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国連フォーラム主催
「みんなでつくる」スリランカ・スタディ・プログラム(SSP)
第3節 将来への提言
第1項 はじめに
第2項 平和構築―格差是正および移行期正義に関して
第3項 持続可能な社会づくり
第1項 はじめに
前節において、渡航前にたてた仮説検証結果をご紹介した。SSPでは、渡航最終日に振り返りセッションを行い、また上述の仮説検証結果を踏まえて、渡航後により深く検討すべき論点として、以下のテーマを特定した。
(1)紛争後の平和構築:和解や戦争犯罪の処罰といった「移行期正義」、および紛争再発を防ぐための「格差是正」
(2)持続可能な社会づくり:スリランカの今後の発展の行方や課題に関する、政策や財政という観点を扱う「国」、人材育成に関する「人」、そしてエネルギー資源や環境といった「産業資源・環境」
以下では、新たに検討した論点、議論内容に加えて、SSP参加者が得た学びの成果として、問題提起および提言をまとめている。もちろん、SSP参加者が見ることができたのは、スリランカという一国の事例、および国連その他国際機関が実施している事業のほんの一部に過ぎない。しかし、2015年5月から続く過程の中で、SSP参加者が学んできたものの一つの成果として、ご覧いただければ幸いである。
なお以下の問題提起・提言は、SSPメンバーが個人として参加し、その学びの結果として発表するものであり、各参加者が所属する団体の意見を代表するものではない。
第2項 平和構築―格差是正および移行期正義1 に関して
<問題意識>
渡航前および渡航中に出た問題意識に基づき、「格差是正」および「移行期正義の追求」という切り口からスリランカにおける平和構築の実現について議論した。
- 「格差」を切り口に
・格差の定義とは何か
・現在スリランカにある格差はどのようなもので、なぜ発生したのか
・格差是正のために国際機関と政府は何をすべきか
・民族間、地域間、男女間だけではなく、民族内、地域内、男性・女性内にも広がり、多重構造になっている格差を解消するには何が必要か - 「移行期正義」を切り口に
・移行期正義とはどのようなものか
・他国の事例から見た、スリランカにふさわしい移行期正義の形とは
1移行期正義は様々な機関により定義づけが行われている。例えば、国連は「説明責任を確実とし、正義に資するため、また和解を達成するために、過去に生じた大規模な人権侵害の遺産を受け入れようとする社会の試みと関連する多様な過程とメカニズム」と定義づけている。2004年事務総長報告書「紛争中および紛争後の社会における法の支配と移行期正義」 S/2004/616, 23 August 2004, para. 8.
<勉強した内容および議論内容>
- 格差について
「スリランカで再び紛争が生じないためには、どの格差を是正すればよいのか。そのためには、誰がどういった支援をすべきか」というテーマのもとに議論を行った。2015年9月に採択された持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs2)についても触れながら、民族間格差や経済格差の是正は政府が主体となって行なわれるべきであり、国際機関は政府の活動を補うという関係が望ましいとの意見が出た。 - 移行期正義について
班ごとに国際機関、スリランカ政府、タミル人、シンハラ人の各主体に別れ、「スリランカに最もふさわしい移行期正義の形とは何か」という問題意識の下にロールプレイを行った。スリランカ政府は移行期正義の表面的な解決を急ぎ、シンハラ人は問題解決のインセンティブがない。一方で、タミル人は真実の究明を求め、国際社会は当事者による実質的な解決に向けたリソースの提供を考えているという結果となった。このように、主体ごとに違う観点から現状を分析し、解決策を考えることで、改めて様々な要因や利害対立などが複雑に絡み合っていることを再認識し、正義を追求することの難しさを実感した。しかし、必ずいつか解決しなければならない問題であるという議論がなされた。
2 United Nations, Sustainable Development Goals, http://www.un.org/sustainabledevelopment/, accessed on 10 February 2016.
<提言・問題提起>
- 格差について
- 移行期正義について
紛争時の事実の究明をはじめとした移行期正義の実現は和解への必要条件であり、和解は恒常的平和の前提と考えられる。前政権は移行期正義の実現に消極的であったものの、現政権は前向きな姿勢を示している。スリランカ政府は国際社会の後ろ盾を得ながら、真実究明に努めるべきであると考える。
(1) 少数民族のタミル人社会内部においても、障がい者や紛争被害者のような社会的弱者に対する支援が行き届いていない例が考えられた。このように支援の対象となる人たちの内側に潜む格差は認識が難しく、支援者はそうした点に留意する必要があると考えられる。
(2) 人権に基づくアプローチ(Human Rights Based Approach)3 を導入することが必要なのではないか。あらゆる人々の人権を尊重するという観点に立ちつつ、とりわけ最も脆弱な人々に支援を届けるために、その格差を生み出している根本的な原因を明らかにし、それを踏まえた支援を行うことが重要ではないか。
3人権基盤型アプローチ(Human rights-based approach: HRBA)について、国連機関、各国政府、各援助機関の間で一つの明確な定義は存在しないが、2003年に国連は「共通理解声明」を提出し、次のような3つの共通する考え方を示した。(1)開発協力、政策、技術支援などのすべての計画は、世界人権宣言やその他の国際人権文書に示された人権の実現をさらに促進しなければならない。(2)世界人権宣言、その他の国際人権文書に含まれる人権の基準とそれらに由来する原則は、全分野の全ての分野の開発協力、事業計画の事業策定過程の全ての段階を導くものである。(3)開発協力は、「義務の所持者」がその義務を果たす能力または「権利所持者」が自己の権利を請求する能力の発展に貢献するものである。United Nations, The UN Common Understanding on HRBA, http://hrbaportal.org/the-un-and-hrba, accessed on 11 March 2016.
<参加者コメント>
スリランカにおける平和の定着を妨げる要因の一つの「格差」と、真実を解明し和解をなすための「移行期正義」という2つの切り口から、スリランカの将来の姿をよりよいものにするために国際社会ができることは何か、また政府は何をすべきなのか、各主体の立場に実際に立ち、深い考察と有意義な議論ができた。
第3項 持続可能な社会作り
<問題意識>
- スリランカにとっての持続可能な経済モデル<国の観点>
・スリランカはどのような国を目指すべきなのか、どのように成長していくべきなのか。 - スリランカにとっての持続可能な人材活用政策<人の観点>
・留学などで海外に出た若者がスリランカに帰ってくるためにはどうすればよいか。
・国外へ出稼ぎに出る労働者をどのように国内にとどめるか。
・国際機関別に見たときに、スリランカの人たちが自分たちの力で生活の質を向上していくには、どのような働きかけが必要か。 - スリランカにとっての持続可能な資源活用政策<資源・環境の観点>
・環境被害(水質汚染や大気汚染)を防ぎながら、観光業を発展させる方法は何か。
<勉強した内容および議論内容>
- 経済モデルについての議論
・地方自治体による農業・漁業組合の仲介機能不全、中央省庁の業務に重複が生じるなど、行政力に課題がある一方、産業面ではインドという大規模市場を隣国に持ち、特に観光での強みを持つ。 - 人材活用についての議論
・国外への優秀な人材の流出を食い止めるために、スリランカを支える産業や誇れる看板企業の存在が必要である。
・国内に残る仕事が低賃金のみという状況にはならないよう、観光業等の国内産業の発展が肝要となる。 - 資源活用についての議論
・観光資源として、世界遺産が8つあり、自然・文化・宗教の多様性が挙げられる。地域固有の魅力を観光客に伝える事で、その価値や大切さが理解され、環境保全を目指すエコツーリズムが実現される可能性がある。
・持続可能な開発目標 (Sustainable Development Goals:SDGs)でも環境への配慮を求められている。
<提言・問題提起>
- 国際支援からの自立や産業発展に向けて、中央・地方ともに行政の効率化・高度化を実現する必要がある。その中で、次世代リーダーの育成によるマネジメントが対応策の一つに考えられる。
- スリランカの産業の発展方針として、一次、二次、三次というこれまでの発展にとらわれることなく、知識集約型の四次産業や、生産から消費までを含めた六次化を踏まえ、スリランカの強み(=立地を生かした世界の物流ネットワークの拡大)を活かした発展方法を検討するべきだ。
- スリランカの国内看板企業を育成し、同時に現地雇用を行う外資企業を誘致することで、特に高度職業人材の流出を防ぐことが可能となる。そのためには、税制・法制を整えることで、海外投資の活性化を進める必要がある。
- 観光資源の一層の活用のため、道路をはじめとするインフラの整備改善が必要である。
- 観光の要素として、仏教を含む多様な宗教が介在しているという魅力を、今以上に最大限に活用できるような対応策が必要である。
<参加者コメント>
渡航前の5つの切り口から「持続可能性」へ問題意識を繋げたことで、現在話題となっているSDGsの課題を、現地で直接見てきた課題に落とし込むことができた。机上の課題を現場で学ぶ、スタディ・プログラムならではの貴重な経験だった。