第30回 「新JICAの発足に向けて」
黒木 雅文さん
独立行政法人 国際協力機構(JICA) 理事
2007年1月24日開催
於:ニューヨーク日本政府国連代表部会議室
国連邦人職員会/国連日本政府代表部/国連フォーラム共催 合同勉強会
■1■ ODA改革全体について
まず、国際協力機構(以下JICA)改革に先駆けて現在行われている日本の政府開発援助(以下ODA)改革について、簡単にご説明したい。日本のODAはこれまで様々な実績をあげてきた。しかしながら、より戦略性を高め、明確な援助政策を打ち出しつつ、実施部門の効率を高める必要性についての議論もあり、政府を中心にODA全体の体制を見直す改革が3つのレベル(戦略、政策の企画立案、実施)で進んでいる。
- 1.戦略:昨年、総理の下に閣僚レベルの「海外経済協力会議」を設置(メンバーは総理大臣、官房長官、外務大臣、財務大臣、経済産業大臣)。本会議はODAに限らず、投資や貿易、経済連携といった広い意味での対外経済協力戦略を検討するもの。中国に対する円借款、インドへの経済協力、エネルギー分野における協力等についてこれまで議論されている。
- 2.政策の企画立案:ODA政策の企画及び立案能力を強化するため、外務省に国際協力企画立案本部が設置された。また、従来、外務省ではバイ(二国間)の援助は経済協力局、国連等マルチ(多国間)の協力は国際社会協力部のマルチ開発関係担当部局が担当していたが、二つが2006年8月に統合されて国際協力局となった。この国際協力局が、バイ及びマルチの援助の連携を強化することとなる。
- 3.実施:バイの援助については、これまで3つの異なる組織が行っていた。具体的には、円借款を担当する国際協力銀行(以下JBIC)、技術協力を担当するJICA、無償資金援助を担当する外務省と、3つの援助の形態がありそれぞれ担当組織があった。各組織の連携強化の試みはこれまでにもなされてきたが、より効果的なODAを可能にする為、最終的に実施部門を一元化し、その業務を新JICAで担うこととなった。
■2■ 新JICA:JICA法改正のポイント
新JICAには、外務省から無償資金協力業務の一部、及びJBICから円借款業務が移管される。
一元的な援助の実施を可能にするという理由以外に、新JICAにJBICの円借款業務を持ってくることになった背景としては、政策金融機関の改革の一環として、JBICの国際金融部門が国民金融公庫などに統合されるとの動きがあげられる。そもそもJBICが1999年に日本輸出入銀行と海外経済協力基金(OECF)を統合して設立された際には、対外的な金融業務を行うという切り口での組織作りが行われた。今回の改革では、金融という切り口ではなく、改めてODAという観点から、JBICの円借款部門が国際金融から再び切り離され、JICAに統合されることとなった。
JICA法改正のポイント
●援助スキームの集約化。
集約化によるメリットとしては、1つの組織の中で3つ(円借款、無償、技術協力)のツールが揃うことによってそれらの連携がより強化され、プロジェクトの質が高まるというシナジー効果が期待できる。(例えば、円借款で発電所を建設し、維持管理を技術協力で支援する等)
無償資金協力の実施については、機動的な実施を確保する為に外務省が引き続き実施する必要のある業務(外交的配慮を必要とするもの)は外務省に残り、それ以外の部分をJICAに移す。恐らく、緊急援助や草の根無償(NGO)支援等については引き続き外務省が実施し、他方で道路や病院建設などプロジェクト型の無償資金協力案件等についてはJICAに移ることになろう。詳細は現在検討中。
手続き的な面で言えば、これまで無償資金協力については予算の性質上、単年度主義という制約があった。改正法においては、資金が外務省からJICAに移った時点ですでに資金のディスバースが終わったとみなされるため、年度内で事業を終えなくてはいけないという縛りがなくなり、より柔軟な対応が可能になるだろう。
●ODAの知的拠点としてのJICA
今回の法改正で、調査及び研究をJICAの本来業務として位置づけることが明記された。日本のODAは途上国からの高い評価を得ているが、JICAには現場での経験や活動実態を体系化、理論化して国際社会に発信する能力が必ずしも十分に備わってこなかった。ドナー社会で主導権が取れるくらいの組織になりたいという期待があり、この機能を強化したい。アカデミックな調査研究というよりも、日本の援助の実績、経験を踏まえた具体的な援助アプローチなどを提案していきたい。
新JICAの法律上の発足予定時期は2008年の10月。JICA法の改正案自体は2006年11月8日国会で成立。ただ、新政策金融機関設立に関する法律が出来ておらず、従ってJBIC分割のタイムスケジュールはまだ固まっていない。新政策金融機関の設立時期が決まった時点で、JICA発足時期も確定することになる。
発足までの準備として、JICA及びJBIC両機関のタスクフォースの間で、新組織の体制、具体的な業務の進め方、人事体制、研究所の機能等について検討している。更に、事業面での連携を強化する為の努力として、 国別事業方針の統一、数年間のローリングプランの共通化をはかるべく、バングラデシュ、パキスタン、モロッコをパイロット国として共通化の取り組みを進めている。
JICA自身の改革は、3年前(特殊法人から独立行政法人への移行後)より進められてきている。主な内容は以下の3点。
- 1) 現場主義の徹底:在外事務所を強化する為、本部から在外への人員のシフトや、予算の権限や事業実施における権限の在外事務所への移管を進めている。
- 2) 「人間の安全保障」の視点を事業の中に反映させる:「人間の安全保障」という考え方自体は1990年のUNDPレポートで登場し、その後日本のイニシアティブをきっかけに「人間の安全保障委員会」も出来た。緒方貞子理事長の下、JICAでもこの人間の安全保障という考え方を事業の内容にできるだけ反映させようという試みを行っている。具体的には、コミュニティーの開発、「人」に着目したエンパワーメントに加え、政府の能力も伸ばすといった、ボトムアップとトップダウンの双方の能力強化が重要だと考えている。
- 3) 効率的、効果的かつ迅速な援助の実施:日本のODA予算はこの8年間連続して削減されており、よってJICAの予算も削減されている。従って、援助事業を行う際にはコストを削減して効率化をはかり、同時に事業の質や効果を高めることがこれまで以上に求められている。迅速性という点では、紛争後の平和構築や災害直後に素早く対応する為、ファスト・トラック制度(JICA内部の人員派遣手続きの簡略化)を導入。パキスタンの地震やスーダン、パレスチナ、フィリピン・ミンダナオへの支援においてこのファスト・トラック制度を適用した。
これら3年間のJICA自身の改革が定着しつつある今、更なる大きな改革として新JICAが発足する。日本のODAの実施をJICAが包括的に担うこととなり、国連をはじめとする国際機関との連携も今後より一層強化できると期待している。
質疑応答
■Q■ (配布資料にある)「業務の受託が可能」、「受託業務を通じた国内外の政府や民間企業、NGOとの連携が増進可能」というのはどういうことか。説明をお願いしたい。
■A■ ODAについては、これまで外務省が予算要求を行い、JICAはその予算の範囲内で事業を実施していたわけだが、今回の法改正によって、国内外の政府、民間企業、NGO等、外部からの事業受託が可能になる。国際機関からの受託も可能になる。一般に独立行政法人は外部からの事業受託は可能であるが、今回法律に明記されたということ。
■Q■ 援助の戦略を考える際いかにお金を使うかということが重要になってくるが、ODA予算全体のパイをどう配分するかという権限は外務省に残るのか、あるいは新JICAに権限が与えられるのか。よく言われていることとして、政府の予算は1つの費目に決められたものを別の用途に融通することはできないが、緊急援助等を考えると柔軟な予算枠が必要だと思うのだが。
■A■ 独立行政法人は、事業実施につき裁量ある程度確保されている。現在案件の決定権は政府(外務省)にあるが、実施の仕方についてはJICAに裁量がある。新JICAになっても、政府予算である円借款と技術協力、無償資金援助の資金はそれぞれの枠内で管理されるので混ぜては使えないが、いかに組み合わせてうまく使うかが大事になると思う。
案件の決定権は外務省に残る。外務省、財務省、経済産業省が円借款について決めるという3省体制も残る。無償資金援助についても、案件は外務省が決定し閣議に上げるというプロセスは残る。新JICAとしては、案件を決める前の段階でプログラム、プロジェクトの調査を行い、案件形成をして提案する、この過程でイニシアティブが発揮できると思う。
■Q■ JICAに知的拠点として日本の開発政策や研究を発信していく能力が求められているという話だが、それがなされなかったために日本が国際社会で不利になった例はあるのか?
■A■ 日本が開発援助に関しイニシアティブをとった例としては、1993年、当時ドナー国の援助離れが進んでいた中、日本が呼びかけてアフリカ開発会議(TICAD)の枠組みを作り、世銀やUNDPも巻き込んでアフリカへの援助の重要性を呼びかけた。また経済協力開発機構(OECD)援助開発委員会(DAC)の「新開発戦略」においても、保健や教育に関して具体的な数値目標の設定を日本が提案し、これが国連のミレニアム開発目標(MDGs)に発展していったという経緯がある。また、最近言われている途上国の自身のオーナーシップの考えは、途上国の自助努力をサポートするという従来からの日本の考え方に近いと考える。従って、もちろん日本がこれまで全くリーダーシップをとってこなかったということではないが、日本としてもっと発信力を強化すべきと考える。
■Q■ バイとマルチの連携について。これまで外務省では経済協力局と国際社会協力部がそれぞれ支援していたのでシステマティックでなかった。今後有機的な連携はどう変わっていくのか、どういうご意見をお持ちか?
■A■ これはJICAではなく外務省の話なので答えるのが難しいが、JICAの経験として言えば、マルチの援助について議論されているテーマ(ジェンダー、環境等)はバイの援助を行う際にもふまえるべき点。マルチの場で何がイシューとなっているのか、それを踏まえてバイで援助を実施する必要があるし、政策面での連携がより強化できるということでは。
■Q■ JICAの現場主義について、国連でもフィールド重視の傾向があるが、現場の危険についてどのような安全対策を立てられているのか?また危険地への人員派遣はコストがかかるが、全体で見たとき財政的予算的に現場主義になることでどう変わるのか?
■A■ 今のJICAは昔なら出て行かなかった場所にでも出て行く。例えばアフガンには専門家など5-60人いるし、スーダンにも2つの現地事務所をつくり、フィリピンのミンダナオにも職員を派遣している。このように、紛争後の和平合意がまだできていないような地域においても、復興支援等の協力を始めている。以前に比べ、紛争後の平和構築に早い段階から関わっていくことが多くなった。他方、安全対策を採らずに人を派遣は出来ないので、JICA内で安全対策チームをつくり、外務省渡航情報や国連の安全基準などを踏まえ判断をしている。何か起こったときの対処方法については、東京で行われるUNHCRの安全対策トレーニングに職員を派遣して訓練している。また現地では国連機関にも協力をお願いしている。
外に人を出した時の費用だが、確かにコストは高くなるが、JICAの予算全体の中で工夫してきている。
■Q■ 現場主義について、具体的にどの地域にどの程度人を送る予定があるのか?
■A■ 全部で300人くらいを在外に移すという計画があり、うち200何名かは既に在外にシフトしている。計画どおり派遣できればその時点で本部と在外の比率が1対1に近づくことになる。
■Q■ 国連やPKOの予算を見ていると、昔よりミッションが複雑化している。本来PKOに求められていた業務以外に、開発につなげる、国を作っていくような要素もミッションに含まれてきている。国連機関にもPKO以外に調整役のOCHAがいるなど、色々なプレーヤーがいる。この中でJICAは日本の二国間援助のアクターとして参加していくのだが、こうした複雑な状況のなかでどのようにやっていきたいのか。新JICAはどういうところを売りにしていくのだろうか?
■A■ 新JICAになれば無償資金援助、円借款の実施が加わることになる分、国際機関との連携の幅は広がるだろう。実際、そうした連携は既に一部始めている。連携のための連携ではなくお互いにメリットになる形を想定している。例として人道復興支援で言えば、UNHCRとの連携がある。スーダンのジュバでは、難民や国内避難民を含めた人の職業訓練をJICAが実施している。WFPとの連携で言えば、単なる食糧援助だけでなく、給食等教育と連携した支援、雇用対策としてのfood for work事業とJICAとの連携が進んでいる。UNFPAに家族計画の器材を供与する、UNDPと協力してアフリカのネリカ米の普及に携わる等の活動を行っている。開発での連携が多いが、人道支援や復興支援の面での国連機関との連携も増えつつある。
■Q■ 無償資金援助について、今までは予算上1年で実施されないといけないということだったが、この制約がなくなるとのこと。ただ、新JICAになっても予算としてはやはり一旦外務省にお金が入ってからJICAに来るということか?また、予算配分については1年ごとに見直されるものなのか?
■A■ 予算要求については外務省が行うので外務省経由でお金はJICAに流れてくるが、JICAに予算が来た時点で予算の執行が行われたとみなされる。その後、JICAが適正な期間を考慮して事業を実施していくということになる。外務省に実施が残る分とJICAに実施が移る分について、比率がどれくらいになるのかは外務省が決める。1年後ごとに配分を見直すとしても毎回それほど大きな変動はないと思うが、実際に動いてみないとわからないというところはある。
■Q■ 99年に日本輸出入銀行と海外経済協力基金(OECF)が一緒になったメリットはなんだったのか、今回OECF部分がJICAと一緒になることでそのメリットがなくなるのでは?両者が改めて離れてしまうことでデメリットはないのだろうか?
■A■1999年に統合された際には、国際金融と円借款のオペレーションの有機的な連携をはかり、資金協力の効果を向上させることが目的だったと考える。もちろん両者の連携の重要性がなくなるわけではないので、今後もJBICの国際金融部門が行っていた業務と新JICAとの間で連携をとるメカニズムは検討していく。
■Q■ 外部からの事業を受託することによって援助のメニューが広がるポテンシャルがあると思うが、今後全体業務の何%までに増やしたいのかというような数値目標は?あるいはODAの枠でない独自色を出したいのか―何か野心は? また、外部から委託事業が取れれば外務省予算が削られるという懸念があるのではないか?
■A■ JICAでしか出来ない事業をケースバイケースで検討し、受託するということで、数値目標というものは特段たてていない。資金を調達の手段が増えたというよりは、JICAの比較優位に鑑みた相手の意図、提案があってのものなので、JICAがやりたいことばかりはやれないだろう。事業が開発からかけ離れるということはあり得ないので、ある程度JICAのミッション、開発というテーマの中で、かつ成果が出せるものに限られてくるのであろう。
■Q■ 新JICAの組織の方向性について、現場主義はどの機関でも同じと思うが、今後は国や地域中心でやっていくのか、スキーム中心なのか?
■A■ 新JICAとしては、国、地域中心にやっていくことになる。JBICはもともと地域中心、JICAにも地域部と課題部があるが、プロジェクト実施の際には課題部が業務を担当してきた。新JICAとなるにあたり、円借款、技術協力、無償という三つをいかに効果的に組み合わせてやってくかということを考えると、国、地域を単位として計画づくりをしていく必要があろう。プロジェクトの実施について、現場での経験や知見が課題部には蓄積されているので、課題部も必要。現地事務所と地域部、課題部の連携、計画段階から実施段階の割り振り等、現在検討しているところ。
■Q■ JICAも緊急対応のためにスーダンなどにも事務所設置している、手続きを簡素化するファスト・トラック制度を導入したという話があったが、国連でも手続きが非常に複雑で時間がかかるという同じような問題を抱えている。手続きを具体的にどう簡素化しているのか?
■A■ 例えば物資輸送で言えば海外の備蓄倉庫に援助物資(テント、医薬品等)を確保してあるのでこれを使う。他方ファスト・トラックについては人(専門家やコンサルタント)の派遣について通常だと入札、コンサルタント選定という手続き行っており、その場合1、2ヶ月かかる。それでは緊急時に対応できない為、登録制にして緊急時に対応できる人をある程度プールし、入札などの手続きを省いて派遣までの時間を短くしている。
■Q■ ODAは減り続けるのか?増えるにはどうすればいいのか?
■A■ 個人的には、近年の減少傾向もどこかで底打ちして回復するのではないかと期待している。 ODAは8年連続でカットされ、現時点ではまだアメリカについて2位のODA額だが、このままでは数年後にはイギリス、フランス、ドイツ等に抜かれて5位や6位に下がる恐れがあり、それは食い止めなければならない。日本の国際貢献の現状を見る限り、PKOに人を派遣するよりも、やはりODAが日本の貢献の中心と言える。日本経済は最近回復しているが、一方で政府の財政赤字の削減が方針としてあり、一律に予算削減が行われている中ODAもその例外ではない。日本国内の途上国支援への関心自体は、NGO活動などミクロレベルで高まっているのに、ODAへの支持はむしろ減ってきている。新JICAとしても、国民の支持を回復する努力が必要だ。日本の社会全体が国外にももっと目を向けるように変わっていくことを期待している。
議事録担当:吉田、朝居
写真:林