久保田 あずさ さん
国連開発計画 評価部 評価アナリスト
久保田あずさ(くぼたあずさ):愛媛県宇和島市出身。中学卒業後、スイスのインターナショナルスクールに単身留学。その後、セネガルアンタディオップ大学での交換留学を経て、米国マサチューセッツ州スミス大学卒。ワシントンDCインターナショナルローインスティチュート勤務後、ニューヨーク州コロンビア大学国際関係学科修士入学。在学中の2001年にJPO試験に合格。2002年より国連開発計画マラウイ事務所へ貧困削減ユニットのプログラムオフィサーとして勤務。2006年2月より現職。 |
NHKの英語会話を聞くようになってから語学がとても好きになり、中学を卒業後にジュネーブ近郊のインターナショナルスクールに留学しました。国連という存在に漠然と関心を持つようになったのは、そこで模擬国連の活動や様々な研修に参加したことがきっかけです。また、高校時代に休みを使って、ルーマニアへ孤児院や障害を持った方々の施設などでボランティア活動に参加するようになり、その際東欧社会における貧富の差を目の当たりにし、途上国の開発について考えるようになりました。
大学で開発を学んだ後は、ワシントンDCにあるNGOで途上国の政府職員や裁判官に国際法の研修をする仕事に携わりました。この経験を通じて、開発のためには国の枠組みがしっかりしていることが必要だと実感し、ガバナンスに興味を持つようになりました。その後ニューヨークの大学院に進学して改めて開発を学んだ際、夏休みを利用して国連開発計画(UNDP)のレソト事務所でインターンをする機会を得ました。大学院卒業後の進路としてJPOを受けた際にも、国の枠組みづくりとしてガバナンスや説明責任向上に取り組めるところ、かつ現場主義で働けるところということで、国連機関の中でも特にUNDPを希望しました。
Q. 今はどのようなお仕事をなさっているのですか。
UNDPの評価部に在籍しています。評価と一口に言っても、様々な評価対象があるのですが、私の所属しているチームはプログラムの直接的な評価を行っているわけではなく、大きく分けて次の三つの役割を担っています。
第一の役割は、UNDPにおける評価の機能を構築していくことです。たとえば今年の6月には、評価とはどういうことなのか、評価の効率を高めていくために何をすべきか、ということをまとめた評価に関する基本方針(Evaluation Policy)をUNDPとして初めて作成し、理事会に提出しました。この基本方針の中では、国連改革のなかでの評価の役割、評価を行うにあたって現地事務所や本部のプログラム担当部署が何をすべきか、などについて明確に提言を行っています。
適正な評価のためには、まずプロジェクトを計画する段階から評価の枠組みをきちんとつくり、その後正確な情報に基づいたモニタリングを行っていく必要がありますので、UNDPの事務所や担当部署にもそれを実現するだけの能力が求められます。UNDPの上級幹部の間でも、評価に基づいて政策を決断、運営していくという文化が共有されていなければなりませんので、こうした文化を育てるために、地域ごとのワークショップを企画しています。
近年は貧困削減戦略文書(PRSP)や直接財政支援(Direct Budget Support)など援助にも様々な態様があり、開発を取り巻く環境が大きく変化していますが、そうした変化の中で、UNDPは相手方となる途上国政府を支援するためにどれだけ柔軟に対応できているか、ということも評価の対象となります。途上国の状況が変わればUNDPが行う支援の内容も変わる必要があり、支援の内容が変われば評価の方法もまた変わってきます。これらのことを一緒に考えていくために、ワークショップにはUNDPの職員だけでなく、途上国政府の職員にも参加して頂いています。
正確な評価結果を得るためには、評価の独立性を保つことが不可欠です。このため、約20人いる評価部の職員のうち、大半が外部者ですし、評価部自体が直接理事会に報告する権限を持っており、UNDPの組織の中でも独立した存在となっています。評価の過程でプログラムの関係者にインタビューをする際にも、たとえばプログラムの担当者が同席しないようにするなどして客観性を確保しなければなりませんが、特に現地事務所ではこうした独立性・客観性の必要性が十分に理解されていないこともありますので、評価に対するUNDP職員の意識を高めていくということも私たちの大切な業務の一つです。
第二の役割は、評価の質を向上させることです。UNDPでは、本部の評価部と現地事務所がそれぞれ評価をコンサルタントなどの外部者に委託しますが、現地事務所には適正な評価のプロセスを管理する能力や文化が育っていないことが多く、提出される評価結果の質も必ずしも高いとは言えません。こうした問題を改善するために、現地事務所とプログラム関係者に配布するためのガイドラインやハンドブックを作成したり、助言をしたりしています。
第三の役割は、評価が有効に活用されるための環境を整備することです。UNDPでは年間に300から400の評価を行っていますが、現在これらの評価結果がどれほど活用されているのかは必ずしも明確ではありません。これには、評価結果の活用方法がわからなかったり、そもそも評価のためにどのような情報を提供する必要があるのかきちんと認識されていなかったりなど様々な原因があり、こうした問題を改善していく必要があります。
たとえば、UNDPでは今年初めてManagement Response Systemが導入されました。これは、評価の結果として提出された課題や提言に対してどのように対処していくのか、期限や担当部署を明記したうえで回答することを上級幹部に義務付けるシステムで、組織の説明責任を高めることを目的としています。このシステムの導入によって、評価がより有意義に活用されることになったと同時に、これまでよりもいっそう正確な評価を行う必要性も高まりました。また、近年は多くの国連機関が協力して一つのプログラムに取り組むことも増えています。そうした中で、政策改善や能力向上など、はっきりとした数字に表しづらい分野でUNDPが行った支援の効果をいかに正確に評価するのか、という課題にも取り組んでいます。
他の国連機関と同様にUNDPは各国の国民が納めた税金で運営されていますので、ただ単に支援を行うだけでなく、UNDPの行った支援にどれだけの効果があったのかを評価という形で明確にしていくことは、その説明責任でもありますし、重要なことだと考えています。また、評価において忘れてはならないのは、途上国政府のオーナーシップを確保するということです。これが欠けていると評価結果に対する途上国政府の信頼を得ることができず、評価結果が有効に活用されることもないからです。
一般的に、評価やモニタリングというとやはり自分が試されているように感じることが多く、あまりいい気持ちがするものではありません。だからこそ、どのような指標を用い、どのような情報に基づいて評価を行うか、ということを決める一番初めの段階から途上国政府と話し合い、一緒に評価を行っていくという意識を共有することがたいへん重要です。
Q. 国連で働くことの魅力は何でしょうか。
国連の面白いところは、ニューヨークの本部にいれば各国政府が集まってグローバルな視点で議論していることをマクロに理解することができる一方で、UNDPやUNICEFなど現場での活動を主としている組織では村単位でのミクロな発展にも関わることができる、という多様性の豊かさだと思います。こうしてマクロ・ミクロ両方の視点を持つことで、人間としての視野が広がるということに魅力を感じます。
また、UNDPの活動に関していえば、カウンターパートである途上国政府もまた国連の加盟国であり、国連の一部です。つまり、国連職員として途上国に赴いている私たちも彼らと同じ立場にあるので、「援助側・被援助側」という関係ではなく、他の援助機関よりも彼らに一歩近い同等の関係で仕事ができるということはとても面白いと思います。たとえば、PRSPを支援する過程では、人権問題や収容所などに関する政治的な情報も扱うことになりますので二国間の援助機関は立ち入りづらい面もありますが、その点、UNDPのように「援助機関」でも「政府」でもない中立の立場を取っている機関は支援を行いやすい状況にあります。
Q. これまでで一番面白かったお仕事はなんですか。
JPOとしてUNDPのマラウイ事務所に勤務していた頃に携わった、PRSPのためのモニタリング・評価制度構築の仕事がとても心に残っています。PRSPの実施国にはモニタリング・評価を行うことが義務付けられているのですが、当時マラウイではちょうど第一弾のPRSPが始まったところでしたので、マラウイ政府の方々と一緒にモニタリング・評価のための様々な制度を作っていきました。その一つとして立ち上げたものに、たとえばそれぞれの病院に何人患者が来て何人に治療をしたのか、どれだけ注射をしたのか、というように、まずは村レベルでの情報を集め、それを各県、各省、そして最終的には国全体で取りまとめるというピラミッド式の制度があります。この制度によって、中央政府が国民に対して約束した目標の実現に責任を持たなければならない、という説明責任が意識されるようになったことはたいへん意義深かったと思っています。
また、政府の組織だけではなく、NGOなどの市民団体も情報を提出できるようにするための研修を行い、四半期に一度、中央政府の職員と一緒に村々を巡回してモニタリング・評価に関する説明会を開催していました。すると、政府から提出される情報と市民団体が提出する情報に食い違いがある場合には、村民が中央政府の職員に対して疑問をぶつけて納得のいくまで説明を求めることができます。こうした過程を経て村の人々の意識が変わっていくことを実感したことは、とても思い出深い経験です。
Q.逆に、大変だと感じられたことはありますか。
国連の内部で働いている時には、若いから、また女性だからということで差別されていると感じることはなく、むしろ実力とやる気があればどんどん責任のある仕事を任せられるのですが、現場で仕事をしていると、途上国側の担当者は自分の父親ほどにも年齢が離れた、地位の高い役職の男性であることが多くなりますし、会議の場にいる女性は自分だけということもしょっちゅうです。また、私は実年齢よりも若くみられることが多いので、はじめのうちは、相手国の担当者と信頼関係を築くのに、他の男性スタッフに比べ苦労をしました。
Q. 国連に対して日本ができる貢献についてどうお考えでしょうか。
海外にいると、JICAが派遣している青年海外協力隊のボランティア精神は世界に誇れるものだと感じます。「途上国の人を助けてあげたい」と上の立場から見下ろすのではなく、「彼らと一緒になって自分にできる分野で貢献する」という協力隊の方々の目線には、学ぶべきものがたくさんあるのではないでしょうか。謙虚さは日本人の美徳であるかもしれませんが、このような素晴らしい活動や日本の援助哲学が他の援助機関にあまり知られていないのはとても残念です。
Q. グローバルイシューに取り組むことを考えている若者への一言をお願いします。
まず意識して頂きたいのは「目線」の重要性です。「南北」あるいは「援助側・被援助側」という目線を持っていると、なかなか相手との間にある壁を越えることはできないからです。現場主義に基づき、相手の目線に立つことはとても大切です。国連で働くことを目指すのであれば、文章力を身につけることも不可欠です。文章をきちんと書けない人は、仕事も評価されません。文章力を向上させるためには、ひたすら書いて、経験をつむことだと思います。
また、国連で働くということは、単なる「職業」ではなく、「ライフスタイル」を選択するということでもあります。特に、UNDPやUNHCRのようにフィールドを中心とする国連機関では、1〜3年に一度の割合で様々な国を移動するということになります。女性の場合は、家庭や子どもを持つにあたって犠牲にしなければならないことも出てくるかもしれません。世界のために貢献したいという純粋な気持ちを追求するのは素晴らしいことですが、将来待ち受けているかもしれない困難を乗り越えるためには、それ以上の根性と覚悟が必要になってくるのではないでしょうか。自分自身が幸せな人生を過ごしていて初めて仕事を充実させることができるのだと思います。
(2006年11月10日、聞き手:大槻佑子、コロンビア大学にて国際関係学を専攻。幹事会開発フォーラムとのネットワーク担当、写真:田瀬和夫、国連事務局で人間の安全保障を担当。幹事会コーディネータ)
2006年12月4日掲載