第53回 「平和構築人材育成事業の新たな展望」

中込 正志さん 外務省総合外交政策局国際平和協力室長
2008年12月5日開催
於:ニューヨーク国連日本政府代表部会議室
国連日本政府代表部/国連フォーラム共催 合同勉強会

写真①

■ はじめに

2年前の麻生外務大臣(当時)の演説により開始された、外務省の「平和構築人材育成事業」は、2年間のパイロット事業を今年度で終え、来年度より事業を拡充すべく現在予算要求を行っている。本日は、この平和構築人材育成事業に関し、事業を進める背景となっている国際的な平和構築を巡る状況、この分野での日本の人的協力の取組を説明した上で、本事業のこれまでの実施状況を振り返り、その成果を評価すると同時に、今後の課題をみていきたい。

■1■ 国際社会における平和構築の取組

国際社会における平和構築活動の増大は、国連PKOミッションや政治ミッションの近年の大幅な増大が示している。現在、国連PKOミッション、政治ミッションをあわせ28もの国連ミッションが世界中で展開しており、部隊要員、軍事監視要員、警察要員をあわせて90,000人以上がミッションに携わっている。国連ミッションの増加傾向は今もつづいており、最近も、コンゴ民主共和国のMONUCについて3,000人の増派が決定されており、ダルフールのUNAMIDについては未だ予定した要員数に達していない。ソマリアについては、最近ソマリア沖の海賊が問題となっているが、ソマリアの本土に国連PKOミッションを派遣すべきだという議論もある。

さらに、こうした国連ミッション以外の国際的な平和協力あるいは平和構築の活動も多数存在しており、こうした活動には、関連する国連決議が存在するものと、様々な理由により存在しないものの双方がある。こうした国際的な平和協力活動としては、イラク、アフガニスタンが最もよく知られているが、これ以外にもコソボやボスニア・ヘルツェゴビナ、さらにはシナイ半島、ソロモンなどでも国際的な取組が行われている。

こうした膨大な国際平和協力活動の「需要」に対し、「供給」が追いついていないという国際的な認識がある。これは単に要員が足りないというにとどまらず、部隊の装備等も不足している。このように国際的な平和構築/平和協力の需要がますます増えている中で、どのように供給不足を克服していくかが大きな国際的な課題となっている。軍隊のみならず、警察と文民も必要であり、そのためには軍人、警察、文民の3分野で人材の育成が必要だというのが国際的な認識であり、その旨を北海道洞爺湖サミットの首脳宣言に盛り込んでいる。

写真②

■2■ 日本の取組

このような国際的な平和構築「需要」に対する「供給」不足の中で、日本が現在要員を派遣している国連ミッションは3つに限られており、スーダン(UNMIS)に2名、ゴラン高原(UNDOF)に45名、ネパール(UNMIN)に6名の合計53名を派遣するにとどまっている。国連ミッションへの軍事要員・警察要員の派遣についての国連の統計(10月31日現在)によれば、世界の中で日本は79位にすぎない(要員派遣国総数:119カ国)。 これは、G8の中で最下位であるにとどまらず、中国や韓国の派遣数よりも少ない。例えば、ドイツは7の国連ミッション(3のアフリカのミッションを含む)に合計410名を派遣しているが、これはG8諸国の平均的な国連ミッションへの派遣のイメージに近いものである。G8諸国の国連PKOへの参加形態をイメージとしておおざっぱにいえば、2、3のアフリカのミッションを含め10前後の国連ミッションに合計数百名を派遣するというものである。しかも、欧米の各国は、国連ミッション以外にアフガニスタン、イラク、旧ユーゴなどにおけるNATO、EU等による多国籍軍/国際的な平和協力活動に多数の要員を派遣している。日本の場合は、憲法上、法律上の制約があるとはいえ、もう少し貢献できるのではないだろうか。

このように我が国の貢献が非常に限られているのは、軍事要員と警察要員だけではない。実は文民要員の数も国際的にみて極めて少ない。平成19年2月時点で、国連ミッションにおける文民要員約6,500人(現地要員を除く)中、日本人は23人(全体の0.35%)と圧倒的に少ない。米国は394人なので、この10分の1にもなっていない。国際機関の多くで、日本人職員の数は少ないが、その中でも国連ミッションにおける文民要員の数は特に少ない方であろう。国際的な平和構築の需要の大幅な高まりの中で、日本として、文民の派遣についてももっと貢献していくことが望まれる。

■3■ 平和構築人材育成事業

このような状況の中で、政府としては、我が国自身の人的協力(国連ミッションへの参加、補給支援特別措置法に基づく協力、JICA専門家の派遣等)に加え、我が国の人材を育成する事業として、(これから詳しく説明する)文民の育成のための平和構築人材育成事業を実施しているほか、陸上自衛隊の中央即応集団に国際活動教育隊が設置され、自衛隊員の育成が行われている。さらに、防衛省では国際平和協力活動に携わる司令部要員等の養成のための国際平和協力センター(仮称)も設立の予定である。また、世界各国の人材育成、能力強化を支援するため、アフリカやアジアのPKOセンター支援を行っているほか、平和構築人材育成事業では、アジアの文民の育成も行っている。

外務省がすすめる「平和構築人材育成事業」は、平成18年に麻生外務大臣(当時)が「平和構築者の寺子屋を作ります」と演説してスタートしたのが始まりで、日本人のみならず、アジアの人材も含めて平和構築の現場で活躍できるような人材を育成しようという試みだ。来年度で3期目を迎えるこの事業では、開発・司法・保健に限らず、国づくりに必要な広範な分野で活躍できる人材に門戸を開いている。

具体的には、これまで2期にわたって実施してきたパイロット事業では、「平和構築に関連する諸分野で一定の実務経験又は修士課程修了以上の研究経験を有し、今後平和構築支援のために活躍する強い意思を有する」日本人とアジア人を対象に選考を行い、合格者は約1.5ヶ月の国内研修、最大5~6ヶ月の海外実務研修を受け、さらに就職に向けたサポートも受ける。国内研修はすべて英語で行われ、平和構築分野の第一線で活躍する国内外の講師陣の講義を受ける。海外実務研修は、国際機関、NGOの平和構築の現場の事務所で、国内研修で得た知見・スキルを現場で応用すると同時に、実務経験を通じた人的ネットワークの拡充にも役立ててもらいたいと考えている。国際機関への就職にあたっては、人的ネットワークの構築が非常に重要であるのは否定できない事実であるが、人的ネットワークは日本人にとって不足しがちな要素であるので、この意味でも海外実務研修は有益であると考える。研修修了後は、就職関連情報の提供や電話面接の受け方の指導など、きめ細やかな就職支援を受けることが可能である。平成19年度第1期生の日本人修了生は、約9割の就職が決まっており、UNICEF(シエラレオネ、スーダン、エリトリア、バングラデシュ、東ティモール)、UNHCR(ケニア、ネパール)、UNDP(東ティモール、ネパール)、日本大使館(オランダ)などに就職している。また、パイロット事業については、これまでアジア各国や国際機関などからも評価の声が寄せられている。

これまでパイロット事業を2年間実施し、このように成果があがっている一方、まだ課題があるのは事実。以下4つの課題を申し上げたい。

この事業をはじめた問題意識の一つに、国連PKOミッションで働く日本人の文民があまりに少ないことから、これを増やしたいというものがあるが、こうした問題意識とうらはらに、本事業の研修修了生の就職先として、国連ミッションが少ないのは事実である。平和構築の現場で活躍する文民は、もちろん国連ミッションの文民ばかりではないことから、研修修了生が様々な国際機関に就職することは非常に好ましいことではある。しかし、先述のとおり、国連PKOミッションに従事する日本人文民の数がわずか23人と少ない現状を考えれば、今後、研修修了生にもっと国連PKOミッションに参加してもらいたいと考えている。この点についていえば、来年度事業より、(現在のコースの日本人の)海外実務研修が半年から1年に延長されることから、これまで海外実務研修の期間が半年であるため難しかった国連PKOミッションへの派遣に向け、障害が一つ取り除かれることになると思う。

第2の課題は文民派遣のスキームである。具体的には、人道的な危機が生じた際などに平和構築の現場に迅速に文民を派遣する、これまでのスキームとは異なる、新たなスキームを検討していく必要があるのではないかと考えている。現在は、二国間のODAの枠組みによるJICA専門家の派遣や国際機関への派遣といった文民派遣の仕組みはあるが、その隙間で文民派遣が難しい事例が生じており、こうした事例に対応できるようにすることが課題になってきている。例えば、フィリピン・ミンダナオ和平のための国際監視団は、多国間の監視団で、国際機関ではないため、二国間のODAの枠組みでも国際機関への派遣の枠組みでも派遣は難しいが、この国際監視団に対し、外務省の定員の枠を使うことで、在フィリピン日本国大使館員としてJICAの開発専門家を派遣したが、こうしたスキームを是非充実させていきたい。

先ほど本事業1期生の就職の状況をご紹介したが、本事業の卒業生には継続して就職支援を行っていく必要があると考えている。この世界は短期雇用が常であるため、一つ目の就職先だけではなく、二つ目、そしてそれ以降も、彼らを継続的に支援したい。そしてこのプログラムを卒業した人が、様々な場所で活躍し、その中から国際的にも名を知られた、スターとなるような人材が生まれるようにしていきたい。

最後に平和構築分野の人材育成のための大きな枠組み作りである。平和構築分野の人材育成について外務省としてただいま申し上げたような取組を行っているが、日本人でいえば毎年15人を育成するという事業であり、来年度から拡充するとはいっても、これだけで日本における平和構築の人材育成が十分とはいえないであろう。現在、内閣官房主催で平和構築分野における人材育成に関する関係省庁連絡会議という枠組みが作られているが、こうした枠組みの下、防衛省が設置する予定の国際平和協力センター(仮称)や関係省庁、JICAなどの関係機関、大学、大学院、さらにはNGOなどとも連携して、政府一体、さらにはオールジャパンで、専門知識をもった人材の育成や派遣などを進めていけるよう、連携を強化していきたい。

写真③

さて、平和構築人材育成事業は、パイロット事業を2年間行うということになっていたところ、3期目である来年度から事業を本格的に実施することになる。ただし、これまでの2年間の経験から、現在の事業をあまり急速に拡大することは困難と考えており、新たなコース(シニア専門家向けコース)を設けるなど現在の事業を一部拡充することになる。現時点では以下のような内容を想定している。

  • 1.研修
    • 本コース(日本人15名、アジア人15名)※英語使用
      • 国内研修1.5ヶ月+海外実務研修最大12ヶ月(日本人12ヶ月、アジア人6ヶ月)(海外実務研修期間をこれまでの6ヶ月から最大12ヶ月まで延長。)
    • シニア専門家向けコース(日本人10名、アジア人10名)※英語使用 〈新規のコース〉
      • 国内研修3ヶ月(英語研修1.5ヶ月+一般研修1.5ヶ月)
      • 国内研修終了後は海外派遣(基本1年、最大2年)(シニア専門家としては、元自衛官、元警察官、国家公務員OB、さらにはロジスティックスの専門家、IT専門家など平和構築の現場で役立ちうる専門的な知識、経験を有する40―69歳の人材を想定。)
  • 2.専門家養成セミナー(仮称)〈新規〉
    • 公務員、関係機関現役向け(15名程度)※日本語使用、期間は1週間
    • 平和構築に関する基礎的な理解を深めることを目的とする。
  • 3.就職支援・人材データベースの整備(日本人対象)
    • 採用情報の提供と助言
    • マッチングときめ細やかな押し込み
    • 人材データベースの整備(本事業修了生と同水準以上の人材も随時追加)
  • 4.対外発信・知的貢献の強化
    • シンポジウム・ワークショップの拡充

■4■ 最後に

国際的に平和構築分野における人材不足が認識されている中、日本からこの分野で国際的に活躍できる人材が輩出されることを望んでいる。これから平和構築に取り組んでみようという志をもっている人は、ぜひこの平和構築人材育成事業にチャレンジしていただきたい。競争が激しい国際機関等での実務経験や関連する専門知識を習得する、とてもよいチャンスである。この事業を通じて、国連PKOミッションや国連政治・平和構築ミッションにおいて、日本人文民の貢献が今後高まることを期待している。

質疑応答

■Q■ (コメント)このパイロット事業に以前講師として参加したが、この人材育成事業のよさは、「やる気」を重視していることだと思った。2年以上の社会人経験があれば、誰でも応募できるという、裾野の広い募集要項である。いわゆるPKOと関連のない職歴の人々が、参加したいという意志で集っている。外務省も広島大学も、研修員の終了後のポストをきめ細かくケースバイケースで考えている。

■A■ 応募資格として、平和構築に関連する諸分野での2年以上の実務経験又は修士以上の研究経験を掲げているが、ここでいう「平和構築に関連する諸分野」は幅広い。平和構築に関連する諸分野というと、国際政治や開発だけと思ってしまうかもしれないが、保健・医療、法律、メディア、教育など様々な分野が入りうる。さまざまなバックグラウンドの人が活躍しうるし、現に本事業に参加していただいている。若干残念なのは、これまでのところ保健分野・法律分野のバックグラウンドを有する参加者がいなかったことであり、今後来て頂きたいと考えている。語学に関しては、英語のみならずフランス語、アラビア語などができると、就職時に有利である。

■Q■ 研修費用あるいは手当はどうなっているのか。
■A■ 研修参加費はこれまで11万円余りを頂いているが、来年度から海外実務研修の期間が延長されること等もあり、30万円余りになる予定である。他方、海外実務研修については、国連ボランティア計画(UNV)を通じて国際機関へ派遣される場合が、その際には、所要の生活費(住居費を含む)が支給される。

■Q■ 毎回研修の内容がより充実しているのを感じて、嬉しく思っている。
今後、JPO(Junior Professional Officer)制度とこの事業がどう差別化され、連携するのかが重要だと思っている。このプロジェクトの派遣先はJPOと重なるため、その意味では競争関係にあると言える。
この事業が来年3年目を迎えて、過渡期に入ってくると思うが、国際機関側もこの事業に対して期待しているはずだ。今後JPOとの差別化や連携をどうやって行こうと思っているか聞かせてほしい。

■A■ これまで本研修を修了した者が、JPOを受けているのは事実。いきなりJPOに挑戦するのは難しいと思う人が、この事業を通じて学び、経験を積んで、JPOにチャレンジする足がかりにする、ということである。他方、JPOの目的は、国際機関で働く日本人を増やすことであるが、われわれの目的は平和構築に貢献できる人材を育てることであり、国際機関のみならず、NGOや国内の機関でも活躍してほしいと考えている。これまで以上に多様なポストで活躍できる人材を、今後さらに期待している。

■Q■ 海外実務研修の具体的内容と、女性の数を教えてほしい。

■A■ 海外実務研修では、実際に様々な海外の現場に派遣され、具体的な業務を与えられ、それを担当する。日本人研修員の中の女性の割合は非常に高く、今年度の日本人研修員15名中、女性は13名、男性は2名であった。なお、アジア各国からの参加者は、ほとんどが男性である。

■Q■ 来年度から新たに始まるという、専門家養成セミナー(仮称)の具体的内容は何か?

■A■ 1週間という短い期間のセミナーである。内容も本コースのような本格的なものではなく、基礎的なことを学ぶものである。

■Q■ この事業の目的は、平和構築に携わる人材の裾野を広げることだと理解しているが、需要と供給という意味で、ある特定の分野で人材不足が顕著であると聞いている。現場の需要をどのように把握して反映させているのか?あるいは需要に関わらず、職種を問わず募集しているのか?

■A■ 特定分野での人材育成については、むしろ来年度から新規で始まる「シニア専門家向けコース」において、もともと専門性を有する人を募集しようと考えている。「本コース」は、いわばキャリア・ディベロップメントコースであり、大枠として平和構築の分野で熱意をもってがんばりたい、という人を求めている。

■Q■ (コメント)現在国連日本政府代表部で平和構築委員会、安保理の仕事をしているのだが、海外の研修期間が来年度より12ヶ月になったのは、とてもよいことだと感じている。現場の国際機関で働いて、そこでネットワークを作り、その後の就職につなげる、というステップになる。よってこれまでの6ヶ月では短く、12ヶ月となることでよりその可能性が高まりよいと思う。一方で、PKOミッションにもう少し人が送れたらいいと思う。
また、日本の就職は終身雇用制で、流動性が乏しいため、この分野で活躍する人材には厳しい現実がある。よってこのプロジェクトが、彼らの支援に対する足がかりになればいいと思っており、就職支援・人材データベースの整備を期待している。今あるJPOのデータベースとの融合などもあり得ると思う。

■Q■ 募集要項で修士課程修了が要件としてあるが、修士課程を修了してすぐ参加する人の割合はどれくらいか?また、なぜ国連PKOミッションへの日本人文民の参加がこれほど少ないのか?

■A■ 大学院を卒業してすぐ参加する人の数は、去年は6人、今年は4人であった。修士を終えてすぐ参加するのが不利というわけではない。
(参加者のコメント)国連PKOミッションに日本人文民が少ない(23人)背景には、様々な要素がある。PKOの職場には、若い人が多く、2-3年すると離れていってしまう。その背景には、処遇が十分魅力的でないと思われたり、ミッションが6ヶ月ごとに更新されるという短期のものであったり、ミッションがクローズされると、その後の職の保証がないといった現状が影響しているのではないか。PKO文民職員は、Commonwealth(イギリス連邦)の国からの参加者がとても多い。その関連国からPKO職員を採用するという風土も影響している。

■Q■ 来年度からの海外実務研修の長期化で、現場「最大」12ヶ月ということだが、期間はどこまでフレキシブルなのか?また、過酷な現場に派遣されることが多いと思うが、「やる気」の維持にはどうしていけばいいのか?現場から帰国した人達の「やる気」の支援をするといいのではないか。

■A■ 海外実務研修について「最大」12ヶ月と記載している理由は、国内研修を終えた後、ビザがなかなか出ないなどの理由で、必ずしもすぐ海外研修に出発できるわけではないためである。研修期間をあえて短くすることは基本的にはないが、少ない人数の事業であるので、考慮すべき特段の事情があれば、個々人のニーズも考慮して決めて行きたいと思っている。
また「やる気」の維持に関しては、「メンター」を用意している。現場で様々な問題に直面することもあるので、いろいろと相談できるメンターが役立つのではないかと思っている。 さらに将来的には中堅クラスの人材を後押しする必要性も感じている。

議事録担当:鈴木(三)
ウェブ掲載:菅野