境 悠一郎さん
国連開発計画(UNDP) シエラレオネ事務所
境 悠一郎(さかいゆういちろう):14歳で両親の転勤のためケンタッキー州に渡米。地元の中学・高校を卒業。ウィスコンシン大学政治学・スペイン語専攻卒(2001)。大学3年の時、スペインのマドリッド大学に一年間留学。日本の商社で実務経験を積む。アメリカン大学院・国際開発マネージメント修士(2007)。大学院在学中、UNDPコロンビア事務所でインターンを経験、JPOに合格。2007年9月より現職UNDPシエラレオネ事務所統治部門プログラム担当官。 |
Q. いつごろから、どうして国連で働こうと思ったのですか?
高校生の頃から国際関係に興味があり、国際政治に関わっていきたいと思っていました。政治学とスペイン語専攻の大学の頃から国際開発への興味が沸き、開発のクラスを受けたり、スペイン語を学んで中南米のことを勉強したり、大学3年生の時にスペインに留学をしていたことなどから、それまでとは別の視点で物事を見るようになりました。また、4年生の時に途上国についての授業を受けた時に論文や本を読んで世界中で貧困や不公平なことが起きているということをさらに具体的に学び、将来、開発や途上国の問題解決に関わることをキャリアにしていきたいと決めました。
国連で働くことへの興味はその頃からありましたが、修士や実務経験が必要だということを知り、自分にはきびしいと思い、まずは社会人としての基礎を学ぼうと日本の商社の米国事務所で働きました。尊敬する上司といい同僚に恵まれ、マネージメント能力やコミュニケーション能力など、どの業界に行っても必要なスキルと経験を身につけることができた有意義な3年半でした。民間での経験は今でも自信になっています。その後、開発の現場に役に立つことを学びたくて、開発のプログラムが充実しているアメリカン大学院を選びました。国際開発マネージメントの2年間の修士プログラムの中で、1年目に国際開発の歴史や現在の問題を学び、夏休みにUNDPのコロンビア事務所でインターンを3か月間経験しました。UNDP の現場でサポート的な仕事をしていくうちに、将来UNDP で働きたいと思うようになりました。
Q. UNDP シエラレオネ事務所の現職のポジションはどのようにして得たのですか?
大学院1年目の終わり頃にJPOに応募し、採用されました。合格してから、紛争後の復興や開発に興味が沸いてきて、まずは最も援助を必要としている国に行きたくなり、シエラレオネを選びました。この国は、5年前に紛争が終結し、2007年8月に大統領選挙が行われて野党が勝ち、これから今までの政権とどう違って社会サービスや開発をしていけるのかが試される重要な時を迎えています。
Q. UNDPのシエラレオネ事務所で具体的にどんなことをしているのですか?
最近国連に設立された財源として平和構築基金があります。一般的に紛争が起こったときや紛争終了直後は、メディアでも報道されるので国際社会からの支援を得ることは難しくありません。しかし、少し時間が経つと注目もされなくなり、復興に必要な資源が不足してしまいます。この新しい基金は、その復興支援と開発の間のギャップを埋めることを目的とする財源です。ブルンジとシエラレオネが本基金の最初の対象国として選ばれ、シエラレオネの平和構築基金事業の中には、選挙委員会、治安部門、若者の事業創出、人権委員会、公共秩序などを支援する7つのプロジェクトがあります。今私が担当しているプロジェクトは、シエラレオネ人権委員会の設立に必要な調達や、制度や能力の構築をその内容としています。
特に、人権委員会はシエラレオネでの人権擁護と真実和解委員会の提言推進を目指し同国に設立されたばかりの機関で、委員長とコミッショナーの他には実務レベルでは代表が一人いるだけ、スタッフが居ない状態です。そこでまずは人事や財務など機関の制度をつくるところから始めて、スタッフを雇い、事務所を借りたり、コンピューターや車を調達したりしています。また、人権に関して、政府や議会、そして市民団体のみではなく、地方自治体や、力のある伝統的な長老システムが多くあるので、こうした人たちを対象とした人権に関するワークショップを実施するなどしています。
また、国の財政の半分以上は援助でもっている国なので、国連機関や他の援助機関のやれることは大きく、うまくやれば非常に貢献できるやりがいのある国です。この意味で、平和構築基金などの事業が果たす役割は大きいと思っています。
Q. 今までで一番たいへんだったことは何ですか?
2007年の9月に赴任したばかりなので、今のところ特にありませんが、赴任してから感じているのは、物事が進むのが非常に遅いということです。シエラレオネ人の国民性とUNDPの特質が重なっているのかもしれませんが、簡単なことを一つ進めるのにも何人もの署名が必要になっていて、それを何回もやらなければならないので、そういうことがもう少し効率的になればと思います。
それと自分は、けっこうきれい好きですが、途上国では、虫とかが出てくるんです(笑)。シエラレオネでは王様のような良い所に住んでいるんですが、それでもゴキブリなどがしょっちゅう出てくるので、ちょっとそれが困ります。しかし、こんなことを言っては罰が当たるかもしれません。シエラレオネは最近発行されたUNDPの2007年の人間開発指標では、177国中177番目に位置づけられています。時々、日本人の自分とシエラレオネ人で、同じ人間なのになぜこうも生活が違うのか激しい違和感を覚えます。
Q. シエラレオネの街の様子はどんな感じですか?
紛争の傷跡で、腕や足のない子どもが車椅子に乗って、もう一人の子どもに押してもらっているのを見るとつらいですよね。その反面、サッカーの盛んな国なので、子どもたちはお腹が空いているはずなのに週末などは一日中サッカーをしています。ビーチはサッカーをしている人で埋まるほどで、私も大学の2年までやっていましたから、週末などは混じってやらせてもらうこともあります。
また、失業率がかなり高いので、フリータウンの街中で、平日から私ぐらいの年齢の人たちが1日中ただ何もしないで道に立ったり、座ったりしています。こういった危険な状況でこれだけ平和なのは不思議なぐらいですが、残虐な紛争が続きはもう争いはこりごりだと多くの人が感じたのでしょうか。今、先の選挙で野党が勝って、これから変わっていくんだという前向きな雰囲気があるんです。それが失望に変わらないでほしいと強く思います。
Q. 将来、どのようにキャリア・アップをしていきたいですか?
今は統治部門を希望して配属され、人権分野の仕事に関わっています。今後はUNDPの中でマネージメント能力を身につけることに加えて、近いうちに興味分野をひとつ決め、専門家とまではいかなくても、できるだけ掘り下げていきたいと思います。それと同時に、常に国連、UNDP内の動きにも敏感に情報を集め、全体像を把握し、プロジェクトに反映することを心がけたいです。
また、積極的にワークショップや議論に参加、発言、発信して、情報を収集するとともに、機関内外の議論にも貢献していきたいです。そして語学力も重要だと思います。今まではスペイン語を学んできたのですが、アフリカで働くのであればフランス語はできないといけないと思い、取り組んでいます。
Q. 国連で働く醍醐味は何ですか?
国連は世界で唯一のユニバーサルシステムで、中立的な立場から途上国の政府と対話ができ、政策的なレベルと関わりつつ草の根レベルでも包括的で幅広い活動ができ、より多くの人に貢献できます。特にシエラレオネのような紛争後の国では、国連の存在というのはとても大きいので、その中で、国の復興と開発に直接関わり、貢献できるというのは非常にやりがいのあることです。また、今まで多文化社会で育ってきたこともあって、多文化社会の国連で働くことはとても居心地がいいと感じています。今回は研修でニューヨークに来たのですが、参加者は25人ほどで、全員が違う国から来ています。世界中で働いている人が集まり、経験を共有でき刺激になりますし、様々な文化に触れる機会にもなりました。また、UNDPの話になりますが、世界中のほとんどの途上国に事務所があり、何十年といった経験を積んでおり、膨大な知識が蓄積されています。インターネットやイントラネット以外にも、ガバナンス、貧困削減、エネルギーと環境、危機予防・復興など各専門分野のメーリングリストがあり、頻繁に議論が行われています。このように膨大な情報と知識を活用できるノレッジ・マネージメントも強みだと思います。
Q. これから国連をめざす若い人に何かメッセージはありますか?
私も仕事を始めたばかりで、若い人へのアドバイスを言うのはおこがましいのですが(笑)、自分が心がけていることは3つあります。
まず、数百年前までは世界中のほとんどの人が同様に貧困と隣り合わせの生活だったと想像します。それが今日では、技術的な進歩もあり、発展した国にいれば裕福な生活ができる一方、途上国に行けば、食べる物に困っている人がいるという格差社会が生まれました。ただ、世界中にはとてつもない資金と技術の進歩があるので、貧困削減は十分可能なはずです。これをどう可能にするかは政治的な意思の問題であり、より多くの人が貧困を許さないと考えることが大切です。この時代に貧困があることは許せないという同じ考えを持ってくれる人が増えることを希望します。そして、それにいかに貢献していけるか、一人ひとりが考えることが重要だと思います。
また、自分にも言えることですが、より多くの経験のある人に会って、色々なお話を聞くということは、勉強にもなりますしすごくいいことだと思います。
そして、自分には何ができるのか、何がやりたいのか、何をすべきなのかを時々自問自答し、自分について考えることも必要だと思います。途上国に住み、国連機関で働くことはやりがいがあるとともに困難も伴います。そのような中、なぜ自分は途上国に来て、開発に関わっているのかという自分の「軸」となる物を持たないとここぞといった時に踏ん張ることができません。「何」と「なぜ」ということを自分の中でしっかりと考えることだと思います。そして、一度正しいと思い決めたことは最後まであきらめずにやり遂げる覚悟も必要だと思います。
(2007年12月12日、聞き手:加藤里美、フリージャーナリスト。写真:加藤里美(2、3、4枚目)、田瀬和夫(1枚目)、国連事務局OCHAで人間の安全保障を担当。幹事会・コーディネーター)
2007年12月30日掲載