとしている。
2) HIV/AIDS問題
80年代から存在した問題だが、国際社会が真剣に取り組み始めたのは90年代に入ってから。南部アフリカの感染率が特に高く、10%から高い国では40%まである。アフリカ内でも地域差があり(西アフリカ、中央アフリカは低い)さらに国内でも居住地域、職業などによって感染率は大きく違う。現在最も予防に力を入れている感染 経路は、 母子感染および 10代・20代の若者の性行為による感染。
■4■ UNFPAの主要なオペレーション分野(94年以降)
*94年以前は家族計画、開発と貧困が主要テーマだった。
1)Reproductive Health
2)Population & Development
貧困削減という枠組みにおける人口および開発政策
3)Gender
■5■ 90年代以降の開発の枠組みとUNFPA
1)MDGs
2)PRSP;
PRSPpの中にUNFPAに関連する目標をも盛り込む事で国レベルの開発に貢献しようとしている。
3)SWAP(Sector Wide Approach) & DBS(Direct Budget Support);
従来の開発援助プロジェクトの進め方は、ドナー毎、プロジェクト単位での運営だったが、個別の運営をやめて各ドナーが提供した資金をまとめてプールし、政府が自由にその資金を計画、運用できるようにする枠組み。途上国側がオーナーシップをもってプロジェクトを運営していける。UNFPAの場合、保健・教育の分野で協調を強めている。
■6■ UNFPAのアフリカにおける優先順位
1)HIVの予防
HIVに関しては複数の国際機関が携わっているが、UNFPAは予防を中心にやっている。UNAIDSはHIV/AIDSに関連する10のUN機関のコーディネーションを中心にやっている。(最近は新しい試みとして技術協力部門の活動をはじめているが、UNAIDS自体は小さい組織であり、また、人的資源の不足のためカントリーレベルでの活動も比較的限られていたので、そのあたりは今後の課題といえる。)
・ネットワーキングの重要性;多国間および二国間でのよりよいドナー協調
・予防のためのコンドームの配布およびコンドーム使用の習慣化(需要喚起)が一番大きな課題
2)妊婦死亡率の低下
プロジェクトの規模拡大による、妊産婦死亡率低下の推進(特に瘻孔 、緊急出産、家族計画の分野)
3)人口と開発
UNFPAの強い分野;人口センサス、DHS(人口と保健のサーベイ)など。ただ、アフリカは政府レベルでのキャパシティと資金が不足しているので、政府・ドナー双方が、サーベイ開始前に十分な資金を確保できるかどうかが問題となっている。同様に、モニタリングのレベルが低いことも課題になっている。
4)Gender
女性の地位向上のためのアドボカシ-活動、ドメスティック・バイオレンスおよび性的 の予防、女性の現金収入機会の提供(女性の地位向上)など。
5)若者(青少年)
HIV予防のための教育、アドボカシ-活動、病院などにいきやすくするようなフレンドリーな社会環境 の設定、避妊に対する意識の変革の働きかけ難民への、緊急事態におけるReproductive Healthサービスの提供(生命救助・出産キットの支給、出産時の合併症に対応するための設備の充実など)やデータ収集など。
■7■ 結論
<パートナーシップの確立>
AUとの更なる協調・ADB(African Development Bank)とのより密接な結びつき(UNFPAはADBと共通の政策分野における協力に関する覚書を交わしている)・アフリカのサブ・リージョン組織および経済委員(ECOWAS、SADCなど) との密接な協調など。
*アメリカ政府との資金調達問題について
昨年 3400万ドルの資金がストップされたが、二人のアメリカ人が3400万人のアメリカ人から1ドルを募る運動をはじめ、現在約200万ドル集まっている。実際にはEUがアメリカの資金を補足したのでファンドは確保した。一方で、94年以降活動が多様化しているのに対し、総資金額は増えていない。
<資金調達の工夫>
HIVに特化すれば資金調達が可能など、政治的に表面上は難しい場合でも工夫の余地はある。
*セネガル時代の逸話;青少年のための VCT施設 の建設を全国にスケールアップするという課題があり、JICAは資金協力をOKしたが、USAIDからはまったく拒絶された。しかし、UNAIDがサポートしているNGO(Family Health International)との協力という形であれば、OKであった。
■8■ 将来の人口問題についての仮説
<人口爆発の問題>
今後本当に起こりうるのか?地球はどのくらいの人口をサポートできるのか?人口増加率はすでに中国・インドを含む途上国においても減少し始めている。このような状況を踏まえてもなお、地球が持続的にサポートできる人口規模についての議論は続くのか ?
<人種差別問題>
移民制限(ヨーロッパ各国など。急増するアフリカ人口をどのくらい吸収できるのか?)と頭脳流出の問題(特に医師、看護師などの医療関係者)
<文化(Cultural Relativism)の問題>
それ自体が多様なアフリカ文化の枠組み において、それぞれの価値観をどのくらい生かして開発を進められるか?
質疑応答
■Q■ 人道危機における典型的なReproductive Healthの問題とは?
■A■ 正確な難民のデータの確保がまず重要。また、Reproductive Health Kit(出産に必要なものが入っている)を配布している。
■Q■ 保健分野での緊急援助はUN機関ではWHOとUNICEFが中心になってアセスメントをすると聞いたことがあるが、全体のコーディネーションはどうなっているのか?
■A■ 現地にいるエージェンシーが協調して計画を練る。実際に現地で動くのはUNICEFやOCHA、WHOになるが、各機関の強みによっても違う。
■Q■ 現場において、AIDS関連の援助プロジェクトの連絡窓口はどこになるのか?各国にさまざまな国連機関があり、どこに話を持っていけばいいのかよくわからない。
■A■ 各国のUNDPのレジデント・コーディネーターが一般的に窓口になっているが、国によって力関連が違うので、ほかのエージェンシーのコーディネート力のほうが強いこともある。そういう場合はUNDPに話を持っていっても上手く機能しない可能性もある。UN内でも現在、見直しをしようという話もある。UNDAFを中心として協調関係を強化しようとする試みもある [it's already doing this, but not sufficient]。2国間協調やNGOも含めての協調関係の構築は今後の課題。
■Q■ 現在は国連機関内で資金管理のコーディネーションはされていないのか?
■A■ 各機関が成果を見せたい、資金を取りたいという思惑をもっているので、難しい。現段階で簡単な解決策はない。
■Q■ 日本からNYに来て国連機関を見ていると、コーディネーションの問題をよく聞く。重複して複数のエージェンシーが同じ分をやっていると、調整が必要になり、生産性が下がってしまうと思うのだが、もっと各機関が専門分野に特化すべきなのではないか?
■A■ UN機関間での住み分け調整は、機関間でのテーマグループにより、行われている。各機関の資金をまとめて、被援助国の政府の下に予算をまとめるのが理想だが、各機関の思惑もあるので、臨機応変な対応が必要。
■Q■ アフリカ以外の地域と比べた場合、UNFPAの戦略のアフリカにおける特徴は何か?
■A■ たとえばHIVについていえば、アフリカとアジアでは感染経路が違うといったことがある。アフリカではホモセクシュアルに対する保守的な価値観、一夫多妻制の存在などが影響して、感染経路は主に性交渉によるが、アジアはもっと経路が多様。ほかの例ではアジア各国は自力でセンサスを実施できるが、アフリカ諸国はセンサスのプロセスを自力で終了できない(資金が不十分なため、データの分析と結果の公表および配布ができない)といった違いがある。ジェンダーについては、単純化はできないが、アフリカでは女性蔑視の風潮がまだ強いといえるのではないか。
■Q■ アジアとアフリカで重点分野の違いは?
■A■ たとえば、アジアでは高齢化が問題になっているが、アフリカはまだそれが優先順位に上がってくるということはまだない。
■Q■ 人口爆発について全世界の人口は90億まで増えるのではないかという話を聞いたことがある。ますます飢餓が深刻化するのではないかという気がするのだが、アフリカ大陸は何億人を養えるのだろうか?
■A■ 絶対数が問題になるのか、それとも富の分配や技術の進歩が進めば、数は問題ではないのではないかという疑問がある。アフリカに関していえば、農業の生産性と分配が改善していけば、まだ人口が増えても問題はないのではないか。アジアに比べたら総人口はずっと少ない。実はアジアのほうが深刻なのかもしれない。
■Q■ UNとして、人口の数値目標はあるのか?
■A■ 人口指標としてはたとえば出生率がある。通常人口学の世界では2.0または2.1が標準値だが、アフリカでそれを目指せとはいえない。アフリカの文化との兼ね合いもある。具体手な数字は各国が決める問題。死亡率に関しては世界共通で低いほうがいいので、指標がある。
■Q■ 人口増加に富の分配や技術革新といった社会変容が追いつかないと、やはり飢饉が起きてしまうのではないか。開発援助政策のコーディネーションが出来ていないと困るのでは?
■A■ 過去のデータでは、食料増加が人口増加を上回っている。また、逆に人口増加が技術革新を促すという意見もある。
■Q■ アメリカが資金を止めている理由は何か?
■A■ 中絶に関する問題が一番大きい。UNFPAが中国での中絶をサポートしている、というアメリカ国内の政治団体の圧力があった。実際にはUNFPAはサポートしていなかった。(緊急の場合のみ容認し、人口抑制の手段としては認めていない。)
■Q■ DBSが進んだ場合、UNFPAの役割はどうなるのか?
■A■ UNFPAに限らず、各機関が得意分野においてガイダンスを行っていくことが中心になるだろう。政府主導での開発政策が進むことは望ましい変化。
■Q■ Reproductive HealthやGenderの分野において、男性に対してはどういうアプローチがなされているのか。
■A■ フェミニズムではなくジェンダー、というディスコース変化の中で、男性の取り込みは進んできている。 UNFPAでは男性に対しても「4つのパートナーシップ」で協調関係を構築しようとしている。具体的には、宗教指導者、メディア、議員(人権に関する法整備)、若者(若者の権利)、とのネットワーク構築。