第26回 黄 武昭さん 中小企業によるCDM方式貧困対策発電事業
プロフィール
黄武昭(Joseph Hwang)さん
神戸市出身;日系華僑;1986英国Cranfield大学工業工学修士号をを取得、2001年までロンドンにて大手為替金融ブローカー社に就職、日系長期信用系及び都市銀行為替資金部の先物取引を担当。 神戸市の宜興(株)取締役就任、ジャカルタに新規創立された子会社に勤務、産業工業用機械設備製造販売を担当。 2006年よりCDM制度温暖化ガス削減・再生エネルギー発電事業を設立。 2005年より在インドネシアイギリス商工会議所役員。
1.イントロダクション
私の祖父は1930年に兵庫県神戸市で個人商店を興し、現在は父が社長で、宜興株式会社という貿易会社を営んでおります。
宜興株式会社が1993年に出資し設立されたのが、宜興行工業インドネシア(PT.GIKOKO KOGYO INDONESIA)です。
宜興行工業(以下 GIKOKO )は、環境保全機器や工業用発電設備の設計・製造・据付工事をおこない、エンジニアと熟練工を主として150名の従業員を有しています。 インドネシアに製造・生産工場を持つ日系企業や外資系企業から、二輪・紡績・建材製造工場などの生産設備を受注しています。おもにアルミの溶解炉、車体塗装設備用の送風機、建材工場での集塵機や、廃材の木屑を燃焼し蒸気タービンで発電する設備(バイオマス発電)を得意としています。
技術や設計図を日本や欧州から購入し、詳細図面をGIKOKOにて作成。特殊鋼材や部品等を神戸より輸入し、GIKOKOにて製造・組立を行い顧客の工場に納入しています。
2006年からは、京都議定書のクリーン開発メカニズムプロジェクトへの参加に乗り出しました。一般廃棄物処分場における、メタンガス発電およびフレアー式温暖化ガス削減事業です。世界銀行、アジア開発銀行と55万トン以上の温暖化ガスを削減する排出量取引購入協定を締結、現在4都市における事業が国連気候変動枠組条約(UNFCCC)のCDM (Clean Development Mechanism)プロジェクトとして登録されています。
- カリマンタン島のポンティアナック市(UNFCC CDM PROJECT:1582)
- スマトラ島南部のパレンバン市(UNFCC CDM PROJECT:2525)
- ジャカルタ郊外のブカシ市(UNFCC CDM PROJECT : 25099)
- スラウエシュ南部のマカサール市(UNFCC CDM PROJECT:2518)
CDM事業への参入のきっかけは、2004年末にインドネシア科学技術庁研究員である知人の紹介により、日本の環境省のシンクタンク、財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)のインドネシア環境支援プログラム、「CDM Capacity Building Program」での勉強会に数回に渡って参加したことでした。GIKOKOの得意分野とするバイオマス発電を通して、地球温暖化問題に貢献でき、かつビジネスとして継続できる方法を考えて、排出権の先物取引により投資資金を調達する方法を模索し始めました。
2006年6月に、世界銀行のワークショップに参加し、世界銀行がベカシ市とマカサール市と廃棄物処分場のメタンガス放出制御事業の基本同意書を取り交わしたことを知りました。このメタンガス放出制御事業を提案し関わった世界銀行の専門家と話す機会を得て、メタンガスの燃焼機器などGIKOKO の本業と一致すると考え、候補となる都市を探したのです。
メタンガス事業に深い知識をもつポンテイアナック市長を、縁あって紹介され、官民協働でのCDM事業の開発にむけ同意書を交わしました。翌2007年7月には、世界銀行、排出権取引購入協定を締結し設備工事に着手、2008年にUNFCCに認可・登録されます。
このポンティアナック市での工事進捗状況を世界銀行とポンティアナック市に評価され、同様の官民協働式(Public Private Partnership, PPP) で事業を進めることとなったブカシ市とマカサール市の事業者選択の公開入札において、GIKOKO は両都市での事業開発権も獲得しました。
2.ケーススタディの紹介・経過・および結果
本CDM事業は、都市政府が運営する廃棄物処分場でBOT(Build Own Operate Transfer)方式をとっています。
都市政府が運営する廃棄物処分場に、民間事業者(GIKOKO)が資金を調達し(排出権購入委託銀行から調達)メタンガス発電プラント施設を建設(Build)、一定期間(15年)管理運営を行い(Operate)、プラント所有権は都市政府に移譲(Transfer)します。
具体的には
- 廃棄物から自然発酵で発生するメタンガスを回収し、再生エネルギー源とする。ガス燃焼エンジン式発動機と燃焼フレアーで、温暖化ガス(メタン)の量をモニター測定を行い、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)のCDM理事会の指定運営組織(DOE)に削減量を報告する。
- DOEの検証と排出削減量の認証を経て、CDM理事会によりCER(認証排出削減量)が発行される。
- GIKOKO は、CER(認証排出削減量)を開発銀行に売却し、初期投資費用や運転資金に運用する。
特徴的なのは、排出権売却で得られる収入のうち
- 10%を一般廃棄物回収車の購入資金として還元する。このことにより街中のゴミを減らし環境を改善し、廃棄物処分場におけるメタンガスの回収量を増やす。
- 7%を Bottom of Pyramid (BoP)といわれる貧困層のための施設整備に充てる。 というGIKOKOと都市政府間での契約です。
処分場には、ペットボトル、プラスチックバック、金属等を素手で回収し、ブローカーに売却して生計を立てる貧困層がおおく、価値あるものをいち早く取り出そうと、回収車から下ろされるゴミに飛び込んだり、ブルドーザーなどの重機と接触する危険に常にさらされています。 よって重機から独立した施設の整備や、作業の安全を確保するための整備、さらには、燃焼機器から発生する排気ガスを回収し熱交換器で熱源に変えて、生活のための熱水にすることを計画しています。
現在のところ、各事業所の排出権予想量は年間5万トンの二酸化炭素に相当する。1トンの価格がUSD10ドルとすれば、7%分は、USD35,000ドルとなります。
当メタンガス回収事業がもたらす環境改善に対するインパクトと貢献ならびに事業収入の持続性が認められ、2008年ASIA Pacific Environment Forum (APFED)において、Best Practice橋本龍太郎賞の銀賞を受賞、川口順子元外務環境大臣より表彰状を授与されました。
3.問題点
2007年に、事業拡大のためのロビー活動で東ジャワ州の地方政府首長を訪ねた際に、人口7300人のLekok村での牛糞問題についての改善策の提案を求められました。
ここでは、貧困層の村人が14,000頭の牛を飼育していますが、牛糞の処理施設がないため病気が蔓延しています。お金持ちが牛の購入と餌をに投資し、貧乏な村人の家へ牛野飼育を託す仕組みです。
ジャカルタの日本総領事館が、UNDP INDONESIAを支援し、日系企業に対しても、自社の技術・サービス等を用いて、貧困削減や、貧しい地域に貢献できるような新たなビジネスモデルの構築を後押ししていたこともあり、GIKOKO は、世界銀行の社会開発の専門家、日本国際協力銀行(Japan Bank for International Corporation)の大型インフラ事業担当者と環境分野のコンサルタント、ならびに UNDP Global Compact、Growing Sustainable Business GSB のブローカーとともに、現地調査と視察に数回出向きました。
このLekok村の典型的な貧困層は、牛乳は組合へ売り、毎日の販売額85%は裕福な牛のオーナーに納め、残りの15%,一日平均手取り USD$2.50で一家を養います。この収入で食料と炊事用の燃料の軽油を買うのに使います。飲料水を買うお金が足りない場合は、牛糞で汚染された井戸水を飲み、それが特に子供たちの病気の原因となっています。牛小屋と住居は仕切りのないような有様です。しかも雨水により運ばれた牛糞が、漁場を汚染し、漁師との争いの原因ともなっています。
し尿施設があれば、嫌気性処理法を用いて、発生したメタンガスを燃料に換え、熱源が普及すれば炊事用代替エネルギーとして石化燃料の節約が出来、女性達は豆腐を作るなどして収入源の幅が広がります。また、牛糞は有機肥料にすることができます。 しかしながら現実には、家が分散されているという問題があります。
4.分析
GIKOKOが4都市で行っている処分場メタンガス事業を手本とし、商業ベースでの組合式会社として、牛糞し尿施設を設立・運営できないか提案しました。
し尿処理施設への投資・運転資金を回収する方法として、
- 牛糞からのメタンガスをエネルギーとして電力を住民に供給し、電力料金を請求する。
- 有機肥料を売却する。
- 温室効果ガス削減分を排出権として売却する。
が考えられます。これで環境問題が解決でき、糞が熱源となる、事業の運転の為雇用が増えます。
しかしながら
- し尿処理施設の基本設計、ノウハウ代、初期投資コスト
- 化石燃料代替方法論の排出権の想定量
- CDMプロジェクト登録申請手続きの準備にかかる時間と費用
との採算性を考えると非常に難しいと思われます。
LEKOK村の集落には,糞を収集して処理するためのラグーン(池)がなく,自宅兼家畜小屋の周りの溝に垂れ流しされている状況で、つまり糞からメタンガスが大量に発生しているというベースラインとなる数値を出せず,少量の排出権しか見込めません。
よって資金調達の問題,専門技術の必要性から、他からの大きな支援なくしては,当事業を商業ベースで運営していくことは困難であると結論を出しました。
UNDPが,日本総領事館に対し援助金の申請を出しましたが,UNDP自体の人材・予算不足の問題もあり実現できませんでした。(当初は,国連フォーラムの迫田恵子さんがご担当でしたが,契約期間が終了してしまったことは,本当に残念でなりません。)
LEKOK村の問題解決への道のりはまだまだ長く険しいものですが、ぜひともエネルギー供給組合を発足させ採算性を向上させ、し尿処理施設の建設を実現させたいと思います。
GIKOKOは、貧困層の収入増加に役立つよう,2回にわたり、1サイクル4週間の期間で牛の飼育と採乳増加のための技術指導を行うボランティアを、オーストラリア系の国際援助団体より手配するお手伝いを行いました。
5.提言
インドネシアを含む発展途上国では環境問題に多くの予算を出さないので,政府に援助を要求しても進展は望めません。
やはり,CDMの温暖化ガス削減という環境へのインパクト行動に対するビジネスを確立することが重要であると考えます。
(1)CDM Micro Scale Project の設定
現CDMの方法論では、排出量が多い(事業金額が高い)プロジェクトを優先しています。 たとえばLekok村の事業の予想排出量では、現行のSmall Scale Projectの枠でさえ、プロジェクト設計書(PDD)の作成や、登録申請手続きにかかるコストが高すぎます。
Micro Scale Project の枠組みを新しく作るべきだと考えます。たとえば、利益率の高い工業ガスプロジェクトに課金することで、それらの資金を新しい枠組みのMicro Scale Project の助成金にあてることなどを提案します。
(2)キャパビル(能力開発)、計画と実施試験
2009年5月に世界銀行より招待を受け,アジア.アフリカ12カ国からの30名とともに7日間、中国の湖北省・武漢市と恩施市を視察しました。
中国政府の事業者に対する支援組織と各州にあるCDM事業援助センターが、中国をCDM排出権で世界一としていることを実感しました。
先進国間において、事業者への技術移転、資金調達での手助けやビジネスモデルの資料提供などの支援活動を行う機関を設立し排出権市場を活発化させるよう望みます。
(3)資金調達様式
UNDPは、Millennium Development Goal Fundを設立し、このファンドは,地域社会(コミュニテイー)にベネフィットが期待できる事業の排出権に、市場価格よりもプレミアムをつけて高く価格を設定しています。実際、事業者が一番に直面するのは資金調達の問題です。 世界銀行といった、開発系銀行のCDMファンドでさえ、CDM事業として無利子融資を受ける際には,事業者は有価担保を差し出さなければなりません。
通常の銀行・ファンドから融資を受けようとすれば、資金運用者・受託者の義務(Fiduciary Duty)として、事業のリスクと返済能力について専門家による査定が必要となります。 事業者が上場企業でない場合にはその査定費用の相場は最低でもUS$500,000(2010年3月15日現在で約4530万円)で、調査費用を回収する事業規模を展開するとなれば、投資額はUS$20,000,000(2010年3月15日現在で約18億円)となってしまう。
しかしながら、実際に事業者にとって必要な投資額はUS$1,000,000程度であり、また担保を 確保するにも限界があるのが実状です。
(3)-1.中央政府融資保証制度
インドネシアの地方政府には、アジア開発銀行等から直接融資を受けれるような信用はまだ確立されていません。そこでインドネシア中央政府が、事業資金融資の対象となる事業者を認定する基金を設立し、金融機関に対し中央政府が保証を行う制度が必要であると考えます。
(3)-2.プロジェクト関連リスク保険書発行引受制度(Insurance Policy Underwriters)
アジア開発銀行(ADB)は、2008年にアジア太平洋CDMファンドを設立しました。事業者が抱える、排出権前払金返済リスクを保険でカバーするという、革新的な融資方式です。GIKOKOも,PALEMBANG市の廃棄物処分場でのCDM事業には、この方式によるADBからの融資を受け取る仕組みです。より多くの保険会社もこのような保険制度を作って、事業者に投資・運営資金を提供できるように取り組んで頂きたいと思います。
(3)-3.一般企業の事業参加促進制度
自分たちのもつ技術や商品で、社会企業責任を果たすべくCDMプロジェクトに参加したいと希望する企業は多いと思います。
特に、発展途上国では飲料水・電気・生活衛生に関しての援助を求めているコミュニティーが多々あります。
国連機関(UNDP Global Compact, Growing Sustainable Business)が中心となって、先進国と発展途上国の商工会議所等といった組織を通じて情報交換を促進し、モデルとなるプロジェクトを提案し、スポンサーより資金を集め、CSR(Corporate Social Responsibility, 企業社会責任 )の一環として企業の技術、資材を提携し事業を立ち上げ資料公開を継続して広げて行うなどしていくよう提言したいと思います。
GIKOKOのような、インドネシアで経営する同族経営の中小企業が、直接、世界銀行とADBより融資を受けて官民協同式の事業を立ち上げることができたのは、京都議定書制度が発足したからです。
処分場で働く人は仕事が終われば普通の環境に戻れます、しかしLekok村の人々はの牛と糞と 一緒に暮らしています。解決方法も有ります。
CDMが継続されて、また改善されて、そしてより多くの企業が参画できてプロジェクトが増加していくことを望みます。
ADB website;
http://www.adb.org/Documents/Books/Economics-Climate-Change-SEA/Chapter09.pdf
World Bank websites
http://go.worldbank.org/TURB0BN9Z0
http://go.worldbank.org/YV9GUC4II0
http://go.worldbank.org/NDJ6SR2WA0
Awards Won;
http://www.apfed.net/ki/awards/winners/index.html
http://www.cleanenergy-financing.com/doc/list_of_project_developers.pdf (finalist)
Selected Media articles;
http://www.thejakartapost.com/news/2008/03/04/wb-firm-deal-carbon-trading.html
Published papers;
http://www.iges.or.jp/jp/cp/pdf/Agenda_Policy_Forum.pdf
CoP United States Govt citings
http://cop15.state.gov/documents/organization/133800.pdf
Official company website ; www.gikoko.co.id
2010年3月14日掲載
担当:荻、奥村、金田、釜我、迫田、菅野、高橋、中村、宮口