「国連とビジネス」概論(6)CSRとCSV ~持続可能な発展に貢献する企業活動について~
前川昭平
2013年8月31日
私は自分自身がビジネスに携わる中で、一つの事業がバリューチェーンのあらゆる部分で社会に対して様々な影響を与えていることを日々感じて参りました。その経験もあり、概論(1)「さまざまな切り口」において田瀬さんが触れられている通り、企業の社会的責任(以下、CSR)とは本来企業の寄付活動や環境保全活動だけを意味するものではなく、基本的には各企業が本業とするビジネスのプロセスと結果が社会に与えるネガティブな影響を抑えること、またその上で出来るだけポジティブな影響も増やしていくことだろうと考えています。今回の概論ではCSRにまつわる概念を私なりに整理し、最近注目を集めているCSVとCSRの関係や、責任ある企業行動を促進するために国連が果たせる役割や実際に国連が主導・参画しているプロジェクトについても見ていきたいと思います。
1.企業の社会的責任 (Corporate Social Responsibility)
冒頭で述べた通り、CSRは本業に関係のない慈善活動などのことだと捉えられがちです。しかしCSRの本来の定義は別の所にあり、様々な有識者や機関がその定義付けを行っています。以下にいくつかの例を示します:
- 早稲田大学商学学術院商学部 谷本寛治教授
- 「経営活動のプロセスに社会的公正性や倫理性、環境や人権への配慮等を組み込み、ステイクホルダーに対してアカウンタビリティを果たしていくこと」
- 【参考情報】「CSR 企業と社会を考える」(谷本寛治、2006年)
- 米国NGO Business for Social Responsibility (BSR)
- “Achieving commercial success in ways that honor ethical values and respect people, communities, and the natural environment.” (倫理的価値を敬い、人・地域社会・自然環境を尊重する方法で商業的成功を達成すること)
- “Business Brief: Intangibles and CSR” http://bsr.org/reports/BSR_AW_Intangibles-CSR.pdf(Business for Socially Responsible、2006年)※和訳は筆者
- 欧州連合(European Union)の欧州委員会(The European Commission)
- "The responsibility of enterprises for their impacts on society” (社会に与える影響に対する企業の責任)
- ”A renewed EU strategy 2011-14 for Corporate Social Responsibility” http://ec.europa.eu/enterprise/policies/sustainable-business/files/csr/new-csr/act_en.pdf(The European Commission、2011年)※和訳はいずれも筆者
まず、最初の2つの定義を並べると、概ね「経営活動のプロセスや事業運営」において、「倫理、社会、環境など」を考慮することをCSRとしていることが分かります。この「経営活動のプロセスや事業運営」においてとされる点は、CSRが主に本業を通じて実践される必要があるということを示唆しており、本業と必ずしも関係のない寄付や慈善活動を行うだけではCSRを実践しているとは言い切れないことが伺えます。これに関連して、2つ目の定義において商業的成功の達成が指摘されている点は、しっかりと利益を上げることも企業の責任であるという認識が反映されています。また「倫理、社会、環境など」を考慮することを求めている点はCSRが持続可能な発展の為に企業が果たさなければならない責任であることに由来します。持続可能な発展において、企業はトリプルボトムラインと呼ばれる、経済、環境、社会の3つの側面を考慮して事業を運営することが求められるとされており、社会的責任の重要性が指摘される背景には、企業がこのトリプルボトムラインにおける環境面や社会面を深く考慮すること無く、経済面に偏った視点で経営を行ってきた経緯があります。3つ目の通り欧州委員会が設定するCSRの定義は、まさしく企業が自社の事業が社会に与える影響をあらゆる側面から考慮して事業活動を行う必要性を指摘していると見ることができます。
またトリプルボトムラインと併せて重要な概念が、谷本教授の定義でも示されているステークホルダー (利害関係者:環境については、多くの場合政府やNGOなどが環境の立場を代弁するステークホルダーとなっている。後述する通り、国連は環境や強い声を持たない途上国や貧困層の利害の代弁者の役割を担うことが出来ると考えられる。)の概念です。CSRの達成の為に企業はトリプルボトムラインの経済面、環境面、社会面のそれぞれに存在する様々なステークホルダーに目を向けることが必要になります。ステークホルダーの重要性は、CSRの具体的な対応を考える上で多くの企業や組織が取り入れている国際標準化機構のISO26000 5でも強調されています。
ISO26000(ISO 26000 – Social responsibility http://www.iso.org/iso/home/standards/iso26000.htm)は ”社会的責任とは何かということと、社会的に責任のある方法で運営するために組織が行うことは何かということに関する世界的な共通理解を抽出” (“Discovering ISO 26000” (財)日本規格協 http://iso26000.jsa.or.jp/_files/info/pm/discovering_ISO_26000.pdf)したものであり、7つの中核主題として、「組織統治」「人権」「労働慣行」「環境」「公正な事業慣行」「消費者課題」「コミュニティへの参画及びコミュニティの発展」を掲げ、それぞれの主題に関連する課題とそれに対して企業がとるべき行動を提示しています。そして”社会的責任の認識”と”ステークホルダーの特定及びステークホルダーエンゲージメント”がそれらの行動の前提となるとしています。
これまでの点を整理すると、CSRの実践とは社会に対して良いことをするというような漠然としたものではなく、自社の事業運営において自社を取り巻くステークホルダーの要請に応える責任をまっとうすることであると言えます。同時に、事業内容や対象地域によってステークホルダーは異なり、また時代によって具体的な要請内容も変化する可能性があるため、CSRには一つの正解がありません。そのため、ISO26000が”ステークホルダーエンゲージメント”をCSRの前提だとしている通り、自社にどのようなステークホルダーが存在するかを確認し、それらのステークホルダーとの対話を通じて彼らの要請に基づいて事業のあり方を改善していくこと、またそれが継続的に実行される環境を整えることが重要であり、それ故にCSRはCSRを追求するプロセスそのものでもあるとも言えます。
2.共通価値の創造(Creating Shared Value)
前述の通り、CSRにおいて企業はこれまで考慮して来なかった側面に積極的に対応していくことを求められているため、企業はCSRの実践において基本的にはある程度追加的なコストを負担することになります。そこで、CSRへの取り組みをコストとして負担するだけでなく、企業の競争力向上に結びつけようとする考え方が出てくるようになりました。そういった考え方の延長としてハーバード・ビジネススクールのマイケル・ポーター教授が2011年に発表したのが、日本語で「共通価値の創造」などと訳される”Creating Shared Value” (以下、CSV)という概念です。ここではCSVの考え方を整理し、CSRとの関係を見てみたいと思います。
ポーター教授によるとCSVとは以下のことを指します: ”Policies and operating practices that enhance the competitiveness of a company while simultaneously advancing the economic and social conditions in the communities in which it operates.” 「企業が事業を営む地域社会の経済条件や社会状況を改善しながら、みずからの競争力を高める方針とその実行」(ARTICLE PREVIEW Creating Shared Value http://hbr.org/2011/01/the-big-idea-creating-shared-value/:日本語訳はHBR日本語版より引用)ポーター教授によるとCSVを達成する方法は以下3つであり、それぞれが互いに影響を与え合って好循環を生むことが期待されています:
- Reconceiving products and markets (製品と市場を見直す:環境性能の高い商品や消費者の安全性を考慮した商品の開発、またそれらの商品が好まれる市場の開拓など)
- Redefining productivity in the value chain (バリューチェーンの生産性を再定義する:資源使用量の削減、製造行程やロジスティクスのエネルギー効率改善、地産地消の促進、雇用条件改善など)
- Building supportive industry clusters at the company’s locations (ビジネスを営む地域に産業クラスターを開発する:現地のインフラ改善、人材開発支援、現地サプライヤーの指導など)
ポーター教授は2006年に発表した論文 “Strategy and Society”(Harvard Business Review 2006年12月号)において、従来のCSRが外圧に基づいており、また自社事業の戦略と関係の浅い慈善活動等に終始したものである点を指摘しています。そして続く論文 “Creating Shared Value”(Harvard Business Review 2011年2月号)においてCSVの必要性を説き、前述の本業との関係の薄いCSRの実態を前提にCSRとCSVの違いを指摘しています(「CSRの呪縛から脱却し、社会と共存できる価値の創出を」 日経ビジネスオンライン 2011年5月 http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110516/219999/?rt=nocnt)。しかし、ポーター教授の指摘している本業との関係の薄い受動的なCSRは、事業のあり方を改善する本来のCSRの在り方を示していないように思います。このため、CSRとCSVの違いは整理し直す必要があると思われます。
本来のCSR活動がステークホルダーの要請に基づいて事業のあり方を改善していく経営活動であり、それが自社の競争力に結びつくか否かに関係なく企業が取り組むべきものを指しているのに対し、CSVはshared valueを作り出すことを目的としており、つまりはコミュニティの経済的且つ社会的な便益と自社の競争力向上の両方を達成することを目的としています。よって両者は確かに異なり、最大の違いは企業の競争力強化に繋がっていることを求めるかどうかにあると言えます。また、社会によりポジティブな影響を与えることを目指す点で、CSVはCSRよりも積極的であると言えます。
これらの点を前提として、現在CSVの受け取られ方は二つに分かれているように感じられます。一つは、あくまでCSVは事業戦略であり、CSRとは全く異なるものであるという認識に立つ向きです。恐らくこちらがポーター教授の意味するところだろうと思います。この解釈に立つ場合、CSVを実行して行く上でもCSRを常に意識する必要があることになります。もう一つの捉え方は事業を営む地域(=環境面、社会面のステークホルダー)の便益を考慮するという面で、CSVは本質的にCSRの本来の考え方と重なるとする考え方です。つまりCSVは直接的なビジネス上の利益をしっかり考慮したCSR活動であると捉える向きであり、これが良く「CSRからCSVへ」などと言われるシフトの根底にある認識だと思われます。またいずれの場合も、CSVが自社競争力だけでなく事業を営む地域の経済的且つ社会的な状況改善をも目的とする以上、その状況改善の成果を判断するのはCSRと同様にやはりステークホルダーの側であり、CSVにおいても結局のところ企業はステークホルダーとの継続的な対話を行う必要があると考えられます。
これらの点を考えると、CSVの考え方に基づいて責任ある企業行動をとっていくためには、CSRをまっとうするべくステークホルダーエンゲージメント(利害関係者との対話、また対話に基づく事業改善などの対応)を実践し、本業のあり方を改善した上で(もしくは実践・改善しながら)、CSVを目指していくという考え方が必要になるのだろうと思います。既に多くの企業がCSVの考え方を取り入れており、従来のCSR報告書内でCSV活動について言及したり、報告書の名前自体をCSV報告書に変更したりしている企業も出始めています。どの様な形であれ、多くの企業がCSR活動をただのコストとしてではなく、それを自社競争力につなげ、より持続可能な形で責任ある企業活動を行えるようになればと思います。
3.CSR促進における国連の役割
ここまで見てきた通り、CSRとCSVいずれの場合も企業はステークホルダーの声をしっかりと拾う必要があります。逆に言えば企業を持続可能な社会発展の原動力とする為に、社会としても企業がステークホルダーの要請に耳を傾けるようにするシステムを持つことが重要です。そして、現在のグローバル経済においては、一部の国や地域だけに適用されるシステムでは大きな効果は期待することができず、常にグローバルな競争環境を整備することが必要であり、国連はその点において重要な役割を担うことが出来ると考えられます。
例えば国連が主導するグローバル・コンパクト(以下、GC:United Nations Global Compact www.unglobalcompact.org) は、そのグローバルなシステムを構築する試みの一つです。GCは企業活動を国連のミレニアム開発目標(MDGs)達成に結びつけるために、加盟企業が遵守すべき10の原則(国連グローバル・コンパクトの10原則 (グローバル・コンパクト・ジャパン・ネットワーク)http://www.ungcjn.org/gc/principles/index.html)を設定しています。10の原則は、「人権」(原則1~2)、「労働」(原則3~6)、「環境」(原則7~9)、「腐敗防止」(原則10)の4つのカテゴリーからなり、環境面及び社会面のステークホルダーに対して企業が守るべき原則を示したものと捉えることができます。 またGCは、どのような形で10原則を遵守・実践したかを報告するCommunication on Progress(COP)を毎年提出するよう加盟企業に義務づけており、提出されたCOPはウェブサイト上で公開されます。これにより、GCは企業がしっかりとステークホルダーの要求に応えているか、独善的な企業活動を行っていないかを確認するプラットフォームとなっていると言えます。
また国連は社会的責任投資も積極的に支援・促進しようしています。社会的責任投資とは財務面だけでなく企業が社会や環境に与えている影響も考慮した投資であり、投資家の立場から企業に対してCSRに取り組むインセンティブを与える可能性を持っています。国連が関わっている例としては以下のようなプロジェクトがあります:
- 国連環境計画(UNEP)やGCが支援し、社会的責任投資の原則を示す責任投資原則(Principle for Responsible Investment)
- Principles for Responsible Investment h (http://www.unpri.org)
- UNEPやGC等が支援し、企業のCSR活動報告書と財務報告書の統合方法の国際標準を作成しているGlobal Reporting Initiative
- Global Reporting Initiative(http://www.globalreporting.org)
- 国連貿易開発会議(UNCTAD)やUNEPを中心とした国連諸機関によって始められたイニシアチブで、各国の証券取引所が投資家、政府、企業と協力して責任ある企業活動促進を支援するSustainable Stock Exchanges Initiative
- Sustainable Stock Exchanges Initiative(http://www.sseinitiative.org)
これらはまさしくCSRを促進するためのシステム作りに、社会的責任投資を通じて国連が積極的に関わっている事例です。社会的責任投資については、国連フォーラム内の「私の提言」にて、大和総研の河口さんが詳細な説明をして下さっていますが、また改めて詳しく触れられればと思います。
また概論(5)「BOPとビジネス」にて武藤さんが述べられている通り、数年前よりBOP(Base of Pyramid)ビジネスのポテンシャルに世界中の企業が注目しています。一方で、BOPビジネスに取り組む=CSR活動を行っていると見る向きもありますが、これは必ずしも正しくないのではないかと思います。BOP層向けにビジネスを行っているだけでは、真にBOP層の経済的且つ社会的な状況改善に貢献しているとは限らないからです。ここでもやはり、企業はステークホルダーとしてのBOP層と継続的に対話することが必要となります。BOP層などは声を持たないステークホルダーとも言え、それらのステークホルダーの代弁者となったり、その声がビジネスに届く様にする対話や議論の場を積極的に設定したりすることも、国連が担うべき重要な役割だろうと思います。
2012年6月に開催されたRio+20, United Nations Conference on Sustainable Development 「国連持続可能な開発会議(リオ+20)」(RIO+20 United Nations Conference on Sustainable Development http://www.uncsd2012.org/)で改めて明らかになったのは、主権国家同士、特に先進国と途上国の間の溝が深く、政府レベルでのグローバルな協調政策をとることが難しくなっていること、また民間レベルでは各種のコミットメントや合意がグローバル・コンパクト等の主導の下に行われており、途上国の開発や国際社会の抱える様々な社会問題の解決において、インパクトとスピードの両方で民間企業の重要性が増しているということでした。このような状況において、持続可能な社会発展のため、国連は今後も民間企業との連携を深めていくことが考えられます。引き続き国連と民間企業が国際社会の抱える様々な問題に協力して取り組んでいくことを期待したいと思います。