ヨルダン・スタディ・プログラム - 「4.2.5 教育」

1)渡航前の学びおよび仮説

(写真)渡航前第4回勉強会の様子

私たちは渡航前勉強会において、ヨルダン社会が抱える教育の現状や、課題、教育の価値について学んだ。ヨルダンにおける教育体制として、ヨルダン国民と難民で学習時間や管理運営体制が異なるため、他者理解の基盤となる交流や共同学習を行うことが困難であることや、道徳教育やAL(アクティブラーニング)の実施がいまだ部分的であり、音楽・体育・図工の情操教育は必修になっているものの、資金不足、時間的・宗教的都合、教員の技術などの理由から現場で実施されていないことが多いことが分かった。また、ヨルダンでは就学前教育が質・量ともにあまり充実していないことを事前の勉強会にて学んだ。

こうしたヨルダン社会の持続可能な将来のためには、「難民のウェルビーイング」と「ヨルダン人のウェルビーイング」の両方を満たすことが重要であると考えられる。ヨルダン国民と難民の双方が共有するイスラム教への信仰を尊重した支援が実施されているにも関わらず、多くの難民との間で相互理解が困難な状況になっている。この課題の解決のためには、他者理解のための価値観形成が不可欠であり、この他者理解のための価値観形成を実現するアプローチ方法として教育に注力することでヨルダン社会で他者と共生するための共通の価値観が構築され、最終的には持続可能なヨルダン社会の実現に繋がるというプロセスにつながるのではないかと考えた。

2)現地渡航における学び

i)UNICEF

(写真)UNICEFユースセンターにて

・訪問機関の概要・活動内容

UNICEFの教育プログラムでは、国籍にかかわらず全ての子どもに教育支援を提供することを目的とし、特に脆弱な地域・環境で育った子どもが重点的な支援対象となっている。また、就学前教育や5歳以下の子どもへの教育に注力している。その一つであるマカニ・ユースセンターでは、6~18歳の若者に対して、ライフスキルや教育スキル、チャイルドケアスキルを提供している。最近は幼児教育も実施しており、センター数は250箇所にのぼる。運営方針は(1)子どもの保護、(2)教育、(3)青少年育成の三本柱となっている。

ザータリ難民キャンプ内のマカニ・ユースセンター

シリア難民自身により運営されており、生計手段を得ることで難民自身のレジリエンスと自立を促すための Incentive-Based Volunteering が400人を対象として行なわれている。シリア難民の子どもたちに対して、非公式な学習プログラム、心理社会的サポートケア、スポーツを通した学習、コンピューターラボでの学習を提供している。実際の教室では、子どもたちは英語教科書で勉強をしたり、パソコンに向かって図表を作ったりしていた。先生に続き大きな声で唱和する授業があり、「私たちはシリア人」と言っていた。

青年省のユースセンター

UNICEFがヨルダン青年省の支援を行なっている。口頭での説明を受けた後、マインドマップ1および風船を使ったワークショップを見学した。マインドマップのワークショップでは、自由なテーマでの議論の際に、「パレスチナ会議」でエルサレムがパレスチナの首都になるにはどうすれば良いかについて、女性達が話し合っていたのが印象的であった。

・所感と考察

両ユースセンターの訪問を通じて一番強く印象に残ったのは、アイデンティティ教育である。双方において、子どもたち自身はヨルダンで生まれ育っているにも関わらず、パレスチナ人もシリア人も、自身のアイデンティティを強く意識し、キャンプではアイデンティティをさらに強化する教育がなされていると感じた。アイデンティティ教育は集団存続のために重要であるが、ヨルダンというホスト国において共存していくにあたり、自身のアイデンティティを強く意識させる教育は、彼ら一人一人の生きづらさを助長しかねないのではないかと感じる参加者もいた。

ii)NRC

(写真)NRCでの集合写真

・訪問機関の概要・活動内容

ノルウェー難民評議会(NRC)は、難民や国内避難民への支援・保護・持続的な解決策を提供する人道支援NGOである。ヨルダンではキャンプとコミュニティの20万人のシリア難民を支援している。

NRCはヨルダンにおいて教育支援に重点を置いている。その理由は、難民が教育を通じてヨルダンが持つ共通の文化・価値観を学び、社会に順応してきた背景があるためである。人道支援から開発支援に移行する中で支援対象から取り残されてしまう人々を対象としており、特に、学校に行っていなかった子どもたちや障がいのある子どもたちに重点を置いている。学校に行っていなかった子どもたちは、児童労働に従事することも多く、将来的に安定的な仕事に就けない状況にある。またシリア危機の影響により障がいのある子どもが増えており、それを受け入れるシステムが整っていないことから、こうした子どもに焦点をあてて支援している。例えば、Better Learning Programを通じて、感情を理解する力や聴く力などの人間的なスキル(Human Skills)を身につけさせている。

その他、教育の現場において親と教師の交流の機会が限定的なことに起因する相互不信や、教師の地位・待遇が不安定な点も課題であるため、教師をどうケアするかが重要であると考えている。加えて、学校の現場では、午前にヨルダン人が、午後にシリア人が別々に教育を受ける二部制が導入されており、ヨルダンの子どもたちとシリア難民のこどもたちの交流の機会が少なくなり、相互に信頼関係が築けていない状況がある。

・所感と考察

NRCの方が話されていた、教育が安全保障に資するという点を興味深く感じ、教育は他国から来る人々を、共通の価値観の下でスムーズに統合させ、それが安全性を高めるような役割があると学んだ。ヨルダンは難民を受け入れてきた歴史を持つが、難民がヨルダン社会に溶け込むことは国内の安全性を高めることにつながり、難民がヨルダンの持つ共通の文化や価値観を学び、相互に理解し信頼関係を築くために教育が一助となることが分かった。

iii)JRF

(写真)JRFの子どもの保護プログラム

・訪問機関の概要・活動内容

Jordan River Foundation (以下JRF)は、1995年に非利益・非政府のもと設立された王族系の団体である。JRFは子どもの安全とコミュニティ開発に携わっている。また家庭内課題の解決に従事するヨルダン人のサポートや彼らの地元の課題解決も支援しており、JRFの施設内の子どもたちの幸福が最も重要なことである。

現在のプロジェクトとしてはコミュニティエンパワーメントと子どもの保護プログラムの2つを行っている。

(1)コミュニティエンパワーメントプログラム:1997年から始まったプログラムであり、住民の生活を改善するために農業を通して経済的な機会を提供している。

(2)子どもの保護プログラム:1997年に開始れ、子どもの保護と安全を目指し、家族を1つの単位とするアプローチ方法によって家族間の健全な関係づくりの促進に努めている。

今回の訪問では、子どもの保護プログラムの活動場所を見学することができた。このセンターでは、リトルホーム、アートルーム、グリーンハウスなどの施設を持ち、子どもたちが自身を守るのに必要な能力を身に着けるサポートをしている。リトルホームでは、感情を表す能力、安全と危険を判断する能力、何を(誰を)信じるか、安全と健康、子どもたちがどんな価値を持ちどう評価されるべきか、台所での危険性などを教えている。アートルームでは、絵などの作品を作ることでにより傷を癒したり、感情を表現したりする。すでに虐待を受けた子供への介入サポートと、虐待を受ける前に守るようにする防止サポートを行っている。介入サポートでは、教育省や家族保護機関と連携し法的に子供を保護できる仕組みとなっている。

親への子育てスキルのトレーニングも実施しているが、センターへ来るのは女性が多く、センターに来る時間のない男性には、休日に短時間の講習を行うこともある。センターはアンマンとアカバの2カ所にあり、センターの職員として専門的経験を持った職員とボランティアがいる。このJRFの代表であるラニア女王はセンターの増加を望んでいるが、資金がないため市民社会組織(community-based organizations)へのプログラム提供などを行っている。この活動の功績は、児童虐待が減ったこと、アンマンとアカバで作った成功モデルを他のCBOに提供できるようまでになったこと、両親の教育を行えるようになったことなどがあげられる。なお、国連人道問題調整事務所(UNOCHA)やUNHCR、国際NGO、その他民間セクターが主なドナーである。

・所感と考察

本センターでの活動は、「子どもの虐待」という問題について、工夫が凝らされた積極的な活動をされているということが印象的であった。ヨルダンはイスラム教徒の国であるが、このように家庭内での出来事について大きく働きかけていくという活動が活発に行われているというのは大きな学びであった。一方で、リトルホームのデザインがいわゆる「北欧風」の家のスタイルのように見え、このような教育機関で「理想」とされるステレオタイプがどうあるべきかという点にも、参加者間で議論が及んだ。

活動の持続性の観点については、資金の工面が簡単ではないということがあげられた。実際に、ドナーの募集が難航しており、センターを増やして活動を活発にしたいという女王の思いが実現できていないとのことであった。この点については、世界でも問題になっている子どもへの虐待に関する先進的な取り組みを行なっているという強みを生かして、活動のノウハウを元にした事業モデルの視察や出張授業などで一つのビジネス形態を形成する可能性もあるのではないかと考えた。加えて、アートプログラムやグリーンプログラムなどで作られた作品や園芸品などをバザーなどで展示するということも考えるのではないか。しかしながら、それらのプログラムは、もともとビジネスを行うためではなく、子どものメンタルケアを行うためになされていることなので、「売り物」にしてしまうことは必ずしも望ましい手段ではないとも考える。

また、現時点での問題点として人材不足が挙げられる。JRFが発足してから月日が経つにつれて、この施設で学んだ子どもが高校生や大学生になって、ボランティアとして戻ってくるケースや、子育てを終えた親が自分が学んだことを教える立場になっているケースも増えているそうだ。「教育」の持続性の鍵になるのは、その教育を受けて育った人が、その「教育」の制度やノウハウの発展を「支えていける」ようになるかという点にあると感じた。その点で、地域の人々との繋がりが密接であるJRFは、教育支援の団体として大きな「持続性」のサイクルを生み出そうとしているのではないかと思った。

iv)World Vision

(写真)学校給食プロジェクトにて

・訪問機関の概要・活動内容

キリスト教の精神に基づいた国際NGO。子どものニーズに焦点を当てた持続可能なコミュニティ発展支援、紛争や災害により被害を受けた人々を支援する緊急支援、貧困問題を形成しうる社会的不合理に対して社会正義を提唱していくこと、問題の意識化を促すことなどを主な活動としている。ヨルダンでは2014年から本格的に活動をはじめ、現在は事業として、(1)ザータリなど難民キャンプでWFPと行う学校給食事業、(2)被害を受けやすい貧困層への食糧支援、(3)キャンプ外で暮らす難民へのテントの配布、(4)メディア教育支援、(5)公教育支援(物質的な環境整備、新しい学校を5~6校建設、キャンプ内における英語教育)、(6)インフラ整備(ゴミ収集、水道設備、電気普及、ダム建設)、(7)失業の可能性が高い若者や女性への職業支援という7つを行っており、生活を安定させ教育・保健へのアクセスを確保するという意味でこの分野の支援活動をリードする存在である。

他の機関と比べて特徴的だったのが、政府だけではなく国連機関と協働・連携してうまく役割をすみ分けしながら目標の達成へ向けて動いている点と、難民支援に限らずヨルダン人(アンマン近郊)の貧困家庭に対して支援を実施も行っている点であった。インタビューでは長期化する難民問題の中、World Visionが提供する事業を通して難民たちが自国帰還後に役に立つスキルを養えているのか、国家形成の主体者としての能力を形成し得ているのかについて常に自問自答しながら事業設計を行なっていることがうかがえた。予算が限られ短期的なフェーズが増える中、難民支援が終わった後のヨルダンの発展を見据えて長期的なビジョンを描くことの大切さも強調されていた。

質疑応答の時間には、メンバーから事業の始め方(選定の仕方)や終わり方(評価・モニタリングの方法)、他の難民発生地域と比べたヨルダンの特徴とそこへの対策など、他の機関と比べてより具体的なNGOの運営方法について問うた質問が多く出た。個人的にはWorld Visionの訪問から、公的支援が行き届いていないところに必要な支援を届けられるという人道支援(特に保健・教育)の現場においてのNGOの役割と強みを改めて学んだ。

v)RUWWAD

(写真)Ruwaadにて集合写真

・訪問機関の概要・活動内容

民間企業ARAMEXのCSR(企業の社会的責任)活動から派生したアラブ系のNPO団体であり、若者=チェンジエージェント(変化を起こす者)と考え、子ども・若者への投資や、彼らが属するコミュニティを作ること、アントレプレナーシップ育成(グローバルリーダーの育成、起業家精神の涵養)に力を入れて活動している。根底には、一人一人に権利があり、それぞれの違いを尊ぶことが大切であり、社会的正義が欠如している場にNPOとしてできることを行なっていくとの想いがある。

JSPが訪問したユースセンターは、Ruwwadが設立された2005年時点において、Mohammad Amin Camp(非公式のパレスチナ難民キャンプ)があり、比較的貧しい地域、かつ、公立学校の質が悪く、犯罪率が高く、薬物使用などが認められていたとされるアンマン市東部 Jabal Al Natheef 地区にあった。この施設では、毎年40人程度の若者が奨学金をもらう代わりに、コミュニティーアワーとして週に4時間以上、子どもに勉強や音楽を教えたり、プログラム運営の手伝いを行っている。

・所感と考察

このような持続可能なモデルが成り立っている一方で、ある種の囲い込みのように職を選択する機会を減らしているようにも感じた。他方、国連や政府など大きな組織だけでは支援が届かない分野が多くあるため、Ruwaadのように教育分野においてもNGOが活動することの必要性を感じた。加えて教育分野が社会を作り上げていく土台となる役割を果たしていけるのではないかとも考えた。

4)現地渡航を踏まえた渡航後の考察

  • 難民の子たちの祖国へのアイデンティティを優先するか、その後の暮らしを優先させるべきか。難民問題が長期化することで、教育方法にも迷いが生じている。
  • 子供へのヘルスプロモーションや職業訓練など、教育分野は生活のビジョンを考える時間を作るという意味で、他分野の問題解決への重要なソリューションになる。
  • 何から手を付ければいいかわからない状態を打開するには“考える力”を持つ“人財”を育てることが必要不可欠で、彼らの成長する機会をサポートすることで国の自立と持続的な発展へつながると信じている。
  • 正解が何かは誰も分からない国際協力の最前線においては、各プロジェクトの進捗を丁寧に評価・モニタリングして次に生かしていく動きが何よりも重要。
  • 学校での教育を充実させること以外にも、通える環境を整えたり通う時間を創り出す技術を導入したりと、機会と可能性の創出のためにできることはたくさんある。
  • 難民問題として考えられていることの多くは、一般の貧困層の人々にも同様に該当することが多い。特別な問題ではなく誰にでも起こりうる社会問題と捉えるべき。
  • 公的機関の人数的・資金的にカバーできる範囲が先進国と比べて小さい中、NGOやNPOが教育分野に果たす役割はとても大きい。
  • キャンプ内外において、元々スキルを持っていた難民や教育システムの中で成長した子供たちを中心に、支援される側ではなく支援する側として難民支援に貢献する人材が数多くいて、プロジェクトを支えている。          

1 無地の紙の中心にテーマを書き、そこから連想されるアイディアや情報などを線や図を用いて記載していく、思考整理や物事の深い理解を促進する思考方法。mindmapping.com, https://www.mindmapping.com/, accessed on 4 January 2020.