パプアニューギニア・スタディ・プログラム - 報告書「渡航後:第1回勉強会」

1.勉強会概要

PSPでは、パプアニューギニア(PNG)での現地渡航で学んだことを整理し、渡航前の仮説を検証するため、渡航後勉強会を計3回開催した。第1回勉強会では、第2回以降の勉強会の発表に向けた準備として、渡航で得られた学びについて全ての勉強会班のテーマ(教育・ジェンダー、環境、民族・文化、BHN)に沿って整理した。また、参加者それぞれがプロジェクト訪問やブリーフィングで見聞きしたことを議論の中で共有した。

2.教育とジェンダーに関する勉強会の内容

2-1.教育における学びの整理

渡航前の議論では、PNGにおける教育の問題意識として、人々の間で教育の重要性が認識されていないことが考えられており、この認識の低さが教育課題の根源となっているのではないかという仮説が挙げられていた。

しかし、実際に渡航してみると、教育省の方の話や現地の方との交流の中で、教育の重要性が既にある程度認識されていることが分かった。この発見においては、教育省のブリーフィングで教育熱心な親が増加していることや、政策面やカリキュラムにおける変革の動きが顕著であることを学んだことが背景として挙げられる。また、将来の目的意識が明確な学生も多く見受けられる機会が多かった。しかし、雇用先が限られているPNGでは、教育が就業や収入につながっているケースが少ないほか、優秀な人々は海外に移住してしまうことも多いことが分かった。以上の学びから、教育の重要性は認識されているものの、結局は収入や就業に繋がらないことで教育が蔑ろにされているのではないだろうか、という新たな疑問が生じた。

2-2.ジェンダーにおける学びの整理

渡航前の議論では、女性蔑視の風潮が強いとされるPNGの社会では、社会進出におけるジェンダー格差が女性蔑視の社会を醸成する要因となっているのではという仮説が挙げられていた。

しかし実際の渡航では、ポートモレスビー市長が男女差別撤廃に長年取り組んでいることや、トーライ族など伝統的に母系社会を基盤とする部族が存在すること、セトルメントやブダル大学で女性の活躍を垣間見ることなどができた。他方で、暴力被害者のためのヘルプラインなどを開設しているChildFundへの訪問では、性暴力や性差別の実態は非常に深刻であることを知り、実際にPSP参加者が渡航中見たものとデータとして見えてくる情報には大きなギャップが感じられた。これらの学びから、状況は変化しつつあるものの、本当に支援を必要としている人々に対してケアが届いていないのではないか、という疑問が提示された。

2-3.教育とジェンダーに関するディスカッション

ディスカッションでは、特に教育の観点から、⑴実際の渡航からPNG独特の課題や足りない要素は何か、⑵教育を通して人々にどのような能力や意識が身につくことで課題解決を図ることができるのか、という2つの問題提起がなされ議論を行った。

上記の問題提起に対して、参加者が渡航での経験を共有し合いながら、教育の重要性の認識はされつつあるものの、その重要性の捉え方や教育の役割をPNGの人々がどのように理解しているのかという要素に焦点を当てて議論が展開された。また、政府のガバナンスの脆弱性や援助提供国オーストラリアの存在が、PNGの内発的で持続性のある教育開発を阻害している要因となっていることも大きな論点として挙がっていた。

これらの論点を踏まえて、教育の機能の理解や、教育のアクセスと質の観点から、PNGの教育における根本的な課題について考察した。まず、教育の機能として、①ライフスキルの習得、②道徳性・倫理性の理解・習得、③学術的知識の習得の3つが挙げられるが、途上国では特に①と②が重要とされている。しかし、PNGの場合はこれらの教育を受けることによって得られる恩恵が全体的に理解されていないことが、根本的な問題なのではないかという意見が挙がった。また、教育のアクセスおよび質の欠如が、ガバナンスの脆弱性を引き起こすことにも繋がるのではないかという考察がなされた。この教育のアクセスおよび質の欠如が有能な人材の育成を妨げ、その結果有効な政策が実行されず、ガバナンスの欠如に繋がるというサイクルが出来てしまっているということである。ディスカッションでは、この負のスパイラルを克服するために実践するべきアプローチについてさらに考察を深める必要があるという結論で締めくくられた。

3.民族・文化に関する勉強会の内容

3-1.民族・文化における学びの整理

渡航前に行った勉強会では、言語や部族の多様性が起因となる課題の根深さを学んだが、特に言語・ワントクコミュニティ・文化の観点から3つの問題意識が示されていた。言語の観点からは、公用語である英語と伝統的言語の両立が取れていないことから、人々の間の格差や衝突が深刻化しているのではないかというものである。ワントクの観点からは、ワントクコミュニティの繋がりの強さが、自由競争や公益性のあるガバナンスを阻害しているのではないかという問題意識が指摘された。また、文化の観点からは、キリスト教的な価値観と伝統的宗教に基づく価値観が、調和せずに対立しているのではないかという仮説が浮かび上がった。

実際に渡航してみると、事前勉強で調べていた言語の数は年々減少傾向にあり、外部による援助の背景もあることから、英語が使用される場面が非常に増えていることが分かった。一方で、ChildFundやICRCによると、人々のメンタルケアを考慮しなければならない場面で、英語ではなく伝統的な言語だからこそ人々の状況が理解できるということも多く、伝統的な言語を理解する重要性が指摘されていた。ワントクについては、国家よりもワントクに帰属意識を持っている人が多いことが分かった一方で、人々の中にはワントクを超えた帰属意識も存在していることが分かった。文化に関しては、伝統的な宗教や文化が衰退している部分も見られるが、ある程度は伝統的な文化と近代的な文化は共存しているような姿も伺うことができた。しかしながら、伝統的な文化の継承は度々自然保護と対立する関係にあり、伝統的な文化を守るための活動として伝統文化の商業化や観光化により、民族衣装に用いられる動物の毛皮や羽の乱獲などが大きな問題となっていることを知った。

これらの学びから、主に文化の多様性の観点から、⑴伝統的な文化とは保護されるべき文化とは限らないのではないか、⑵多様性を保ちながら開発を進めることは可能なのか、という新たな疑問が発生した。

3-2.民族・文化に関するディスカッション

参加者によるディスカッションでは、以下の2つの問いについて考察した。1つ目の問いは、伝統文化の継承と自然環境の保全の両立はできるのかという問いである。2つ目の問いは、多様性を維持したガバナンスは可能かという問いである。これらの問いは、可能性について考えるとともに、具体的にどのようなアプローチによって可能なのかについても議論した。

1つ目の問いについては、必ずしもPNGが環境保護と文化継承のバランスを考えていない訳ではなく、外部の介入といった外的要因によりアンバランスが生じているのではないかという指摘がされていた。また、人口増加によりバランスが保てなくなっているのではという意見や、教育の欠如によって伝統文化の観光化や商業化が自然保全に悪影響を与えているのではないかという意見が挙げられていた。特に、外部の介入が活発になり観光化が進むにつれて、「自然資源を尊重しながら伝統文化を継承していく」という意識が薄れていったのではないかという考察がなされ、環境教育などの教育の重要性が改めて認識された。

2つ目の問いについては、文化の多様性を考慮した統治を行ってきたヨーロッパ地域などの国々を例に挙げながら考察を行った。ガバナンスと多様性の尊重の両立について、今回の勉強会では、PNG国民としてのアイデンティティや帰属意識の観点と、エネルギーや産業、リーダーの分散という観点から考察した。渡航初日が、PNGの独立記念日と重なったこともあり、様々な場面でPNGの人々の国民意識やアイデンティティーについて考えることができた。他方、PNGの人々はワントクのつながりを強く感じているものの、PNG人としてのまとまりはやや弱い印象も見受けられたという意見も多く出た。これらの意見から、PNGの人々が国家やアイデンティティに基づいて一つにまとまるための有効な方法について議論した。その際、⑴ガバナンスの観点から強力なリーダーを配置し、国民に共通したサービスを国家が供給できるようにすること、一方で、⑵権力とエネルギーや産業といった物理的な資源が地理的に分散させることの2つの方法が提案された。

4.Basic Human Needsに関する勉強会の内容

4-1.Basic Human Needs(BHN)における学びの整理

渡航前の研究活動では、「PNGの人々にとってのBHNは何か?」という問いが提起され議論してきた。この議論のなかで、PNGでもっとも足りていないBHNは「国土横断的なインフラ」なのではないかという仮説が提示された。

実際に現地に渡航してみると、首都と地方都市の環境格差を垣間見ることができた。インフラに関しては、ポートモレスビーの方が圧倒的に電気や水などのインフラ設備が整っている一方で、地方のラバウルはインフラが整ってない状況であった。しかしながら、ラバウルは人々のつながりは強く平和的で、治安や失業率などの状況はポートモレスビーの方が圧倒的に悪かった。このことから、PNGの人々にとってのBHNはインフラではなく、「人々のつながり」ではないだろうかという新たな仮説が生じた。

4-2.Basic Human Needsに関するディスカッション

上記の学びの整理において出てきた仮説と現在の開発の潮流を考えながら、ディスカッションでは、「開発を進めながら、No one left behind(誰も取り残さない)社会を実現するためには、どのような取り組みが必要なのだろうか?」という問いについて議論を進めた。議論では、地方とポートモレスビーで感じたギャップや経験から、PNG政府による法律や社会保障サービスといった制度の整備を強化することで、障がい者や地方の人々など取り残されがちな層をケアするべきであるという意見が多く出された。また、この問いは開発と「誰も取り残さない社会」を実現するための取り組みは両極的な立場にあり、開発と経済発展は同義であるという認識のもと提示されたものであった。しかし、議論の中で「誰も取り残さない取り組みこそが開発であり、開発と経済発展は決して同義ではないのではないか」という意見が共有された。それを踏まえて、「誰が」取り残されていて、彼らを掬うためには「どのような観点から」のアプローチを行うべきなのか、明確にすることで問いへの答えが見えてくるのではないかという意見が多く挙がった。

5.環境と持続可能な開発に関する勉強会の内容

5-1.環境と持続可能な開発ににおける学びの整理

渡航前での事前研究では、大きく分けて以下3つの疑問および仮説が導き出されていた。第一に、PNGの人々は自然資源が社会・経済活動の根幹を担っていることを認識しているのかという疑問である。これは、住民による焼畑や違法伐採が看過されがちなPNG社会では、一般的に自然資源の重要性に対する認識が弱いのではないかという仮説に基づいている。第二に、PNGの環境破壊や環境開発など全ての問題に関わる政府は、何をしていくべきなのかという疑問である。特にガバナンスの脆弱さが問題視されているPNG政府が行うべきアプローチは何かについて、問題意識を持った参加者が多かった。第三に、持続可能な開発のアプローチの1つとして、観光業の推進はPNGで効果的なのだろうかという疑問である。豊富な自然や公用語である英語など、観光業に適した土壌は存在するため、持続可能な開発の可能性を観光業から見出すことができるのかという意見が多く挙がった。

実際に現地渡航を終えて、それぞれの疑問に対して様々な発見が見られた。第一の疑問に対しては、PNGの人々は予想以上に自然環境の重要性について認識していたものの、それを保護するための具体的な取り組みや行動はあまり取られていなかったことがわかった。第二の疑問に対して、直接的な答えは得られなかったものの、政府によるガバナンスの脆弱性についての取り組みは垣間見ることができた。第三の疑問については、観光開発の可能性は見られたが、様々な阻害要因もあることがわかった。

5-2.環境と持続可能な開発に関するディスカッション

全体ディスカッションでは、以下の2つの問いについて議論した。1つは、「持続可能な環境開発に関して危機感や取り組みへの認識が薄いのはなぜか?」という問い、もう1つは「どうすればPNGが自発的に環境に配慮しながら開発を進められるようになるのか?」という問いである。

1つ目の問いに対して、PNGの人々の環境破壊に対する危機感が薄い背景に、現状の生活や教育の課題が関係しているのではという意見が多かった。一般的に、長期的な視点で環境に配慮した社会を形成していくという動きは、教育や生活を最低限保っていくことができる要素がある程度揃った上で見られる傾向にある。PNGでは、環境教育が不十分であり、人々も環境に配慮した生活を送る余裕がないことが多く、意識はあっても行動に結びつけることが困難であるという指摘が多く挙がった。

2つ目の問いに対しては、人々の行動変容に作用する要素について考えながら議論した。人々の行動を変革する施策を行うには、①短期的、中期的、長期的というタイムスパン、および、②インセンティブ、ペナルティ、教育というアプローチを組み合わせて考えることが重要である。これらが上手く機能することによって、マインドセットが変化し、効果を生み出すことができるのである。ディスカッションでは、日本の喫煙率の低下の例を挙げながら、PNGではどのように段階別にインセンティブやペナルティ、教育を組み合わせていくべきか現地の政府がしっかりと考えていくことが重要であるという意見が多く交わされた。