第48回 「平和構築における人材育成の課題と展望」
篠田 英朗さん
広島大学平和科学研究センター准教授、広島平和構築人材育成センター事務局長
2008年5月15日開催
於:ニューヨーク日本政府国連代表部会議室
国連日本政府代表部/国連フォーラム共催 合同勉強会
■ はじめに
今年で2年目となる「平和構築における人材育成のパイロット事業」は、時代のニーズに対応することができる平和構築支援の担い手の育成を目的としたもので、社会的・国際的要請を認識した外務省と広島平和構築人材育成センター(HPC)が中心となり立ち上げた人材育成事業である。本日は、平和構築に対する認識の変容を踏まえつつ、今年度の期待や課題を、本事業の初年度の成果を振り返りながらお話していきたい。
■1■ 平和構築の背景とこれからの展望
平和構築は、長期的な社会的基盤構造の構築を目的としているが、冷戦後、その活動は概念とともに質的・数量的に大きく変貌を遂げた。90年代に行われた平和構築は、国連のリーダーシップと中立性、中小国の軍隊の活動に象徴され、いわゆる伝統的な平和維持活動と呼ばれるものであった。しかし、PKOの挫折という経験から概念的な修正が求められ、2000年のブラヒミ・レポートに示されるような時系列的展開や人工的なカテゴリーに捕われない統合的・包括的な概念が築き上げられるようになった。
今日の平和構築は、国連以外の組織(米国やNGOなど)による活動や、平和創造・平和維持・平和構築、そして間接的な関連をもつアクターを巻き込み、拡大・多様化している。国際的な議論の場が各地で設けられるようになり、軍人や外交官のみならず、文民が担う役割も大きくなっている。そうすると必然的に、資金援助など経済面で大きな貢献を果たしている日本の人的貢献にも、世界中から高い期待が寄せられるようになる。しかし、平和構築分野で活躍する日本人は大きく不足している。それと同時に、多様化する平和構築にフレキシブルに対応できる能力と質の高い人材の育成が昨今極めて重要であり、こうした社会的要請を認識した日本政府、外務省は平和構築支援の人材育成に力を注いでいる。
■2■ 平和構築分野の人材育成のためのパイロット事業について
当事業は、時代のニーズに対応し平和構築分野の第一線で世界的に活躍する文民の担い手を育成することを目的として外務省が立ち上げた人材育成事業であり、その委託を受けた広島大学が、2007年に広島平和構築人材育成センター(HPC)を立ち上げて、パイロット事業を動かしている。
この事業が類似のプログラムと一線を画している点は、国内研修、海外実務研修、就職支援の3本柱で構成されているところにある。国内研修では、世界最高水準の講師陣によるカリキュラムで専門知識を習得し、ワークショップなどを通して、交渉術・安全管理等の実践的なスキルを身につける機会を提供している。海外実務研修では、UNVやUNHCRなど世界中にある国連・国際機関やNGOsを通して平和構築の現場に赴き、現場経験を積むと同時に人的なネットワークを形成する機会をもつことができる。昨年度は、24名がインドネシア、コソボ自治区、スーダン、南アフリカなどで実習を行った。
就職支援においては、国際機関の要職経験者や人事担当者による助言制度や関係機関における求人情報の提供など、外務省からの全面的な後援をうけたサポート体制が強力に体系化されている。平和構築についての専門知識・実務経験を国内研修・海外実務研修を通して積んだ研修員(Program Associate)たちが、実際に平和構築の現場で活かしていくために、国内研修・海外実務研修期間中でも、関連機関における採用情報を随時知らせるなど、ネットワーク体制も整備されている。さらに本年度事業では、JPOとの連携も検討が進められている。
パイロット事業である今現在、本事業は単年度をくぎりとしているが、将来この事業がなくなってしまっても、研修員たちは、平和構築の第一線で活躍する人材として羽ばたいていけるように、非常にきめの細かい配慮がなされており、中長期的できめ細やかな就職支援を併せもつことで、本事業は単なる研修に留まらない独自の事業として始動している。本事業にかける外務省や政府の期待はそれほど高いものなのであることが伺える。そしてこれら一連の研修の最後には、様々な国際研修機関からの共同修了証が発行され、本事業の国際色を一層高めている。
本事業初年度の参加研修員は、全29名、うち日本人15名、アジア人14名であった。海外実務研修先として、世界各国・地域にあるNGOを含め多くの国際機関に派遣することができた。研修員からのフィードバックとして、平和構築で活躍することを目標とした同志がアジア各国から集結し、そこから得たものは専門知識や実務経験だけではなかった、また過密なスケジュールを指摘した声もあげられた。それらをもとに、事業の規模や研修科目、ロスター制度の構築など、運営側での話し合いが現在進行中である。
■3■ おわりに
日本では、平和構築の概念がまだ根付いてないとよく言われている。これからの課題として、本事業のようなプログラムを通して、平和構築支援に従事したいという強い意志と情熱のある人材をプロフェッショナルに育むための様々な支援・機会を与え、日本全体の平和構築の概念に関する認識の底上げにつながるよう努力し続けていきたいと考えている。そして、日本だけでなくアジア全体から平和構築分野の専門家を輩出することを期待すると同時に、そこに本事業を実施する意義を追求していきたい。
質疑応答
■Q■ 平和構築分野における日本人の人的貢献が不足していることを踏まえた上で、日本人研修員を30名にせず、日本人とアジア人を各15名ずつにしたのはなぜか。
■A■ 将来的には、この事業をアジアを拠点とした平和構築人材を育成する事業にしたいと考えている。日本のみならずアジアを含めた事業にすることにより、アジア各国の平和構築への見方を共有できるのは重要であるので、日本人とアジア人の合同研修は非常に有意義であると考える。
■Q■ 平和構築分野をはじめ国際援助を志す者は、学生からミッドキャリアの社会人など幅広くいるが、本事業はどのような志願者を対象としているのか。
■A■ 基本的には、将来に渡って平和構築支援に携わり活躍する強い意志と、英語での研修や実務研修の参加に支障がない英語力、2年以上の実務経験あるいは関連分野において修士以上を持つ人であれば年齢を問わず誰でも応募が可能である。詳しくはHPCホームページの「日本人研修員募集要項」をご確認頂きたい。中でも特に重視している点は、志願者本人が、今後国際的に平和構築に貢献していきたいという強いコミットメントを持っているかどうかである。
■Q■ 研修員の海外実務研修の受け入れ先はどのように決定されたのか。また、研修後の就職状況を教えてほしい。
■A■ 研修員の受け入れ先は、本人の希望も考慮した上でHPCが受け入れ先機関と総合的にマッチングをして決定する。原則として、日本人研修生は日本国外の国際機関にて実務研修を実施する。研修生の現在の就職状況としては、個人情報であるので大々的には公表していないが、例えば、昨年度の派遣先はUNVを介して派遣されることが多く、研修終了後に研修先でコンサルタントとして雇用された研修員も中にはいた。また、研修中にJPOに併願して合格した研修員も数名いた。
■Q■ 事業内容として、平和構築だけでなく平和創造など他の平和支援分野は含まないのか。
■A■ 本事業はパイロット事業であるため、研修内容は、昨年度の成果や課題を踏まえた上で適宜変更・修正し、他の関連分野を包括し拡大するなど、より効果的な事業の充実に向け模索中である。
議事録担当:鈴木