第47回 「米国の気候変動政策とポスト京都議定書の国際交渉」
三又 裕生さん
日本貿易振興機構(JETRO)ニューヨークセンター産業調査員
小紫 雅史さん
在米日本大使館一等書記官
2008年4月18日開催
於:ニューヨーク国連日本政府代表部会議室
国連日本政府代表部/国連フォーラム共催 合同勉強会
■ はじめに
1992年に発足した気候変動枠組条約(UNFCCC)に端を発し、産業革命以来増加しつづける温室効果ガスの排出量を減少させ、二酸化炭素濃度を安定化させるための気運が地球規模で高まっている。97年には京都議定書が採択され、2008年4月現在で加盟国は177カ国を数えている。しかし、京都議定書が残した課題は多く、議定書が効力を失う2012年以降の取組み(「ポスト京都」)に関する議論がすでに始められている。今年7月に北海道洞爺湖で開催されるG8サミットなどでも、気候変動問題は大きく取り上げられる予定である。
温室効果ガスの排出は、理論的には、経済成長率の低下、エネルギー消費効率の向上、あるいはクリーンなエネルギーへの転換により、削減が可能である。しかし、中国・インドをはじめとする新興国や途上国に対して経済成長の抑制を求めるのは妥当でない。革新的な技術開発によって省エネやエネルギーのクリーン化を図り、途上国に対してはその普及のための資金援助や技術提供をすることにより、排出量削減に取り組んでいくことが望まれている。さらに、実現に向けて、産業・民生、運輸、発電部門など様々なセクター別に排出削減量を特定し、技術移転や協力を行う「セクター別アプローチ」の可能性が検討されている。
■1■ 京都議定書の位置付け
まず京都議定書は、具体的な温室効果ガス削減量を定めた初めての国際約束であるという点で意義がある。例えば、先進国は2012年までにそれらの総排出量を1990年比で5.2%削減することを目標としている。その一方で、米国の不参加、発展途上国に削減義務が課されなかったこと、そして国別の削減量や基準年の設定における不公平の3点が大きな課題として指摘されている。
米国は、議定書の中で途上国や新興国に排出規制が課されていないことや、経済成長の抑制を不参加の理由としており、上院で3分の2(67票)以上の大多数が必要であることも批准の大きな障害となったが、世界最大の排出国である同国の批准を得られなかったことは京都議定書の意味を大きく損なわせるものである。
また、中国やインドなどの新興国では、急速な経済成長を遂げつつあるなかで排出量も大幅に増加しており、途上国においても2050年までに排出量全体の約3分の2を占めるようになることが予想されている。これらの国々は「共通だが差異のある責任」を盾に現時点で削減量をコミットしていないが、現在の締約国の総排出量が全体の約3割にとどまっていることからも、議定書の有効性を問う声が各方面から寄せられている。
さらに、議定書で定められた削減目標数値及びその基準年について、公平性が問題視されている。EUに1990年以降加盟した東欧諸国は、ソ連崩壊後経済低迷が続いたため温室効果ガスの排出量が減少し、90年を基準とした削減目標値の達成は、それらの国々を包括したEU全体にとって相対的に容易となっている。一方、過去2回の石油危機を経験した日本は、1990年時点ですでにエネルギー効率のよい社会に変化していたため、目標値を達成するためにはより大きな困難が伴う結果となった。
■2■ ポスト京都・洞爺湖サミットへの課題と展望
米国と途上国の参加を確保することが最重要課題である。「温暖化は先進国がつくり出した問題だ」として削減数値の義務化を拒絶している途上国に対し、先進国は、途上国が一定の義務を負う代わりに資金援助や技術提供を行う「アメと鞭」の対応が必要である。
域内で既に排出量取引制度を確立しており、途上国への義務づけには消極的な欧州に対し、米国は、主要排出途上国のコミットメントが新しい枠組みには必須であるとの断固とした姿勢を依然保っている。国際的な議論に対する米国関係者の取組みはまだ不十分であるが、排出量取引や二酸化炭素回収・貯留技術(CCS)の開発など国内における政策については、議会や産業界を中心に話し合われている。
先日4月16日に、ブッシュ米大統領は温暖化問題に対する中期目標を打ち出したが、その数値が最低水準であったことから欧州や新興国は大きく落胆した。そして、次期政権や温暖化対策に活発な動きをみせているカリフォルニア州などへのアプローチをすでに始めている。
■ 排出量取引制度(キャップ&トレード)
発電所や工場などの主要排出源に対して、温室効果ガスの排出量を一定の数値(キャップ)以下とすることを義務付け、その数値を下回る主体が、上回る主体との間で、実際の排出量とキャップの差分を売買(トレード)できるシステムのことを、排出量取引制度という。このシステムは、各国の削減目標を確実に達成できるメリットがあるとされる一方、その技術開発促進に係る有効性や排出量価格の乱高下の可能性、この制度を採用する国とそうでない国との間で生じる国際競争条件の不均衡などの問題にどう対処するかについて、引き続き検討が進められている。
このシステムはすでにEUで取り入れられており、価格のシグナルによって新しい技術の普及や低炭素社会の実現を促進することが期待されている。米国でも、議会、産業界や州政府レベルでの検討が進められている。また、3人(勉強会開催当時)の次期大統領候補はいずれも、温室効果ガスの削減目標を達成するためこの排出量取引に賛成しており、新政権発足後1,2年で制定されることも見込まれている。
(三又さんの強調部分)
次期大統領候補は、いずれも温暖化対策に積極的な姿勢を示しており、次期政権のもとで米国のスタンスが変化することは確実であるが、新政権になった後に米国の温暖化政策が180度転換する、というシナリオは考え難く、国際的に義務を負うことへの慎重な姿勢は変わらないと予想される。温暖化対策は、交渉当事者だけの問題ではなくあらゆる人々が大きな影響を受けるものであるため、エリート主導のEUと異なり民主主義が徹底している米国においては、政権が代わってもさほど極端な政策転換は現実問題として難しいと考えられる。
■3■ 日本に期待される役割
日本は、1997年の京都会議や今年7月に開催される洞爺湖G8サミット議長国として、国際議論の調整を建設的にまとめていくことが期待されている。そのために日本は、主要排出国の間で中間的なポジションに位置していることや、排出量削減の鍵となる革新的技術の開発分野で世界をリードしていることなどが好材料となっている。
(小紫さんの強調部分)
欧州の関心はすでに米国の次期政権に向けられている兆しもあるが、今回のサミットにおいて、米国の離脱という最悪のシナリオを回避するために、議長国である日本は慎重にブッシュ政権と付き合うべきである。例えば日本は、国際的な批判を浴びているブッシュ大統領の新政策に対し、とりあえず中期目標を設定したとして一定の評価をしている。
日本は、米国だけでなくEUや途上国のような他の主要排出国との仲立ちをしつつ、それぞれの参加を確保しなければならない役目を担っているが、そのことで、EUや新興国は日本が米国寄りであるとの見方を強める危険もはらんでいる。だが、京都議定書の次の国際枠組みや、サミットでの成果において、途上国の意義ある参加を強硬に主張する米国が存在することで、長期的な目標設定に難色を示している中国やインドとの交渉や、厳しい中期目標を設定しているEUについてその基準年の見直しを図るための交渉を進めていくことが可能になる面もある。
また日本は、安倍前首相が掲げた「美しい星50」や福田首相の「ダボス演説」にみられるように、7月のサミットに向け、温暖化対策に対し、徐々に積極的な姿勢を見せ始めている。日本の国益だけにとどまらず、途上国の参加・目標達成を促すため、革新的技術の開発・移転や資金援助などにおいても、日本が期待されている役割の比重は大きくなっていくだろう。
■ おわりに
地球温暖化は、温室効果ガスが排出された後、その影響が現われるまでに長い期間かかる。そのため、効果的な温暖化対策は、実現可能でかつ、長期的・持続的でなければならない。また、これは地球規模で起きている問題であり、一部の国や地域だけではなく全世界の取り組みが必要不可欠である。その実現に向け、国家やセクター間のつながりを着実に強化させていくためにも、国際会議を成功させていくことが大きな一歩となるだろう。
質疑応答
■Q■ 地球温暖化問題に取り組む上で日本が守るべき国益とはなにか。
■A■(三又さんの回答)
経済成長は日本にとって重要な国益の一つであり、経済成長と温室効果ガス排出削減との両立を図ることが重要である。ポスト京都議定書の交渉に当たっても、その枠組みのあり方次第では日本が不利となる可能性がある。例えば、現行の京都議定書のもとで日本の産業界は「自主行動計画」を掲げて排出削減に取り組んでいるが、昨年夏の地震により東京電力柏崎原子力発電所が操業を停止し、それを補う火力発電でCO2排出が一時的に増えるため、その分を相殺するべく他国に金を出して「クレジット」(排出枠)を獲得せざるを得なくなっている。こうした追加コストは結局一般消費者の負担増につながるものであり、ポスト京都の枠組みが日本にとって不利であれば、それだけ国益を損なうことになる。
■Q■ 温室効果ガス排出削減の国際的枠組みとして、国が削減義務を負うのではなく、セクターごとに削減のためのルールを国際的に合意し、産業界(企業)が義務を負うという方式は考えられないのか。
■A■(三又さんの回答)
セクターごとに国際的な削減ルールを設定し、国でなく企業が義務を負うというやり方は、国際競争条件を歪めることなく着実に排出削減を図る手法として、個人的には非常におもしろいと思うが、今行われている国際交渉の現実から言うと、早い時期にそうした方式を実現させることは難しいと考える。
■Q■ より適切な表現がされているのは、「気候変動問題」と「地球温暖化問題」のどちらであるか。
■A■(小紫さんの回答)
「気候変動問題」というほうがより正確である。温室効果ガスの濃度が高まることにより、気温の上昇のほか、海流の変化による寒冷化などの可能性もある。このような変化による植生や生態系の変化なども包括的に含めた概念として、より正確に言う必要がある場合は、「気候変動問題」ということにしている。
■Q■ 日本で排出量取引制度を管轄している省庁はどこか。
■A■(三又さん・小紫さんの回答)
国内排出量取引制度への取組みは、まだ制度ができていないのではっきりしたことはいえないが、国際的な排出枠の購入スキームについては環境省・経済産業省による共同所管であり、これが一つの参考になるのではないか。省庁以外の関係者としては、実際の取引段階においては東京証券取引所のような機関が関係してくるだろう。
なお、国以外にも、東京都が自主的な排出量取引について検討しており、将来的に国レベルで制度が設けられた時に、都と国から二重に負荷がかかるのではないか、という課題もある。これと同じ状況が、排出量取引に意欲的なカリフォルニア州などの諸州と米国の連邦政府との間で起こっている。カリフォルニア州は、EUの間で国際的に排出量取引市場をリンクすることも検討しており、今後の調整が必要となる。
■Q■ 1997年12月に京都議定書が発足した時点で、日本は米国が離脱することを予期していたか。
■A■(三又さんの回答)
議定書に関わった関係者の多くは予期していなかったと考える。当時米国政府(クリントン政権)で本件に携わっていた関係者たちの話では、まず京都議定書に署名し、国際的な圧力を利用して国内(議会)の支持を得、最終的に批准にこぎ着けるべく努力していたようであるが、結局失敗した。その失敗を繰り返さないために、今回(ポスト京都枠組み)は、まず国内での政策を先に固めようとしている。
議事録担当:鈴木