第102回 「"Change the World" ~国連職員の横顔・JPO応募直前企画~」

日時:2016年4月9日(土)16時00分~18時00分
場所:コロンビア大学国際公共政策大学院
登壇者:ナブ鈴木裕子氏(国連開発計画)/岡橋麻美氏(国連開発計画)
服部浩幸氏(国連児童基金)/大久保智夫氏(国連児童基金)
相良祥之氏(国連事務局政務局)/河本和美氏(国連総会会議管理局)
吉田耕平氏(国連事務局内部監査局)/水野光明氏*(国連開発計画)
*ファシリテーター

■1■ はじめに

国連フォーラムでは、4月9 日 (土)16時より、現在ニューヨークの国連機関で活躍されている職員の方々を招き、「"Change the World" ~国連職員の横顔・JPO応募直前企画~」と題したパネル形式の勉強会を開催しました。

今回のパネルの趣旨は、国連職員が日々どのようなことを考え、どのような活動をされているのかを知ることができる場を提供することでした。そのため、ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)(注1)派遣候補者選考試験への応募を具体的に検討している方だけではなく、漠然と国連で働くことに関心がある方も対象にして開催しました。(後日の4月14日には、コロンビア大で「国際機関就職ガイダンス」が外務省国際機関人事センター主催で行われ、JPOの募集要項や試験の中身についての詳細が共有されました。)

外務省から国連開発計画(UNDP)対外関係アドボカシー局・ジャパンユニットにご出向されている水野光明上級顧問の進行のもと、現役国連職員の方々7名が、国連機関勤務に至った経緯や、日々の想いを伺いました。

質問コーナーでは、「国連は世界を変えられる職場なのか?」「国連では、国益ではなく国際益を本当に追求できるのか?」「人事待遇に満足しているか?」「生涯国連で働きたいと思うか?」など一歩踏み込んだ質問も投げかけられました。議論はこれらの質問の背景にある国連の資金難や各国政府の人材の流動性などにも及びました。

■2■ 自己紹介、経歴、国連職員になったきっかけ

写真①

水野 光明(みずの みつあき)
UNDP(国連開発計画)対外関係・アドボカシー局 特別顧問
創価大学、仏ディジョンEcole Supérieure de Commerce修士。1990年外務省に入省し、在ガボン日本大使館、OECD日本政府代表部、在コンゴ民主共和国日本大使館、ジュネーブ国際機関日本政府代表部で勤務。2012年より外務省総合外交政策局国連企画調整課にて首席事務官として勤務した後、2015年10月より現職。

水野氏:今回のパネルでは7名の現役の国連職員に集まってもらった。国連職員とはどういうものか、その魅力は何か、そして課題は何か、などの話を中心に、皆さんに職員の仕事や働き方をよりよく理解してもらいたい。 まずはパネリストの自己紹介と経歴の説明、国連職員になったきっかけを説明いただきたい。

吉田氏:国連事務局内部監査局(OIOS)で働いている。日本の大学で経済学を勉強し、卒業後はJICA(当時国際協力事業団)に就職した。JICA勤務中は、中東関係の仕事や、外務省への出向、ウガンダ在外事務所での勤務を経験した。その後、JICAを休職しコロンビア大学国際公共政策大学院(SIPA)で修士号を取得した。2009年に国連事務局の競争試験(現ヤング・プロフェッショナル・プログラム(YPP))(注2)の経済分野に合格した。2011年から3年間、国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会のトリニダード・トバゴ事務所に赴任した。経済事務官として業務に携わっていたが、途中から管理部門への異動を希望し、3年後にOIOSに異動した。OIOSでは、国連事務局内部の業務がルールにのっとって行われているか、不正が起こりうる制度上の欠陥がないか、などのリスクを把握し、改善点を提言している。国連職員になったきっかけは、元々JICAで行っていた2ヵ国間援助よりも大きな枠組みでの業務を経験してみたかったことがある。また、加盟国・関係機関が皆で集まって話し合う国連という場の重要性に思い至り、その枠組みを維持する仕事に携わりたいと考えた。こういったことを考えていたところ、SIPAの就職課でYPP試験の募集を見つけ、応募した。

岡橋氏: UNDPのマネジメント・サービス局の局長室(Directorate)で働いている。組織内の管理系部門とプログラム部門の間に立ち、組織全体が円滑に業務を遂行する為の支援、局長のサポートに携わる業務を担当している。具体的には、現地事務所の経営分析や、各国の政治・経済調査、局長の会議でのトーキングポイント作成等を行っている。日本の大学を卒業し、民間企業に就職した。都市開発の分野で海外案件に従事。最初の4年間はインドネシアやフィリピンをはじめとした東南アジアの企業買収やITインフラの立ち上げに携わった。その後はメキシコに赴任し、スマートシティの案件にも関わった。その頃からJPO受験を意識し始め、ロンドン大学UCLで都市開発経済の修士号を取得した。ニューヨークに移り、南南協力室、UNDPジャパンユニットでのインターンシップを経験し、その後JPOに合格した。国連職員になったきっかけは幼少時に遡る。初めて両親とインドネシアに行った際、同年代の子どもが学校に行けず物乞いをしている現実を目にした。その頃から国連職員への憧れが芽生え、学生時代には海外でボランティア活動を行った。その後は都市開発でキャリアを積んでいくことを目標に定め、今に至る。

岡橋 麻美(おかはし あさみ)
Directorate, Bureau for Management Services, UNDP(国連開発計画)
早稲田大学教育学部卒業。株式会社東芝にて6年間勤務。東南アジア(特にフィリピン・インドネシア)のITインフラの新規事業開拓を担当した後、東芝メキシコ社に赴任し、スマートシティプロジェクトの立ち上げを行う等、都市開発分野に民間の立場から従事。退社後、2014-15年まで英国University College Londonにて都市開発経済学修士を取得。在学中、ニューヨークの国連南南協力室、国連開発計画(UNDP)対外関係アドボカシー局Japan Unitの2部署でインターンを経験。2015年JPOに合格し、2016年2月より現職。

写真②

河本氏:国連総会会議管理局で働いている。様々な国際会議の秘書として、メンバー国、特に議長の手助けをしている。具体的には投票決議の進め方ルール上適切な用語法などである。。日本の大学を卒業した後、東京大学人間の安全保障プログラム、SIPAそれぞれで修士号を取得した。在学中は一時外務省に非常勤として勤めていた。大学院卒業後は在ウガンダ日本大使館で2年勤務し、その後JPO試験に合格した。国連を目指したきっかけは11~2歳のときに見たルワンダ虐殺に関するドキュメンタリーだ。そのニュースに衝撃を受け、それ以来アフリカに関心を持ち今に至る。

相良氏:2015年からJPOとして国連事務局政務局(DPA)で働いている。DPAは紛争予防・紛争解決の分野で事務局において中心的な役割を果たしており、具体的には日々の政治情勢分析や、シリア、アフガニスタン、イエメン、ブルンジ、ソマリアなどの紛争に対して事務総長や事務総長特別代表が実施する和平調停や仲裁(Good Offices)を支援するなどの活動を展開している。私自身は主にナレッジマネジメントを担当しており、DPAの活動の中でうまくいった事例や教訓が体系的にレポートなどでまとめられ、組織内で共有されることで、より有効で効率的にDPAが活動できることを目指している。また、そうして体系化された過去の活動報告や政策文書を蓄積するデータベースの管理や、内部評価体制の構築なども担当している。数年前までは会社員をしており、まさか国連で勤務するとは夢にも思ってもいなかった。日本の大学卒業後、IT系企業のDeNAに入社しプロジェクトマネージャーや新規事業開発の担当者として7年間ほど勤務した。大学時代から国際政治に関心があり、仕事をしながら東京大学公共政策大学院に通い、紛争や国連の平和活動について研究した。大学院修了後に一度JICA本部で働いた後、国際移住機関(IOM)スーダンで勤務した。IOMスーダンでは、現在も紛争が続くダルフールやアビエイにおける人道支援及び平和構築プロジェクトの立ち上げ・実施に従事した。IOMスーダンでの2年間の勤務の後、JPOに合格し今に至る。国連を目指した直接のきっかけは大学院時代に、安保理で活躍された国連日本政府代表部の元大使や元国連職員などの教授陣と話す中で、世界の平和のために実務家として働くという生き方が存在することを知ったことである。

大久保氏: UNICEFのプログラム局で働いている。同局は組織のプログラムを計画し、実行することことの2点からUNICEFのエンジンに例えられている。同局では7つの分野を管轄しているが、その中で一番新しい社会包摂(Social Inclusion)の分野を担当しており、子供の貧困と社会保障の問題に取り組んでいる。担当分野の主な役割はグローバルアドボカシーと各国の支援だ。

1つ目は、子どもを脅かす問題への対処が国際レベルの議題に含まれるよう提言する。こんな例がある。SDGのターゲット1は「世界から貧困を撲滅する」だが、UNICEFにその草案が届いた際、”Eradicate poverty among all men and women by 2030”と書かれており、「子ども」の単語がぽっかり抜けていた。統計的にいうと、7億人の絶対的貧困層の中の約半分が18歳未満。それでも、事実が知られていないと、子どもたちの問題は見過ごされやすい。草案に「子ども」の文言がないことは、その後の政策で子どもがないがしろにされることに結びつく。そのため、セーブ・ザ・チルドレンをはじめとした団体と協力しアドボカシー活動を行った。(採択された草案では「子ども」の文言が入っている。)

写真③

ナブ(鈴木)裕子(なぶ すずき ゆうこ)
Global Policy Advisor -Effective Development Cooperation, Development Impact Group, UNDP Bureau of Policy and Programme Support
ピッツバーグ大学国際開発修士号(MPIA)取得後、ワシントンDCで開発コンサルタント会社にて主にアフリカ関連の開発業務のプロジェクトマネジメント経験を経て、2003年JPOとしてUNDPタンザニア勤務。2年半のJPO終了後、2006年―2010年:援助協力スペシャリストとしてUNDPタンザニア、2010年―2013年UNDPルワンダ(ルワンダ財務省出向)を経て、2013年NY本部勤務。チームリーダーとしてDevelopment Effectiveness 分野での政策、プログラムサポート業務、またGlobal Partnership for Effective Development Cooperation (GPEDC)のUNDP/OECD共同事務局のUNDPチームリーダー業務に携わる。

2つ目は、UNICEFが直面する多様な課題に対し、100以上の国々と連絡を取りながら、どのようなやり方が成功したか、課題は何か、どういった資料が今後役立つか、などの情報を集め、本部からサポートできることを実行している。経歴としては、日本の大学で経済学を勉強する傍ら、3年次にバングラデシュに渡り、NGOを通してスラムの子どもに英語を教えていた。この経験が面白かったこともあり、周囲に反対されながらも、卒業後は青年海外協力隊に入隊しモザンビークに赴任した。2年間で約250人の孤児やHIVウイルスに感染した子どもの支援をした。その後ハーバード大学のケネディースクールに進学。卒業後はUNICEFのネパール事務所でインターンをした。その後JPOに合格し今に至る。

服部氏:UNICEF本部のData & Analyticsセクションにて、教育状況のグローバル・モニタリングに従事している。具体的には、SDGに係るモニタリング指標を作ったり、MICS(Multiple Indicator Cluster Surveys)というUNICEFが全世界で行っている世帯調査における教育データ収集手法の開発や分析を手掛けている。日本の企業を退職後、スタンフォード大で修士号を取得した。その後UNDPのフィリピン事務所でインターン、後にコンサルタントとして、パラワン島という美しい土地で複式学級の質の向上プロジェクトに従事した。JICAの教育分野ジュニア専門員としてタンザニア事務所と南アフリカ事務所に勤務。その後コロンビア大学教育大学院に進学。大学院在学中に世銀でコンサルタントとして働く。コースワークを終えた後にJPO(教育専門官)としてUNICEFラオス事務所に赴任した(博士号はラオス赴任中に取得)。その後はUNICEFのカンボジア、ガーナ事務所で教育専門官およびチーフとして教育プログラムの運営に従事。。ニューヨーク本部での現職は2013年6月から。国連職員を目指した具体的なきっかけは、ずいぶん昔のことなので忘れてしまったが、子供と教育に携われる仕事を目指しているうちに自然とUNICEFにたどり着いたという感じか。自分の子供のことも含め、「教育」というのは非常に難しいがとても奥が深く、一生をかける価値のある仕事だと思っている。

ナブ氏:(1)UNDPの開発政策プログラムサポート局で働いている。170か国でUNDPが行っている開発援助の効果をどのように向上させていくかについての政策助言やモニタリングを行っている。具体的には、国が他国や企業から開発資金、知識やイノベーションを、各国の優先課題に合わながら効率よく活かしていけるよう支援している。これを達成するには、被援助国の政策や機関が変わるだけでは十分ではなく、援助国や本部の変革も促されなければ、効率的に資金はめぐらない。そのため、様々な国・機関とパートナーシップを組み提言している。経歴としては、日本の高校を卒業後、アメリカの大学に進学。大学院はピッツバーグ大学の国際公共政策大学院に進学した。日本に帰国せず、ビザの援助を受けながらワシントンDCの開発コンサルティング会社に入社し、USAIDや世銀のプログラム管理に携わった。その後JPOに合格。タンザニアにて援助協調に従事した。その後ルワンダに赴任。現地財務省のシステムを開発援助効果が向上するような仕組みに変更した。2013年から本部で働いている。(2)小さなころから目指していたわけではなく、国連は遠い存在だったように思う。ただ、日本には女性として働き、活躍する場所がないような気がしており、それでアメリカに来た。JPOも、周囲が受けていたので自分も受けたら運よく受かった。業務の中で得た原体験やそこから来る熱意が積み重なり、今まで仕事を続けてきた。

■3■ 国連は「Change the World」を実現できる職場なのか

水野氏:パネリストの方々の国連での業務を垣間見た。もう少し掘り下げたい。みなさんの職場はChange the Worldできる場所なのか。それともできない場所なのか。勤務し始めて、このあたりの考えは思っていた通りだったか。

河本氏:今回のテーマについて問題提起したい。「Change the World」は素晴らしいテーマだが、個人的な解釈から申し上げれば「Serve the World」とあるべきではないだろうか。Secretary-Generalは日本語では事務総長と訳されるが、英語のSecretaryは秘書と訳される。私は国連総会会議局で働いているので、業務はまさしく秘書。主役はあくまで加盟国である、というのが一年間働いた実感。各国がやりたいことを、国際ルールとすり合わせながら実現できるようにする。もちろん、国連がイニシアチブを取れないわけではないが、加盟国の了解・支援を受けて初めてそれは実現できる。

ナブ氏:河本氏の言うとおり、国連は主役ではなく、あくまで加盟国を支援する立場。私が出向して財務省でアドバイザーと働いたときも同様だった。私はあくまでファシリテーターであり、政策決定をするのは各国の方々。この方向でよいと突き進むこともあったが、やはり現地の人が納得しないとうまくいかない。国連の支援がいつまでも続くわけではないからだ。だから、関係者全体で方向性を決めることができるよう調整していくことが重要。大きく世界を変えるわけではないが、小さな貢献が積み重なって結果につながることに面白みを感じる。

水野氏:国連職員はどれくらい政策の方向性に影響を与えているのか。

ナブ氏:政府関係者との対話を通じて提言できている。特に現地事務所では常に政府とのやり取りがある。対話を通じて方向性に関する議論・アドバイスは行うものの、最終的な決定は政府が行う。UNDP本部は各現地事務所に助言することで、政府の意思決定に貢献している。

服部 浩幸(はっとり ひろゆき)
UNICEF-New York(国連児童基金)、Statistics & Monitoring Specialist (Education)
早稲田大学法学部学士、スタンフォード大学 International Comparative Education 修士、コロンビア大学教育大学院 International Educational Development 博士。1995年よりJICA, World Bank, UNDP, Save the Childrenにて、レバノン、タンザニア、南アフリカ、インドネシア、フィリピン等での教育プログラムの運営、政策助言に従事した。2002年から2013年はUNICEFの Education Chief/Specialist として、ラオス、カンボジア、ガーナ事務所に勤務。UNICEF本部、Data & Analytics Section における現在の主たる職務は、MDGs/SDGsに係る教育指標の策定およびモニタリング、教育データの収集・分析に係るツールの開発、”Global Initiative on Out-of-school Children” の統括およびカントリー・サポート。

写真④

服部氏:昨年夏に日本で大学生と話をする機会があった。自身がUNICEFで働いていると話すと、「世界変える系の仕事ですね!」と返され困った。我々の仕事で世界を直接大きく変えるというのは難しいのではないか。ただ、「Change the World」ではなく、「Change Somebody’s World」は可能かもしれない。昨年イスタンブールでのワークショップにて、以前共に働いたカンボジア教育省のカウンターパートと再会したときの話をしたい。最後に会ってから7年くらい経っただろうか。彼は今は教育省の計画局長になっている。苦労を共にしながら難しい案件に取り組んだ昔を懐かしんで「服部さんからは多くのことを学んだ」と話してくれ、とても嬉しかった。このように、日々の仕事を通じ、個人に影響を与えたり、実際の案件を運営する意思決定者の能力を上げることができれば、それが間接的には大きな変化へとつながるのかもしれない。

吉田氏:内部監査の仕事をしているので、安全保障や人権に直接的に関わってはおらず、世界を変えることを毎日考えているわけではない。ただ、世界をよりよくしようとして作られた枠組みの中で働いているという感覚はある。国連が果たせる役割は時に限定的だが、「少なくともあった方がよい」「そしてそういう枠組みにほとんどの国が加盟しているという状況を崩してはならない」という個人的な信念を持っている。国連事務局で働くことで、間接的にせよその枠組みの維持に貢献できると感じている。

相良氏:「国連が作られたのは、われわれを天国に連れて行くためではなく、地獄に落ちるのを救うためだ」という有名な言葉がある(注:第二代事務総長ダグ・ハマーショルドの演説)。国連ができることは限られているものの、二つの事例を紹介したい。一つ目は2015年のナイジェリア大統領・総選挙における選挙支援。ナイジェリアでは前回(2011年)の選挙がきっかけとなった戦闘で数百人規模の死者が出ており、2015年も同様の懸念があったため、DPAがフィールドの特別政治ミッションや国連諸機関と連携して選挙支援をおこなった。たとえば事務総長を筆頭にハイレベルでの政治的関与をおこない、選挙結果が遵守されるよう事前に候補者間で合意を取り付けた。現職大統領や与党側の敗北は、それを受け入れられない政府側と反政府側との紛争の引き金になることもあるからだ。UNDPは現地のNGOと連携して都市だけではなく地方でも選挙が平穏に実施されるよう取り組んだ。結果、選挙により政権交代が起きたにもかかわらず、大規模な戦闘が起こることは避けられた。二つ目は私がIOMスーダンで担当していたダルフールでの職業訓練事業。ダルフールでは10年ほど続く紛争のために国内避難民(IDP)が200万人以上もいる。その中には、自分が産まれた場所すら知らず、物心ついたときから国際機関の人道支援によって生き延びてきた子どもや若者も多い。こういった子供たちが10代20代になると、自分が何のために生きているのか、わからなくなることもある。そうすると生きる手段として兵士になるなど、紛争に巻き込まれやすくなってしまう。こうした若者たちに生きる意味を見出してもらうために職業訓練を支援した。男性にはレンガ家屋の造り方、女性には裁縫などの訓練を提供することで、人道支援に頼らず、自らの手でお金を稼いで生活できるようになって欲しいと考えた。生計を立てる手段を持つことは人間としての尊厳を得ることに繋がり、紛争に巻き込まれる可能性も低くなる。地獄に落ちるのを救うという意味で、国連はこのような活動を世界中で行っている。

水野氏:元兵士を対象にした職業訓練のようなプロジェクトは世界中にあるものの、今まで銃をもって戦っていた人々が自らお金を稼いで自身や家族を養うようになって平和に繋がるというのは、実際どの程度可能なのか。

相良氏:狂信的なテロリストは別として、少年兵など、生きる手段として仕方なく戦争にかかわっており、できれば足を洗いたいと思っている若者は多い。彼ら・彼女らが生計手段を持てるように支援することで、戦いに行かずとも生活できるという選択肢を提供することはできるだろう。

■4■ 国連で働くことの魅力

水野氏:パネリストは、国連は世界を変えられないかもしれない、しかしできることもあるという見解だ。そんな国連ならではの仕事の魅力はあるか。

大久保氏:UNICEFの同僚・職場が本当に好きだ。ほとんどの職員が24時間365日子どもの幸せを考えている。最近の人事研修で紹介されたある世論調査会社が世界各国で行った労働環境に関する調査で職員が自分の職場の同僚を評価した際にやる気のある社員は1割、やる気はないが決められた最低限の仕事をこなす社員は6~7割、積極的に邪魔をする社員は3割になるとのことだった。この調査結果を聞いて、自分たちの職場の雰囲気と全く異なるとUNICEFの同僚は非常に驚いていた。圧倒的に熱意を持った職員が多い。宗教や経験など、様々な背景からきているが、国益ではなく、子どものことをずっと考えることのできる職場は素晴らしい。

岡橋氏:まだ国連に入ったばかりだが、情熱のある人が多いことはすでに魅力に感じている。1月に日本でJPOの研修があったときも、50人くらいのJPOと会ったが、日本でモチベーションの高い若者はここにいたのかと感じた。皆専門性をもち、やりたいことがはっきりしている。これは現在の職場も同様だ。また、自身がいた会社もグローバル採用を積極的に行い外国籍の社員も多かったが、いい意味でも悪い意味でも、皆が1つの企業色に染まっていると感じていた。対して国連はみな個性そのままに、同じ組織に所属している。これも甲乙あるが、文化や背景の違いと日々の業務の中で向き合えることは魅力。そこを楽しめるかどうかはその人次第。

河本氏:国連業務の魅力はそのユニークさ。例えば、平和維持活動局(DPKO)事務次長は、国連PKOを「誰も行かないところに行き、誰もやらないことをすること」だと表現していた。世界のどこを探しても、国連以外に世界中のメンバー国全員で多様な問題について意思決定する機関は存在しないのではないだろうか。日々の業務で展望が見えなくなることもあるが、国連総会で働くことはやりがいがある。

ナブ氏:国益にとらわれずに、普遍的な概念に基づいて行動できることは良いところだ。政府の役人は国益やしがらみを背負っており、できることが限られてしまう。これらを考えることなく、国際益(例えばPeace for Everybodyのような)のために行動できるのは幸せ。

水野氏:国連が国益に縛られず、国際益を体現している。それは本当か。

服部氏:そうともいえない。国連は政府あるいは民間からの寄付で成り立っているが、拠出している国の意向に方向性が流されたりすることは事実だ。最近は国だけではなくゲイツやロックフェラーをはじめとする財団から二国間援助(バイ)よりもよほど多額の資金が流れてきている。もちろんこうした財団は多くの質の高いプロジェクトを支援しているが、彼らにはある意味説明責任がない。(税金や寄付ではなく)個人の資金でまかなっているので、失敗してもだれにも非難されない、あるいは成果が見えないと突然支援を止めてしまうこともできる。バイのドナーよりさらに自分達のやりたいことを押し付けがちで、かつ中長期的な見通しが分かりにくい。国連全体として資金集めが年々難しくなっていく中、UNICEFもこうした財団からの寄付の規模、影響が大きくなってきている。建前は国際益だが、実際はさまざまな方面から影響を受けていることは知っておくべきだ。

水野氏:優先課題のずれは確かに起こる。ただ、ドナーの意向を聞くことはまずいことなのか。そして優先課題はどれほど重なるものなのか。

写真⑤

相良 祥之(さがら よしゆき)
Guidance and Learning Unit, Policy and Mediation Division, DPA(政務局)
2005年、慶應義塾大学法学部卒。株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)にて新規事業開発や事業提携、プロジェクトマネジメントを担当。企業勤務と並行して2009年から2011年まで東京大学公共政策大学院で国際紛争や国連の平和活動について研究。2012年から2013年まで国際協力機構(JICA)農村開発部(調査役)。2013年から2015年までIOM(国際移住機関)スーダンに選挙支援担当官として着任した後、事務所長室にて新規プロジェクト開発やドナーリレーションを担当。ダルフールやアビエイなど紛争影響地域における人道支援・平和構築案件の立ち上げや実施に携わる。JPO試験に合格し2015年より国連事務局政務局勤務。

相良氏:IOMスーダンでは新規プロジェクト開発に携わっており、ドナー国政府からの資金調達も担当していた。ダルフールの深刻な人道状況を説明しても、なかなか話が通じない場合があった。理由として人材の流動性があるのかもしれない。国連やNGO職員として人道支援の現場を経験したことがあるスタッフがいる大使館の場合、ドナーと国際機関とで共通の目標を持ちやすい。 河本氏:皆さんにとって「国際益」とは何か伺いたい。例えば、「食糧支援」と聞けば国際益に通ずると考えるかもしれないが、資金の出どころ、食料の運搬方法、支援の際の食糧市場への価格影響など、様々な懸念が生まれる。全員が幸せになる国際益を目指すには多くの課題に取り組まないといけない。こうした様々な懸念を乗り越えて、加盟国の満場一致を取り付けるのは容易なことではない。

■5■ 女性が活躍できる場、日本企業との相違点

水野氏:興味深い。目標と現実とのずれが存在するなか、国連はなんとかよい方向に進めるよう格闘しているようだ。そのような国連は女性が活躍できる場だとナブ氏は話していたが、実際はどうか。日本の企業と比べてもそうなのか。

岡橋氏:大きく異なる。入社当時に配属された部署では自身が十数年ぶりの新人で、女性総合職も少なく、男性社会だった。対してJPOの研修では参加者の8割程が女性で驚いた。現在の職場でも女性が多い。20人程の部署で毎週会議を行うが、男性参加者はいつも2~3人程度で、それ以外は女性だ。女性だからといって仕事量が減ることはなく、子育て中の女性職員も家事と仕事を両立している。向き不向きがあるが、私自身は女性ということを意識することなく働ける環境はありがたい。

相良氏:民間企業と国連は全然違う。民間企業と比べると、一般的に国連は扱っている物事の政治的な重みや社会的な責任ははるかに大きいし、指揮命令系統も厳格だ。それでも民間での経験は役に立っている。例えば民間時代はサムスンなどグローバル企業と交渉していて、国際機関では相手がスーダン政府やドナー国政府に変わったが、交渉の進め方やスキルは共通することも多かった。企業でのプロジェクトマネジメントの経験JICAやIOMでも役に立った。そして、IOMスーダンでのフィールド経験が、今のDPAの仕事のベースになっている。このように、半歩ずつでいいので着実に経験を積み重ね、目標とするキャリアに前進していくことが大事だ。そして、毎日新しいことを勉強し続けること(Continuous learning)も重要で、これができる人は民間企業出身であっても、国連でも通用すると思う。

ナブ氏:女性として働きやすい職場ではあるが、家族をどうするかについて葛藤はある。パートナーはUNDPで働いており、今は13歳と8歳の子どもたちもいる。しかし、15年の結婚生活で6年しか一緒に住めておらず、JPOで働いたときは子どもが6か月だった。葛藤の折り合いをどうつけるのかは考えさせられる。女性だから、子持ちだからと差別を受けることはなく、仕事の量はそうでない人と変わらない。仕事と家族との時間の管理をずっとやってきている。大変ではあるが、それはどの職場でも同じではないだろうか。

水野氏:ハードシップ国での勤務時は家族・子どもをどうしていたのか。

ナブ氏:まず、ハードシップ国の場合、家族を現地で生活することが認められないNon-family duty stationとFamily duty stationがある。途上国で働く際は基本後者になるが、試練もよいところもある。6か月の子どもを連れてタンザニアに単身赴任したJPO時代は、何も誰も知らないところで仕事を始めねばならなかった。ただし、途上国ではお手伝いさんを雇うことが容易で、彼らには柔軟に対応してもらった。このように出張の際はできるだけ家事を外部委託していた。ニューヨークで同じことをするのは資金的に大変だ。その意味で、キャリアを立ち上げる際は途上国の方がやりやすかった。本部ではできなかったと思う。

大久保氏:ネパールには1歳の子どもと配偶者と共に赴任した。妻は仕事をやめていたので、どう現地の生活でやりがいを見つけてられるか考えさせられた。そのため、たとえば自分の友人経由でNGOでのボランティアをしたり、ネパール人の若者に日本語を教える仕事ができるよう、ベビーシッターさんを活用しながらスケジュールを組んだ。また女性が働きやすい職場は男性にとっても働きやすい。現地事務所では決まった時間になると電気を消して皆に帰宅を促していた。3人の子どもがいる上司に「子どもを救う仕事をしていて自分の子供を大切にできないのはだめだ」と言われた。かっこいいと思った。

■6■ 多様性ある職場としての国連

水野氏:国連は多様性ある職場だが困ることはあるか。それをどう乗り越えているか。

服部氏:UNICEFは世界で最もグローバルな組織だと自任している。赤十字を除き、最も多くの国に事務所(130カ国以上)があるし、職員の多様性も高い(赤十字は厳密には連盟で一つの組織ではない)。いい面も悪い面もある。例えば会議。日本だとみなで「落としどころ」に向かって協力するが、こちらではそうはいかない。国連ではともすると「有言不実行」の方が「不言実行」よりも評価される節があり、自己アピールも兼ねてこれでもかというほど、みなが好き勝手な意見を言い合う。こうした中、日本人は自己アピールが苦手で、黙々と仕事をしがちだ。自分も最初のころは、この人達大きなことばかり言うだけで実際には何も動かないくせにと不満を持っていたが、今はそういう人たちも必要だと感じる。色んな人がいることで、時として日本の会議よりもユニークで革新的なアイデアが出たりすることもままある。ある時チームの中には、色々な役割の人が必要なのだと思えるようになり楽になった。若い人にはぴんと来ない例えかもしれないが、全員がゴレンジャーの赤レンジャー(派手で目立つリーダー)になる必要はない。大きな仕事をチームとして全うするには、赤レンジャーの他に縁の下の力持ち的な青レンジャーや緑レンジャーも必要なのだ。地道にきちんと成果を出していけば、絶対に評価も付いて来る。もう少し最近の例えで言うと、レスター・シティ(英のプロサッカーチーム)の岡崎。メイン・ストライカーのヴァーディがゴールを量産できたのも岡崎がこれでもかというほど走り回って、チャンスを作ってきたから。自己主張の激しい国連カルチャーに慣れるのには少し時間がかかったが、こうした多様性の中で、自分の強み、役割が分かってくるに連れ、仕事がやりやすくなった。スターウォーズのハン・ソロが行きつけの酒場をイメージしてほしい。UNICEF の職場は、まさにあの多種多様な異星人であふれ返る酒場のようなもの。以心伝心、ツーといえばカーという訳にはいかない。宇宙人達と喧々諤々しながら、日々奮闘している。

河本 和美 (かわもと かづみ)
UN DGACM(国連事務局/国連総会・会議管理局)軍縮・平和問題課
東京大学・教養学部総合社会科学科(国際関係論分科)卒業。同大学・「人間の安全保障」プログラム及び米国コロンビア大学・国際公共政策大学院(SIPA)で修士号を取得。2008~2010年まで日本外務省・国際情報統括官組織でアフリカ専門分析員として務めた他、2012~2014年まで在ウガンダ日本大使館で経済協力調整員として勤務。2014年度のJPO合格を経て、2015年3月より現職。

写真⑥

ナブ氏:その通りだ。国連でリーダーシップ・マネジメントの研修を受けたときのこと。参加者は研修前にテストを受け、4つの性格・特性に分類された。その結果をもとに、研修では分類別に分けた4チームと混合1チームの計5チームで作業をしたが、後者が一番成果を出した。多様性あるチームには頭打ちしていたところから乗り越えられる力がある。民間であれ、国連であれ、色んな人たちとどう仕事をしていくかは重要で、それには対話を通した関係づくりが欠かせない。

水野氏:意図的に人にあって関係を作っていくことが求められるのか。

ナブ氏:そうだと思う。業務でも本部だけではなくResident coordinatorの人たちとも話す。アドボカシー業務も含まれるので、プロジェクトに賛同する人たちのネットワークをつくり、その人たち固有の働きをまとめて形にしていかないといけない。リーダーシップには、人を見る目と周りの人の心をつかんでいける人間力が大事。

河本氏:職場はとても多様で、時折カルチャーショックも受ける。でも、みなさんに伝えたいことは、文化的にどんなに違っても人間としての核心は同じであること。「チームに貢献したい」という前向きな姿勢や、話しかけやすくて情報をきちんと共有してくれる同僚は日本人でも外国人でもありがたい。そこに文化や性別は関係ない。こうした人間としての核心は同じなので、多様性を怖がらないでほしい。

■7■ 国連での仕事の満足度

水野氏:現在の仕事に満足しているか。やりたいことをできているか。

相良氏:満足できていると思う。国連は民間と比べ成果が測りにくいことも多い。完璧主義ではなく、自分はここまで貢献できた、それらが積み重なって世界も少しはよくなったんじゃないかと思える人の方が国連は向いているかもしれない。

吉田氏:やりたいことに近いことができている。国連では自分で次のポジションを探し、行きたいところに行くことが普通だ。YPP試験の経済分野に受かったが、関心が経済から総務などの管理部門に移ったので、現在の職場に移動した。もちろん競争があり、1つのポジションに100人の応募があったりする。

水野氏:なぜ管理・監査などを希望されたか。

岡橋氏:JPOでは1次審査に通過すると第3希望まで勤務候補を選ぶが(*UNDPを希望する場合)、はじめ2つの希望はカントリーオフィスで、今の事務所は第3希望だった。第3希望を現在の部署にしたのは、UNDP組織全体を見渡すことができ、今後のキャリア形成を考える時に有益だと思ったからだ。また前職での経験を比較的すぐに活かせることも魅力だった。もちろん都市開発が専門なので現場に行きたい気持ちは強いが、今の仕事も好きである。まずは、今の職場で成果を出してから次のステージに進みたい。

吉田氏:はじめから管理部門を希望していたわけではないが、さまざまな部署で働いているうちに管理が向いていると思うようになった。

水野氏:みなさんにはロールモデルはいるか。

ナブ氏:最初のUNDPの上司がそうだ。彼とResident coordinatorとの議論を直で見ることが多かったが、決断力・対話力には見習う部分があった。自分の信念を通しつつ、うまく仕事を進める様子を見て、同じように仕事をしたいと思うようになった。

河本氏:昔教授に「会う人すべてからロールモデルを探しなさい」と言われた。友達でも誰でもその人の長所は吸収し、短所は反面教師にすることが大事。

水野氏:今後も国連で働いていくつもりか。日本企業のように終身雇用制ではないので、ともするとリスクの高い選択ととらえられがちだが。

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大久保 智夫(おおくぼ ともお)
Social Inclusion Section, Programme Division, UNICEF-New York(国連児童基金)
東京大学経済学部卒業。大学3年時にバングラデシュのスラムで学校を運営するNGOでボランティアを経験し、国際協力の道を進むことを決意。卒業後は青年海外協力隊としてモザンビークの児童養護施設にて、親から放棄された児童、ストリートチルドレン、障害児など200名を超える最貧困層の子供たちのケアに従事。ハーバード大学ケネディスクールで開発と経済学の修士号(MPA/ID)を取得後、UNICEFのネパール事務所にてインターン、短期契約を経てJPOとして2015年7月からNY本部勤務。

大久保氏:現在P2のポジションだが、P4になれば自分の予算とスタッフが付く。そこまではなるべく続けたい。ある国に行って政府の高官とプログラムを作っていくようなやりがいある仕事はなかなかないのでは。やりたいことができているかという点は50点。国連では多くの人を巻き込まなければいけない。その意味で起業家やNGOの創設者、教授、政治家などのほうがやりたいことができるかもしれないので具体的なアイデアがあるならそういった道に進めばよい。

水野氏:国連の官僚的意思決定によってやりたいことが出来なくなることはあるか。

大久保氏:一昨日D2(幹部レベル)の方がHierarchy is necessary but should not be a barrier to adopting new ideasと言っていた。もちろん官僚制度や上下関係は必要だが、いいアイディアや実力があれば取り入れてもらえるというのも事実だと思う。

相良氏:日本の政府機関や大企業と比べると国連のピラミッドの方が緩やかではないかと思うこともあるが、当然、ITベンチャー等よりは厳格だし意思決定にも時間がかかる。ただし、経験と意欲があれば比較的やりたいことはできる印象。もちろん民間企業とちがって国連の施策には組織としての政治的な影響や社会的責任がともなうので、P2・P3レベルの職員がぱっと思いついたことをそのままできるというわけではない。

■8■ 国連の課題と展望/世銀との違い/その他の質問

水野氏:国連の課題は何か。解決できる展望はあるか。

服部氏:MDGsからSDGsに移行する中で、国連がどのような役割を果たしていくか。MDGsが8つの目標と20のターゲットだったのに対し、SDGsは17の目標と169のターゲットになる。プレーヤーが多く、国連組織間でも縄張り争いがすでに発生している。One UNと冠した組織間の役割分担、効率化の向上が叫ばれて久しいが、実際の進行度は芳しくない。これから4~5年かけて新たなSDGsの枠組みの下での国連の役割を見つけていかないといけない。

水野氏:国連と世銀では役割がどう違うのか。

ナブ氏:世銀はOne UNには加盟していない。SDGs達成の中でどのパートナーがどのような協力をしていくか。UNDPではThought leaderと呼ばれるアドバイザーになろうとの動きもある。これからも世銀や他機関との対話の中で役割分担をしていく必要があるが、グローバルレベルではなかなか達成しにくい。状況に応じて、地域毎に進めていく必要があるのではないか。

大久保氏:組織レベルでいうと、まず資金規模が違う。世銀の方が圧倒的に資金を持っている。アプローチの違いでいうと、世銀は貧困削減と所得格差是正が2大目標。対してUNICEFは子供の人権を守る組織なので、貧困はもちろんのこと、それ以外の人権分野(暴力や政治への参加など)にも同様に重きを置く。現地にいるスタッフの割合が本部よりもきわめて多いこともUNICEFの特徴。

水野氏:現在の待遇に満足しているか。

全員:おおむね満足だが、ニューヨーク勤務中は経済的には若干厳しいかもしれない。フィールド勤務、特に紛争地だと危険地手当てなども付くので、しばしば海外旅行に行って息抜きできるぐらい十分な待遇は得られる。

水野氏: YPP試験に向けてどんな勉強をしたか。

吉田 耕平(よしだ こうへい)
Internal Audit Division, Office of Internal Oversight Services, United Nations (事務局・内部監査局)
慶應義塾大学経済学部卒業後、JICAに就職。地域課(中東)・外務省出向・ウガンダ事務所勤務等を経て、2008年から2009年にかけてコロンビア大学国際公共政策大学院(SIPA)に進学し、MPA取得。2009年の国連競争試験(現YPP)に経済分野で合格し、2011年から、国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)トリニダード・トバゴオフィスにて経済オフィサー。2014年より現部署で内部監査を担当。

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吉田氏:書類選考、筆記試験、面接がある。一つの分野で、上限各国40人までしか筆記試験に進めないため、書類選考が重要。職務経験の欄など、知り合いの国連職員がいれば添削してもらうとよい。筆記は重箱をつつくような設問はでないので、基礎を体系的に理解することに時間をかけた。過去問などを参考に自分で設問をつくり、実際に答案を作成する練習をした。

水野氏:国連から見て日本はどう映っているか。日本にどうしてほしいのか。日本人に期待すること。どんな日本人がほしいか。日本人の強み・弱みは何か。

服部氏:UNICEFには約3500人の国際スタッフがいるが、日本人はJPOを含め、約2.5パーセントの84人。ただ、国別拠出金を見ると、2014年約40億ドルの総拠出金の内、日本は7.5パーセントの約3億ドル(政府および民間合計)を支払っている。拠出金の割合の3分の1程度しかスタッフがいないことになる。国際スタッフを国籍別でみてみると、1位アメリカ、2位フランス、3位イギリス、4位カナダ、5位イタリアの順。続いてインド、ケニア、日本となっている。日本は8位と健闘しているものの、インド・ケニアより下回っているのは興味深い。自己アピールのうまい人達が優遇される職場であることを象徴しているのかもしれない。一般的に日本人の強みは地道に一生懸命仕事をし、きちっと期限どおりに結果を出すこと。説明責任や成果重視型管理(Results-based Management - RBM)の強化が求められる中、UNICEFではこうした人材がもっと必要とされていることも確か。先にも言ったか、全員がストライカーを目指す必要はない。レスターの岡崎やゴレンジャーの青レンジャーを目指してもいい。地道できっちりした仕事を評価してくれる人も必ずいる。それでも自己アピールは必要なので、「不言実行」ではなく「有言実行」を心がけてほしい。

水野氏:国連についてどう思っただろうか。みなさんも考えてほしい。14日にガイダンスがあり、JPOやYPPの話もあるので来てほしい。外務省で国連企画調整課に在籍した際に関わったが、JPO予算が2年間で倍増している。今がチャンス。

脚注:

  1. JPO:将来的に国際機関で正規職員として勤務することをめざす若手を対象に、政府が派遣にかかる経費を負担して一定期間(日本は原則2年間)国際機関で職員として勤務することができる制度。国際機関の正規職員となるために必要な知識・経験を積むことができる。日本では外務省が実施している。
  2. YPP:国連事務局若手職員を採用するための試験。年に一度試験が行われ、試験対象国、募集対象分野は毎年異なる。試験に合格しポストをオファーされた者は2年間の勤務の後、勤務中の成績が優秀であれば引き続き採用される。日本は毎年対象に含まれている。

■9■ さらに深く知りたい方へ

このトピックについてさらに深く知りたい方は、以下のサイトなどをご参照下さい。国連フォーラムの担当幹事が、下記のリンク先を選定しました。

  1. JPO:外務省国際人事センター「JPO派遣制度」http://www.mofa-irc.go.jp/jpo/index.html 
  2. YPP:外務省国際人事センター「YPPへの応募案内」http://www.mofa-irc.go.jp/apply/ypp.html 
  3. 国連事務局:国連広報センター「持続可能な開発目標(SDGs)とは」http://www.unic.or.jp/activities/economic_social_development/sustainable_development/2030agenda/
  4. One UN:国連フォーラム「第21回私の提言:国連機関がひとつになり効率よく援助するために」http://www.unforum.org/teigen/21.html

2016年9月3日掲載
企画リーダー:中島泰子
企画運営:原口正彦、志村洋子、高橋尚子
議事録担当:平井光城
ウェブ掲載:中村理香