第42回 馬渕 俊介さん 世界銀行 シニアヘルススペシャリスト エボラ、ポリオ対策に学ぶ ー途上国の保健医療システムにマネジメント改革をー

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プロフィール

馬渕 俊介さん(まぶち しゅんすけ)さん

世界銀行シニアヘルススペシャリスト。国際協力機構(JICA)、エチオピア財務省、UNDPインドネシア、マッキンゼー・アンド・カンパニー日本、南アフリカ支社を経て世界銀行入行。世界銀行のエボラ熱緊急対策と復興支援(ギニア、リベリア、シエラレオネ)、リベリアの保健医療協力、ナイジェリアのポリオ撲滅支援プロジェクトなどのチームリーダーを務める。東京大学教養学部卒業(文化人類学)。ハーバードケネディ行政大学院にて公共政策修士(学長賞)、ジョンズホプキンス大学にて公衆衛生修士(上位5% ソマー奨学生、Student Recognition Award)取得。ジョンズホプキンス大学博士課程在籍中。

1.はじめに

私のグローバルへルスとの関わりは、マッキンゼー南アフリカオフィスの経営コンサルタントとして、ビル・ゲイツ財団の仕事を受け持ったとき、彼らから課された、「途上国の保健医療の問題はマネジメントの問題だが、誰も何をすればいいのかわかっていない。何をするべきか教えてくれないか?」という壮大な問いから始まりました。その後、世界銀行のチームリーダーとして、ナイジェリアの保健医療システムの改革とポリオ撲滅活動、2014-15年の西アフリカのエボラ熱対策とその後の復興に心血を注ぐ中で、この問いは常に自分の中心にありました。今年は日本がリードするG7伊勢志摩サミット、TICAD VIにおいて、エボラ熱のような公衆衛生危機の予防と対応、そして平時の保健医療システムの強化に向けたグローバルな仕組みの構築に関する議論が進められます。グローバルな仕組みは途上国各国の改革を後押しするものです。そのため、有効な仕組みを作るには、途上国の保健医療システムの課題を正しく認識した上で、各国でどのような仕組みができれば保健医療システムが機能しやすくなるかを明確化する必要があります。「私の提言」でいただいたこの機会に、若輩かつ経験不足ながら、途上国の保健医療システムの強化とその支援のあり方について、エボラやポリオ対策などからの学びをもとに、現時点での考えをまとめたいと思います。理解不足や誤解、考えの偏りなどご容赦いただき、グローバルヘルス、あるいは別セクターの似たような課題の解決に向けた、何らかの考えの糧になる内容を見出していただけると、何よりの喜びです。なお、この提言は私の個人的なものであり、所属する組織の考えを代表するものではありません。

2.途上国の保健医療システムの本当の課題

途上国の保健医療システムの課題は、多くの場合、保健医療システムを構成する機能に沿って分析、説明されています。リーダーシップ・ガバナンス、資金の調達・管理・活用、保健医療人材、医療品や技術、情報システム、サービスデリバリーなど、保健医療システムを機能に分けて分析するアプローチは、非常に多くの国で、保健医療サービス提供の仕組みを診断する際に利用されています。しかし、この枠組みに基づいた分析が導くのは、多くの場合、「全て足りないので、ギャップを埋めるために多大の資金が必要」という結論です。この結論は、うまく機能していないシステムの結果として導かれる機能不全を指摘しているだけで、有用な解決策を導きません。

リベリアの病院の様子

例えば、ナイジェリアは、アフリカ一の経済規模を誇り、アフリカの中では保健医療従事者数が比較的潤沢でありながら、保健医療サービスは過去10年間ほとんど改善されませんでした。世界銀行は私が入る前のプロジェクトで、ヘルスセンターの薬や機器、施設のギャップを大量の資金で埋めていくアプローチを取っていましたが、目に見える結果が出せませんでした。そこで保健医療システムの意思決定の構造や資金の流れ、責任の所在などを分析した結果、分権化の混乱で誰が何に責任(アカウンタビリティ)を持っているのかはっきりせず、結果責任を問う仕組みがないために、(1)求められる機能を果たして結果を出す動機付けがどのレベルにもないこと、そして(2)一番顧客に近いヘルスセンターに、改善に向けた資金、権限、責任が与えられていないことが、本当の課題として浮かび上がりました。また、ヘルスセンターへのインタビューから、援助機関や政府のプログラムが調整なく不定期的に入り、その瞬間は無料の薬が手に入るなど助けになるものの、コミュニティの期待値を上げて撤退し、結果的に利用者のヘルスセンターへの不信を高めている状況も明らかになりました。これらは過度の一般化はできないものの、他の多くの途上国の保健医療システムに当てはまる根源的な課題のように思います。程度はまったく異なりますが、私が経営コンサルタントとして改善に従事した多くの民間企業のオペレーションやサービスも、似たような課題を抱えていました。

3.未曾有のエボラ危機対応と、ポリオ撲滅活動に見る、機能するマネジメントシステム

エボラ危機対応は、対策の遅れによる感染の急拡大が最大の反省点・教訓ですが、本格的な対策が始まってからの政府、援助機関、民間組織が一丸となった活動は、平時の保健医療システム強化に向けた教訓を多く含んだ、示唆に富むものでした。また2年近くに亘り感染ゼロを実現し「根絶宣言」にあと一歩に迫っているナイジェリアでのポリオ撲滅活動では、グローバルなポリオ撲滅イニシアティブの支援と、ビル・ゲイツ財団の強力なサポートにより、多くの大胆なアプローチが採用されました。

(1)「待ったなし」のリーダー選出と組織やセクター、官民の枠組みを越えたOne Teamの結成

感染者28,000人超、死者11,000人超を記録し、リベリアのサーリフ大統領が「我々は全員死ぬかと思った」と語った未曾有のエボラ危機に直面したギニア、シエラレオネ、リベリア3国の大統領は、いずれも大胆な人選に乗り出しました。リベリアは当時保健大臣から2つ下のポジションだったトルバート・ニェンスワ氏を国のエボラ対策のトップに押し上げ、彼を中心に全ての対策オペレーションを回しました。彼は私の大学院の友人であり、私と同年代です。シエラレオネでは、コロマ大統領がアメリカに移住していたスティーブ・ガオジャ氏を一本釣りで呼び戻し、国家エボラ対策センターのオペレーション責任者(COO)として、対策の指揮を委ねました。ギニアのコンデ大統領は、保健省のディレクターだった有能な専門家二人にエボラ対策をリードさせました。各国のリーダーが、リーダーシップを取れる若手を抜擢して国家危機対策の全権を委ね、保健省の意思決定ラインから独立した対策チームを作って、チームを政治的なプロセスから守り続けたのです。そのリーダー達の下で、援助機関やNGOも、長らくNGOで緊急支援に従事している友人が「かつてない」と驚くほどの一体感でまとまりました。シエラレオネでは、毎日午後4時半に国家エボラ対策センターのチームや保健省、軍隊、援助機関を含めた全関係者が「シチュエーションルーム」に集まり、最新の状況を共有、議論して緊急の方針を決定しました。それと別に、課題ごとに政府と開発パートナーの合同チェアによる課題チームを立ち上げ、各課題にOne Teamとして対処しました。このシステムにより、政府の活動と各開発パートナー、民間セクターの支援がひとつにまとまり、迅速な意思決定と活動の実施が可能になりました。

(2)全プロセスの「見える化」と徹底した責任の明確化

エボラ対策でも同様のアプローチがとられましたが、ナイジェリアのポリオ撲滅活動で採用された数々のアプローチは、徹底したオペレーションの「見える化」に支えられました。首都とポリオ感染州に設けられた緊急オペレーションセンターでは、予防接種キャンペーンごとに各家庭のカバー率のデータが携帯タブレットによる報告を通じてリアルタイムでまとめられ、感染源の地区については、地方政府エリア、その下の行政区、コミュニティのレベルまで色分けされたグラフで分析され、そのデータをもとに、その地区の宗教、コミュニティリーダーと対策が議論・決定されました。また、予防接種チームごとのデータも分析され、パフォーマンスに応じてチームへの報償やチームの再編も機動的に行われました。GPS(全地球測位システム)を活用してチームの動きを追跡することにより、チームが報告した予防接種のデータが実際に正しいか(チームが本当にその家庭を訪問したかどうか)まで分析されました。

ナイジェリアのプロジェクトでヘルスセンター自身が開発した、分野ごとの品質スコアを「見える化」したモニタリングシート

(3)組織、セクター、官民を越えたチームによる問題解決

エボラ、ポリオ対策で共通していたのが、組織の垣根をなくした多セクターチームによる問題解決でした。エボラ対策は、検査、治療、埋葬作業など感染による命のリスクを冒した活動が必要になるため、エボラ対策ワーカーや病院スタッフは、そのリスクに見合った補填金の支払いを要求し、ストライキや暴動のリスクと常に向かい合わせの状況で行われました。

世界銀行がリスク補填金の支払いを3カ国で支援しましたが、大混乱で信頼できるデータが何もない状況で、シエラレオネの2万人を超えるエボラ対策、医療従事スタッフへの毎月の支払いを遅れなく、また汚職や間違いのリスクを最小限に抑えて行う作業は、困難を極めました。各地方で一人ひとりの確認作業と支払いを進めながら必要な個人データをとり、瞬時にデータベース化して、IDをその場で発行、携帯電話を通じた支払いや銀行口座の開設を進めるために、政府の監査役と汚職対策官、IT企業、テレコム業者、銀行スタッフ、会計コンサルティングファーム、そして国家エボラ対策センターと国連開発計画(UNDP)のチームに全国を回ってもらい、1ヶ月で7割を携帯電話によるテレコム業者を通じた支払いに移行させ、その後ほぼ全員が銀行振り込みによる安定した支払いに移行しました。またリスクに応じた支払額と支払いプロセスを早急に決めるために、世界銀行の責任者である私が政策文書をスクリーンに映して、エボラ対策ワーカーと日々働いている国境なき医師団などのNGOや保健省、国家エボラ対策センター、国連エボラ対策ミッション、イギリス開発庁のスタッフなどと一緒にリアルタイムで政策の策定と承認を行いました。特に民間企業との連携は、保健医療システムの課題解決に向けた民間の技術やプラットフォームの大きな可能性とスピードを再認識する機会になりました。

4.提言:強靭な保健医療システムの屋台骨づくりへ向けて、マネジメント改革を

エボラやポリオの対策は、各レベルの責任の所在(アカウンタビリティ)の明確化、適材適所の人材配置、組織やセクター、官民の枠組みを越えたOne Teamによるプログラムの実施と問題解決を通じて、「強靭な保健医療システムの構築」に向けた根源的な課題をダイナミックに解決したことが結果につながっています。一方で、エボラ対策は未曾有の危機という圧倒的なプレッシャー、ポリオ撲滅活動はビル・ゲイツ財団やグローバル・イニシアティブによる強力なサポートが、ダイナミックなアプローチを可能にした大きな要因の一つと言えます。また、両者とも一つの病気の対策に注力したもので、対策は保健医療サービス全般を扱うものよりはるかにシンプルで、一時的なものも多く含みます。

シエラレオネのエボラ流行時、死亡した新生児のサンプル採取のために防護服を着用する様子。Photo © Dominic Chavez/World Bank

では、このようなアプローチをどのようにして平時の保健医療システムの強化に生かしていけばよいのでしょうか。エボラ対策から保健医療システムの強化に重点をシフトしながら苦闘しているリベリアとシエラレオネ、そしてポリオ撲滅活動と並行して保健医療システムの課題に挑んでいるナイジェリアでの経験などをもとに、特に重要と思う活動を提案します。

提言1:結果とプロセスの「見える化」への徹底投資

「見えない問題は見つけられないし、解決されない。見せなければ危機感も責任感もモチベーションも生むことはできない」というのは、エボラ、ポリオ、そしてナイジェリアの保健医療システムの課題に共通しており、保健医療システム強化へ向けた最初の一歩です。これは民間企業のオペレーションやサービスを改善するための最初の一歩でもあり、組織や人の行動変容の本質の一つとも言えるものかもしれません。それは基礎保健サービスのカバー率を国、県、行政区ごとに見えるようにすることにとどまらず、県がやること、行政区がやること、ヘルスセンターのマネジメントの状況などを指標のレベルまで明確化し、徹底的に測って分析し、当事者、県や中央など各レベルの政治リーダー、開発パートナーと共有して改善を図ることです。また、開発パートナーが支援しているプログラムの進捗・効果や、開発パートナーの責任の一つである援助の調整・効率化の状況なども「見える化」して、責任を問う必要があります。保健情報管理システムの整備は各国の古くて継続的な課題ですが、その責任(アカウンタビリティ)の還元まで含めた活動への徹底投資をグローバルレベルで推進するべきだと感じています。ビル・ゲイツ財団、世界銀行、WHO、国連総会が新たに立ち上げたプライマリー・ヘルスケア・パフォーマンス・イニシアティブ(PHCPI)を通じて、その「見える化」に取り組み始めました。一方で、こうしたイニシアティブが本当の効果を生むには、各国政府がそれを「所有」し更新、活用する形で進め、結果やインプットの測定だけでなく、県、行政区、ヘルスセンター、開発パートナーなど、各アクターが責任(アカウンタビリティ)を負う指標に落とし込む作業を各国でやる必要があります。

提言2:One Teamアプローチの徹底とその進捗のグローバルモニタリング

エボラやポリオで見られた、開発パートナーを含めた全員が政府のリーダーシップのもとで国の優先順位に合わせてOne Teamとして活動の計画、実行、モニタリングをする仕組みは、セクターワイドアプローチ、IHP+(国際保健パートナーシップ)など、色々なイニシアティブを通じて唱えられてきました。一方で、その進捗度合いを国ごとにモニタリングして協調が進んでいない国にてこ入れをしたり、調整に非協力的な開発パートナーの責任を追及したりする仕組みはなく、それを各国でどこまで進められるかは、途上国政府や開発パートナーの各国における半ば属人的な努力にとどまっています。エボラのような否応なく協調を求められる状況がない場合には、協調をグローバルに推進する強力な仕組みが必要です。たとえば、IHP+を改革し、途上国の代表と開発パートナーの長が定期的に集まって、One Teamアプローチの進捗の指標化と各国の状況のモニタリング、モニタリング状況に応じた支援と開発パートナーへの責任の還元、具体的なアクションの合意とフォローアップを、徹底して行う。また、指標化にとどまらず、開発資金の詳細なマッピングと調整など、鍵となる分野におけるベストプラクティス(最も効率のよい手法)の分析と共有、他国への展開など、One Teamアプローチの具体的な推進へ向けた技術協力を推進する仕組みを作る。この分野の改革に本気で切り込み資源を投入することは、保健医療システムの改革をサポートするために不可欠と思っています。

エボラが流行したリベリアの病院で新生児の体温を測る様子。
Photo © Dominic Chavez World Bank

提言3:マネジメント人材・チームの活用、育成

ナイジェリアの保健システム、エボラとポリオの対策などの経験は、「途上国の保健医療の問題はマネジメントの問題だ」という問題意識を再認識させるものでした。結果とプロセスの「見える化」とOne Teamアプローチの徹底をリードできる途上国政府の人材・チームが存在することで、保健医療システムを統合的なものとして扱い、問題を特定した上で、優先度に沿った集中的な活動を推進することが可能になります。

ここで必要なのは、必ずしも公衆衛生や医療の深い知識ではなく、必要に応じて保健医療の枠を超えた専門チームを最大活用しながら対策を推進できる「マネジメント人材/越境リーダー」です。例えば、リベリア、シエラレオネでエボラ対策を強力にリードした二人はそれぞれ法律家、元社会福祉・ジェンダー・児童省の大臣で、保健の専門家ではありませんが、開発パートナーを含む多分野にまたがる専門チームを生かして対策を進めるマネジメント能力に傑出していました。たとえば、このような人材を大統領、保健大臣のリーダーシップの下で保健医療システムの「COO職」に登用し、保健省や開発パートナーも含む他組織の選抜人材からなるマネジメントチームで支える。ナイジェリアのポリオ緊急対策センターでは、マッキンゼーのチームが入って詳細なパフォーマンスモニタリングの仕組みを作り、共同作業を通じて現地人材のマネジメント能力強化に貢献しました。このような大統領や保健大臣の「デリバリー・ユニット」(国の政策実行をモニタリングするユニット)は、リベリア政府、シエラレオネ政府により、エボラ後の勢いを捉え復興を加速させるために、試行活用されています。デリバリー・ユニットは課題も多く、すべての状況で機能するアプローチではありませんが、各国の保健医療システムや政治状況に合ったマネジメントチームの形成、強化をグローバルに支援し、知見を蓄積、共有する仕組みがあってもいいのではないかと思っています。

マネジメント人材の有無が結果に与える影響の大きさは、中央の仕組みのみならず、地方政府、そしてヘルスセンターのレベルでも見ることができます。例えば、ナイジェリアのヘルスセンターで基礎サービスのカバー率を飛躍的に伸ばしているところと改善できていないところを詳しく比較すると、違ったのは医療スタッフの専門力や数でも道路などのアクセスでもなく、少ないスタッフを動機付けし、色々なアプローチでコミュニティリーダーの全面的な協力を取り付け、サービス提供の目標値を定めてその達成と課題をリアルタイムで分析、改善するマネジメント能力を持ったリーダーの有無でした。各国の保健医療システムの地方、フロントラインレベル、そして援助側の人材についても、「マネジメント人材」の採用、育成、活用方法を見直す価値は大きいのではないかと思います。

私は、これまでの経験の中で、グローバルな仕組みづくりを途上国政府の視点に近いところから見てきました。グローバルな仕組みは、国にとって「使いにくい」ものになることも多いのが難しく、途上国政府自身に意義を認められ、自分のものとして活用してもらって初めて意味を持つものです。日本は、保健医療分野の支援の中で、マネジメント強化を大きな強みのひとつとしてきました。強靭な保健医療システムの形成に向けた議論においても、マネジメントの問題に着目した地に足のついた議論を展開し、国際社会をリードしていって欲しいと願っています。

2016年7月18日掲載
担当:渡辺直美、石黒朝香
ウェブ掲載:三浦舟樹