第57回 「平和構築-復興から開発への移行」

山本 愛一郎さん JICA米国事務所長
黒田和秀さん 世界銀行脆弱・紛争影響国家ユニット上級社会開発専門
児玉千佳子さん UNDPジェンダーチーム・プログラム・マネジャー
司会: 田瀬和夫さん 国連人道問題調整部 人間の安全保障ユニット課長

2009年4月11日開催
於: 日本国際協力機構(JICA)米国事務所内
DC開発フォーラム/国連フォーラム共催 合同勉強会

写真①

■ はじめに

今回は初の試みとして、DC開発フォーラム及び国連フォーラム共催の勉強会がワシントンDCにある日本国際協力機構(JICA)米国事務所にて実施された。JICA米国事務所の山本愛一郎さん、世界銀行の黒田和秀さん、そして国連開発計画(UNDP)の児玉千佳子さんを講師にお招きし、「平和構築-復興から開発への移行」をテーマにお話を伺い、質疑応答では講師と参加者間での活発な意見交換が行われた。

■1■ 山本さん 問題提起

写真②

「紛争と開発」という言葉はここ10年間で言われるようになった。1998年から2003年の間に発生した世界の紛争の約7割が国内紛争であり、紛争の形態が軍人同士の戦いから市民が犠牲となる形に変わってきている。しかし、このような紛争をどのように解決していくか、はっきりした方法論が確立していない(公理なし)。東ティモールやアフガニスタンなどの経験から学び新しい紛争にどう立ち向かって行くか検討している段階である(帰納法的)。また、皆が手を取り一緒に解決していかなければならないチャレンジングな問題でもある(挑戦)。

「紛争」と「開発」の関係について

私がJICAに入社した1979年当時は東西冷戦中であり、核戦争の恐れはあったが、全体として世界が平和を享受していたと言える。従って、貧しい国をどう助けるかを純粋に考えていくのがいわゆる開発であった。ところが冷戦後、民族、社会、経済に関連した紛争が増加し、徐々に紛争が開発に近づいてきたといえる。例えば、1980年代以前のJICAの主な仕事はインフラの整備や行政機構の訓練など大きな枠組みでのプロジェクトが主であり、住民や社会、コミュニティーなどについてはほとんど考えることがなかった。しかし、ここ10年間は純粋に「開発」だけを考えるのではなく、住民や社会、軍事など様々な分野の視点を入れていく事が重要になってきた。

「開発」と「紛争と開発」の違いについて

JICAが紛争と開発に取り組むようになった直接のきっかけは2000年に発生した東ティモール紛争である。それ以前は紛争という概念がJICAにはほとんどなかった。平和構築が謳われ始めた1996年くらいからJICA内で私を含む4-5人程のメンバーで勉強会が発足され議論を重ね始めた。そして、日本政府の東ティモール支援が決まったことをきっかけに勉強会が組織となり、それ以降アフガニスタン、イラクと活動を重ねてきている。

紛争と開発に関わってきた中から感じた課題を3点挙げたいと思う。

1.カウンターパートの欠如

JICAが技術協力をする際は必ず相手国にカウンターパートをたてて行っているが、紛争地で活動する際は国家機能自体が破壊されており、そのカウンターパートがいないという問題がある。例えば、東ティモールでは政府関係者がほぼインドネシア人で占められていたため、2000年に国連が介入した時には、残っているのは運転手やメッセンジャーのみという状態であった。何かを伝えたくても相手がいないという状況の中で、時間をかけて現地の人を訓練し、二度と紛争が起こさないようなガバナンスを確立していくことは非常に難しい。現場で働く援助関係者が悩むところである。かといって、仕方がないから自分達で解決してしまおうという自己完結型の援助では、撤退した後の持続性がない。これらは、紛争と開発における大きな命題の一つである。

2.住民の期待値が高い

2003年、JICA職員第1号としてヨルダンのアンマンから陸路でイラクに入った。ヨルダンの貧困地帯を通過し、国境を越えイラクに入ると、石油の享受を受けインフラの整備された近代的な国家を目の当たりにした。もちろん、爆弾で穴が空いていたりもしたが、同時に「こんな国に援助するんだ」と思った事も事実である。バクダッドでは、米軍による復興が遅れていたため、紛争前に高水準な生活を維持していた住民の不満はピークに達していた。紛争後の開発においては、住民は元々のレベルもしくはそれ以上のレベルへの復興を援助機関に期待しており、半年経っても目に見える形で生活が良くならないと、自国政府でなく援助機関に批判が集まる。他方、純粋な開発援助の場合は、元々住民の期待度があまり高くない。

3.セキュリティコストが高い

自分たちの身を守るために、援助機関は民間の警備会社を雇い、防弾チョッキを購入するなどのコストを負担している。軍隊に頼むと逆にターゲットにされるなどのリスクがあるからである。イラクでは1ドルの援助に対して5ドルのセキュリティコストがかかると言われており、実際の人道援助とのコストバランスが疑問視されている。イギリスやアメリカでも海外援助におけるセキュリティコストの割合に対して批判が高まっている。紛争と開発に取り組む際のセキュリティは誰のものなのかを問題として提起したい。

■2■ 児玉さん 問題提起

写真③

まずは、”普通の”途上国と脆弱国の違いという視点で、脆弱国の特徴について3点述べたい。

1.治安があるかないか 脆弱国では個人の権利を守る手段を国が提供できていない。また、侵害された時の救済手段がない。今までが法の支配(rule of law)でなく、力の支配(rule of power)であったため、紛争後においても、対立が発生した際に暴力以外の方法で解決していくという考え方や文化がない。これらを変えていくのは非常に難しく時間がかかる。

2.パワーバランス 複数のアクター間のパワーバランスが安定せず緊張感がある。 中央政府、軍閥、宗教指導者、NGOなどあらゆる場面で複数のアクターが活動しているのに加え、政府の正当性の源がはっきりしないことが多い。

3.政府のキャパシティがない “普通の”途上国にもキャパシティがないことが問題となるが、脆弱国では個人の能力だけでなく組織や制度などの枠組みがない。

こうした脆弱国の特徴国家建設の際にチャレンジとあいまって、これから述べる大きなジレンマも生み出すと考える。

平和構築の鍵となる紛争後の国家建設(state-building)においては、権威をどうやって政府に集中させるか、国民の政府に対する信用や正当性をどのように確保していくか、国民の声に応える事の出来る政府機能をどうやって回復させるか、個人をどうやって保護していくか、など様々なジレンマがある。全ての紛争に当てはまるというわけではないが、これらジレンマへの効果的なアプローチや更なる課題について、パレスチナやアフガニスタンでの自身の経験から述べたいと思う。

1.中央集権と地方分権

通常ガバナンスにおいては地方分権が推進される。しかし、初期のアフガニスタンでは、新政府にキャパシティがなく地方の有力軍閥との間で緊張関係があったため、まずは中央集権を押し進めないといけないという気運が強かった。従って、国際社会は中央政府に権力(authority)を取り戻すような支援(選挙の実施、憲法制定、中央政府のキャパシティ強化など)を行った。軍閥解体や治安強化などもstatebuildingの一環として推進された。しかし、首都カブールでの状況は改善されたものの、地方においては改善が見られなかったため、地方政府のキャパシティ強化も並行して行われるような双方向のアプローチがとられるようになった。

2.市民社会の形成と国家への信用醸成

国家への信用をどのように回復させるかは紛争後の国家建設において重要である。例えば、アフガニスタンやパレスチナのように政府が公共サービスを提供できていない場所では、NGOが国家の代わりにサービスを提供するという状況が生まれる。そのため、国民は国からではなくNGOからサービスを受けていると感じるような状況になり国家への信用醸成につながらない。そこで、アフガニスタン政府は復興支援をできるだけ政府経由で進めるようドナーに強く働きかけていた。たとえば、地域開発プログラムではいったんアフガニスタン政府に対して支援し、農村復興開発省が地方レベルでのプロジェクトを進めていくというアプローチがとられるようになった。紛争後の国ではNGOがサービスプロバイダーとなる事によって、NGO支援がサービス提供の手段の一環となり、NGO本来の役割(市民社会形成、アドボカシー等)のためのNGOの能力形成の機会が失われる事も懸念の一つであった。

3.国家機関強化とインフォーマルな機関の強化

通常、国家建設においては、国家機関の強化に関心が集まる。パレスチナでも、治安・司法分野における国家機関、例えば司法省、警察、裁判所、刑務所などへのキャパシティ強化の支援が進められた。しかしそうした国家機関が実際に治安・司法サービスを提供できるようになるまでには時間がかかるため一般市民はインフォーマルな機関による紛争解決に頼る状態が続く。また国家機関が提供する治安・司法サービスに対する一般市民の認識、信用を変えるのには時間がかかる。そのような中、インフォーマルな機関は、必ずしも人権や男女平等に関する国際基準に則って行動しているわけではない。そのため、移行期においては、国家機関とインフォーマルな機関を並行して支援していくアプローチが必要である。ただし、インフォーマルな機関の支援は国家建設を阻むもの(undermine)ととらえられる危険性があるので注意が必要。

4.国際的規範と現地における伝統的な規範と価値観

国際社会が支援する国家建設においては、国際的規範と伝統的規範がぶつかる場合がある。国際的規範の押しつけとの見方もあるが、変化を促すチャンス(Window of Opportunity)と捉える事も出来る。例えば、アフガニスタンにおける復興支援の一つに、コミュニティ支援を実施する際コミュニティ開発委員会を立ち上げそこでコミュニティ開発計画、案件の優先順位付け、実施を行うものがあった。その際、コミュニティ開発委員会のメンバーを投票によって選び、女性の参加を確保したり、もしくは男女別々にコミュニティ開発委員会を立ち上げ女性の意見も反映されるような配慮がなされた。憲法策定の際も、女性議員を増やす、女性の投票率をあげるなどジェンダーへの配慮がなされ、大きな変化をもたらした。ただし、反発への対応にも気をつけないといけない。

最後に、本来は紛争予防の一環として国家建設が行われるが、これらのジレンマをきちんと把握した上で支援を実施していかないと逆に紛争を招いてしまう場合がある事を伝えたい。そのような事態を防ぐために、紛争予防の視点を主流化していく必要がある。例えば、多くの人がパレスチナは紛争下にあり平和構築支援プログラムに取り組んでいると考える。しかし、紛争下(もしくは紛争後)の地域・国における支援が必ずしも紛争予防の視点を主流化しているとは限らない。ここで、In-crisis, On-crisis, Around-crisisの概念を使って説明したい。先ほども述べたように、パレスチナにおける支援は危機化における(In-crisis)支援であったとしても紛争の原因、歴史、アクター、紛争の引き金などを分析した上(On-crisis)での支援、紛争を予防するための支援とは限らなかった。そうした分析を踏まえた上で紛争を予防するためには紛争の原因に直接対処するのではない方法(Around-crisis)が有るということも重要である。 

また、紛争予防における対話の重要性も強調したい。パレスチナやアフガニスタンでも対話を通じた平和構築支援プログラムがいくつかあった。例えば、パレスチナにおいては選挙法をいかに改正するかをテーマに、すべての政党間の対話や政府と市民の間の対話と促進するプログラムがあった。この場合テーマは選挙法であるが、こうした対話の試みがさらなる紛争予防につながると考え計画・実施されていた。

■3■ 黒田さん 問題提起

写真④

2008年5月の安全保障理事会で、平和構築に関して国連事務総長より1年後に報告書の提出を要請する、との決定があった。提出期限が迫る中、現在に至るまで世銀、国連内で議論を重ねているがなかなか纏まらない状況である(2009年4月11日現在)。特に、平和構築において下記の3つのギャップを平和構築の報告書でどのように明確にしていくか、国連、世銀のトップレベルで話し合いが行われている。

平和構築とは:交通事故を起こして病院に運ばれた重体患者(脆弱国家)を取り囲む複数の医者(援助機関)がどのように手当てしていくかを考えること

1)平和構築の戦略がはっきりしていない

平和構築を行う上では、世銀や国連などの援助機関と援助国の意見を一致させなければならないが、はっきりした解決方法がないため、一貫した戦略が欠如している。一国に国際社会が介入した場合はしっかりとした戦略を持つ事が重要。様々な利害関係者が存在する中で、一つの戦略を作っていくのは非常に難しいが、何らかの形で整理しないと受け入れ側も対応しようがない。

2)受け入れ国のキャパシティが低い

キャパシティビルディング、ナショナルオーナーシップと言われているが、紛争後の復興開発を行う場合、脆弱国家側に主導権を渡すのは難しい。特に、暫定政権の場合はどの程度主導権を与える事ができるのか、主導権を渡しても受け入れ国側が発揮できるのかどうかが問題となる。また、世銀と国連の見解が少しずれているという実態がある。世銀は国連と比べると長期的な視点を重視するように思われる。一方、国連の場合は緊急に迅速に結果を出さなければいけないため、ノウハウを持たない場合はNGOなどに委託しどんどん事を進めていく。世銀内ではこの様な省庁外でのパラレルシステムに依存しかねないと懸念している。

3)資金調達

早期に資金を用意する事が重要であるが、資金を調達するプロセスに時間がかかりすぎるという批判が出ている。資金の額と調達のスピードが一つの課題である。 

この3つのギャップを埋める事によって、次の紛争が起きた場合、もう少し迅速かつ効果的に国際社会が援助できるのではないかと思う。

■4■ 意見交換、質疑応答

■Q■ 紛争から開発へ移行するにあたって統計制度の導入を国家としてどの段階で整備していくべきかについて、現状どのような議論が行われているのか。

■A■ 

(児玉さん)アフガニスタンの初期の段階では、統計は整っていなかった。統計整備は重要ではあってもアフガニスタン復興支援の中で優先順位が決して高かったとはいえない。パレスチナでは統計局のキャパシティはかなり高かったのでユニセフやUNFPAなどはプロジェクトの一環として、統計局と協力しながらオンザジョブでキャパシティビルディングや情報収集をしていた。

(山本さん)統計の分野は復興では最も後回しにされている。まずは生命の安全が確保された後、水、食料、少し経つと教育やインフラなどの整備が優先される。実際にベースラインデータがなく数年後のドナー評価で困るという状況が起こっている。東ティモールでは東ティモール暫定行政機構が行政を肩代わりしたため、各国連機関が持っているデータを集め、国家の再構築を始めた。アフガニスタンでは元々統計がなかった。イラクは官僚国家であらゆる統計データを持っていたが、米軍が官僚を解雇し、役所は住民の略奪にあい、データはどんどん失われていった。米軍が守った役所は石油省のみだった。統計が後回しにされるという状況はなんとかしなければならないと危惧している。

(黒田さん)統計は非常に重要であるが、データが集められて統計となってしまうと、それが信用されてしまうので気をつけないといけない。世銀はCPIA(Country Policy Institutional Assessment, 国別制作制度評価指標)で統計データを出し、それぞれの国々の貸付額などを決めている。

■Q■ 国際機関では紛争後の国家で集められた統計データをどの程度信頼してプロジェクトをすすめているか。

■A■ 

(田瀬さん)ダルフールでは国連機関のプレゼンスがない状態でOCHAによる人道支援を始めたため、NGOから聴取した情報を元に統計がない状態で活動する他なかった。コンゴ、チャド、中央アフリカなどでも同様の状況であった。

(児玉さん)UNDPではデータがないとプログラムを策定できないため、プロジェクト実施の一環で統計局と協力しながらデータを集めている。例えばパレスチナの貧困度のように、国際社会からの支援額に影響を及ぼすため、政府との共同が重要であった。

(山本さん)開発全般の話になるが、JICAではプロジェクトのターゲットを決める際、国際機関のデータを鵜呑みにするのではなく、プロジェクト形成の段階において現地で社会学的な聞き取り調査を行う。例えば、パキスタンでは聞き取り調査を行った事をきっかけに、女性障害者の隔離問題が明るみになり、パキスタン政府に報告された。収集されたデータは各国で共有していかないと意味をなさない。

(黒田さん)世銀でも国連でもより結果が重視される時代になっている。結果を数値化するためのデータは非常に重要である。世銀の中でポストコンフリクトパーフォーマンスインディケターを作る動きがあり、数年後の公表を予定している。

■Q■ 中央集権と地方分権のジレンマの中でSSR(Security Sector Reform)がどのように関係しているのか。また、アフガニスタンでのSSRにおいて現状どのような問題が発生しているのか。個人的にはSSRを通じて治安や雇用を確保できると思うが、財政面の心配があると思う。

■A■ 

(児玉さん)SSRを雇用創出の観点から考えたことがなかったので面白いと思う。ただ、財政とのバランスを考えないと財政危機の問題が発生する事に気をつけないといけないと思う。紛争後の国家建設の過程で、軍閥など非正規軍・治安部隊が地方で治安サービスを提供している状況があるが、本来なら国家機能として国が提供していくべきである。軍・治安サービスを国家機能として提供できるよう能力強化すると同時に、実際にサービスを提供している軍閥などを解体することで治安の低下、力の空白がうまれる危険性がある。私が赴任していた当時のアフガニスタンでは警察が最低限必要な機材、例えば車両・無線といったものから持っていなかった。必要な治安を提供するのに必要な数の警察官をまかなう給与もなく、警察官の「法」に対する認識も低かった。また治安「セクター」として見た場合、治安と関係する様々なアクター(警察、検察、刑事裁判、刑務所等)のコーディーネーション、能力強化も重要である中、ゼロから始める紛争後の国においては課題が山積みとなる。

(黒田さん)給料の少ない警察官による汚職の問題がある。グルジアでは警察の給料をあげた事により治安が回復してきたが、財政面の持続性に懸念が生じている。グアテマラでは内戦終了後に政府がSSRやDDR(Disarmament,Demobilization and Reintegration)などの制度を作らなかったため、内戦時より現在の方が犯罪による死亡者が多い。紛争後の国家建設においては優先順位をつけて行く事が大切。

(田瀬さん)治安要員や国連職員による性的搾取などの犯罪が発生している。そのため、国連では職員に対して徹底的に人権トレーニングを実施している。また、 人間の安全保障基金ではスーダンのアフリカ連合軍に対して人権教育を開始した。ただし、警察など法執行機関でパワーを持っている人による人権侵害については、意識を変えていくのはとても難しい。

(黒田さん)各国が派遣しているPKO部隊の人権レベルをあげていく取組みも必要。

(山本さん)PKO部隊などの治安要員を人権やジェンダーの面において訓練していかないとSSRは難しいと言える。

■Q■ パレスチナにおいて市民と政府間の対話(ダイアローグ)が取り入れられたとの話があったが、市民の中に宗教指導者は含まれているのか。また、平和構築においての宗教の位置づけについてどう思うか。

■A■ 

(児玉さん)私が先ほど述べた選挙法改正に関するダイアローグを促進するプロジェクトには宗教指導者は含まれていなかった。HIV/AIDSのスティグマに対処する際に宗教指導者を含めた対話を進めるプロジェクトはUNDPのアラブ地域で行っていた。また、パレスチナでも国連機関ジョイントプログラムでは特にUNICEF, UNFPA, UNIFEMなどが宗教指導者の影響力に着目し、彼らとともに人権やジェンダー,HIV/AIDSなどの教育を現地の人々に行っていた。アフガニスタンでも同様な取り組みがあった。個人的には国連が彼らをパートナーとして考えるようになった歴史はまだ浅いと思うが宗教指導者の果たす役割は大きいと思う。

(山本さん)宗教が紛争の原因とよく言われるが、実際のところは社会格差や経済格差など蓄積した不満に対して何かが引き金となり、宗教紛争に発展していっている。例えば、アイルランドの血の日曜日事件もイギリス政府が行ったカトリック教徒に対しての社会差別や雇用差別が元々の原因であった。宗教問題に発展しうるような差別を早い段階で是正する早期警告システムがあればある程度紛争は防げるのではないか。

(田瀬さん)紛争が貧困を起こすのは明らかであるが、貧困または宗教が紛争を起こすのかについてはなかなか証明が難しい。山本さんが言うように宗教問題の前に、既存の排他主義(exclusion)や社会的疎外(marginalization)が何かを引き金として紛争に発展していくというケースが多い。紛争後の取組みにおいては宗教指導者も含め様々なグループを対話の中に包含(inclusion)していく事が重要。

■Q■ 児玉さんの話の中でCDA(Conflict Development Analysis)の話が出たが、統計データがない場合または数的に計れない問題に対してはどのように中立性を保って紛争の原因を分析しているのか。また紛争の原因というのは本当に分析できるのか。

■A■ 

(児玉さん)CDAで紛争の原因を分析する際、数値化されたデータからのみ紛争原因を追求するのではなく文献を通じた歴史の認識、対話(ダイアローグ)を通じた人々の認識から紛争の原因を把握することも行う。統計や文献から紛争の原因を探ることも重要だが、一見「中立性」がない様に思われるかもしれない、人々が何が原因と思うかといった認識の方がむしろ重要と個人的に思う。

(黒田さん)原因を追求する事も大切だが、将来的にさらなる紛争を避けるために国際機関がどのように貢献していけるかを考える事が重要である。

(山本さん)開発が紛争を助長しないように、紛争予防に繋がるような開発を進めていく事が開発機関の努めである。ジェンダー、環境、紛争など様々なレンズを持ち開発に取り組んでいく事が重要。

■Q■ 復興支援にあたって、どのような支援体制が望ましいか。セキュリティコストなどの話が出たが、民間と政府の協力体制についてどう思うか。

■A■ 

(児玉さん)現実として治安は復興・開発の条件となるアフガニスタンで地方の治安が原因で復興支援が地方まで及ばないという問題があった。その際、軍と文民(援助関係者を含む)で構成されるPRT(Provincial Reconstruction Team)をアフガニスタンの地方に展開していた。この構想が発表された当時、軍に保護されながら、軍と一緒に支援を行う事によって中立性を保てず、逆に攻撃のターゲットになりうるという懸念がNGOから寄せられ反発もあった。しかし、治安が確保されないと実際問題として人道・復興支援ができない中、治安問題は平和構築において非常に難しい問題である。

(山本さん)援助には人、物、金の3つの手段がある。経済学の観点で言えば、財政支援が一番効率的であり無駄が起きない。次に物、最後に人である。ただ、世の中そのように単純には機能せず、人命を守るために発生するセキュリティコストなど、それぞれの国毎に必要な人と物とお金の配分を検討していく事が重要。また、状況に応じて援助の経済効率を考えて行く事も必要。

(黒田さん)以前に比べて、国家、国際機関、NGOや財団など、紛争後の支援に関わるプレイヤーが格段に増えた。これらの組織がどのように協力して支援を展開していく事を考えるのは非常に重要。

■Q■ 軍人が復興援助に携わることについてどう思うか。また、アフガニスタンでの復興支援に成績をつけるとすればどのような評価になるか。

■A■ 

(児玉さん)平和構築の中心となるStatebuildingでは先ほども述べたように国の治安・法の支配能力強化が重要となるので軍人の関わりは必要。ただ、軍人と文民では考え方にギャップがあるため、そこをどうやって埋めて、協力していくことを考えていかなければならないと思う。アフガニスタン復興支援に成績をつけるのは、当事者として中立的に見る事ができないと思うので非常に難しい。批判的なコメントも聞くが、個人的に今までやってきた支援は無駄ではないと信じている。平和構築、復興支援も国・地域によって違うが、アフガニスタンのように何もない状況からはじめる平和構築は時間も資金もかかるということを最初から認識した上で、長期的な視点で捉え支援を続けていくべきと考える。支援する側の負担をよく耳にするが、支援はその受け手の人生に影響を左右する程度のインパクトを持ちうる。支援にかかわる場合にはその責任も重くうけとめるべき。

(山本さん)アメリカではODAの21%を国防省が使っている事実があり、軍と民の関係は最も問題視されているテーマの一つである。手段と目的の観点でみると、軍は戦争に勝つために援助をし、開発機関は貧困削減などを果たすために援助をする。基本的に軍と民は相容れないと思っている。しかし、治安が悪化している中で軍のバックアップは頼りになる。目的は違えど手段の段階で軍と民がどのように協力していけるかを考えていく事がこれから必要。

(黒田さん)世銀の中では今のところPRT(Provincial Reconstruction Team, 兵士と文民からなる開発チーム。アメリカ、オランダなどが派遣している)に協力できないとの結論が出ている。アフガニスタンに関して言えば、ジェンダーバランスや乳幼児死亡率の減少など統計的に見て評価できる面もあるが、治安の問題があり全体的には悪化していると言える。

■Q■ 中東和平の中で日本の貢献のあり方、日本人の宗教観から生じる立ち位置の違いについてどう思うか。日本または日本人がどのように中東の平和構築に貢献していけると思うか。

■A■ 

(黒田さん)日本も中東も歴史が深いという面で共通点がある。共通点を探して援助に生かしていくべき。また、平和構築において日本やドイツはなぜ成功したのかよく話題に出る。開発に関わっている者として質問されたら答えられるよう日本人として最低限の事を知っておくべき。

(児玉さん)中東和平に関して、日本は他の国に比べてレガシー(歴史遺産)を負っていないため、イスラエル、パレスチナ両方から信用を得られる立場にある。「平和と繁栄の回廊構想」のように日本の利点を生かした支援はとても面白いと思う。ただ、中東和平はアメリカの役割が非常に重要。イスラエルに対して影響力を持っているのはアメリカだと思う。

(田瀬さん)日本も頑張ってはいるが政治的になかなか難しい。Winning Hearts and Mindsという言葉あるが、人々の心に訴えかけていく事を日本人として出来るのではないか。

■ さいごに

写真⑤

3名の講師の方より多角的な視点から平和構築におけるジレンマや課題などについて問題提起をして頂いた。今回伺ったお話、また質疑応答での活発な議論が今後の皆様のご活躍のお役に立てればと思う。

議事録担当:成松
ウェブ掲載:渡辺