第13回 「DDRガイドライン策定過程から見た統合と平和構築」
2005年11月18日開催
於・UNICEF会議室
国連フォーラム設立1周年記念・シリーズ勉強会 第5弾
"The Development of UN DDR Guidelines: Lessons for Integrated Missions and Peace-building"
大仲 千華さん
国連事務局 PKO局
Peacekeeping Best Practices Section
■1■ Disarmament, Demobilization and Reintegration(DDR)
- 現在策定中のDDRガイドラインでは、DDRの概念を、「DDR is a post-conflict stabilization programme that removes and manages small arms and light weapons in a country and its environ to promote the sustainable reintegration of ex-combatants and others associated with armed groups, in order to make peace irreversible」と定義している。
- 具体的には、disarmamentは武器回収・処分、demobilizationは、文民としての心構えなどに関する受けることなどを通じた除隊兵士から文民としてのアイデンティティの転換、そしてreintegration(社会・経済統合)は除隊後の元兵士達がコミュニティーに受け入れられ、自らの力で生活できるよう支援するもの。
- Note by the Secretary-General (A/C.5/59/31)では、DDRの各フェーズ(disarmament, demobilization, reintegration)で含まれうる構成要素が挙げられている。
- ただし、概念の構築よりも先に現場のニーズに応じる形で進められた面が強い。平和維持活動の枠組みでは内では、過去に、モザンビーク(UNUMOZ)、アンゴラ(UNAVEM II?)、グアテマラ(MINUGUA)、エルサルバトル(ONUSAL)、シエラレオネ(UNAMSIL)等で実施され、現在はリベリア(UNMIL)、ブルンジ(ONUB)、コンゴ民主共和国(MONUC)、ハイチ(MINUSTAH)等で実施されている。
■2■ DDR分野とそれに関する統合と平和構築に関する国連の取り組みの背景
- 平和構築の概念は、Peace-makingとPeacekeepingと共に、1992年にブトロス・ガリ国連事務総長(当時)が提出した「平和への課題」(An Agenda for Peace)で提唱される。冷戦下でのPeacekeepingが主に停戦合意の履行を監視するものであったのに対し、冷戦後には国家間(inter-state)の紛争だけでなく国家内(intra-state)での紛争が増加したことから、カンボジアでのUNTAC(1992年~1993年)をはじめ、単なる停戦監視や国境監視にとどまらず選挙支援、人権保護、HIV/AIDS対策、ジェンダー等の要素を包括する複合型(multi-dimensional)のPKOが展開されるようになった。
- 1997年に現アナン事務総長が国連改革を打ち出した際、Peace-buildingのための実施体制が国連内で整備されていないことに言及。
- 2000年に発表され「国連の平和活動」を包括的に見直したブラヒミ・レポート(Report of the Panel on UN Peacekeeping Operations)の中では、Disarmament, Demobilizationのみでなく、Reintegrationを含むすべての要素がDDRに成功には不可欠と指摘。DDRの包括性を指摘し、DDRにおける国連の効率的な実施体制が必要であると指摘している。
- 平和構築の分野における国連システム改善のための提言として、2000年に "Note of Guidance on the Relationship between Special Representatives of the Secretary General, Resident Coordinators and Humanitarian Coordinators" が提出された。これを受け、スーダン、コートジボワール、ブルンジ、シエラレオネ、リベリア等で、UNDP・国連カントリーチーム・PKOミッションの組織的統合が図られている。
- ハイパネル・レポート(The Report of the High-level Panel on Threats, Challenges and Change」(2004年)の中で、DDRは「平和活動の成功を握る最も重要な要素の一つ」とされている。
■3■ DDRガイドライン(Integrated DDR Standards: IDDRS)
- DDRの実施にかかわる実務者がDDRの計画、実施や評価をより容易にできるようにするため、14国連機関と共同策定。例えば、国連側に除隊兵士を受け入れるためのキャンプのレイアウトの仕方、武器を持たない女性兵士等のスクリーニングの仕方等に関する知見がなく、実際の活動を開始するまでに数ヶ月の準備期間を費やす例が多かった。
- DDRには多くの国連機関が実施に関与し、国連各機関にそれぞれの専門分野における知識の蓄積や政策は断片的に存在するものの、国連としての統一した政策・見解がなく、各機関間でのConsistencyがとれていなかった。
- 具体的には、以下の反省点がDDRガイドライン作成の直接の契機となっている。
- トップダウン型の限界(リベリアでは、和平合意の中で実施が現実的でないタイムラインが規定され、現場での準備が整わないままDDRが始められてしまった。ハイチでは、現地の状況に必ずしもそぐわない形で、安保理決議でDDRの実施が決定されてしまった背景がある)
- 長期的視点の欠如(武器回収による短期的な安定に重点がおかれ、Reintegrationの準備が整わないままDDが実行され、除隊兵士の不満を募らせた例がある)
- Buy-Back型武装解除の限界(武器回収で得た現金がドラッグ購入等に充てられるケースが多い。また、結果的にブラックマーケットからの武器密輸を促進することにもなる)
- 新しい問題への対応(従来のDDRでは武器回収に重点が置かれていたため、DDRのプライオリティーは成人男性→子供→女性の順となっていた。そのため、例えば、間接的戦闘にかかわった女性を対象としたDDRといった新しい課題への対応が不十分であった。
- DDRを支援するための財政体制(disarmament、demobilizationはPeacekeeping予算から賄われるが、reintegrationは加盟国の自主的な出資によって賄われており、支出に時間がかかる。このため、リベリアではdisarmament、demobilizationが終了した後reintegrationに移行するまでに10ヶ月間もの空白期間があった)
- Monitoring とEvaluationの重要性(リベリアではDDRの対象となった除隊兵士のMonitoringが行われていなかったため、除隊後の兵士がどこに行ったのかを把握できないなど、適切な評価を実施することができなかった)
- DDRガイドラインはUNDP、UNICEF、UNHCR、UNFPA、UNIFEM、ILO、IOM、WHO、UNAIDS、WFP及び国連内の関連各局(軍縮局、政治局、広報局)が2002年4月に共同策定を開始。現在、関係者間の協議・シミュレーションを経て、最終編集作業中。
■4■ DDRガイドラインの構成と各部の要点
- Level 1:Concepts, Policy and Strategy of IDDR
- 概念、原則、DDRと平和構築の関連性、包括的アプローチの重要性など
- Level 2:Structures and Processes (Management and Verification)
- DDRのプランニング、ロジ支援(除隊兵士の食事、寝具、生活用品の手配等)、財政(どの予算をどの活動に充てるか、予算の有効活用等)、(国連と支援国双方における)のDDR実施体制、M&E(従来は回収した武器の数のみで単純に評価されていた)
- Level 3 :Operations, Programmes and Support
- DDR各フェーズの具体的な実行計画、軍人・文民警察の役割、Public Informationの役割等(UN Military Observerは武器回収・管理、DDRの対象となる兵士たちの接触や情報収集、除隊兵士が実際に戦闘に参加していた兵士であったかどうかのスクリーニングを担うなど、DDRにおいて果たす役割が大きい一方、DDRに関する(特に、Disarmament後のDRについて)が知識がない場合が多く、対象兵士に対して過剰な期待を持たせたり、間違った情報を流した例もある)
- Level 4:Cross-Cutting Issues
- DDRにおけるジェンダー(女性兵士の取り扱い)、子供、Youth(年齢上「子供」ではないが、教育や特別な配慮を必要とする年齢層の除隊兵士)、食糧支援、外国人兵士(難民)の扱い、HIV/AIDS、保健(キャンプの中で最低限の知識を提供)
■5■ MINUSTAH(ハイチ)とUNMIS(スーダン)での統合DDRユニット
- ハイチ及びスーダンでは、Peacekeeping MisssionとUNDPのDDRにかかわる部署を統合し、統合DDRユニット(Integrated DDR Unit)を設立。これにより、(DDはPeacekeeping Misssionが担当、ReintegrationはUNDPが担当と)別々に行われてきたプランニングや実施を共同で行うことにより、DDとR間の移行をよりスムーズにする試み。
- 従来は、DDとRのフェーズごとで別々に行われてきた予算の策定が、Peacekeeping MisssionとUNDPとの共同で、DDR全体計画や全体予算が策定されるなど、統合DDRユニットのメリットは具現化されつつあるが、各機関の行政システムや予算執行体制の違いなどが実行面でハードルとなるなど、現場の運用レベルでは統合が不十分。
■6■ DDRガイドラインに関する今後の予定
- DDRガイドラインは2006年3月にSG reportという形で総会(安保理?)に報告され、5~6月に出版の予定。
■7■ 統合(Integrated Missions)と平和構築への示唆
- 統合のパイロットとしての統合DDRユニット:従来、「平和は開発なしには存在せず、開発は平和なしには進まない」という理念そのものは受け入れられていたものの、それを効率的に実行するための現場での実行体制が十分に確立されているとは言えなかった。国連システム全体を平和構築に向けて効率的に統合することも提唱した統合(Integrated Mission)という概念が提唱されたのにもそうした背景があった。そうした点において、スーダンとハイチにおいて、UNDPと平和維持活動との統合DDRユニット(integrated DDR unit)が確立されたことは、概念のみでなく、その実施体制に踏み込んだ点で評価できる。が、ハイチとスーダンでの例が示すように、統合を概念にとどまらず実行に移すためには、各機関内の行政システムや予算執行体制を含めた運用面での統合が必要。
- 平和構築としてのDDR:DDRはDisarmamentによる短期的な安定の確立から、雇用創出や心理面でのサポート、紛争後の教育など幅広い分野を含むReintegrationまでをカバーするという点において、DDRは平和と開発をつなぐ平和構築の活動の一つと捉えることができる。そうした視点で捉える場合、DDRにおける課題は、国連における平和構築への課題とも重なることが多い。平和構築における国連の課題として以下が挙げられる。
- 心理的サポート:紛争の中で長く過ごし、社会性が身についていない女性兵士や子供兵士に対する心理的ケアを実施する必要があるが、国連はこうした課題に対する知見が十分でなく、どの機関が担当すべきかという点についても不明確なまま。
- 司法・安全保障分野の改革 (Judicial) and Security sector reform(JSSR/SSR)は、DDRをはじめ平和構築のさまざまな分野と関連があるが、この分野においてもPKO局、UNDPを含め知見が十分でなく、アドホックに二国間ベースで進められている。PKO局・国連のポリシーが必要。
- HQ・フィールドのギャップ:本部で合意された政策が現場の実務レベルでの実施がどこまで徹底されるか。
- アセスメント、計画策定、評価のHarmonization:現在は、各国連機関が個別に計画策定・評価を行っている。まして、PKO局では評価という概念は弱いばかりか、特にPKO活動の初期段階では平和維持軍の展開を重点とするため、評価の基準がだいぶ異なる。関連機関で共同の評価基準を設定する必要。
- PKO局の今後の役割:冷戦後、PKO活動が複合化してジェンダー、HIV/AIDS等新しい問題に対応するようになったにもかかわらず、国連PKO局の組織構造は冷戦期から変化していない。今後PKO活動の複合化を一層進めるべきなのか、あるいは軍事的活動と文民活動の橋渡しに特化すべきなのか、という点を平和構築のコンテクストの中で再考する必要がある。
- 世界銀行とのMOU:PKO局と世界銀行の間では戦略レベルでのパートナーシップ強化が進められているが、実務レベルではまだ不十分。
質疑応答
■Q■ DDR活動の予算が不足している場合に世界銀行やアフリカ開発銀行等から予算を充ててもらうことは可能か。
■A■ 可能。ただし、世界銀行やアフリカ開発銀行等を含めに開発銀行はDisarmamentの部分には資金を拠出できないなどの制約がある。
■Q■ PKO局・Peacekeeping Missionが武器の管理・国境管理に携わることはあるのか。
■A■ Peacekeeping Missionは、DDRで回収した武器を管理し、処分するまで責任を負うが、DDRの範囲を超えた武器管理の制度構築(武器管理の法制定等の環境整備など)は、平和維持予算の制約から制度構築の初期計画策定にとどまっている。その後は、主にUNDPが武器管理の法制定等の環境整備を支援するケースが多い。
■Q■ DDRにおいて現地政府はどのような役割を果たしているのか。
■A■ 理論上、DDRにおける国連の役割はあくまでもサポート的なもの。しかし、実際にDDRが実施される状況下においては現地政府が機能していない、または停戦合意への見返りとして虐殺に関与した疑いの強い当事者が暫定政権のポストを約束されるケースなどがのため、暫定政権の正当性や中立性という点において、国民からの支持を得ていない、敵対する勢力間での信頼熟成がされていない等のケースが多いため、国連が中立性を強調しつつ中心的な役割を担うことが多い。
■Q■ シエラレオネでのDDRの成功要因は何か。
■A■ (ハイチでは和平合意がなかった一方、)シエラレオネでは明確な和平合意があり、紛争当事者(warring party)からのコミットメントも得られた。また財政面では、「人間の安全保障基金」からの長期的な支援があった。
■Q■ DDRが失敗した場合、PKO局はどのような行動をとっているのか。
■A■ 例えばリベリアやハイチでは過去にも平和維持活動がDDRを試みたが、失敗している。
95年以降PKOが展開されていたが、DDRの失敗後にPKOがそのまま撤退してしまったため、国連のカントリーチームに負担がかかっている。
■Q■ スーダンでは国軍及びSPLA/Mの除隊兵士を対象にDDRが行われる予定だが、双方の除隊兵士の行き先はどのようになっているのか。
■A■ Reintegrationプログラムによる雇用創出とスーダン国軍とSPLM/A暫定軍へそれぞれが吸収される予定。和平合意上、除隊兵士の行き先は国軍に吸収されるかも含めて当事者双方に委ねられている。合意締結から30ヶ月後にスーダン国軍が南部から撤退することになっているが、その後のことは、特に国軍の規模に触れることになるので、双方の信頼熟成を待つ意味で、国連も現時点では積極的な介入を避けている。現在は当事者双方にとって脅威となる可能性が低い女性兵士・子供兵士を対象としたInterim DDR Programme (IDDPR)の準備が進められており、それを経て本格的なDDRが始められる予定。
■コメント■
- カンボジアやリベリアのように、DDRが和平合意に組み込まれていたり、安保理からのプレッシャーがあったりして現場での準備が整っていなくてもDDRを開始せざるをえない場合、実施段階で問題が噴出することになる。
- Peace-buildingにおいては安全保障と開発を統合し、同時に実施していく必要があるが、援助機関の側には紛争後社会でどのように開発を進めるかという知見が蓄積されていない。例えば世界銀行の場合、途上国と二国間の関係でプロジェクトを実施することが多いため、紛争後の社会で国連等他の機関と協調しながらプロジェクトを実施することには慣れていない。
- カンボジアではJICAが、アフガニスタンでは日本政府がDDRに参加している。DDRは日本の知見を活用できる分野であり、日本政府の力が発揮されるよう期待したい。
- 女性兵士、子供兵士等のSpecial needs groupを対象としたDDRは、戦略上だけでなく女性・子供の権利の観点からも重要。今後、DDRと法律・権利の関係について検討していく必要があるだろう。
- DDRガイドラインの中で選挙実施後のDDR(特にreintegration)についてどのように言及されているのか。
- DDRを適正に実施するうえでは、国連スタッフの安全をどのように確保していくのか、という点も重要。
担当:大槻