「国連とビジネス」概論(5)BOPビジネス:企業価値の向上と貧困削減の両立

武藤康平
2013年5月5日

「40 億人が苦しむ貧困の削減に取り組むこと以上に、差し迫った課題はあるのだろうか。多国籍企業は、豊富な技術、能力、資源をもっている。それを、本当に求めている人々のために使わずに、物で溢れている人々に、従来製品のバリエーションを増やして、さらに売りつけようと努力することに、はたして説得力があるのであろうか。」

― (C.K. プラハラッド)

1)最初に

過去50年間、日本の国家予算の4倍に匹敵する約2.5兆ドルという額を、国際社会は貧困撲滅のために費やしてきたといわれている。しかし、その効果は期待されていたほどあがっておらず、従来の援助ベースの貧困削減に限界があるとの議論がなされている。そこで、新たなアプローチとして、ビジネスの観点から貧困削減に取り組む市場ベースアプローチが着目されており、その代表例としてBase of Pyramid (BOP)ビジネスがあげられる。

この市場ベースアプローチによる貧困削減は、最貧困層は自立ができず慈善や公的支援が必要であるという前提で進められてきた伝統的な援助アプローチとは異なり、貧困であることはビジネスや市場プロセスを排除するものではないという認識からスタートしている(国際金融公社 世界資源研究所、2007: 20)。事実、彼らを対象にしたビジネスの成功例が世界中で多く出始めており、これらの成功例は、NPOや企業の社会的責任(CSR)活動といった慈善活動もしくは非営利のものではなく、本業によってビジネスと貧困問題の改善を両立するものである。貧困問題への継続的なアプローチという観点からも、企業活動との連携によるニーズ充足への期待が、開発分野の人々から高まっている。この概論を通して、様々な分野で活躍される方々の意見を取り込み、アイデアを共有し、一緒にビジネスセクターの新たな方向性を見出せればと思う。

2)BOPとは  

BOP とは、「Base of the Pyramid」または「Bottom of the Pyramid」[1] の略で、所得別人口構成のピラミッドの底辺層である貧困層を指す(図1)。ここで言う貧困層とは、便宜上、国際金融公社(IFC)の定義を用い、年間所得 3,000 ドル未満の収入で生活している約40億人の人々を指すこととする。もちろん実際には、この約40億人もの貧困層は一枚岩ではなく、国、言語、習慣、宗教等の文化的側面で異なる上、都心・田舎居住、識字レベル、収入レベル等の多くの点で異なるため、一概に年間所得3,000ドル以下をBOP層と定義し同一のアプローチを取るには限界がある。以上の理由から、「The Fortune at the Bottom of the Pyramid」の著者であるPrahalad氏が、普遍的なBOPの定義が無い事を指摘しているように、各々の企業や組織が、現状と目的に応じてBOPの定義を調整することが現場では必須となる。

*1 世界人口の約72%
*2 日本の実質国内総生産に相当
出所:「THE NEXT 4 BILLION(2007) World Resource Institute, International Finance Corporation」」より
経済産業省作成 筆者抜粋
図 1 世界の所得ピラミッド

3)BOPビジネスとは

BOP層は、世界人口の約7割相当を構成しており、市場規模は約5兆ドルに上ると言われる。このような事実を背景に、BOP層を適切な経済システムに呼び込む事で、民間企業の収益増加とBOPペナルティ(貧困層が陥っている貧困の罠、下記参照)の解決を同時に実現しようとする考え方が台頭してきた。これがBOPビジネスの基本的なアイデアである。

企業にとってのBOPビジネスの主な目的は、BOPペナルティの解消に、企業が本業の一環として関わり、その過程において企業価値の拡大と社会問題解決を両立することである。そのため、時には同じ社会問題にアプローチする開発援助機関やNGO/NPOと連携し、時には政府系機関から資金援助を受け、両者がシナジー効果を狙いながら、社会問題の解決をビジネスの観点からアプローチするケースもある。このようにBOPビジネスは、慈善事業ではなく、持続可能性のある本業のビジネスである点において、CSRや公的開発援助(ODA)等とは異なる。このBOP ビジネスの潮流をくみとり、日本企業がBOP市場へ参入することを後押しする公的な取り組みも日本国内では行われている。例えば経済産業省はBOPビジネス支援センターやBOPビジネス政策研究会を設置して、企業に情報提供やアドバイスを行っており、国際協力機構(JICA)はBOPビジネス連携促進の一環として5000万円を上限とした協力準備調査を行っている。

BOPビジネスの他に、ソーシャルビジネス、インクルーシブビジネス、Creating Shared Value (CSV)、BOP1.0やBOP2.0といった一部新たな概念も生まれており、是非「国連とビジネス」の場で、各概念の分類について多方面で活躍される皆様と意見交換及び議論ができればと思う。

4)BOPペナルティとは

BOPビジネスの目的の一つとなるのがBOPペナルティ解消である。BOPペナルティは、「貧しいがゆえの不利益」と訳され、高いコスト、低いサービス、アクセスの欠如によってさらに貧しくなるといった負の連鎖の原因であるとされている。多くの場合、貧困層は十分な情報を得ることができず、また市場も存在しないがために、追加的なコストを余儀なくされる。このコストこそがBOPペナルティである。例えば、世界的に中所得世帯はBOP層の約7倍の水道水へのアクセスがあり、また24%のBOP世帯が電気へのアクセスがない一方で、中間所得世帯は約1%となっている。支出の面でも同様に、BOP層は中間所得層が支払うコストの数倍上を払って水道水や電気を手に入れている 。例えば、インドの富裕層地域であるウォーデンロード地区では1リットルの水を約0.03ドルで手に入れている一方で、貧困地域であるダラビ地区では37倍の1.12ドルを支払っている(Prahalad and Hammond, 2002:52)(表1)。そのため、貧困層は貧困から抜け出しにくく、富裕層はさらに富むというサイクルが生じているのである。

表1  インドのBOPペナルティ

項目ダラビ地区
(貧困街)
ウォーデンロード地区
(富裕層地域)
貧困による追加コスト
金利600-1000%12%-18%53倍
水道水1.12USD0.03USD37倍
1分間の電話0.04-0.05USD0.025USD1.8倍
下痢止め薬20USD2USD10倍
1キロの米0.28USD0.24USD1.2倍
出所:Prahalad and Hammond (2002:52)から筆者作成

5)BOP市場  

BOPの基本的な概念とBOPビジネスについて説明したところで、次にBOPを市場として概観する。まず切り口として地域別、産業別に市場規模を考察すると、地域や産業によってBOP市場の規模は様々であることがわかる。市場規模を地域別にみると中東を含むアジアの市場が最大で、約3兆4700億ドルの規模があり、アフリカ、中南米、東欧の3地域の規模は同様である。また、BOP層は一枚岩ではなく、BOP層の中でも所得区分の傾向が国や地域によって大きく異なることがこの表から考察できる(表2)。

表2 地域別BOP市場分析

BOP市場(所得区分別)[2]市場詳細
地域: 全体
市場規模: 下位集中市場
市場規模: 5兆ドル
BOP人口:50億人
地域:アフリカ
市場タイプ:下位集中市場
市場規模:4,290億ドル
BOP人口:4億8600万人
BOPの購買力は地域全体の71%を占める。人口の95%がBOP層で、同地域の消費市場を独占。南アフリカのBOP人口が全体の75%、市場規模は約440億ドル。エチオピアが840億ドル、ナイジェリアが740億ドル[3] 。
地域:東欧
市場タイプ:上位集中市場
市場規模:4,580億ドル
BOP人口:2億5400万人
BOPの購買力は地域全体の64%を占める。域内最大のBOP市場はロシアで、8600万人が1640億ドルの市場を形成[4] 。ラテンアメリカ同様に、典型的な上位集中市場。
地域:中南米
市場タイプ:上位集中市場
市場規模:5,090億ドル
BOP人口:3,600万人
BOPの購買力は地域全体の28%を占める。BOP人口は全対人口の70%を構成する。ブラジルとメキシコではBOPが75%を占め、それぞれ1720億ドル、1050億ドルの市場を形成[5] 。
地域:アジア(中東を含む)
市場タイプ:下位集中市場
市場規模:3兆4700億ドル
BOP人口:28億6000万人
BOPの購買力は地域内の42%を占める。アジアのBOP層は世界全体のBOP層の83%を占める。特徴的なのが、農村部でのBOP層が厚く、中国の農村部では世帯所得全体の76%を、インド及びインドネシアの農村部では事実上100%近くを占める[6] 。
出所:World Research Institute より一部筆者作成・抜粋

次にBOP市場全体を産業別に見ると、ほとんどの産業が中規模であり、食品産業が圧倒的に大きな市場を形成していることが分かる(表3)。また、都市部と農村部の特徴として、各産業の所在地は、すべての産業において圧倒的に都市部に支配されており、運輸とエネルギーに関しては、アジアでは農村部が占めており、さらに食品及び保健医療に関しては、アフリカとアジアでは農村部が占めている。一方で、それ以外の地域において、ほとんどの産業は都市部が占めているのが現状である。このように、BOP層の購買傾向も地域や分野によって異なる。

表3 産業別BOP市場規模

産業産業規模
水資源産業200億ドル
テクノロジー産業510億ドル
ヘルスケア産業1,580億ドル
エネルギー産業4,330億ドル
食品産業2.89億ドル
出所:IFC「The Next 4 Billion(2007)」から筆者作成

ただし、一般的な市場統計にはBOP層の実態が反映されていないことも十分に考慮する必要がある。ILOの推計によると途上国の約70%の労働者が非正規のビジネスに従事しており、BOP層を含む多くの人々は自営業もしくは合法に登録されていない組織の下で働いているケースが多い。このような要素は、成熟市場ではなおざりにできるレベルかもしれないが、BOP市場では上述のような前提を考慮したうえでビジネス戦略を立てなければならない。何故なれば、非合法のビジネスがGDPに占める割合は、アジアで30%、東欧で43%、アフリカ、中南米では43%と無視できない程のインパクトを経済および市場に与えているからであり(Schneider,2002)、同時に、BOP層の収入源である非正規又は非合法な営利活動は、一般的なマクロ経済指標には正確に反映されていないからである。成熟市場における常識や分析手法を前提としたビジネスモデルが通じにくいのもBOP市場の特徴である。BOP層の実態を反映したより有用なデータとして、例えばIFCが行った世帯調査がある。実際にどのように企業がBOP市場に参入しているのかについては、今後の各論のテーマの一つとして残しておくことにする。

6)最後に

あらゆるモノで溢れ飽和状態にある先進国市場で、目の肥えた消費者を飽きあせないためにリソースを割くことでイノベーションが生まれ、結果として貧困層もその利益を享受できるという意見がある一方で、それならば企業は貧困から抜け出すための手段を必要としている約40億人の需要を満たすために、直接資源を投入しイノベーションを生むべきとの意見もある。本概論で示したように、BOPの市場規模は約40億人、5兆ドルと大変大きく、その多くの国では長期的な経済成長が十分に見込められることを考慮すると潜在市場価値は計り知れない。さらにBOPビジネスは、高い独創性を必要とする環境であり、そこで生まれる技術、コストマネージメント、そしてデザイン等におけるイノベーションは、先進国でも応用可能であるケースが多く、企業価値の向上に大きく貢献するものである。一方で、業界もしくはプロダクトによっては、必ずしもBOP市場が魅力的な市場であるとは限らない。詳細は各論に譲るとして、実際に企業がBOPビジネスを始めるにあたって採算がとれない場合があるため、CSRを投資と捉え、CSRから徐々にBoPビジネスに移行するというようなアプローチをとっている企業もある。