第15回 「ミレニアム開発目標の現状と国連開発計画の政策」UNDP's Approach to Support the Achievement of the Millennium Development Goals (MDGs) by 2015
2006年1月24日開催
於・国連代表部会議室
国連邦人職員会/国連日本政府代表部/国連フォーラム 合同勉強会
西本 昌二さん
国連開発計画 (UNDP) 開発政策局長
(略歴)にしもと・しょうじ。大阪大学卒業後、71年にハワイ大学大学院で修士号 (経済学) を取得。その後、エコノミストとして国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP タイ)、国連食糧農業機関 (FAO イタリア) を経て、80年からアジア開発銀行(ADB フィリピン)にて勤務。99年から戦略・政策局長として、開発政策の策定評価、投資分析及びプロジェクトマネージメントを専門とし、ガバナンス政策や貧困削減戦略ペーパーなど、ADBの政策立策に従事する。02年9月より、国連開発計画 (UNDP) 本部、開発政策局長。大阪府堺市出身。
http://www.undp.or.jp/news/Nishi20Sep.htmより。
■はじめに (自己紹介)
大阪大学経済学部卒業後、銀行勤務の後奨学金を得てハワイ大学で勉強。国連アジア太平洋経済社会委員会 (ESCAP) の調査部で4年ほど働いて後、国連食糧農業機関 (FAO) に移る。農業関係の開発計画を担当し、4年ほどフィールドの仕事をした。その後、アジア開発銀行 (ADB) の農業部を経て、政策、企画、営業、東局と2002年まで勤めた。この間、増資、ドナー協議等を担当。定年を3年後に控えた 2002年9月に転職し現職。本日は、ミレニアム開発目標 (MDGs) の経緯、UNDPの取り組みにつき話をしたい。
■1■ MDGsの現状と問題点
日本が、経済協力開発機構・開発援助委員会 (OECD/DAC) の開発戦略策定に大きく貢献したことはあまり知られていない。当時のOECD/DAC開発戦略に設定された国際開発目標 (International Development Goals) が、発展してMDGsになった。MDGsには8つの目標があるが、一番の問題点は、それ等を達成するための戦略が実は無いという点。国により経済的、社会的、政治的要件が違うので、同一の戦略ではうまくいかないというのが通説である。MDGsは、うまくいけば結果が数値に表れるというゴール・ポストであり物差しである。しかし、目標間には相関性 (multi-collinearity) があり、この関係は簡単な数式で現せるものではない。例えば、「幼児の死亡率を減少させる」ため、幼児の健康管理を保護する施設を作ればいいのか、というとそうではなく、栄養や水道、母親の教育といった複数の要素が関係する。MDGsについて、国際的な同意が得られたことは評価できるが、一方で現状のMDGs認識には問題もある。
例えば、開発目標1には「2015年までに1日1ドル未満で生活する人口比率を半減させる」とある。1日1ドルで暮らしていたのが2ドル、3ドルになったからといって、人間の安全保障やアマルティア・センのいう人間の選択の自由が達成されるのか。そうはならないことは明らかである。また1ドル未満で生活する人口を半減させたところで、残りの最貧層はどうするのか、ということまでは考えていない。また、所得と経済成長の関係にも触れておらず、投資の有効性 (capital co-efficiency) や経済成長における仮定も明らかでない。ジェフリー・サックスが、MDGsを投資に結びつけるためにMDGs達成に必要なコスト計算をしているが、生産関数が明らかにされていない中でコスティングをするのは難しい。例えば、教育普及のための投資を15ドルから50ドルにするとしても、A国とB国では同じ増額に対する結果は違ってくるだろう。その違いの要因についての分析、議論も進んでいない。
開発目標8は「開発のためのグローバル・パートナーシップの推進」である。だが、ドナー国側の責任は明確ではなく、市場開放等のパフォーマンス指標もはっきりとしていない。
しかしながら、途上国の多くは、世銀や国際通貨基金 (IMF) が中心となって設定した拡大重債務国 (Heavily Indebted Poor Countries, HIPC) や貧困削減戦略文書 (Poverty Reduction Strategy Paper, PRSP) のフレームワークを用いて、MDGsをベースとした開発戦略を実施しようとしている。サックスが主張する、ドナーがODAを増やしこれまでのパラダイムをひっくりかえす、という議論に途上国が応じたのは、ODAが増える可能性が高まるからだ。しかしながら、総花的な戦略を作ったところで途上国のオナーシップ、リーダーシップは増しはしない。MDGは、政策のコンディショナリティーという面もある。ソフト面の投資は話されているが、逆にハードウェアはMDGのスコープに入らないことから、ソフトはODA、ハードはその他のリソースという分類をしても、ファンジビリティ (資金の流用可能性) からすれば、市場への影響がない訳ではない。
2003年の人間開発レポートでは、約50カ国、特にサブサハラアフリカの国々においてMDGs達成は無理、という結論が出されている。こういった国々への対応をどうするのかという問題がある。ODAを増額する際にはマージナルアウトプットが高い国に投資すべき、という議論もある。より効果が高い国に投資すべきという議論はあって当然で、達成不能であっても最貧国に投資しなくてはならない、ということだけでは、ドナーは納税者に対する説明が難しい。
また一方、MDGsは地球の物理的なキャリイング・キャパシティー、例えば成長に伴う温暖化や環境の問題を捉えていない。中国が現在のように9、10%の成長を遂げることは、MDGsの達成につながるが、中国やインドがこういった成長を続けることは、地球のキャリイング・キャパシティーがもたないと考えられる。
以上、MDGsの限界を指摘してきたが、それでは何故UNDPがMDGsを推進しているのか?それは、一つにはこれまで国際社会がMDGsを目標に積み上げてきたことを無にするのは、あまりに機会費用が高いからだ。欠点や短所を補いつつMDGsを開発戦略として進めていくことが重要であって、全く希望がないからMDGsは止めてしまえ、という議論ではない。欠点を知った上で開発を強化していかなければならない。キャパシティ・ディベロップメントやガバナンスに力を入れてきたUNDPにとり、MDGsは、拝むものでもなければ破って捨ててしまうものでもない。使えるところで使えれば良いのである。
■2■ UNDPの役割
MDGsは、各国が国別の開発戦略を作成するベースとして活用されるべきものであり、その過程をサポートしていく、というのがUNDPの立場である。途上国に流れる資金、資源には、バイ、マルチ、民間セクターと多様であるが、受け入れる国に明確な開発戦略、政策が整っていれば、ドナー、投資側としても受け入れやすい。日本のODAに限らないが、バイでは相手国との歴史的関係や直接投資の度合い、資源の有無など多様な視点が考慮されるため、単純に貧困削減のゴールに向かって動いているわけではない。納税者に説明ができるように、日本の国益について考慮することも当然である。その中で、MDGsは、説明責任が問われる時代にあって、バイ、マルチを問わず援助の透明度を高めることに貢献できる、と言える。
2005年9月に国連総会で採択された決議案で、「途上国は全てMDGsに基づき国家開発戦略を策定する」と合意されたことはサミットの一番の成果である。これを受け、事務総長は、国連全体としてこれに取り組み成果を出すように、という指令を出した。UNDPは開発専門機関としての自負と存続をかけて取り組むことになる。2005年春から、サミットに向けて何をするのか、UNDPとして何をするのかについて考えてきた。結果、MDGsを促進する戦略としてIntegrated Package of Services (IPS) を提唱している。
当時、事務総長アドバイザーであるジェフリー・サックスがミレニアム・プロジェクトを通してアフリカを中心とした活動を行い、平行してミレニアム・キャンペーンが2、3年行われていた。この間UNDPは、各国のレポート作成、統計整備等、スコア・キーパー的役割を担うにすぎず、旗振りはしていなかった。知名度があり資金も潤沢なサックスから若干の距離を置いていた。サミットに向けてUNDPも国連組織として貢献する必要に迫られ、コロンビア大学のEarth Instituteとの合意を得て、UNDPがIPSを担当することで統合を図った。一方で、世銀のリーダーシップでPRSPが動いており、この面で国連が何かを新たにやる、といっても世界はついてこない。PRSPを長期的な視点でいかにMDGsとの整合性を持つものとするか、プロセスを参加型にするか、といったところで調整を図っている。また、UNDPは多々ある国連組織 (各ファンド、プログラム) のコーディネーションの役割を担っている。例えば、フィリピンでは、国際労働機関 (ILO) 、国連貿易開発会議 (UNCTAD) 、世界保健機関 (WHO) など活動しているが、総括的な国連システムとして途上国をサポートしていかなければ混乱を招く。
例えて言うならば、IPSはカメラの三脚である。三脚は各々の脚の長さが調整でき、地面が平坦でなくても、カメラを安定できる。この三脚とは次の3つである。
(1) コスティングを含むニーズアセスメント:サックスによる投資と貯蓄のマクロマッピングの延長で、MDGs達成にかかるコスト計算。成長とリソースのマクロモデルを作って、その投資と貯蓄の差をODAで埋めるというもの。これは、実は30年前もやっていた内容である。このアセスメントの際、相乗効果を踏まえて計算する必要がある。
(2) 政策面での提言:各MDGsのゴール間での政策的・コストの連携の提示。例えば、輸出志向の開発戦略のための政策提言等をし、選択肢を提示する。
(3) 個人、組織、広い意味での社会的能力の育成:キャパシティを育てていかなければ、投資効果を維持できない。
以上3つの足を持って、UNDPは各国を支援している。キャパシティー・ディベロップメントについて言えば、例えばインドにはニーズアセスメントができる人間は中央の計画局には100名ほどの専門家がいたりするので、UNDPが行ってもしょうがない。しかし、インドは内部格差フラストレーションを抱えおり、そういう点で他の国の例を踏まえた政策提言をしていく。つまり、各国ごとに政策提言のメニューが違ってくる。
キャパシティー・ディベロップメントは、脆弱な国家他、50数カ国を対象としている。サブ・サハラのアフリカが主で、戦乱の中にあるような国々に主眼をおいている。しかし、UNDPは唯我独尊でやっているわけではない。開発銀行やNGO、学識者ともパートナーシップを組んでやらなければならない。国連内部にも専門機関がたくさんあり、専門機関をいかにMDGsに取り組んでいくかが課題だ。一方、専門機関もMDGsに乗り遅れたら自分たちの存続が危うい、という点がある。UNDPとしては例えばFAOなどの専門機関にも指導的な役割を果たしてもらう必要があり、UNDPが全面的に指導力を発揮する、ということにはならない。
サミットの決議文では、全世界の途上国でMDGsをやることが決まったが、百数十カ国で同時に行うことは難しい。UNDPでは、MDGに優先的に取り組まなければならないアフリカの国々とアジアで成長に乗り切れていない国々のうち、まずは13カ国をIPSにおける重点的国としてサポートしていく。
質疑応答
■Q■ アフリカ、特にサブ・サハラを含む50数カ国ではMDGsの達成が難しいといわれているが、それらの国々にこそ力を注ぐべきである。費用対効果に注目し、どこに資金を投入すべきか考慮すべきか?
■A■ 銀行員としての経験から考えると、資金は一番効果が望めるところ、投資効果が保証されているところに投入すべき、という考え。しかし、これは開発に携わる者に付きまとう価値判断の問題である。Trickle down effectというように、全体のパイが大きくなれば貧困層も益するので、全体のパイを大きくする努力もすべきだが、何よりも歴史を勉強する必要があるだろう。歴史から、先進国が現在に到る課程で何が起きたかを学ぶことが出来る。
昔は封建的な社会の中で上層と下層しかなく、中間層がなかった。経済が発展し、中間層が構成されていき、貧農でなくなって初めて意識改革につながった。多少裕福になってきたけれども基本的人権が認められていない、政治に参加できない、ということになってくるところに変革への意識が生まれる。資本主義が最も進んだところで革命が起きるのではなくて、進まないところで革命が起きる。その際インテリゲンチャが変容の力となる傾向がある。従って、インテリゲンチャに限らず教師でも官僚でも、中間層を増やすことが重要。良い意味でも悪い意味でもこれまでの「狭義の開発」開発戦略は間違っていた。社会改革、構造改革、意識改革が重要であり、政治学、社会学を踏まえた上での開発学を形成すべきである。
必要なところに資金を投入するか、投資効果があるところに投資するか、という議論については、答としては投資効果が強いところを選ぶべき。ただし、効果が期待できないところでも、強力な投資をすることで、大きな経済・社会的変化が生まれる可能性もある。その際には指導者の力が重要。そこで民主主義が果たす役割もあるが、しかし、民主化のみが成功の鍵ではない。例えばラ米では左翼のリーダーが支持されており、センの提唱する民主化とは違う。民主化といっても様々な問題があり、正しい方向に進まないケースもでてきている。
■Q■ 個人、組織、社会のキャパシティ・ビルディングが必要、ということだが、社会のキャパシティ・ビルディングとは何なのか。世銀の提唱する「cohesiveness」にあたるのか。
■A■ 従来、UNDPは「キャパシティ・ビルディング」ではなく、「キャパシティ・ディベロップメント」とよんでいる。「ビルディング」には、インプットさえ行っていればうまくいくというようなニュアンスがあるが、「ディベロップメント」には、内部のものに由来する、という視点が含まれる。キャパシティ・ディベロップメントとは、問題を認識、内部化して、何らかの手段がとれるような能力を指す。しかし、個人、組織がそれぞれうまく動いても、社会全体としてうまくつながっていなければならない。○○省がうまく動くというだけではなく、民意を反映しているかも問われる。社会水準、社会変革、国民意識、問題認識の能力を指す。
■Q■ ある国の貧困削減戦略がMDGs basedでない場合、さらにMDGs basedな戦略を作成するのは大変だと思う。国の負担を減らすための工夫はあるか?また、キャパシティ・ディベロップメントは時間がかかるだろうが、MDGs based 貧困削減戦略とのバランスはどう取るのか?
■A■ 当該途上国が既に政治的、社会的、経済的に納得のいく貧困削減戦略を持っている場合、それを土台としてMDGsにつなげる追加的な作業をしていけば良いのであって、更に戦略を作成する必要はない。途上国が責任をもって戦略を立てること、参加型で作成されていることが大切である。PRSPは、ベトナムでは「PRSP」と呼ばれておらず、「PRSP」と呼ぶ必要もない。また、各省庁からの要求を積み上げただけではだめで、自治体レベルで議論し、民意が反映された形であって欲しい。しかし、それはなかなか難しいことで、まずはトップ・ダウンから始まるのが実状だろう。
確かに、キャパシティ・ディベロップメントは時間がかかる。専門家が出掛けて行き、集中講義を行って、一緒に取り組んでいる。まったく能力が何もない国はなく、能力の高い人たちはいるので、MDGsの浸透に努力している。特に、実務に携わる人々にMDGsを知ってもらい、3ヶ月、6ヶ月単位のキャパシティ・ディベロップメントをやっていく必要がある。トレーニングや基礎教育など、外国人部隊を持ちこむ場面もあるが、外国人は長く留まらない、年功序列、といった問題もあるので、トレーニングを受けた人材が活躍できる場を作ることが大切。しかし、長期的なキャパシティ・ディベロップメントは難しく、現実はなかなかうまくいっていない。バイの場合は自国の専門家を送り込むことをどの国も行っている。その際、MDGsに無関心の人が送り込まれるのは問題だ。
■Q■ 歴史から学ぶ、ということだが、日本の経験の中でMDGsに活用できる知見、例などあったら教えて欲しい。例えば、MDGsの目標のひとつは妊産婦死亡率を下げることだが、日本はこの目標を過去に達成した唯一の国である。
■A■ 日本では、親は満足に食べずとも、子供の教育のために貯蓄するというコミットメント、食事の前には手を洗う、そういった教育の広い浸透があった。東京では江戸時代から下水が完備されていたことは、日本の保健衛生に対するコミットメントの現れである。日本は急に先進国になったわけではない。Politically incorrectと言われてしまうが、第二次大戦直前、日本には当時の戦闘機の水準でずば抜けた零戦があった。アメリカの戦闘機は全然だめだった。日本の工業力、それを支える設計能力は、一朝一夕にできたわけではない。今の途上国はそういうことができない。
国家に対するコミットメントが大切で、国民の使命感が薄い国の開発は難しい。この国と心中してもよい、と思う指導者が何名いるかいないかに、開発が成功するかどうかがかかっている。最近の問題では、移民の母国への送金問題。移民を助長している先進国があるが、日本は移民を受け入れないことで優秀な人材が自分の国に残る、という観点からは、100点をもらって良いくらいである。
■Q■ 国全体を捉えた貧困削減はCDFからPRSPという流れで世銀が主導してきた。UNDPは名誉職として世銀と一緒にやっている、という印象があるが、UNDPはUNシステムの調整はできるが、それを超えて、世銀をも組み込むコーディネーションというのは本当にうまくいくのか?世銀の反応はどうか?また、ISPの13カ国はどのように選ばれたのか?
■A■ 13カ国については、途上国からの要請が基本である。第2ラウンドのPRSPの進行状況も考慮されている。
世銀とは、総裁レベルで話し合いが行われている。世銀自身、PRSPにつき厳しい評価を得ている。初期のPRSPは、世銀のオフィスでドラフトされた、短期投資に集中しすぎた、等と批判を受けた中で、途上国の主導性、民意の反映 (参加型の意思決定) 、政策の長期化が重要であるとの認識がある。世銀のリソースにも限界があり、世銀側にも柔軟に対応しようという機運が出てきた。
国連と開発銀行の関係で、どちらが主導権をにぎるかという質問は、各国の状況による。例えば、UNDPモザンビーク事務所は、バイ、マルチの窓口になっている。強い、良い人を出せば世銀も対応する。つまり、国レベルでは市場メカニズムが働いている。しかし、本部レベルではいろいろな政治的議論もあるので、協調は差し引いて理解した方がいい。早い段階で国レベルにもっていき、途上国が主導権を握ってMDGsの強調を図る、という形が望ましい。
■会場からのコメント■ 日本の経済史の分野で、経済発展における政府の役割というセミナーを開講したことがある。本日の勉強会にでてきた議論は、古くて新しい問題である。福澤諭吉の「学問のすすめ」は、いかに国家を形成するか、精神面での条件を議論した文献だ。農民はよく学んで大農民になるように、商人はよく学んで大商人になるように、と中間層の育成を奨励している。
また、日本の例がMDGs達成のために役に立つのか、という点の答えはイエスでもありノーでもある。日本では、江戸時代に女性が一人で旅ができ得るインフラが整備されており、識字率も高かった。大阪、東京では為替決済をすることもできた。そういう状況を踏まえれば答えはノーである。一方、日本の植民地統治から学べるものはある。後藤新平率いる台湾統治時代、圧倒的な軍事力を背景にしたとはいえ、日本は宗主国として衛生、医療、道路、学校等の整備にかなり成功している。今日コンゴを訪れると、宗主国は何をしていたのか問いたくなる。
さらに、個人、組織、社会のキャパシティ・ディベロップメントについて。これは、社会で共有する倫理がないと難しい。経済発展の主力は民間投資、そして当事国の人々である。
■Q■ 日本の経済発展のドライビング・フォースは貿易だった。貿易は比較優位によるが、今日のグローバリゼーションの中では比較優位を持つことは難しい。先進国が貿易への門戸を解放する方が重大なのではないか?また、経済発展と政治体制の問題もある。例えば、ある種独裁であるシンガポールで経済開発が成功し、ラ米では不公平感が高まっており、この不公平感が極度に達すると「元の木阿弥」になってしまう。国連、国際社会はいかに民主化に関与すべきか?
■A■ 貿易比較優位、門戸解放、資源の有効利用、競争など、難しい問題だ。国際的に資源の比較優位がうまく動いて、海外の市場があれば経済発展につながる。例えば、バングラデシュでは多国間繊維取決め (Multi-Fiber Arrangement) を通して、繊維産業が女性を含めた50万人ほどを雇用し、輸出を担っている。日本も、昔は安い女性の労働力に比較優位があり、繊維産業が発展した。バングラデシュでも比較優位があるのは安価な女性の労働力である。貿易論から言えばそれで良く、ここから、良いデザインができないか、バングラデシュの特有の繊維を使ったものができないか、という段階に進む。しかし、先進国の様々な補助金が問題で、比較優位が十分に発揮されていない。グローバリゼーションの中では、後発国の経済発展は難しい。さらに、アフリカでは東南アジアの雁行形態論に表されるような発展は起きにくい。また、前方・後方の産業連関がないような産業しかなく、比較優位も絶対優位も少ないアフリカでは、貿易を中心とした経済発展を促進するのは難しい。また、経済発展の次の段階に移行するには、人的資源が乏しすぎる。マレーシアは、マルチメディア・スーパー・コリドー計画を打ち出したが、成功しなかった。人的層が薄く、インドに先を越されてしまった。
民主化は絶対必要である。日本にも民主化は最近やっとできてきた、という段階だろう。民主化の過程においては、国の政治的体制・国家体制と経済発展は一義的に結びついていない。また、民主化は弊害も多い。例えば、政治家が短期的な効果しか追わず、次期選挙で票につながるような政策しかとらなくなる。また、エリートが民主化をハイジャックしがちになる。従って、いろいろな意味で土着の政治組織、村落共同体、村長組織など、昔からあるような組織を利用して民主化を進めていくべきである。選挙をしたからいいという訳ではなく、社会改革につながらなくてはならない。
■コメント■ 歴史から学ぶ上では、そのコンテクストを考えなくてはならない。日本でも、1936年からの9年間は言論統制があったが、1890年からある日本の議会政治における有権者は国民の1%にすぎなかった。これではデマゴーグが起こることはありえなかった。テレビ、ラジオもなかった。そう考えると、現在の途上国では有権者の識字率は低く、メディアは存在するけれども未熟である。このような状況での民主化は本当に難しい。
■西本氏■ 「課税なくして政治的参加無し (No representation without taxation) 」というように、納税せずには投票ができないはず。納税の義務を果たせない人々が投票するということであればどうなるか、結果は明らかだ。経済発展を伴わないと民主化はないのではないか。2015年までにサブサハラアフリカで民主化を実現するというのは、この点からしても難しいのではないか。
担当:亀井・吉田