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鈴田 恵里子さん
国連児童基金(UNICEF)ハイチ事務所
プロテクション・オフィサー

鈴田恵里子(すずたえりこ):
フランス生まれ。国際基督教大学社会科学科卒、政治学院ストラスブール校(フランス)ディプロマ取得後、民間(金融、人事)で勤務するかたわらで、ロンドン大学インペリアルカレッジで開発修士号を取得(2005)。NGO(アフガニスタン・イラン)、国連開発センター(UNCRD)リサーチインターン(2005)、JICAタンザニア短期専門家(2005)、UNDPプログラムアシスタント(東京事務所、2006)を経て、2006年11月より現職。

Q、現在のUNICEFでの仕事に就かれるきっかけや経緯を教えてください。

UNICEFのハイチ事務所にたどりつくまでに、実は長い道のりを歩んできました。民間で働き、その後、大学院、短期ベースの開発プロジェクト、そして今の仕事へとつながっていきました。大学を卒業した後に初めて就職したのは金融業界でした。とにかくみんなお金お金で、今とはまったく違う世界です。私が働いていたころにちょうどアジア通貨危機が起こり、膨大な損失が出る一方で、一部の人はすごいお金を儲けていました。その時に、それは結局だれのお金になるのか、私はいったい何のために働いているのか、自分はどうありたいのかと、とても考えさせられました。周りを見渡し、自分の将来像を考えたときにやはり違うと思い、転職する決意をしました。

大学院に入った後、フィールドでの経験を積もうと思い、NICCOというNGOを通して、アフガニスタンとイランに派遣されました。コミュニティ開発に向けて、医療、教育、農業など幅広くプロジェクトを行っているうちに、それぞれの事業がどのようにコミュニティ開発につながるのか、また、資金のマネジメントなどプロジェクトの運営について根本的なことを、実践を通して学ぶ素晴らしい機会になりました。また、ジェンダーの問題も考えさせられました。この経験は、今でも活きていると思います。

現在は子どもの保護を担当していますが、私の場合、コミュニティ開発、ジェンダー、人身売買、児童労働と、流れの中で現在のUNICEFでのポストにつながっていきました。JICAではジェンダーと村落開発を担当し、そして国連開発センター(UNCRD)ではミャンマーにおける人間の安全保障というテーマでリサーチをしているうちに、人身売買の問題が浮き彫りになり、興味を持つようになりました。


Q、現在、ハイチ事務所では具体的にはどんなお仕事をされていますか?

UNICEFのハイチ事務所は、子どもの教育、保健、保護の分野に分かれていますが、私は子どもの保護を担当するプロテクション・オフィサーをしています。私の部署では、いわゆる、脆弱性の高い子どもを対象としていますが、私は中でも、人身売買、児童労働、性的暴力、紛争の影響を受けた子どもたちに対する保護を担当しています。

例えば、ハイチでは貧しい家庭の子どもが知らない第三者に預けられるのが習慣になっていて、900万弱といわれる人口の中で、そういった子どもが20万人くらいいると言われています。預けられた多くの子どもたちは、基本的な人権を奪われ、学校にも行けず、奴隷のような扱いを受けています。ハイチにはもともと奴隷としてアフリカから連れてこられた黒人が人口の大きな割合を占めていますが、この歴史的背景と密接に関わっている気がします。

奴隷のように扱われた子どもは、精神的にも影響を受けています。人と目をあわせたことがなく、自分の名前や年齢さえ忘れてしまっている子どももいます。初めて、そのようなケースに出会った時は、かなり衝撃的でした。彼らは通常の子どもとは違う、特別なサポートを必要としています。

このような暴力・紛争・差別の被害にあっている子どもたちに対して、医療や教育を与えるなどの直接保護をしたり、政府に政策的な支援も行ったりしています。ハイチでは政府の能力強化と同時に、NGOや地元のコミュニティと協力して保護を進めていますが、さらに、それが政府とNGOとのネットワークの強化に結び付くよう努力しています。また、教育や医療を与えるだけではなく、その現象自体に対する予防のための活動も進めています。


Q、これまでのハイチでのお仕事で印象深かったことは何ですか?

人身売買と児童労働の分野で、UNICEFとしてリーダーシップをとり、NGOをまとめて調整役をしてきました。その成果として、こうした新しいネットワークも最近強くなってきました。ネットワークを通して、方向性が決められ、足並みがそろってきたというところでしょうか。まだ出だしではありますが、全体的に良い信頼関係とムードがあり、やりがいがあります。

最近では、人身売買や児童労働の被害にあった子どもを家庭に戻すことを推進しています。いくつか具体的な案件もフォローしていますが、子どもたちが良い形で実の親元に戻れた時がとてもうれしいですね。

なぜならば、親は自分で子どもを育てられないから、他人に預けてしまうわけで、このような場合、親元にただ戻すだけではまた同じことが起こるかもしれません。親の教育、貧困、セーフティーネットのなさ、文化など、さまざまな要素が複雑に絡んでいます。そもそも親が子どもを愛していないとは思いませんが、これらの要素と状況を総合的に捉える必要があります。


Q、逆に、お仕事の中でたいへんなことや難しいことは何ですか?

ハイチでは、ここ数年、政情不安が続き、最近、少し落ち着いてきたものの、治安はまだ良いとは言えません。そのため、外は自由に歩けませんし、無線を手放せない生活をしています。少しでも危険な地域を通るときは、無線で必ず許可をとらなければいけません。場合によっては、行動が制限されることもあり、プロジェクトの監視をする上でもかなりネックとなります。

去年の5月の選挙後も、政府の能力はいまだにかなり低く、子どもたちを考慮した環境作りや福祉というところまで達していません。一方、そのかたわらで、子どもたちが苦しんでいます。政府のリーダーシップはとても重要なことですが、政府のイニシアチブを尊重しサポートをする長期戦でいくのか、それともまず子どもたちに、NGOなどを通して直接支援をするのか、微妙なバランスです。

また、私が所属する保護の部門は、特に脆弱な特定のグループの子どもたちを対象としていますが、その一方で、ハイチには教育や医療を全く受けられない貧しい子どもがまだたくさんいます。脆弱性の特に高い子どもたちの保護を目指すのか、すべての子どもたちに対して援助を目指すのか難しいところです。特定のグループの子どもに対して保護や教育を与える活動のかたわらで、何も受けられない子どもたちがまだ数多くいることは忘れてはいけません。


Q、長く続いた紛争は子どもたちにどのように影響を与えていますか?

武装勢力の活動が活発だった地域には大きな影響が見られます。去年、私がUNICEFハイチ事務所に着任した時にはとても治安が悪化していました。子どもの集団誘拐が続き、それに対する対応が最初に与えられた課題でした。誘拐の被害にあった子どもに対してカウンセリングを提供し、学校に対してどう対処したらいいのか、研修を企画したりしました。

しかし、誘拐の被害にあった子どもだけでなく、反対に武装勢力や誘拐に関わっている子どもたちも立場が違いますが、特別なケアを必要としています。彼らは普通の子どもと同じで、大抵は学校に行きたいと思っています。それを解ってあげる必要があると思います。彼らもまた、脆弱性の高い、被害者なのです。



Q、日々、働く中で心掛けていることや初心として心に留めていることはありますか?

NGOで最初に行った国アフガニスタンで衝撃的な経験をしました。地雷で足を失った孤児が教育もなく、お金もなく、どうしようもない状況におかれている。その時、私はボランティアとして仕事をしていましたが、自分は何もいらないから彼らの助けになればいいと強く思いました。大きな規模ではなくても、自分が人の人生を変えることができるのならば、給料や地位はある意味どうでもよいという気持ちでした。その時の気持ちは忘れてはいけないと今でも思っています。

また、アフガニスタンにいるときに資金調達のために子どもの写真を撮りましたが、あまりに貧しい状況の子どもたちを被写体とすることにすごく心が痛みました。カメラを向けることすらつらかった。しかし、アフガニスタンに還元できればと思いつつ写真を撮り、実際、その写真は資金調達に使われました。その時に撮った写真は今もハイチに持って来ていて、見ると何となく初心に戻れます。


Q、国連で働く醍醐味、楽しさ、逆に辛さなどはどんなところにありますか?

やはりNGOとは仕事の規模が違います。前は小さなコミュニティの中での仕事でしたが、今は政府と政策的なこともできます。自分のやる気次第でハイチという国家レベルで子どもに影響を与える仕事ができるので、やりがいがありますね。

職場としての国連もとてもおもしろいところです。様々な国や文化から人が集まるのは国連の魅力です。いろいろな国を見てきている人が多いので、仕事としてもその経験から学ぶことができます。たとえば、何か困った時に同僚や本部の人と話すと、様々な国での実績が聞けて、とても興味深く参考になります。

逆に、仕事と生活を両立するのはたいへんです。ハイチは家族が同伴してはいけない地域事務所なので、私も夫を日本においてきました。日本人の常識からすれば、あり得ないことかもしれませんが、国連ではそれが当然のようになっています。


Q、その中で、これからご自身のキャリアや目標、どんな仕事をしていきたいとお考えですか?

先ほどもお話ししましたが、脆弱性の高い特定の子どもへの支援とそのほかの子どもに対しての支援の間で、ジレンマを感じています。今は特定のグループの子どもに対する保護を担当していますが、そのほかの一般の子どもたちに対する支援、政策にももう少し関わりたいと考えています。

また、以前いたUNDPと今のUNICEFも大きく違いますが、国連はとても大きな組織なので、国連のほかの部分も見てみたいですね。UNICEFでの現在の仕事は、国連という大きな組織のほんの一部にしか過ぎません。UNICEFは子どもというテーマがあり、団結力や結束が強い組織ですが、UNICEFの外に出たら国連も分かりづらいことがあります。今の経験が生かせるなら、UNICEF以外の組織を見るのもよい経験だと思います。


Q、これから国連など国際社会で活躍しようと考えている後輩たちに何を伝えたいですか?

行けるうちにフィールド経験を積むことでしょうか。私は民間で働いていたため、この業界に入ったのが比較的遅かったですが、もっと若いうちにぜひいろいろ現場で働いた方がよいかと思います。キャリアとしても大きなプラスになります。

また、自分は何がしたいのかというビジョンをしっかり持っておいた方がよいと思います。仕事ではイニシアチブをとることが求められるので、自分は何がしたいのか、はっきりと主張できる人は強い気がします。また、ワークライフバランスという点でも仕事と私生活の両立が大変なこともありますし、そんな時に自分の考えをしっかり持っている人の方が対応できるのではないかと思います。

あとはやはり自分を活かせて、自分自身の幸せな生活にもつながる仕事がよいと思います。私は個人的に自分のできるレベルで、人の役に立っていればよいかなと思っています。自分のこれまでの経験を活かせて、かつ国連の仕事が自分の幸せな生活に結びつけば最高ですね。


(2007年11月1日。聞き手:池田直史、コロンビア大学SIPA、幹事会で本件企画担当。写真:2枚目と4枚目は加藤里美、フリージャーナリスト。1, 3, 5枚目は田瀬和夫、国連事務局で人間の安全保障を担当。幹事会コーディネータ)


2007年12月15日掲載

 


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