第120回 「国連と軍縮:国連は軍縮に対して何ができるのか?」

  • 日時:2017年11月10日(金)19時00分~21時00分
  • 場所:コロンビア大学ティーチャーズカレッジ図書館3階 ラッセルホール306
  • スピーカー:河野 勉氏(国際連合事務局軍縮局地域軍縮課)

河野 勉(こうの・つとむ)

大阪生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。ハーバード大学地域研究(中東)修士。コロンビア大学政治学部博士課程中退。ニューヨーク市立大学政治学部博士課程中退。1982年外務省入省。中近東アフリカ局中近東一課勤務後、アラビア語官補としてシリア、エジプト、アメリカ合衆国で研修。1986年在イラク日本大使館二等書記官。1988年に外務省退職後、コロンビア大学中東研究所および日本経済ビジネス・センター客員研究員、ニューヨーク大学中東研究所客員研究員、ニューヨーク市立大学ラルフ・バンチ国連研究所研究員を歴任。1995年のP3国連競争試験に合格。1995年国連大学本部学術部客員研究員として学術審議官を代行。1998年から国連軍縮局事務次長室でPolitical Affairs Officer として安全保障理事会を担当、イラク、北朝鮮、イラン、大量破壊兵器の不拡散問題に取り組む。

2006年から軍縮局ジュネーブ課にて、軍縮会議事務局、NPT事務局で働き、小型武器のジュネーブの国連のフォーカル・ポイントを務める。2011年にニューヨークの軍縮局に戻り、通常兵器課、戦略企画室で勤務後、2015年に軍縮担当上級代表特別補佐官。2016年に大量破壊兵器課のSenior Political Affairs Officer として同課の課長代行を務め後、2107年6月から地域軍縮課次席。著作には「岐路に立つ核軍縮ー交渉の歴史と最近の動向」(人道研究ジャーナル Vol.6 2017)、“The Security Council's role in addressing WMD issues: Assessment and outlook" in Arms Control After Iraq (ed. W.P. S Sidhu and Ramesh Thakur)、"Sayonara, Japan Inc." Foreign Policy, No. 93. Winter 1993/1994 (Leonard Silkと共著)、"Road to the Invasion", Arab-American Affairs, Fall 1990がある。

■1■ はじめに

第120回勉強会では、国際連合事務局軍縮局地域軍縮課の河野勉氏をスピーカーとしてお招きし、「国連は軍縮に対して何ができるのか?」と題して、国連での軍縮動向についてお話を伺いました。最初に国連がどのような意味を持つのか、その捉え方について「Actor(主体)」 、「Arena(舞台)」、「Instrument(政策の手段)」という3つの側面からご説明頂きました。その後、軍縮の伝統的な概念から、国連総会第一委員会、軍縮会議、国連軍縮委員会と呼ばれる軍縮機構の概要や条約採択までの過程について、また軍縮機構枠外での取り組みについてもご解説頂きました。さらに、国連が取り組む軍縮問題について軍縮機構が有する問題をご紹介頂きながら、軍縮の流れやその特殊性につきご説明頂き、国連が軍縮の分野で何ができるのかをお話しいただきました。

以下の議事録の内容については、所属組織の公式見解ではなく、発表者の個人的な見解である旨、ご了承ください。

■2■ 国連とは?概念上の混同

国連とはなにか?国連事務総長、国連加盟国、国連機関(総会、安保理、経社理等)、国連の専門機関なのか、それとも国連の活動、もしくは国連事務局ないし国連職員の総体を意味するのか。このように、国連とは何を意味するのか、国連とは誰を指すのかを意識しながら、国連を捉えることが重要だ。国連はActor(主体)であり、話し合いを提供する舞台(arena)であり、政策の手段(policy tool/instrument)である。捉え方を分析すると、国連の役割、重要性がわかってくる。

■3■ 軍縮とは何か

伝統的な軍縮の概念としては、軍備・兵力の交渉による削減である。軍備・兵力の国際管理下における撤去・削減を目的として、国連憲章は第26条において安保理が国家軍備規制の方式に関する計画を国連加盟国に提出するように規定しているが、この条項は今日まで実施されていないのが現状。冷戦が始まるとともに米ソの間で軍拡競争が始まったため、国連憲章にそった軍備縮小・管理は実施されなかった。他方で、国連の枠外であるが、軍備削減が実施された唯一の例としては、ヨーロッパ通常戦力条約(CFE条約)がある。

軍縮とは何をすることを意味するのか。特定兵器の禁止・制限の交渉、軍事勢力の武装解除(DDR)、マクロ軍縮(大量破壊兵器の禁止と制限)、ミクロ軍縮(小型武器の不法取引防止・排除)、軍事の透明性の促進など、軍縮に関連する国際安全保障問題の多国間審議を積極的に行っている。例えば、軍縮会議における交渉により大量破壊兵器である化学兵器の開発・生産・備蓄・使用の禁止と廃棄関する条約、いわゆる化学兵器禁止条約(CWC)が採択され、本条約に基づいて設立されたOPCW(化学兵器禁止機関)の監督下で化学兵器の生産禁止、拡散防止、廃棄などが進められている。昨年、この条約の下でロシアは同国が保有する化学兵器の完全な廃棄を完了した。

また、軍事の透明性の促進策として1991年に国連通常兵器登録制度ができた。国連加盟国が武器の取引を報告することで、加盟国間の信頼醸成に役立ち、対話のきっかけとなるものだ。「軍縮」というと核兵器が思い浮かぶが、軍縮は幅が広く、宇宙における兵器の配備問題、近年ではサイバー兵器をどのように扱うかという課題もあり、多くの側面を持っている。軍縮問題の種類については後述する。

■4■ 軍縮機構(Disarmament Machinery)

軍縮機構には(1)国連総会第一委員会(First Committee)、(2)軍縮会議(Conference on Disarmament)、(3)国連軍縮委員会(UN Disarmament Commission)の3つがある。

(1)国連総会第一委員会:多数決による決議の採択を通した立法機関であり、毎年10月初旬から5週間、集中審議を行い、50から60を超える総会決議を採択する。審議の内容は、軍縮に関する国際協力、軍縮に関連する国際安全保障問題について話し合う。近年では、ミサイル問題、宇宙での信頼醸成措置や兵器配備問題、サイバー・セキュリティ―問題なども話し合っている。

(2)軍縮会議:ジュネーブにある唯一の常設多国間軍縮条約交渉機関であり、国連の正式な機関ではないが、1978年の第1回国連軍縮特別総会で現在の形体に認められた国連と関係の深い交渉機関である。軍縮会議は毎年3会期にわたり計24週間開催され、国連総会にその活動の報告書を提出している。軍縮会議は巨大な軍事力を有する国を全て含めた65カ国の加盟国が参加し、話し合いを行っている。軍縮会議はコンセンサスで決定するため、加盟国間で交渉案件の優先順位の意見が合わないこともあり、1996年に国連総会で採択された包括的核実験禁止条約(CTBT)の交渉以降、過去20年間、実質的な条約の交渉は行われていない。

(3)国連軍縮委員会:国連軍縮委員会とは国連総会の補助機関であり、国連の全加盟国から構成される。毎年春に3週間の会期で多国間軍縮の原則、勧告、指針など大きな問題について話し合う。条約の交渉を支えるように作られた審議機関であり、通常、核軍縮を含めた二つの議事項目を3年間にわたり審議し、コンセンサスによって勧告を採択することを目的としている。

これ以外にも、多国間条約や国連の会議で設立され政治的枠組み(例えば2001年の国連会議で採択された「小型武器と軽兵器の不法取引に関する行動プログラム」など)の運用検討プロセスなど、軍縮機構以外での枠組みも多数存在し、それぞれ長短がある。軍縮を進める妨げとなる要因は複数の点が挙げられるが、結局のところ解決策として軍縮を推進するためには重要なのは組織や機構ではなく、この問題を前進させようという政治的意思だと思われる。例えば、米ソの二国間戦略核削減条約や中南米の非核兵器地帯設立を決めたトラテロルコ条約は軍縮に非常に大きな貢献をした。特に、この非核兵器地帯に核兵器を使用しないことを約束した付属議定書に核保有国五カ国が署名している点で革新的ではある。ただし、この付属議定書の批准にあたり一部核保有国は、この条約は締約国が非締約国に(核兵器の)輸送と通過特権を賦与する権利に影響を与えないという解釈宣言を付しており、この条約が実質上核兵器を搭載している潜水艦、航空機の移動を完全に防止することに歯止めをかけている。ちなみに非核兵器地帯はこれ以外にも東南アジア、南太平洋、南アフリカ、および中央アジアに設定されている。

他にも、国連安全保障理事会は大量破壊兵器の拡散が国際平和と安全保障への脅威であると宣言し、核兵器の拡散問題に対し、国連憲章7章に基づき強制行動をおこす役割を担っている。イラクの場合は、同国の大量破壊兵器の廃棄義務が1991年の湾岸戦争の停戦合意に基づいて安保理決議第687号に定められたため、その違反が軍事行動に結びつく可能性があり、それがイラクにとっての妥協要素になったものの、北朝鮮の場合は、米国が軍事行動に出る可能性が極めて少ないため、北朝鮮は国連安保理の決議を実施していない。

■5■ 国連がとりくむ軍縮問題の種類

国連の第一委員会で議論される軍縮問題には全部で7種類ある。核兵器、他の大量破壊兵器、宇宙問題(軍事側面のみ)、通常兵器、他の軍縮手段と国際安全保障、地域軍縮、軍縮機構である。通常兵器問題の中にはクラスター爆弾、地雷などの問題も含まれる。

軍縮会議で議論される4つの主要問題は核軍縮、カットオフ条約、宇宙での軍拡競争の防止、消極的安全保証である。消極的安全保証とは、非核兵器国に対して核兵器を使用しないという保証である。非同盟国(南米、東南アジア、アフリカなど)はこの保証を強く求めているが、他方、核兵器を直接的に保有していないが、保有国と軍事的同盟関係にある場合には、それらの国は消極的安全保証が核兵器の使用禁止を意味することもあり、この保証を多国間条約により与えることに消極的である。現在、衛星を使用し敵の所在地を確認し空爆を行うことは条約で認められている。他方、宇宙で大量破壊兵器を配備することは宇宙条約で禁止されているが、宇宙における通常兵器の配備を禁止する条約はない。現在、軍縮会議で中国とロシアがこの条約の交渉を提案しているが、宇宙兵器の定義、地上からの人口衛星への攻撃の可否などが曖昧であり、条約の交渉は始まっていない。どちらかというとこの条約はアメリカの宇宙での優勢に対抗するための政治的手段だと解釈されている。

■6■ 軍縮はどのようにおこなわれるのか

軍縮は、国家間の直接交渉による兵器削減・軍備管理、少数の軍事大国による多国間条約の交渉、国連の枠組みにおける全加盟国の参加に基づく交渉・審議、地域内の多国間交渉・審議など様々な形で進められるが、軍事大国の参加しない有志連合がリードする多国間条約の交渉・審議なども近年は顕著である。例えば、対人地雷対策は市民社会主導のもと始まり、軍事大国の参加はないものの人道的な問題であることが多くの国家に認識された。これまでに地雷除去、被害者支援、予防策がとられ、軍縮条約としてだけでなく、人道的な条約として戦争からの復興に多くの貢献をしている。

■7■ 軍縮の難しさと国連の役割

そもそも軍縮問題は、国家の安全保障問題の根幹に関わる問題であるため、交渉を開始することすら難しい。この背景には、条約交渉権が国家主権として認められていることや、軍縮会議や国連軍縮委員会では、手続き規定によりコンセンサスが意思決定の要件となっており、実質拒否権として使用されていることがある。他にも、 交渉の対象となる軍縮問題の優先順位の不一致、軍事的効用と人道的配慮のせめぎあい、軍縮問題の多国間審議の現実からの遊離や、政治的方策で軍事的優位に対処する試みなどが軍縮問題の難しさである。

その上で、国連が軍縮に何ができるかという議論で重要であるのは、国連は議場であり、参加国である加盟国がどのような意思決定を行うかが軍縮の成否を左右する、という認識である。

国連は、軍縮、安全保障問題についての国家の立場、政策を発表する場を提供し、軍縮の交渉や審議は、国際規範の構築に資する。また、軍縮の審議は国家関係のバロメーターであり、信頼醸成措置そのものであり、軍縮の進展は軍拡競争を防止し、紛争を軽減させる。また、通常兵器の不法取引を防止し、武器管理を向上させる一方、新軍事技術が生む新しい脅威への対処にも取り組む。また、地雷や化学兵器などの非人道的兵器による人道的概念のアドボカシーの役割もある。

■8■ 質疑応答

質問:非国家主体への軍縮は?

回答:特別通常兵器禁止制限条約など、軍縮条約の中には非国家主体にも適用されるものもある。また、2004年に採択された安保理決議第1540号は国連憲章第7条の下で採択された拘束力を持つ決議であり、非政府団体が大量破壊兵器を獲得することを防止すること全ての国連加盟国に義務付けている。

質問:国連憲章がめざす軍縮は軍備の縮小のみなのか、それとも戦争を行わないことを指すのか?

回答:歴史的経緯として、核兵器不拡散条約(NPT)の中に非核兵器国への核兵器の不使用条項(消極的安全保証)を入れる案もあったが、核兵器の使用については個別に判断するほかないという核保有国の意見により同条約の枠外で議論することとなった。その意味では、核保有国は、核兵器の使用も含め、国際安全保障に脅威を及ぼしうる国への武力行使の権利を留保している。国連憲章に戦争を行わない誓約がある一方、核兵器の不使用が核抑止力を無効化するという理由から核兵器の不使用に踏み込めないという理論的矛盾が生じる。このように、国連憲章と、核軍縮の流れは時代が異なるので、めざす方向性が異なるという意見は否めない。

質問:日本の立場は?

回答:核兵器による唯一の犠牲国としての立場と、アメリカの核抑止力に依存している国としての立場がせめぎあっている。政府としては、国家安全保障を米国の核抑止力に依存しており、北朝鮮や中国の軍事的脅威から国民を守るという責任を問われている。一方、原爆の悲劇と苦悩を直接経験してきた被爆者や、核兵器廃絶を目指して努力してきた非政府団体など、幅広い国民の声を無視することはできない。その結果、核抑止力に頼りながらも、核軍縮を漸進的に進めるという政策を日本政府は維持している。

■9■ さらに深く知りたい方へ

このトピックについてさらに深く知りたい方は、以下のサイトなどをご参照ください。国連フォーラムの担当幹事が、勉強会の内容をもとに下記のリンク先を選定しました。

● United Nations in Twenty-First Century:http://archive.unu.edu/unupress/un21-report.html

勉強会で話題にのぼった国連活動の分析方法としての主体 (Actor)、舞台 (Arena)、政策手段(policy tool and instrument)について説明が掲載されている。21世紀の国連システムというプロジェクトの最初のシンポジウムで、当時の猪口孝上級副学長が行ったスピーチ。

2018年5月16日掲載
企画リーダー:原口正彦
企画運営:大川友里恵、加藤順平、洪美月、古林聖、高橋尚子、三浦弘孝
議事録担当:高橋尚子、河田 桃子
ウェブ掲載:三浦舟樹