ヨルダン・スタディ・プログラム - 「4.2.1.2 ザータリ難民キャンプ」
1)ザータリ難民キャンプの概要
ヨルダン北部のシリア国境から約13キロメートルの場所に位置し、広さは約5平方キロメートルである。シリア危機発生後、難民第一波を受け入れるために2012年に建設された難民キャンプである1。建設当初の住居はテントであったが、現在では1部屋のプレハブ住宅が各世帯に提供されている。ザータリ難民キャンプは、シリア難民事務局(Syrian Refugee Affairs Directorate:SRAD)2とUNHCRが共同で運営している。
雇用:ザータリ職業安定所(ZOE)が難民キャンプの住民の就労許可証の発行を促進している。女性と男性の両方の求職者に対応しており、就職説明会、展示会などを通じて、難民キャンプの住民に求人情報とトレーニングの機会を提供している。就労許可証により難民は難民キャンプを出入りすることができるようになった。 2019年10月現在、ZOEは13,220の就労許可証(男性80%、女性20%)の発行を支援している。就労労働許可証の保有者は、ザータリ難民キャンプの労働年齢人口(18〜60歳)の約44%を占めている3。
スーパーマーケット:2つのWFP契約スーパーマーケット(タズウィードとセーフウェイ)があり、スーパーに行くための3台のシャトル・バスがある。2つのスーパーマーケットは民間企業によって運営され、価格競争も行われる。WFPは値段の監視を行い、何か問題があれば利用者が相談窓口を通じて連絡できる仕組みが構築されている。スーパーマーケットにはアズラック難民キャンプと同様、虹彩認証技術が導入されている。各家庭にエコバッグを配布し、ビニール袋の使用は生ものだけにしている4。
教育:18,338人の子供(うち女子49%、男子51%)が、学校に在籍している。公的教育を補完するために、UNICEFは非公式教育プログラムを実施しており、シリア難民の子どもたちに対して、心理社会的支援、スポーツを通した学習、コンピューター教室での学習を提供している。
給水:キャンプ内に3つの井戸があり、1日あたり合計380万リットルの水を供給している。収容人数で割ると1人が1日に使える量は約50リットルである5。ちなみに、日本人の1日あたりの生活用水使用量は約300リットルである6。
2)訪問機関とその活動内容
UNHCRは、難民の諸権利を守り、促進する国際的保護、緊急事態における物的援助、その後の衣食住の提供、医療・衛生活動、学校・診療所など社会基盤の整備等自立援助及び難民問題の解決へ向けた国際的な活動を先導、調整等を担う機関である。
ザータリ難民キャンプでは、同キャンプ内で活動する46諸機関・NGOの調整役を果たしている。プリンセス・バスマ・センターは、ヨルダン・ハーシム人間開発財団(Jordanian Hashemite Human Development Fund:JOHUD)の現地事務所であり7、マフラック地域においては1984年より貧困層に対する支援を実施している。シリア難民危機以降は、UNHCRの現地パートナーとして、難民キャンプ外のホスト・コミュニティに住む難民及びホスト・コミュニティの住民支援、難民とホスト・コミュニティ間の相互理解促進、それぞれのニーズに合わせたサービス提供や事業の実施を行っている。
UN Womenは、ジェンダー平等と女性のエンパワーメントのための機関である。ヨルダンでは、性差別的なステレオ・タイプの解消、政策立案支援、女性の経済力向上、女性の平和と安全のための活動を行なっている。2018年のグローバル・ジェンダー・ギャップ指数においてヨルダンは149か国中138番目であり、依然として課題は多い8。そのため、UN Womenのヨルダン事務所では、性的役割分業、社会的圧力、安全な職場への限られたアクセス、育児など、女性が経済力をつけるにあたって障壁となっているものを取り除くことに力を入れており、2012年に女性を性差別から守り、自立を促進するために、Incentive-Based Volunteering(IBV)に基づく事業が開始された。女性の職業訓練や就業支援、また子どもの教育や保護、親の教育を無償で行なっている。当事業は、社会的に厳しい立場に置かれている人々を対象にしており、具体的には未亡人や離婚した女性、障がいを持った人やたくさんの子どもがいる女性など、脆弱性の高い女性を優先的に支援している。難民キャンプ内に3つの施設があり、コンピューター教室や手工芸センターも設置されている。
3)現地訪問を経た考察
2012年にザータリ難民キャンプが設立されてから7年が経つ。設立直後では難民はテントでの生活を強いられていたが、現在では各世帯がプレハブ住宅に住み、電気、ガス、水や医療のサービスも無料で受けることができる。約8万人が暮らし、仮設都市として発展しつつあり、商業を営む様子も見受けられた。UNHCRはじめ、46の機関より、WASH(水・衛生)、保健、食糧、シェルター、医療、教育、雇用創出など様々な事業が行われている。これらより、以下の2点について支援の在り方、難民キャンプの在り方を考えた。
援助協調について9
多くの施設が難民キャンプ内に存在し、多様なプログラムが実施されていた。実際、女性のスキル・トレーニング・プログラムは複数の機関で実施されており、3RP10などの援助協調メカニズムを通じて機関間でどこまで連携しているのかを知りたいという声が参加者から上がった。難民支援の援助協調がなされるためには、政府及び各実施機関間での調整が必要であることはもとより、資金を拠出する側であるドナー側の見識も求められる。
難民生活の長期化について
難民キャンプはあくまで一時的な居場所である一方、滞在が7年に長期化するにつれ、難民による自立的な営みが見られたことが印象的である。例えば、難民キャンプ内の目抜き通りである通称・シャンゼリゼ通りでは、難民による商業が営まれ、小規模の経済活動が行われると同時に、それが新たなコミュニティとして発展して来ている。「例外的」であるべき難民生活が長引く中で、難民自身が、ただ与えられるだけの存在ではなく、限られた資源を活用して「通常」を自発的に作り出していることが見て取れた。その一方で、「一時的な場所」という難民キャンプの前提ゆえに、施設や仕組みなど支援に適切な投資ができない現状もある。
難民生活が長期化する中、どのように自身のアイデンティティを維持・再構築するかも課題になっている。一方では、難民キャンプ外で生活する難民のために、UNHCRやプリンセス・バスマ・センター等が難民とホスト・コミュニティの相互理解を促進する試みを行っている。他方では、UNICEFの子ども支援センター(マカニ・センター)で、子どもたちが、「自分たちはシリア人だ」と連呼しているなど、アイデンティティを保持し、自国への帰還というゴールを忘れないようにするための仕組みや教育の存在を感じた。ヨルダン滞在が長引く中で、地域社会との共生と、シリア人としてのアイデンティティの保持は、難民全体が直面していく課題であるように思える。
帰還するかどうかは難民が決めるものであり、安全・尊厳のある形で実施されなければならない。そのような前提のうえで、治安上の懸念もあり、シリアに帰還している難民数は限られている。帰還する難民やヨルダンに残る難民の数が見えない中、状況に合わせた柔軟な難民支援が今後も求められる。この現状において、難民キャンプのあり方についても引き続き考えていく必要があろう。
[1] UNHCR, https://data2.unhcr.org/en/documents/details/72612, accessed on 04 January 2020.
[2] SRADとは、ザータリ難民キャンプ・アズラック難民キャンプの管理と運営の責任を持つヨルダン政府機関である。UNHCRは、このSRADが国際人道支援と保護の原則を守り、効果的かつ効率的に支援が提供されるように働きかけ、援助している。
[3] UNHCR factsheet, https://data2.unhcr.org/en/situations/syria, accessed on 11 January 2020.
[4] UNHCR factsheet, https://data2.unhcr.org/en/situations/syria, accessed on 12 January 2020.
[5] UNHCR factsheet, https://data2.unhcr.org/en/situations/syria, accessed on 12 January 2020.
[6] 国土交通省、 http://www.mlit.go.jp/mizukokudo/mizsei/mizukokudo_mizsei_tk2_000014.html, accessed on 12 January 2020.
[7] 訳語は、佐藤(2018)に依拠した。佐藤麻理絵『現代中東の難民とその生存基盤―難民ホスト国ヨルダンの都市・イスラーム・NGO』(ナカニシヤ出版、2018年)、107ページ。
[8] The Global Gender Gap Report 2018, 世界経済フォーラム https://jp.weforum.org/reports/the-global-gender-gap-report-2018, accessed on 16 January 2020.
[9] 援助協調とは、援助を提供する多様なアクター間の活動を調整することによって、各アクターの強みをより活かし、全体として効果的かつ効率的な支援を可能にしようとする取り組みのことを指す。開発支援における援助協調を扱ったものとして、城山英明『国際援助行政』(東京大学出版会、2007年)を参照。
[10] 3RP(シリア周辺地域・難民・回復計画:Reginal Refugee and Resilience Plan in response to Syria Crisis)とは、シリア難民の主な受入国であるトルコ、レバノン、ヨルダン、エジプト、イラクを対象とし、シリア難民の入国と保護を確実にするとともに、難民の強制送還の禁止(ノン・ルフ―ルマン原則の遵守)や、さらなる難民への備え、そしてホスト国のレジリエンスを高めるために、当該地域全体を対象とする支援計画をまとめたものである。3RP, http://www.3rpsyriacrisis.org/, accessed on 27 January 2020. シリア周辺地域・難民・回復計画の訳語は、ジャパン・プラットフォームを参照した。ジャパン・プラットフォーム, https://www.japanplatform.org/programs/pdf/HumanitarianResponsePlan2017.pdf, accessed on 27 January 2020. また、3RPの前身である「シリア地域対応計画」とヨルダンの関係性については、今井静「ヨルダンにおけるシリア難民受入の展開―外交戦略としての国際レジームへの接近をめぐって」『国際政治』178巻(2014年)、44-57ページ。