第52回 「国連と世銀の危機管理対策でのパートナーシップ:進展と課題」

講師:黒田和秀氏(世界銀行脆弱・紛争影響国ユニット、上級社会開発専門家)
2008年11月21日開催
於:ニューヨーク日本政府国連代表部会議室
国連日本政府代表部/国連フォーラム共催 合同勉強会

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■ はじめに/パートナーシップの締結と今後の課題

2008年10月24日、ゼーリック世界銀行総裁と潘基文国連事務総長との間で、「危機下及び危機後における国際連合と世界銀行のパートナーシップ枠組(UN-WB Partnership in Crisis and Post-Crisis)」が締結された。危機状況においては世銀と国連の協力が必要不可欠となっているが、これまで困難な点が多々あり、両機関の協力は進んでいなかった。このパートナーシップ締結は大きな一歩であり、今後着実に実現していくことが重要である。一方で、本パートナーシップを進めていくにあたっては課題も多い。

大きな課題の一つとして、両機関の組織文化の違いを乗り越え相互理解をどう深めていくか、という点があげられる。組織文化の違いは、日本とアメリカほど大きい。

また、両機関間での紛争予防・平和構築における知見・経験の差も課題である。国連ファミリーは当該分野における知見の蓄積は大きいが、世銀は1990年代以降にこの分野に力を入れ始めたにすぎない。世銀内でどのようにこの取組を進めていくか、スタンスがまだ固まっていない一方で、国連側からは「世銀の国連化(UNization of the World Bank)」への懸念が高まっている。

(注)ゼーリック総裁が推し進める世銀における6つの重要テーマ

  1. 最貧国への支援強化
  2. 脆弱国家への支援(紛争後の支援強化)
  3. 中所得国(Middle Income Countries)支援:中所得国は世銀からの貸付がなくても、自力で資金調達が国際市場より可能である。世銀が貸付を行う必要があるのか、との疑問が呈されることも多い(例:米国議会)。世銀の支援のあり方について、現在見直しを行っている。
  4. アラブ諸国への支援:石油産出国以外、特に北アフリカ諸国には課題が山積している。宗教上の理由から、開発理念が浸透しにくいことも一因であろう。
  5. 「知識運用(Knowledge Management)」:世銀は金融機関であるばかりでなく、その蓄積した開発関連知識を他のドナー国・機関に提供する「知識運用(Knowledge Management)」にも力を入れるべきである。
  6. 「国際公共財(Global Public Goods)」としての世銀:地球規模課題(Global Issues、例:気候変動、鳥インフルエンザ、HIV/エイズ)への対処を通じ、「国際公共財」としての価値を高めるべきである。

■1■ 世界銀行の概要

背景知識として、世界銀行の概要を説明する。

世界銀行は、1944年の国際復興開発銀行(IBRD: International Bank for Reconstruction and Development)設立により誕生した。当初の任務は、第2次世界大戦後の日本およびヨーロッパの再建であった(最初の支援は、フランスへの2億5,000万ドルの支援)。

世界銀行は5つの機関から成り立っている。対中所得国支援を担当する国際復興開発銀行(IBRD)、一人当たりGNIが1,000ドル(正確には1,095ドル)以下の低所得国に対し金利0%・長期の償還期間(20,35または40年)で貸付を行う国際開発協会(IDA: International Development Association)、対民間部門支援を行う国際金融公社(IFC: International Finance Corporation)、多国間投資機関(MIGA: Multilateral Investment Guarantee Agency)、国際投資紛争解決センター(ICSID: International Center for the Settlement of Investment Disputes) の5つである。

国際復興開発銀行は国際資本市場から資金調達を行う。国際開発公社は金利0%の貸付を行うことから、3年ごとに拠出金を加盟国から集める。昨年のIDA第15次融資では、約250億ドルを集めた。

世界銀行の組織は、各国財務大臣をメンバーとする総務会(Board of Governors)をトップとする。総務会の下に24人の理事が存在する。現在の加盟国数は185(最新加盟国はマケドニア。現在コソボが審議中)であることすれば、一国一票制度を採用していないといえる。融資が多い国は理事が多い一方で、少ない国はグループを形成して理事枠を確保する。

■2■ 対脆弱国家支援における世銀の取組

1) 取組の現状

なぜ世銀が対脆弱国家支援に取り組むのか?それは、紛争を起こしやすい脆弱国家に紛争予防・貧困撲滅のために支援することは、世銀の任務(貧困撲滅)と軌を一にするからである。

世銀内における制度的改革は現在進行中であり、国連改革よりはスピードが速いと自負している。特に人材面において、従来世銀内では経済学者が多く当該分野に経験のある人が少なかったことから、内部での人材の質を強化すべく努力している。世銀職員に対し、当該分野に関わることへのインセンティブを持たせるような制度設計も重要である。例えば、「昇進するには中所得国勤務に加え、最貧国への勤務も要件となる」といった昇進システムとのリンクも考えられうる。世銀の当該分野の取組は、業務政策の改革のみならず制度改革を含む包括的なものであるといえよう。

また、OECD-DAC(経済協力開発機構-開発援助委員会)の枠内で、「脆弱な国家に対する効果的な国際関与のための諸原則(Principles of Good International Engagement in Fragile States)」といったガイドラインを準備し、ドナー国への働きかけも行っている。

対脆弱国家支援を含む平和構築分野は、安全保障と開発が交錯する分野であり、政治的な国際機関・組織、各国安全保障関係機関との関係を、如何に構築していくかが重要である。近年、3D(防衛(Defense)・開発(Development)・外交(Diplomacy))という概念が提唱されているが、どう実現していくかは今後取り組むべき課題である。

2008年9月、アクラ(ガーナ)にて開催された「第3回援助効果向上に関するハイレベルフォーラム」で採択されたアクラ行動計画(AAA: Accra Agenda for Action)でも当該分野は取り上げられている。次に述べるパートナーシップもこの枠内に入るものと考えられる。

2) パートナーシップを通じた取組

今回締結されたパートナーシップ(危機下及び危機後における国際連合と世界銀行のパートナーシップ枠組)は、従来から世銀との関係のあったUNDP等の組織のみならず、PKO局(DPKO)、政務局(DPA)、国連開発グループ(UNDG)といった幅広い国連関連組織とパートナーシップを結ぶものである。

特に信託原則協定(Fiduciary Principles Accord)は、世銀と国連が協力する上で起こりやすい信託基金の取扱をめぐる問題に対処するものである。両機関で資金の取扱の方法に差がある中、世銀の信託基金を国連機関が使おうとする際、どこまで世銀がチェックできるのかといった問題が頻発する。例えば、南スーダンでは、世銀信託基金を国連世界食糧計画(WFP)が使おうとするときにこの問題の調整に手間取り実施が半年遅れた等の具体的な問題があった。

現在、EC、世銀、国連間のパートナーシップ(「紛争後影響評価と復興計画に関する共同宣言(Joint Declaration on Post-Crisis Assessments and Recovery Planning)」)を通じ、特に紛争後・災害後のアセスメントにおいて、ECと連携する事例が出てきている。例えば、グルジア紛争(8月)後、ECが国連と世銀にミッションを派遣し、ニーズ・アセスメントを行うように提言。9月に実際にミッションが派遣された。また、ハイチ(台風災害後のニーズ・アセスメント)、コンゴ民主共和国(国家開発枠組(Country Assistance Framework))をドナー国・国連・世銀の協力で初めて作成)といった事例もある。

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■3■ 今後の展望

パートナーシップ締結は、一つの重要な到達点である。しかしはじめの一歩にすぎない。冒頭にも触れたが、両機関の組織文化の違い、今後の実現方法が今後の課題となろう。それに加え、以下のようなことが問題となろう。

  • 実施上の課題の解決:共同で行うことがすべてよいわけではないことには留意を要する。Transaction Cost(時間・資金)のバランスを考える必要がある。
  • 個別事例の複雑性:各事例は、それぞれの各国のスタンスの相違、状況の複雑性をはらむ。支援前から青写真を描くことには、謙抑的でなければならない。
  • 紛争後の復興におけるトレード・オフの管理:平和構築と国家構築の関係については、世銀は長期的視点に基づく組織構築支援に重点を置きがちだが、平和構築においてまず何が必要か、バランスを取る必要がある。
  • バイのドナー国とどのように連携をとっていくか。
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質疑応答

■Q■ パートナーシップ締結に関し、なぜ2008年まで時間がかかったのか。また、締結の契機、意図は何か。

■A■ 特に90年代、紛争が頻発し支援の要請があり、国連と連携し支援をおこなったが、当初は事例が少なく問題意識も少なかった。次第に事例が増えるに従い、問題意識が生まれ、今回包括的にパートナーシップを締結することができた。時間がかかった理由として、まず両組織の巨大性があげられる。巨大であるがゆえに交渉に時間がかかった。さらに、国連は関連機関がいくつもあり、まとめてフレームワークを作成するのがきわめて困難であったことも理由としてあげられる。

■Q■ 支援における優先付けは機関によって異なると思われるが、どのように違うのか、また差異をどのように解消していくのか。

■A■ 支援における優先付けの機関間の相違は、国ごとに異なる。たとえばグルジアでは、グルジア政府は経済重視(特に外国投資、インフラ)、世銀は国内避難民という違いがあった。また、ギニア・ビサウでは政府内の各大臣ですら優先付けが異なっていた。ケース・バイ・ケースで判断していく以外にないと思われる。

■Q■ パートナーシップにおける目的とは何か。またその原則の一つとして補完性(Complementarity)があげられているが、両者のもつ強みは何か。

■A■ パートナーシップの目的は、人道支援を行いながら開発支援に移行する国連とうまく連携し、長期的視点から行動する世銀がなるべく早く支援活動を行えるようにするもの。例えば、世銀が運営しているイラク信託基金の主は、イラク政府の省庁へのカパシティ強化またはインフラ支援。 国連が運営しているイラク信託基金は主に短期に結果が出る分野に使われている。 現在にイラクでは、このような支援が優先され、国連運営に信託基金の額は、世銀の倍の金額が積み上げられている。

■Q■ 「世銀の国連化」には、組織内、加盟国からの反対はあるか。

■A■ 世銀内では、予算が決められておりその枠内で実施している限り、あまり反対は出ない。「世銀の国連化」といった批判は国連側から聞かれることが多い。

■Q■ 開発と安全保障という両分野の交錯が、世銀に与える影響とはどのようなものか。

■A■ 現段階でなかなか決めきれていないのが現状である。ゼーリック総裁が当該分野をなぜ重点分野として選んだかといえば、研究が積み重なっていないので専門家を集めて議論すべし、という問題意識があった。9月に専門家を集め議論を行ったが、国家構築と国づくりは別物だ、援助効果向上には国民性が重要だ、等々意見が噴出しており、今後勉強会を開催し、さらに議論を深める予定である。

■Q■ 世銀は融資をする機関であるが、平和構築支援の場合でも、資金を回収することを考えるのか。また、支援方法として相手国政府の組織を使うか、フレームワークを使うのか。国民性という観点からは、ニーズのくみ上げについては政府を通して行っているのか、その他別の方法を取っているのか。

■A■ 紛争後の支援の場合、最貧国が多いため、無償ないしIDAからの貸付が多く、その際には政府と契約を結ぶ。信託基金のような場合に、フレームワークを使うこととなろう。世銀では、近時、社会開発専門家が増えてきたことから、農村(Community)レベルでの支援も増えてきている。アフガニスタンでの農村支援の在り方などの具体的事例にみられるとおり、ニーズの汲み取り方も多様化してきているのではないか。

■Q■ 世銀を含むブレトン・ウッズ体制の今後の展望はどうか。

■A■ ゼーリック総裁は、「今の多国間援助の裾野を広げていた方がよく、G20ぐらいにしたほうがいいのではないか。」と述べていたところ、先般の金融サミットの出席国はまさにG20だった。世銀内部でも問題意識は共有しており、ゼーリック総裁の指令のもと、アラブ諸国との関係強化、BRICs諸国との連携(特に中国をどのように援助コミュニティに貢献させるか)、といった点が検討されている。

■Q■ イラク信託基金(UN関連部分、世銀部分)がこのパートナーシップを通じ一緒になっていくとすれば、ドナー側からの視点からすれば目的の違う基金が一緒になるという印象を受けるが、どのような説明がなされているのか。ECと二大開発機関との連携という点に関し、他のドナーが置いていかれることにならないか。

■A■ 信託基金を作る際には、ドナー国と十分に協議してやっていくほかないのではないか。確かに、ECと世銀、国連の枠組が出てきた場合、バイの支援が強いアメリカ・日本がどのように対応していくかには興味がある。特に世界最大の開発機関となった新JICAがどのようなリーダーシップを発揮するか、世銀内部でも注目されている。

議事録担当:錦織
ウェブ掲載:津田