ヨルダン・スタディ・プログラム - 「4.2.6 ジェンダー」

1)ヨルダンにおけるジェンダー課題に関する問い

国際的に見ると、女性のエンパワメントのための様々な施策は経済的自立を促すものが多いが、ヨルダンにおいてはどうだろうか?また、女性のエンパワメントのための施策を形成する上で、ヨルダンの地域的、文化的文脈はどのような影響を及ぼしているか。

2)渡航前の学びおよび仮説

ヨルダン社会における女性の地位は、まだジェンダー平等という理想にはほど遠い。2018年のグローバル・ジェンダー・ギャップ指数において、ヨルダンは149か国中138番目である1。中東/北アフリカセクション全19ヵ国の中では12番目であり、周囲の国と比較してもあまり高い順位とは言えない。教育分野における女性の包摂については2006年の世界70位から2018年の45位で向上した一方で、経済・健康・政治といった他のすべての分野では下降している。そのうち、女性の経済参画については149か国中144位と、ほとんど最下位に近い。

特に、経済活動に関して言えば、ヨルダン人女性の就業率は22%と低く、男性就業率の87%と比較するとその差は歴然である。また、女性の中でも特に既婚者や高学歴者における経済参画率が低いことが分かっている2。経済活動をはじめとする諸分野における女性参画率の低さの大きな原因は、男性は大黒柱として一家を経済的に支え、女性は子育てや家事を通じて家庭を守るべきとの根強い性別役割分業意識である。これは言い換えれば、男性のパブリック(公)の領域における主体性を認めながら、女性をプライベート(私)の領域に従属させることで、女性たちの社会進出や経済的自立を阻んで来たと言える。特に家父長的な部族文化が残るアラブ社会において、女性は守られるべき脆弱な存在として捉えられる傾向が強い。ヨルダン社会において女性が男性と同等に社会進出を遂げるには、乗り越えなくてはならない壁が多い。そこに追い打ちをかけるように、19.2%3という高い失業率も女性の経済的自立を阻む。高等教育を修了しても仕事に就けない若者が増加する中で、女性が労働市場に参入していく門戸は狭い。

渡航に向けての事前学習をする中で、このようにジェンダー格差が根深く残るヨルダンにおいて、どのような施策がとられているのかが大きな疑問として持ち上がった。そして調査の結果、経済分野、すなわち女性の収入創出に着目した施策が多く存在することが分かった。そこには大きく分けて2つの理由がある。

1つ目に、女性の経済的なエンパワメントが、社会面、政治面など他分野でのエンパワメントにも繋がる可能性が高いということが挙げられる。女性のエンパワメントは、ジェンダーのもとに意思決定過程から排除され、力を奪われ、無力化(disempowerment)されてきた女性たちが、ジェンダー問題に気づき、その批判的意識を行動に転換するために、力の基礎、すなわち意思決定過程への参加の機会を獲得することで、自ら力をつける(self-empowerment)道を開くことである(Kuzuhara, 2006)4。個人の経済状況というのは、社会的・政治的な地位と密接な関わりを持っているが、女性は男性と比較して家庭内労働に従事する割合が高いため、収入創出が難しい場合が多い(Griffin,1992)5。その結果、女性を軽視する差別的な価値観が広く普及してしまった。根本的な解決としてはもちろん、その誤った価値観を変えることであるが、それには多大な時間と労力が必要となる。そこで、女性が「稼ぎ主」の役割の一部を担い、収入創出を行うことによって、家庭や社会における存在感を強め、男女間ヒエラルキーを是正しようというのである。

2つ目の理由として、収入創出に着目した支援は女性のいるコミュニティの反感を買いにくいということが挙げられる。例えば、その社会における家父長的な規範を批判し、変更を求める試みは、それが地元の女性たちの自発的な試みであったとしても、リベラルな価値を掲げてローカルな規範や文化を乱そうとしている、文化的侵略である、と受け取られかねない。「部外者」である国際NGOや国連機関などによるものであればなおさらである。また、政治制度や官僚制度の変更となれば、そこには大きな政治的コストが生まれる。端的に言えば、女性の収入創出を通じた夫婦間パワーバランスの変化が、ゆくゆくは広く男女間の力関係を平等なものにしていくことに期待するほうが、実践的な方法だという共通見解があるように思われる。

こうした背景から、女性のエンパワメント策においては経済分野、特に収入創出に着目したものが多い。

以上の事前学習を踏まえ、私たちは、ヨルダンにおいても収入創出に特化した女性エンパワメントのプロジェクトを多く見るだろうという仮説を持って現地に向かった。同時に、ヨルダン特有の社会的文脈が、どのように女性エンパワメントの在り方に影響を及ぼしているのかにも着目した。

3)現地渡航における学び

現地渡航をしてみると、実際に女性の収入創出に力点をおいた数多くのプロジェクトに巡り合うことが出来た。

UN Women Jordanでは、性による職業の分離、社会的プレッシャー、安全な職場への限られたアクセス、仕事中に子供を預けることができるデイケアサービスセンターの不足など、女性が経済力をつけるにあたって障壁となっているものを取り除くことに力を入れていた。また、ヨルダン人女性だけではなく、主にシリアから逃れてきた難民女性らへの難民キャンプ内にて「オアシス」と呼ばれる職業支援センターを運営していた。これらは現地政府と協同し、国連機関が女性の社会進出や収入創出の障壁を取り除こうとするプロジェクトの代表例であり、仮説の検証に大変役に立った視察となった。

(写真)アズラック難民キャンプの「オアシス」に併設されている託児所

国際機関による支援の形ではなく、現地住民との協力のもとで築かれたソーシャルビジネスによる女性支援も存在した。例えば、ヨルダン人とシリア難民双方から女性を雇用し、コットン製トートバッグを製造するTeenah(ティーナ)、パレスチナ難民の女性たちによる伝統的なパレスチナ刺繍グッズを生産・販売するKhoyoot(ホユート)、そして中東の民族的なデザインをモダンに仕上げた商品をヨルダン人とシリア人女性が手作りするTribalogy(トライバロジー)などである。このうち、TeenahとTribalogyは、外国人によって立ち上げられ、ヨルダンにおける女性の雇用創出と、シリア難民支援、そしてシリア難民とホストコミュニティの人々との交流促進を一度に目指すビジネスモデルであった。一方Khoyootは、自身もパレスチナ難民の子孫である若い女性が設立したイニシアティブで、女性の経済的自立はもとより、失われつつあるパレスチナの伝統文化を継承し、世界に広げるという重要なミッションを掲げていた。

ヨルダンにおける全ての女性エンパワメントのプロジェクトを見学できた訳ではないものの、少なくとも私たちが訪れたところについて言えば、女性支援の現場は経済的エンパワメントにかなり重きを置いていると感じた。また、私たちの初期仮説通り、これらの収入創出イニシアティブは、ヨルダンに住む、難民を含めた女性たちのエンパワメントの第一歩として理解されていることが分かった。彼らは、女性が収入を得ることがそのまま経済的自立につながるわけではないこと、経済的自立は、総体的な女性エンパワメントの一部でしかないことを理解したうえで、自らのプロジェクトによる収入創出が、他分野でのエンパワメントへ波及することを願っていた。

一方で、これらの国際機関やソーシャルビジネスを訪問したことで新たに見えたのは、「女性の雇用創出」という共通のゴールは持ちつつ、その実践はヨルダン、あるいはアラブ社会という文脈の中でローカル化されているということである。女性の収入創出のプロジェクトについて具体的に学んだことで、ヨルダンにおいて、女性の経済的自立への道のりがどのように解釈され、実行されているかを知ることが出来た。

第一に、これらの経済的自立支援プロジェクトは、女性の収入創出が中心的な目標であったとしても、それ以外に複数の効果あるいはメリットがあるような形でデザインされている。この「プラスアルファ」の部分に、その地域あるいはコミュニティにおける課題意識が色濃く反映されている。ヨルダンの政治的・社会的特色は、決して少なくない難民の存在であり、女性への経済的支援が難民への経済的支援とは切り離せないことは明らかだ。また、様々な難民支援策の結果、ホスト住民たちが感じてしまう「不公平感」、あるいは難民支援に注視するあまりに見過ごされるヨルダン人が抱える問題を直視しなくてはならない、という意識もこれらの取り組みから感じられた。また、ホユートの事業からも読み取れるように、「難民」となって70年以上も経つパレスチナ人にとっては、そのナショナルな文化の継承も、女性のエンパワメントと併せて取り組みたい重要なゴールになっていることが分かった。

第二の「ローカル化」の努力が見られたのは、女性たちの収入創出の手段である。原則的に、ヨルダンで見たこれらのプロジェクトの裨益者たちは、手芸や裁縫を通じて収入を得ている。この特定のやり方を採用するのには少なくとも2つの理由があると説明された。まず、女性たちが普段から行っている作業に付加価値をつけるという方法を取ることで、収入を得られるようになるまでのトレーニング期間とコストを抑えられる。作ったものを商品化するには、工程や品質の管理のために新たに学ばなくてはならないこともあるが、生産の技術は既に身に付いているので、仕事を始めたその日から労働にふさわしい賃金を得ることができる。次に、いわゆる「女性らしい」職業に従事することで、妻が働くことに対する夫からの反対を最小化できる。妻が家計を支えるという考え自体に抵抗がある多くのアラブ人男性は、女性が企業、エンジニアリング、運転手など、元来「男性の領域」とされているところに足を踏み入れることを受け入れにくい。一方で彼らは、もともと女性が行っている作業に賃金がつくのであれば良いだろう、という風に考える。また、買い物など必要最低限の外出しかゆるされない「ホームバウンド」と呼ばれる状態にある女性でも、ミシンなどの機材を貸与し、家で作業すれば、外出せずとも収入を得ることが出来る。実際に、KhoyootとTeenahでは、初めはホームバウンドだったが、収入を得たことで、夫に外の工場で働く「許可」をもらえた従業員も数名いた。

(写真)Teenahのトートバック製造現場

このような手段選択につき、日本人のプログラム参加者から、いわゆる「女性的」な仕事を収入創出の手段として用いることは、ジェンダー規範の変革につながらないどころか、現存の「男性的」仕事と「女性的」仕事の区別を再生産するのではないか、という的確な指摘があった。それに対し、これらのプロジェクトの運営者たちは、社会的な規範が変化するまで収入創出の機会を先延ばしには出来ないということ、高失業率という喫緊の課題に対しまずは雇用を生むことが最優先であること、そもそも仕事の中身のせいで収入を得ることを夫に禁止されては元も子もないこと、という返答があった。また、母親が収入を得ることで夫婦間のパワーバランスが是正されることが、その子供たちに長期的にもたらすポジティブな影響をもたらす、という説明もあった。つまり、母が収入を得、それを尊重する父を見て育つ子供たちは、より平等な夫婦関係あるいは性別役割分業に関する規範を持つようになる。また子供(特に娘)の進路・職業決定について、収入のある母親の発言権が増し、ひいては次世代の職業に対するジェンダーステレオタイプの解消につながる、ということである。

これらの発見は現地を訪れたからこそ可能だったのであり、時間を割いて日本人にプロジェクトの内容を紹介してくださった現地の人々に、感謝の気持ちでいっぱいである。

4)現地渡航を踏まえた渡航後の考察と問いに対する検討

現地渡航を経て、これら収入創出イニシアティブの根底にある「経済的自立が政治・社会分野でのエンパワメントに波及する」という仮説がどこまで実現可能なのか、という新たな疑問が生まれた。というのも、ジェンダー平等へと至る道のりは社会によって様々だからである。ヨルダンで、経済的エンパワメントの施策が実際に政治的・社会的エンパワメントへと繋げるには、ヨルダンの持つ強みと弱みを理解し、ジェンダー平等へのモメンタムを戦略的に方向づける必要がある。この短い報告書では具体的な提言は出来ないものの、ヨルダンにおいて上記の「波及仮説」の実現を阻害している要因を整理したい。

現地渡航を通じて見えた、総体的な女性のエンパワメントを阻害する要因は、(1)女性の社会進出を促進するソフト・インフラの欠如、(2)公共交通機関の不整備、(3)性別役割分業意識と縁故採用の文化の三つである。第一に、ヨルダンには女性が社会に進出するのを促進する様々な制度が欠如しているため、女性の収入創出が成功しても、そこで頭打ちになり、より広い意味での社会進出には繋がらない。例えば、2019年1月時点のヨルダンの国会議員の女性の割合は15.4%である(日本は同年13.8%)6。 世界全体の議員に占める女性の割合が24.3%ということを踏まえると、ヨルダンの政治がいかに男性主導になっているかが伺い知れる。議員に女性が少ないことは、国の政策に女性の意見が反映されにくいことを意味する。最終的に目指すのが女性の社会進出である以上、国の根幹となる政策を決定する場に女性が少ない現状は無視できるものではない。また、二つ目の例として、託児所やプレスクールの不足が挙げられる。現在ヨルダン国内では幼稚園に行く5歳の子供は全体の59%に留まる(ちなみに日本では5歳の子供の幼稚園及び保育園の利用割合は98%)。難民キャンプではUN Womenに子供を預け働く女性たちがいる一方、キャンプ外難民や一般的なヨルダン人に関して言えば、託児所等の施設の絶対的な不足に加え、地理的あるいは経済的理由を理由に通えない家庭が多い。「育児は女性の仕事」という意識は先進国でも根強く残っているので変革にはまだまだ時間を要するだろう。ヨルダンで両親が共働きするためには、一般的な家庭の居住や家計のコンディションを考慮に入れたうえで、日中に子どもを預かってくれるシステムを構築する必要がある。

第二の阻害要因は公共交通機関の不整備である。人口が集中している首都アンマンの公共交通機関は、1日1本の鉄道のみである。現在アンマン、ザルカ間にBRTバスを建設中だが、着工から9年経つものの高い人件費などを理由に未完成である。加えて、首都のアンマンは起伏が激しく徒歩圏が狭い。実際自分の足で歩いてみたが、道のりの厳しさゆえに距離に対し想像以上に時間がかかり驚いた。このようなアクセスの厳しさは、安全であることが強く求められるムスリムの女性にとって大きな障壁になっている。

(写真)首都のアンマンは起伏が激しく、公共交通機関が乏しい

3つ目は、女性の就労を阻む社会的な固定観念と、それを下支えする縁故採用の習慣である。ヨルダンには、男女間の教育格差はほとんど存在しない。高等教育に至っては、女性のほうが男性よりも入学率が高いくらいである7。しかし、労働市場におけるジェンダーギャップは鮮明だ。2019年の就業率は、男性で64.3%、女性はわずか14.1%で、50ポイントもの開きがある。この就労率のギャップを生む原因は複雑だが、特に根強いのは性別役割分業意識で、家族を重要な社会的単位とするヨルダンの文化において、女性は出産、子育て、家庭教育にしっかり従事すべきとの通念が女性の社会進出を阻む8。さらに、ヨルダンの法律は、夫が妻の就労を制限することを認めており、女性の就労への制度的障壁になっている9。事態をさらに悪くするのが、アラブ社会でいまだ主流の縁故採用である。ヨルダンICT協会でなされた説明によると、ヨルダンでは中小企業の割合が全企業の98%を占めるが、それらの企業は親戚や近しい友人を雇用する。この縁故は、一般的に男性中心で構築され、そこに女性が入り込む隙がない。結果として、縁故採用を続ける限り、人材のプールが男性で占められるため、高度な教育を受けた女性も仕事に就けないのである。

これらの考察により「経済的自立が政治・社会分野でのエンパワメントに波及する」という仮説を実証する以前の問題として、以上の3点が未だにヨルダン国内に置ける女性の経済・社会進出を阻害する要因として挙げられることが分かった。加えて仮に「経済的自立が政治・社会分野でのエンパワメントに波及する」という仮説が正しくとも、経済的エンパワメントだけが必ずしも他分野の政治・社会的エンパワメントを実現する万能薬であると捉えるべきではない。女性のエンパワメントは各国ごとの社会・経済状況、特徴を踏まえ、政治、経済、社会的側面から包括的に行われるべきである。例えば北欧諸国に匹敵する高いジェンダー平等指数を達成しているルワンダでは、同国の憲法に一定数議会に女性議員を取り入れることを義務付けており、女性の政治参加を基本的人権として保障している。ルワンダも失業率が10%、収入が安定しない自給自足農業従事者が85%10と経済的に決して豊かではないものの、同国では女性の経済的エンパワメントよりも政治・社会分野でのエンパワメントに注力することで世界的にも高い度合いのジェンダー平等を達成した。つまり、ジェンダー平等を実現するプロセスは、国により様々考えられうるのであり、ヨルダンにはヨルダン社会の特徴を考慮した独自のプロセスが求められる。

(写真)アズラック難民キャンプにて

1 世界経済フォーラム, https://jp.weforum.org/reports/the-global-gender-gap-report-2018, accessed on 11 January 2020.

2 The World Bank, https://www.worldbank.org/en/news/feature/2014/04/17/women-in-jordan—limited-economic-participation-and-continued-inequality, accessed on 11 January 2020.

3 CEIC, https://www.ceicdata.com/ja/indicator/jordan/unemployment-rate, accessed on 11 January 2020

4 葛原生子, http://ejiten.javea.or.jp/contentae49.html,accessed on 11 January 2020.

5 Griffin K. (1992) Income Generation and Employment Opportunities for Women. In: Griffin K. (eds) The Economy of Ethiopia. Palgrave Macmillan.

6 厚生労働省, https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc_wg/h28/shouchou/160916_shiryou_s_5_3.pdf, accessed on 11 January 2020.

7 UNESCO, http://uis.unesco.org/en/country/jo, accessed on 11 January 2020.

8 The World Bank, http://siteresources.worldbank.org/INTJORDAN/Data%20and%20Reference/20507631/Jordan%20Gender%20Assessment05.pdf, accessed on 16 January 2020.

9 Freedom House, https://www.refworld.org/docid/4b9901227d.html, accessed on 17 January, 2020.

10 JILAF, https://www.jilaf.or.jp/rodojijyo/africa/central_africa/rwanda2012.html, accessed on 11 January 2020.