第60回 「人間の安全保障について」

佐藤安信さん
東京大学教授 大学院総合文化研究科「人間の安全保障」プログラム

大菅岳史さん
国際連合日本政府代表部公使
2009年10月27日開催
於: ニューヨーク国連日本政府代表部会議室
国連日本政府代表部/国連フォーラム共催 合同勉強会

写真①

■1■ 「人間の安全保障」理論の潮流 (佐藤教授)

写真②

1) これまでの流れ

佐藤教授は、現在、人権実務家としての経歴(UNHCR法務官、UNTAC人権担当官等)およびビジネス分野での経験(EBRD弁護士等)の双方を踏まえ、「人間の安全保障」の「ビジネスによる具体化」という方法論を研究しておられる。(注)詳しくは、佐藤教授の「私の提言:『日本発で平和構築への企業の取り組みを推進しよう』」(http://www.unforum.org/teigen/2.html)を参照。

そもそも「人間の安全保障」は、国連開発計画(UNDP)の1994年版人間開発報告書で初めて取り上げられた概念であり、開発の文脈から生じたパラダイムである。 特に、「開発」概念が「GDPの向上」のみならず「分配の公正さ」まで含めるよう広がる過程で、より人間の潜在能力の発揮・自己実現を目指す「人間開発」という視点が生じてきた中で、「人間の安全保障」という考え方も生まれた。

2) 「人間の安全保障」概念について

「人間開発」概念と「人間の安全保障」概念の相違点は、「安全保障」というレトリックの有無にある。

伝統的「安全保障」概念は、核抑止力を前提とした勢力均衡状態等に基づき「国家間戦争がない」ことを意味していた。しかし、60年代ごろからのヨハン・ガルトゥングに代表される平和学の発展の中で、「消極的平和(=戦争がない状態)」から、構造的暴力(人権抑圧や貧困、社会における日常的暴力)や文化的暴力(価値観にある社会における「生きにくさ」(例:日本社会における女性の立場))がないという「積極的平和」へと「平和」概念の射程が広がり、開発分野と重なり合う部分が出現した。この文脈において、「平和と開発の『架け橋』」として「人間の安全保障」概念は理解できよう。
このUNDPによる「安全保障」レトリック採用の背景には、当時進んでいた冷戦後の軍縮の流れによる安全保障関連予算の減少分を、開発へと振り向けるという政治的意図もあった。ただし、近年は軍縮も減退傾向にあり、この意図がいまだ意味をもっているかは疑義が生じている。

「人間の安全保障」概念については、緒方貞子氏、アマルティア・セン氏を共同議長とする「人間の安全保障委員会」でも議論され、2003年報告書「人間の安全保障の今日的課題」の形で発表されたが、様々な政治的背景もあって漠然とした定義しか出されていない。しかしながら、この概念が持つ重要なポイントとしては、以下の3点があげられよう。

  • ①「人間」の視点:従来の議論では、「人間」中心に問題を考えるという根本的な議論が欠如していた。この意味で、改めて「人間」に光を当てるという意味で付加価値を持つ。
  • ② 国際法におけるパラダイム・シフト:伝統的な国際法は、主権国家体制に基づき構想されてきたが、人権、ビジネス環境等のグローバルな発展に伴い、国際社会が個々人にどう手を差し伸べ救済していくかというTrans-National Lawとも呼ぶべき主権国家を二次的なものととらえる考え方が生じている。「人間の安全保障」もこの文脈の一つとして理解できる。
  • ③「平和」概念の変化:価値観としての「平和」概念が、核抑止力を基礎とする「排除」の論理から、人類共通の敵や環境問題に対応するための「協力」の論理へと変化しつつある。「人間の安全保障」概念は、この変化を表している。

3) 「人間の安全保障」とビジネス

本年4月27日に開催された、「"Human Security and Business" (人間の安全保障とビジネス)」(東大フォーラム2009 in UK)においては、「紛争」「人の移動」「ガバナンス」の3点に関して議論がなされた。

  • ①「紛争」とビジネス(紛争経済)紛争の存在の背景には、紛争経済と呼ばれるようなビジネスの実態があり、これを理解することは紛争解決に不可欠である。例えばタイにおけるクメール・ルージュ問題が長期化した原因は、タイへのルビーの闇貿易だといわれていたが、明石康国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)事務総長特別代表がタイとの国境を閉鎖してもクメール・ルージュは弱体化しなかった。政府軍とクメール・ルージュの間に、木材の密貿易に関する「連携」があったからとされる。このように紛争経済の実態をきちんと理解しないと問題は解決できない。
  • ②「人の移動」とビジネス(例:人身取引問題等)
  • ③「ガバナンス」とビジネス(例:汚職問題等)

ビジネスは、上記のように様々な「人間の安全保障」にまつわる問題と密接に関連する。ビジネスを積極的に利用することで、これらの問題が解決できるのではないか。(例:ビジネスを通じた資源管理、多文化共生、非暴力的紛争解決の慫慂(弁護士ビジネスの創造)等)

■2■ 「人間の安全保障」に関する日本政府の取り組み(大菅公使)

写真②

1) はじめに

2009年9月に発足した鳩山新政権下においても、「人間の安全保障」は引き続き外交の柱の一つである。9月の鳩山総理の国連総会一般討論演説は、「政治主導」で起草されたものだが、「人間の安全保障」に2箇所で言及がある。因みに、「民主党政策集Index 2009」においても、「外務・防衛」政策の一つの柱として「ODAの活用、『人間の安全保障』などへの取り組み」が挙げられ、「深刻化する世界の貧困問題と『人間の安全保障』の実現は、日本の国際協力分野における最重要課題です。」と言及がある。

2) これまでの動向

「人間の安全保障」は、しばしば "evolving concept"と呼ばれる。これは個人に対する様々な脅威が時代、場所とともに変わることで、「人間の安全保障」の具体的内容も刻々と変化することを意味している。我が国は、2003年に「人間の安全保障委員会」(緒方元UNHCRとアマルティア・セン教授が共同議長)が発表した報告書"Human Security Now"による定義を基礎としつつ、2005年事務総長報告 "In Larger Freedom"が課題として扱った「平和」、「開発」、「人権」のすべてに跨る人間中心の包括的概念として、人間の安全保障を捉えている。

歴史的な流れとしては、90年代後半のアジア経済危機を契機として日本が進めてきた「開発」分野からのアプローチと、コソボ危機等を踏まえてカナダや欧州諸国が進めてきた「保護する責任(Responsibility to Protect: R2P)」のアプローチの2つに大別され、両者間で「人間の安全保障」概念の定義をめぐり論争が繰り返されてきた。しかし、2005年国連首脳会合成果文書("2005 World Summit Outcome")において、「保護する責任(para.138-140)」と「人間の安全保障(para.143)」が区別して記載されたことで、概念整理がなされ、論争に一応の決着をみた。

この成果文書の「人間の安全保障」パラのフォローアップとして、我が国が中心となり2006年秋に「人間の安全保障フレンズ("Friends of Human Security")」を立ち上げ、「人間の安全保障」に対する国連加盟国間の共通理解の醸成と国連の諸活動における主流化に努めている。これまで計6回開催され、直近3回は、すべての加盟国・国際機関に参加を開放した。その結果、必ずしも「人間の安全保障」概念普及に積極的でない国々も参加するようになっているが、これまでの参加国総数は130カ国を超えている。

3) 日本の取組

我が国は「人間の安全保障」の現場における実践を積極的に推進している。政府開発援助大綱(ODA大綱:2003年8月29日閣議決定)において、「人間の安全保障」の視点を基本方針の一つとして加えるとともに、政府開発援助中期政策(ODA中期政策:2005年2月4日発表)の中で、政策立案、案件形成・実施、評価等各課程においてその実現のために必要な6つのアプローチを提示している。また、ODA実施機関であるJICAも、「人間の安全保障」の実践を目指し、「4つの実践方針と4つの重要なアプローチ」を定めている。

また、我が国は「国連人間の安全保障基金」を主導し、これまでに累計約390 億円(約3 億4,658 万ドル)を拠出し、119 の国・地域で実施される計196 件(2009 年10 月27日現在)に対して約3 億8,100 万ドルの事業を支援してきている。スロベニアやタイも若干の拠出実績はあるが、ほぼ日本が支えているのが現状である。しかしながら、93年から2000年まで世界第1位を誇った我が国のODA実績(支出純額ベース)が、いまや第5位(2008年暫定値)まで落ち込む中で、人間の安全保障基金への追加拠出も厳しい状況にさらされている。

4) 今後の取組

6月に開かれた第6回「人間の安全保障フレンズ」会合においては、金融経済危機、新型インフルエンザ、平和構築、女性への暴力、気候変動といった様々な新しい脅威について議論がなされた。また、この会合でフォローアップ事項の一つとして、潘基文事務総長に対して人間の安全保障に関する報告書の作成を要請することが決まり、これを受け、現在、国連事務局において事務総長報告を作成中である。国連人間の安全保障基金設立から10年、そして国連首脳会合成果文書から来年で5年が経過するこの節目の時期に、国連の大きな方針を定める国連総会での政府間プロセスの端緒となる事務総長報告が作成されつつあることは、新たな展開として評価できよう。

「人間の安全保障」はいまだ星雲状態にあると言え、「定義が明確でない」として厳しい批判を行う国も一部にある。しかし、それゆえに一層研究しがいのあるテーマであると思われるので、ぜひ興味を持っていただきたい。その際、人間の安全保障が対象とするのは、コミュニティー・レベルで様々な脅威に晒された最も脆弱な人々であることを忘れることなく、また、そうした「現場」における日本人の人的貢献が必ずしも十分でない現状を意識しつつ、現場感覚を伴った研究に取り組んでいただければ幸いである。

■ 質疑応答

写真④

■Q■ 「人間の安全保障」と「保護する責任(R2P)」の相違点はどこか。

■A■  (大菅公使)
国連首脳会合成果文書において、「保護する責任」が生じる状況は、「大量殺戮(ジェノサイド)」「戦争犯罪」「民族浄化」及び「人道に対する犯罪」の4つの重大な侵害についてである旨規定されている。いわば、「人間の安全保障」が脅かされる究極の状況に限定されている。一方で、「人間の安全保障」についてはそのような限定はなされていない。

■Q■ 「人間の安全保障」に対する批判とはどのようなものか。

■A■  (大菅公使)
従来から、反米色の強い一部の国々の政権は、「人間の安全保障」が内政干渉の口実として使われ、いずれ武力行使につながるのではないかという懸念を有している。また、人権や人間開発といった既存概念との違いが明確でない、あるいは概念が広すぎて何でも含まれてしまうとの批判もある。これらの点については、「人間の安全保障」の付加価値は何か、今後どのように定義づけていくかについて、さらなる理論の深化が待たれるところである。

■Q■ 佐藤教授のビジネスの視点は、どのようにアフガニスタンにおいて実践すればよいとお考えか。

■A■ (佐藤教授)
アフガニスタンの治安状況は深刻化しており、どのような支援が望ましいかについて、一義的に回答することは難しい。

しかし、自らの経験から言えば、「量より質」「地域経済の重要性を意識し、小さいことからこつこつと」という姿勢が大切だと思われる。地方においてタリバンが支持されている理由は、政府の支援が届かない地方で、食糧支援等についてのある種のきめこまやかな「互助団体」としてタリバンが機能していることが挙げられる。タリバンを、「敵」としてのみ考えるのではなく、その果たしている重要性、行動の合理性といった側面も理解し、支援を含めた今後の戦略を考えていく必要があろう。

ビジネスの視点については、アフガニスタンで大きな問題となっている芥子栽培への対応はできないだろうか。蕎麦等の代替作物の導入が挑戦されているが、なかなか成功していない。適正技術を考えるにあたり、日本のビジネスを通じて日本が育んできた農業の知恵と現地の知恵をうまく融合させていくことはできないだろうか。 ただし、アフガニスタンの支援は命がけである。それなりの覚悟が要求されよう。

■A■ (大菅公使)
佐藤教授が言及された「量より質」に関し、いかに「質」を担保するかは、お金を出す・出さないといった量の問題と必ずしも二律背反ではなく、いかに現場に人が出向き、現地のニーズを把握した上で的確な支援を行うかという人的貢献の在り方にも深く関わっている課題だと思う。

■Q■ アフガニスタンへの文民支援に関し、援助関係者の安全確保は非常に大きな問題ではないか。

■A■ (佐藤教授)
現地での支援において死の危険があることは否定できない。個人的には、個人レベルでの自発性、納得をきちんと確保する必要があると考える。

■Q■ 「人間の安全保障」について、純粋な学問的研究対象としては、どのようにとらえればよいか。

■A■ (佐藤教授)
これまでの研究はどちらかというと、狭く深く分析するということに重きがおかれすぎてきたように思われる。「人間の安全保障」は様々な学問の「総合化」を目指すものであり、どのように学際的視点を持って成し遂げていくか、という点に学問的研究対象としての価値があるのではないか。

■Q■ 「人間の安全保障」とCSRの関係性はどのように考えるべきか。佐藤教授はCSRを広く好意的に解釈しておられるが、スーダンや東チモールでは企業活動が「人間の安全保障」を低下させているとも取れる状況がある。そもそも、法律によってではなく、CSRによって企業の活動を規制することができるのか。

■A■ (佐藤教授)
国連のGlobal Compactにおける10原則や企業の自己規制ガイドラインの設定など、CSRをつうじた企業活動の規制の取り組みは始まっている。また「社会的責任投資(SRI: Social Responsibility Investment)」という言葉があるが、株主が利益のみならずその他の考慮要素を取り入れ投資を行うことをつうじて、企業活動を規制していくことができる。その意味で、CSRをつうじた企業活動の規制は、我々一人ひとり自身の問題であるといえよう。

議事録担当:錦織
ウェブ掲載:岡崎