第49回 「TICAD IV後の展望」
石井香織さん
UNDPアフリカ局・TICADプログラム調整官兼部長代行
2008年9月11日開催
於:ニューヨーク日本政府国連代表部会議室
国連日本政府代表部/国連フォーラム共催 合同勉強会
■ はじめに
本日、トーゴ首相に任命され、UNDPアフリカ局長を辞任することとなった前局長とUNDPアフリカ局職員との意見交換の場があった。このように、国際機関で経験を積んだアフリカ人が本国に戻り国づくりに励むことができる土壌がアフリカに醸成されつつあるということは、今後の若いアフリカのリーダーたちに明るい展望をもたらすものであろう。
TICAD(Tokyo International Conference on African Development)「アフリカ開発会議」とは、アフリカ開発をテーマとするサミット(首脳)級の政策フォーラムであり、1993年以降日本政府が中心となり、国連、UNDP、世銀等と共催で5年毎に実施してきた。
本日は、5月28日から30日にかけて横浜で開催された「第4回アフリカ開発会議」(TICAD IV)の成果と今後の展望について概要をご説明し、来週から始まる国連総会にも照準を合わせ、皆様とアフリカ開発について意見交換をしていきたい。
■1■ TICAD IV成果の概要
TICAD IVでは近年のアフリカにおける政治・経済面での前進を支援するため、「元気なアフリカをめざして-希望と機会の大陸」という基本メッセージのもと、経済成長の加速化、人間の安全保障の確立を目指した平和の定着とミレニアム開発目標(MDGs)の達成、および環境・気候変動問題への対応を重点事項として、国際社会のアフリカ開発への取り組みに関して活発な意見交換が行なわれた。
TICAD IVはその規模、そこに至るまでの周到な参加型の準備プロセス、ならびに成果文書の完成度などにおいて、過去のTICADを凌ぐ歴史的な会合となった。その結果は日本が議長国となったG8サミットへと引き継がれ、成果文書にも、G8議長国としての日本に対するアフリカ首脳の高い期待が盛り込まれた。
TICAD IVではアフリカの首脳レベル参加者41名、アフリカ51カ国、その他アジアを含めた34カ国が参加し、77の国際・地域機関が参加した。全体の参加者数は3,000名にのぼり、加えて1,300名の報道関係者(国内800名、海外500名)も集結した。これは、首脳レベルの参加が23名であったTICAD IIIをはるかに凌ぐ規模である。福田前総理は、会期中に47の二国間会談を行い、そのうちの40の首脳レベル級の会談では、アフリカ各国との二国間外交の重要な布石を敷いたと思われる。また、日本政府の今後5カ年における対アフリカODA倍増計画も発表された。支援分野は、道路、電力を含めたインフラ整備、緊急食糧援助、中長期的な生産性向上を目指す農業への支援などであり、この中には、2017年頃までにコメの生産倍増を目指すCoalition for African Rice Development (CARD)も含まれる。さらに、日本企業によるアフリカへの投資を2012年までに倍増することを目標とした対アフリカ貿易投資の促進、投資を行う日本企業の支援を目指す「JBICアフリカ投資基金」の設立、ハイレベルの官民アフリカ投資ミッションの派遣、などが具体的な支援活動として発表された。その他、コミュニティ開発、教育と人材育成、保健と医療、水開発、アフリカの気候変動への適応と緩和対策への支援も発表された。
TICAD IVの成果は3つの成果文書と「議長サマリー」にまとめられ、成果文書として、今後のアフリカ開発の取り組みや方向性に関する政治的意思を示した「横浜宣言」、同宣言に基づき今後5年間の具体的取り組みを示した「横浜行動計画」、行動計画の実施状況の検証を行うための「TICAD フォローアップ・メカニズム」が示された。
TICAD IVの議事進行を要約した「議長サマリー」には、第1回「野口英世アフリカ賞」授賞式の内容、JICA、JETRO、NGOなどのサイド・イベントの成果、「横浜宣言」で取り上げられなかった重要項目が盛り込まれた。
■2■ TICAD IV後の国際社会の動き・反応
来週から国連総会が開会するにあたり、2つのハイレベル会合が行われる。「アフリカの開発ニーズに関する会合」と「ミレニアム開発目標に関する会合」である。前者のハイレベル会合においては、成果文書として政治宣言が採択される予定であり、日本は、本会合開会式でG8の議長国として、TICAD IV、G8の成果を報告する予定である。同宣言(案)はアフリカ支援の主要なイニシアチブの一つとしてTICADにも言及している。
同宣言(案)は、アフリカの近年の経済成長と政治的安定をたたえながらも、貧困削減、特にMDGsの目標達成は実現し難いと認識している。さらに、気候変動、食糧価格の高騰などの新たな問題を背景にし、援助効率化の重要性を説き、2015年までの国民総所得0.7%達成など、既に国際社会が約束したODA目標値の実現を呼びかけている。また、国連事務総長の意向によりまとめられたMDGアフリカ・ステアリング・グループの提言にも言及している。
■3■ TICAD IV のフォローアップ
日本政府は「横浜行動計画」に従いアフリカの経済成長の加速化を目的としたハイレベルの官民投資ミッションを現在アフリカ3地域(南部・東部・中西部)に派遣している。
なお、TICAD IV 後のUNDPの具体的な取り組みは次の通り。
(1)アフリカ・アジア・ビジネスフォーラム(AABF):UNDP は第5回アフリカ・アジア・ビジネスフォーラム(AABF V)を2009年前半に開催予定。環境にやさしい投資、エコ・ツーリズムなどに焦点を絞りたいが、前述の投資ミッションの結果を踏まえ、今後関係者と協議していく予定。AABF IVのフォローアップとしては、東南部アフリカ地域のAABF参加中小企業と銀行を主に対象とした投資案件形成、評価、管理のセミナーをウガンダで11月に開催する予定である。中西部アフリカ地域を対象とした同様のセミナーを、国連工業開発機関(UNIDO)と連携してナイジェリアで4月に開催したが、企業経営者と銀行の企業担当者が合同で参加する初めての試みにもかかわらず、受講者からは高い評価を得た。
(2)ミレニアム・ヴィレッジ(MV):UNDP は、コロンビア大学アース・インスティチュート、ミレニアム・プロミス(NGO)と連携しMDGs達成を目指して、国連人間の安全保障基金で8カ国9カ村の総合的な村落開発を支援している。また、TICAD IV にて支援国の拡大を日本政府が発表し、新たにモザンビーク、マダガスカル、ベナン、カメルーンへの二国間支援の実施を予定しており、UNDPはかかる取り組みへの側面的な支援を行う予定。MVのプロジェクト内容は以下の通り。
- 農業分野:肥料と改良種子を導入し、アフリカの緑の革命を目指した農業生産性の向上
- 保健医療分野:無料医療サービスの提供、蚊帳の完備
- 教育分野:学校建設、教員の派遣、学校給食支給
- インフラ:安全な飲料水の支給、道路、携帯電話とインターネットの普及
これらの活動を通して、コミュニティの自給と経済社会発展を通した人間の安全保障を実現させ、MDGsの達成を目指している。しかし向こう5カ年にわたり、MV住民1人当たりの年間資金投入を$110に設定したことで、コミュニティが経済的自立を果たすまで、継続的な外部資金の投入が必要とされる。
(3)平和構築関係:平和構築関係の人材育成機関を支援するため、新たな試みとして非ODA予算がUNDP に措置され、アフリカ5カ国において1案件2百万ドル~3百万ドルのプロジェクトが立ち上がりつつある。このように平和構築関係人材育成を通して平和構築から開発への有機的なつながりが強化されることが期待される。
(4)気候変動適応支援:「クール・アース・パートナーシップ」の一環として、アフリカ諸国の気候変動適応能力強化を支援するプログラムが日本政府の支援(9,210万ドル)の下、UNDP 事業として立ち上がりつつある。同プログラムの内容は、政府の気候変動適応に対する能力強化、気候変動が及ぼす経済逆効果を考慮した貧困削減戦略見直しへの支援、気候変動適応と緩和に関する関係者の能力養成など。現在、対象20カ国(18カ国はサブ・サハラ・アフリカ諸国)の選定が終了し、日本の承認待ちである。
■4■ 最後に
今回のTICAD IV における広報活動は、国外は主にUNDP本部からアフリカ諸国に対して、国内は外務省がUNDP東京事務所と連携して展開した。その中には、報道関係者をガーナとブルキナ・ファソのTICAD関連プロジェクトが実施されている現場へ招聘し、現地で住民が同プロジェクトにより、いかに裨益しているかを各メディアを通して報じる活動も含まれた。この試みの結果は、国連の広報誌である「アフリカ・リニューアル7月号」にも詳述されているので参照されたい。
その他、TICAD関連のプロジェクトにより、人々の生活がどのように改善されたかを生の声で描写するビデオも作成した。このビデオに登場する人たちの多くは「TICAD」、「MDGs」、「人間の安全保障」などの用語は聞いたことがないかもしれないが、生活が改善され、将来に明るい希望が持てると、自らの経験を通して実感することを飾りなく語っている。このビデオの要約はYouTubeに掲載され、全エピソードはwww.ticad.netで見ることができる。
TICADは、首脳レベルでアフリカ開発について検討する場であり、会場のあらゆるところでハイレベルの二国間会談がおこなわれていた。TICADがアフリカのリーダーたちの政治的意思形成の場として有意義に活用された側面があり、これが日本で展開されたことから、国際社会の政治外交に果たした日本の役割が評価されるべきであろう。
今年は、オリンピック、アメリカ大統領選と国際的なニュースが盛りだくさんの年で、TICADが埋もれてしまうのではないかという懸念もあったが、過去3回よりも数ヶ月早い5月末に開催し、そこで得た結果を続くG8サミットに反映させ、アフリカ開発の国際的な意思形成の場としてのTICADの地位を更に強化することができたことは、日本としては良い戦略だったのではないか。今後は、JICAも「横浜行動計画」に基いてアフリカでの大規模なプログラムを展開していく予定であるので、TICAD関連のプログラムが、さらなるアフリカ住民の生活レベルの向上と大陸全体への発展につながることを期待する。
■Q■ アフリカ開発の最大のチャレンジは?
■A■ 個人的な見解だが、「実務能力の低さ」だと思う。アフリカの開発援助へのさらなる資金投入が提唱されているが、いくら資金があったとしてもなかなか思うようにプロジェクトが実施されないことが多い。また、人材育成に力を入れると才能のある人材が国外に流れてしまう傾向がある。政府の汚職・腐敗防止システムなどの導入を試みても、アフリカ諸国の首脳級の政治的な意志とコミットメントが得られない限りうまくいかない。この点、アフリカでは近年政治家の世代交代の転換期にさしかかっているので、今後は、国際基準で政治を引っ張っていける透明性のある指導力の下、トップダウンで良い方向に国造りが進むのではないかと期待する。
■Q■ フォローアップ・メカニズムとはどのようなものですか?
■A■ まず、事務局となる外務省が定期的に情報提供を行う。さらに、共催者やAU(アフリカ連合)、アフリカ諸国、ドナー諸国などのTICAD主要関係者が、「横浜行動計画」に沿って活動が実施されているかどうか年に1回活動報告書として取りまとめる。同報告書は閣僚級会合で吟味され、要すれば実施加速化の提言を取りまとめることもフォローアップの仕組みとして予定されている。
■Q■ 個々のプロジェクトを分析し、成功と失敗要因を抽出した“Lessons Learned”を作成し、学者や学生なども含めた多くの人と共有することが大切だと思うが、そういったプランはあるのか?
■A■ UNDPはモニタリングと評価に力を入れており、“成功と失敗要因”を日々分析している。TICADの性格上、政治的なハイレベルの会合でお墨付きを得ることも大切だが、“成功と失敗要因”を専門家と深く掘り下げることも有益だと思われるので、今後ぜひ検討して行きたい。
■Q■ UNDPはどのようにして日本企業のアフリカへの投資促進にかかわっているのか?
■A■ アジアとアフリカの企業家間のパートナーシップを構築し、両地域の貿易と投資促進に貢献することを目的とした、アフリカ・アジア・ビジネスフォーラム(AABF)を過去4回開催した。日本企業は2007年の第4回目に初めて参加したが、現実のところ、新たな日本企業の投資誘致はとても難しい。その中で、日本政府が現在派遣しているハイレベルの貿易投資ミッションは画期的であり、TICAD IVの成果としてJBICの投資基金も設立されることになっているので、今後に期待したい。なお、UNDPもGrowing Sustainable Business (GSB)の主導の下、貧困削減への寄与が見込まれる日本企業のアフリカ進出を支援するプログラムを立ち上げている。またAABF Vに向けて更なる日本企業の参加を働きかける予定。
■Q■ 中国からはアフリカへ中小企業がたくさん進出しているが、日本政府はODAを倍増し、日本企業の投資倍増を目標としたところで、アフリカへのインパクトはあるのか?
■A■ 近年、中国は国を挙げてアフリカに投資をしており、インフラやエネルギー・海洋資源の確保など、多岐にわたる事業を展開している。しかし、アフリカが日本の投資に求めているのは、先端技術、環境にやさしい技術、雇用条件を守る倫理観のある日本企業の進出など、日本にしかできない投資の仕方ではないか。
■Q■ 三菱商事がモザンビークのモザール・アルミ精錬工場でコミュニティ開発を行っているらしいが、国連は関係しているか?
■A■ 三菱商事が独自で「企業の社会的貢献」として実施しているのだと思う。コミュニティを巻き込む大規模な投資を行う場合、現地の法律にもとづき、地域住民が裨益する施設を提供しければならないことが多いので、UNDPは直接関わってはいない。だが、要請があった場合は、前述したGSBなどで対応することは可能であろう。
議事録担当:芳野
ウェブ掲載:藤田