「国連とビジネス」概論(3)パートナーシップの潮流

井上良子
2013年1月12日

今回は、私が職員(ユヌス&椎木ソーシャルビジネス研究センター:コーディネーター)として在籍する、九州大学の星野裕志教授(経済学研究院・ビジネススクール教授)へのインタビューをとおして私なりに考えたことをまとめてみたいと思います。 星野教授には、以前、「日本におけるBOPビジネスの課題と可能性- 連携によるアプローチの模索」というテーマのもと、第72回 国連フォーラム勉強会(@コロンビア大学)でご講義いただきました(詳細はこちら: http://www.unforum.org/lectures/72.html)。

今回のインタビューにあたっては、国際経営を専門とされる星野教授が「開発途上国への企業のアプローチ方法」を最近の主要な研究テーマの一つとされていらっしゃること、先の勉強会のテーマとの関連性をもたせる観点からも「BOPビジネス」に焦点をあてることも考えたのですが、民間企業でのご経験をお持ちのうえ、現在大学の外でも市民活動や啓発活動など組織をこえて幅広くご活躍の教授には、「概論」にふさわしいより大きな枠組みのなかで「パートナーシップ」をキーワードとしてお話を伺ってきました。

1.連携の背景―

可能性と限界 まず伺ったのは、国際機関と民間セクターとが連携を進める背景についてです。産学連携や企業とNPOの連携など、これまでにもさまざまな連携の動きが見られるなか、なかなか実効性が上がっていないという現状があります。その中で、国際社会においても、国際機関と民間セクターが歩み寄る要因には、どのようなことがあるのでしょうか。 ここでのキーワードは「可能性と限界」です。
すべての組織にはその活動の目指すミッション・目的があり、本来組織単独であらゆる可能性を尽くして目標を達成しようとするわけですが、目標達成を目指す過程でその限界に直面することがあります。

一般に企業は経済的な利益を上げることにより永続的な存在となることを目指す組織ですが、とくに21世紀に入って、大きく2つの側面から「企業の社会的責任(CSR)」が求められるようになったといえます。エンロン事件に代表されるような企業の不祥事を契機とする(1)利害関係者に対する説明責任の側面と、効率的な利益追求を重視する結果としての環境への悪影響や労働・人権問題を契機とする(2)社会的な利益との関わりにおける持続可能性の側面です。純粋に利益だけを追求していては、「ゴーイング・コンサーン」としての企業の永続性に問題が生じるという課題に直面しました。

一方で、世界平和の実現をミッションとする国際機関が目下達成しようとしているミレニアム開発目標(MDGs)においては、2015年の期限が迫るなか、ガバナンスや政策の問題、財政上の問題などの面で期限内での目標達成に限界があることは否めず、もとからその目標の大きさを前提に企業との連携を不可欠とする発想を含んでいました。さらにいえば、現にポスト2015の開発アジェンダでは、先日久木田さんからシリーズで投稿があったように、「包括的なアプローチ」や「トランスフォーマティブな地球レベルのパートナーシップ」などの重要性が提言されています。
企業と国際機関それぞれにおける目標達成の局面で、単独で成しうることの限界に気付き、大きな時代の流れのなかで「連携」をその突破口とする動きが出てきたということです。

さらに星野教授は、企業側の動きは近年活性化している「戦略的提携」という流れの延長線上にも位置づけられるのではないかという点を指摘されました。業種や規模、これまでの関係性を越えた対等な立場での共同事業の推進は、グローバル化した市場で競争力を高めるために重要な戦略とされています。目的達成のために手を組むという考え方は、単独では成しえなかった相乗効果をともなう成長を期待する上で、まさに国際機関と企業間でもあてはまるといえます。

2.中小企業と国際機関

次に疑問として出てきたのは、一口に「民間セクター」といっても小規模企業から多国籍 企業まで規模の違いが存在するところ、国際機関とのパートナーシップの文脈でその違い が意味するところは何か、という点でした。これまでの連携の実例や国連のグローバル・ コンパクトにも見られるように、国際機関と連携できるはほとんど必然的に巨大な多国籍 企業に限られるのでしょうか。

この点、国際的なビジネス展開の経験をもち、グローバルな活動範囲をもつ多国籍企業がパートナーとなることはあっても、高い技術をもちながらも国際経営に関する知識や経験の蓄積がなく、ましてや開発途上国での展開に向けた情報も乏しい中小企業が国際機関と提携して新たな市場に参入することは非常に限られていると星野教授も指摘されました。しかしながら、その非常に稀なケースとして、国連人間居住計画(UN-Habitat)が実施する「環境技術専門家会議」によりマッチングされ実施されたパイロット事業のなかには、優れた技術を有する福岡県の中小企業の参画が含まれています。
最先端のハイテク技術ではなくとも、材料や用法、伝統・慣習など開発途上国の現地の特 性に最大限の配慮をしながら、現場で応用可能な技術を包括的に展開できる中小企業だか らこそ、Win-Winの関係を構築できる可能性があるのかもしれません。
中小企業が実現しうるWin-Winの関係性の構築は、現地の視点に根差し、ニーズベースの 活動を重視するKopernikやSoketなどの組織にも共通する要素だと感じます。

3.効果的な連携の実現―マイナスからのスタート

本来は異なる使命をもったアクターどうしの連携の動きは、今後も加速し拡大することが予想される一方、ミッションの違いに由来する利益に対する考え方の違い、効果の側面における視点の違いなどが阻害要因となり、今後短期間に大規模な連携に繋がることは、現実的にはそう容易ではないだろうと考えます。星野教授に最後に伺ったのは、その実現にとって重要な要素とは何かという点だったのですが、両者の連携を「マイナスからのスタート」と捉え、以下の4点を提言されました。

(1)意識改革と相互理解

お互いのミッションの違いはともすれば、相手に対する不信感を生み、組織の文化的相違を前提としてパートナーシップを組むことを阻む要因にもなるため、各セクターおける意識改革と相互理解が必須になるということ。

(2)現地のニーズや市場に適応した商品やサービスの開発をすること

単に高度な技術や製品が持ち込まれるのではなく、現地の事情に即しながら、製品やサービスの適応化を十分に考慮するということ。

(3)コミュニティに根差した現地展開型のビジネスモデルを構築すること

開発途上国での企業の先行事例からも、製品の「小分けモデル」、小規模店舗や女性の地域に根ざした販売活動などが導入されているように、現地の実情に照らして、適切な展開のモデルが考慮されること。

(4)連携に向けたマッチングの機会・参入のきっかけづくり

適切なパートナーを発見し、理念を共有し、具体的な協働に繋げることが、難しいことでありながら、もっとも重要であること。

これらの連携を実質的に進めるうえで重要なのは、具体的な成功事例をとおして学び合うことではないかと思います。やはりどのような組織も人も、目に見える形で利益が出ることを感じ、自分の立場に落とし込んで理解できないかぎり、いくら理念として素晴らしくても行動には移せないからです。小さな成功が共感と模倣を呼び、新たな展開に繋がることになります。そして、それぞれのセクターがもつ「可能性と限界」を自ら自覚をした上で、それぞれの持つ専門性と強みを活かした連携方法が模索されます。その中で、現地に根ざした製品やサービスの開発と展開の方法が、セクターを越えて検討されることになれば、大きな一歩を踏み出す基盤につながります。そのような連携の可能性をマッチングする橋渡しの役割は、客観的・中立的な立場の大学が果たすべきだという点には、大学に身を置く一人として実感をもって肯けました。