「国連とビジネス」概論(4)ICT(情報通信技術)と開発
今泉沙織
2013年3月9日
(以下は2013年3月9日国連フォーラムMLへの投稿を転載したものです)
「国連とビジネス」チームの幹事、今泉沙織です。国連とビジネスの概論の一つとして今回は「ICTと開発」について記載したいと思います。このテーマは私自身、ITコンサルティング会社で勤務し、大学院で携帯電話を利用した様々な貧困層向けサービスについて学び、その後開発金融機関で、実際に携帯電話を使ったデータ収集調査に携わったり、インターネットアクセスのない貧困層に携帯電話でジョブマッチングサービスを実施する会社について調査したりすることで、関心を深めてきました。
特に対面、紙面で実施していたデータ収集を携帯電話に切り替えることで大幅なコスト削減、調査時間短縮が行われ、回答率向上のインセンティブ作りという課題は残すものの、今後の大きな可能性を感じました。テクノロジー導入後のインパクト調査は途上段階にありますが、途上国での高い携帯電話普及率を考慮すると今後大いに発展可能性がある分野でしょう。今回、個人的な分析による見解になりますが、「国連とビジネス」の一つの切り口として「ICTと開発」について記載し、IT・携帯電話ビジネスに関わっている方に新しい視点や論点を提供し、イノベーションを起こすきっかけ作りに貢献できれば幸いです。
ICTといってもITシステムから携帯電話まで様々ですが、ICTができる主なことは、データ管理・可視化、ITシステム導入による業務の効率化・コスト削減、情報アクセス度の改善、携帯電話のアプリケーションによるサービス提供、SMSによる情報提供および収集で、これらの機能を使い、様々な問題解決が行われています。考える切り口としては大きく3つに分けられるのではないでしょうか。
1.ITシステムを利用した国連組織の運営
まず一つ目の切り口ですが、これは国連フォーラムのインタビューにも載っているように、国連の様々な組織が持つIT部門のことを指します。ここでは民間企業でIT関連のお仕事をされていた方がそのままスキルを転用できる分野でもあり、企業でも利用されているようなERPシステムが国連での人事、財務、デーア管理、業務手続き等 にも利用されています。調達は国連のウェブサイトにて行われており、特定のプロセスに基づいて企業選定が行われています。
2.国連組織によるICTを利用した貧困削減問題および国際問題への取組み
二つ目の切り口は、国連組織自身がICTソリューションを利用し、クライアント政府の問題解決や受益者にサービス提供するというものです。この切り口の中では更に、①ICTと開発に関する規範作りおよび政策対話の促進②政府に対するサービス提供③市民へのサービス提供の3点に分けて考えられます 。
①ICTと開発に関する規範作りおよび政策対話の促進
United Nations Information and Communication Technologies Task Force が2001年にコフィ・アナン氏によって立ち上がり、2005年までに10回、ICTの政策に関する世界会議を行ってきました。当タスクフォースは政府や国際機関に対しデジタルデバイドを解消するための政策提言を行う事を目的とし、Cisco, IBM, Hewlett-PackardなどのトップIT企業および国際NGO、政府、国際機関を交えたメンバーで構成されていましたが、現在はUnited Nations Public Administration Network という新たな組織に再編され、別の形で活動を続けているようです。
②政府に対するサービス提供
この領域では主にITシステムの導入が実施されています。事例としてはe-Governanceによる政府業務の電子化、Management Information System (MIS) 導入による 統計データの整備、政府のアカウンタビリティー改善、データ管理能力の向上、およびデータに基づく政策決定の促進などがあります。また最近ではクラウドソーシング、およびGeographic Information System (GIS)を利用し、 様々なデータを地図上に盛り込み、一目で市民のニーズ把握ができるような プラットフォームが存在し(NGO Ushahidi が2011年ハイチ地震の際に初めて利用) WFPのICT Humanitarian Emergency Platform でも同様のプラットフォームを利用し、緊急人道支援の際に必要な物資を迅速に届けるために活用されています。防災、気候変動の分野では、NASAや研究機関と提携し、衛星写真やデータを使い、災害の早期警戒に役立てたり、洪水情報システムを構築しモニタリングを行ったりしています。
③市民へのサービス提供
ICTの強みの一つは、広範囲・安価に情報提供・収集が実施できる 、ということですが、この強みを生かし、例えばUNICEFのイノベーションチームでは、コソボにて携帯電話のSMSを使い新生児登録サービスを提供したり、市民の声を反映させた政策作りをするためのプラットフォーム提供を行ったり、UNESCOではICTを使った教育を促進するためのプロジェクトやリサーチを実施したりしています。 この分野では様々な国連組織と民間企業・NGOとの連携が見られ、より市民の声に基づいた、市民の生活を向上させる公共サービスの提供が行われるようICT技術が使われています。
3.企業、NGO、社会起業家などによるICTを利用した貧困削減問題および国際問題への取組み
最後の切り口ですが、この分野は 様々な画期的な解決策が出てきています。2010年時点で 59億人が加入していると言われる(ITUの推定による)携帯電話を利用したサービスが特に多く見られ、数々のイノベーションが金融、農業、保健、教育、雇用創出分野等に見られます。例えば:
- 金融:ケニアのM-PESA などが提供する、携帯電話を利用した送金、銀行口座開設、保険加入、 公共料金支払い等の貧困層向けMobile bankingサービス
- 農業:市場価格の把握や流通時の情報交換を容易にし農作物の生産性を向上
- 保健:患者情報の管理、ICTを利用した遠隔治療、病院サービスの向上等
- 教育:教員、生徒の出席率向上のための携帯電話を利用したモニタリング等
- 雇用創出:携帯電話のアプリケーション開発を通した起業家の輩出や、Samasourceが実施しているマイクロワークのように、仕事のタスクの一部をアウトソースすることによる途上国での雇用創出
等次々に画期的なサービスやイノベーションが出現しています。さらにNGOコペルニクのように、ソーラーライト等の適正技術を途上国に提供することで貧困層の生活改善を行う、など情報通信技術に加えて様々な分野の技術も貧困層の生活改善に役立っています。
このように色々な切り口でICTと開発の分野は語る事ができますが、今後の展望としては、途上国での高い携帯電話普及率を見ると、更に携帯電話関連のイノベーションが出現するのではないでしょうか。また国連等との連携で画期的なサービスはスケールアップされ、途上国発先進国向けのイノベーションが現れるのもそう遠くはないかもしれません。ただ、ICTさえあれば何でも解決できるという訳でもなく、ICTは大きな問題を解決するための一部の解決策だということを胸に刻み、テクノロジーありきではなく、実際に問題を理解し状況に応じて適切にICTを利用することが大切だと思います。また新しいICTサービスを試すと同時にその効果を測り、効果があるものは更にどのようにスケールアップできるかについて考え、実行していくことで、ICTが人々の生活向上に真に貢献できるのではないでしょうか。