「日本の国際協力と安全保障:開発と政治の現場への提言」
第87回 国連フォーラム勉強会
日時:2014年10月30日(木)19時00分〜21時00分
場所:Global Labo
スピーカー:園部哲史 教授(政策研究大学院大学)
鬼丸武士 教授(政策研究大学院大学)
■1■ はじめに
■2■ 日本の顔の見える産業発展支援 (園部教授の発表)
■3■ 非伝統的安全保障問題への処方箋:地域研究からのアプローチ (鬼丸教授の発表)
■4■ GRIPS Global Governance Program (G-cube) について
■5■ 質疑応答
■6■ まとめ
■7■ さらに深く知りたい方へ
講師経歴 | |
園部哲史 教授 |
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鬼丸武士 教授 |
今回の勉強会では、政策研究大学院大学(GRIPS)の園部教授及び鬼丸客員准教授をお招きし、「日本の国際協力と安全保障:開発と政治の現場への提言」というテーマでお話を伺いました。「これからの日本の国際協力: 顔の見える産業発展支援」と「非伝統的安全保障問題への処方箋:地域研究からのアプローチ」という専門テーマ、さらには新設されたばかりのGRIPSのプログラムであるGRIPS Global Governance (G-cube) Programについてもご紹介いただきました。質疑応答の時間には、日本の政府開発援助(ODA)の効果やGRIPS G-cube Programについて、会場から活発に手が挙がりました。
なお、以下の議事録の内容については、所属組織の公式見解ではなく、発表者の個人的な見解である旨、ご了承ください。
ODAは日本の経済外交政策として非常に重要である。例えば東南アジアの新興国は、製品の市場かつ部品供給拠点であり、また安全保障上のパートナーでもある。この観点から中国、韓国、マレーシア、インドも同地域への支援に熱心である。また、アフリカ、南アジアの低所得国においても将来は世界の工場、日本経済のパートナーとなり得、開発援助委員会(DAC)加盟国に加えて、中国、韓国も熱心に支援を行っている。駒野欽一元アフガニスタン・エチオピア・イラン大使曰く、ODAは「知的バトル」である。戦いなので戦略、作戦が必要であり、したがって情勢分析、情報収集が必要。そのため頭脳が必要だが、現在の日本政府にはその蓄積が不十分であった。
よって、戦略としてのODAを再考する中で、産業発展支援に力を注いでいる。ここで対象となる産業とは、貧困の削減、所得分配の平等化、および経済成長を同時に実現する為に、教育水準の低い人々向けの雇用も含めて大量の雇用を創出する労働集約的産業のことである。よって産業は工業に限らず、製品のブランド化なども含めた農業支援も行っている。こうした支援を国際機関や日本以外のドナーは長らく行ってこなかった。実は、1960年代に多くの途上国に輸入代替工業化政策を採用したが、70年代に一部の国が工業化に成功したものの、80年代以降「途上国には工業化は無理であり、それを支援しようとするのは税金の無駄遣いである」との概念が国際社会に蔓延した。しかし現在再び産業発展支援への関心が高まっている。
他方、日本は一貫してアジアの産業発展を支援してきた。1980年代前半ではタイ東部臨海地域の産業化プロジェクト(レムチャバン港,高速道路,工業区の建設、及び管理運営人材の育成)を促進し、「アジアのデトロイト」の実現を達成してきた。今日、産業発展支援経験のある人材は、日本以外の援助国や国際機関では極めて乏しい。産業発展支援は即ちインフラ投資を意味すると考える人は多い。確かに日本はインフラ投資に関して定評がある。しかしインフラ投資と同等、真の産業化推進のために最も重要なのは、働く人々の意識を変えることである。
経営者のみならず従業員全員が「世界中の同業者は絶えず進歩を遂げている、それ以上のペースで生産性を高めるか、すくなくとも歩調を合わせていかなければいずれは廃業に追い込まれる、絶えず新しい技能、知識、技術を習得していくことが望ましい」という認識を持たなければならない。
例えばこの写真の青年は作業場で他の作業員の仕事をみているだけで仕事をしていない。現場管理者が指示しても動かない。現場管理者は製品の質を高めれば経営が改善することを認識している。しかし作業員が指示通りに高品質の製品を製造してくれる確証が持てない。
また、他の工場では、整頓されていない作業場で製造している為に、製造設備の消耗と作業効率の低下が著しい。
なぜ途上国で産業化が進まないのか?経営者への聞き取り調査の結果からでは支援側はガバナンス、インフラ、資金の不足等に着目しがちである。しかし実際は経営者及び現場労働者に大きな改良の余地がある。多くの著名な経営者は、経営を人から学び、自分で工夫し、絶えず改良してきたのであり、生来の才能で成功した人はいない。テイラー・フォード方式、科学的管理法、産業エンジニアリング、ビジネス・プロセス・マネジメント、シックスシグマ等、成功する企業の経営者は貪欲に学んできた。経営規模の大小に関わらず、採算を保ち、労使ともに安定して快適に仕事を続けるには、生産性を持続的に向上させる必要がある。
働く人の意識を変え、持続的な進歩を遂げるためのアプローチの中でおそらく最も多くの人に受け入れられやすく、且つ実績のあるのが「カイゼン」である。「カイゼン」とは、作業場の掃除、問題の所在の発掘、作業効率化意識の向上、現場コミュニケーションの向上、効率化の実施、等の一連の流れを意味する。但し「カイゼン」の効果を言葉で説明することは非常に困難で、普及のペースは早くない。「カイゼン」の効果的な普及のためには(1)デモンストレーション、メディアキャンペーン等を通じて啓蒙することと(2)「カイゼン」を教えられる人を増やすことが重要である。また、「カイゼン」が日本のODAブランドと理解されることが日本のODA戦略上死活的に重要である。「カイゼン」のブランド力が確立すれば、「カイゼン」の普及がすべて日本の資金と労力によって賄われる必要は無い。他国が「カイゼン」を促進することも日本のブランド向上に裨益する。マネされるほどカイゼンの知名度が上がり、本物を学びたいという欲求が一層強まるように、カイゼン普及の支援をデザインするべきであろう。
ただし、産業発展の支援、特に「カイゼン」を得意とする開発人材は高齢化しつつある。そのため、タイの日本型ものづくり大学である泰日工業大学など,日本がかつて「カイゼン」 を教えた新興国の機関と協力することが求められる。また、直接投資、インフラ投資と組み合わせて日本のODA戦略とすべきである。
■3■ 非伝統的安全保障問題への処方箋:地域研究からのアプローチ (鬼丸教授の発表)
非伝統的安全保障問題とは、軍事力を中心とした「伝統的」な安全保障上の脅威とは異なり、感染症や越境犯罪、テロなどの主に「越境する」脅威を対象とする 問題を指す。「人間の安全保障」という言い方もされるが、人間の安全保障が越境する脅威から影響を受ける社会の側のエンパワーメントを重視するのに対して、非伝統的安全保障は問題解決に果たす国家の役割を強調するという違いがある。しかし、両者が対立しているわけではなく、重なり合う部分も多い。
インドネシアのバタム島で調査した際に、現地の警察によって保護されたジャワ島出身の少女の話を聞くことができた。彼女は仕事があると聞き、10数名の若い女性と共に約2週間かけてバタム島へ連れてこられた。この少女のみ渡航書類の手配が間に合わず警察に保護されたが、一緒にいた他の女性はマレーシアへと渡っていったとのことであった。また、インドネシアの男性で、マレーシアの農園で働く口があると聞いて渡航し、給与は契約期間終了後に一括して渡すと言われて働いていたが、実際には契約満了直前に農場主が警察に通報し、不法移民として強制送還されてしまった例もある。このような人身売買まがいの人の移動は頻繁におこなわれている。その理由は、公文書の偽造が横行していること、高速船の定期航路の整備により海上移動が短時間でおこなわれるようになったこと、インドネシアが多くの島からなることにより国境の管理が困難なこと、そして何より地元で仕事が無いことなどがある。また近年はSNSを利用して求人がおこなわれるようになっており、取り締まりが難しくなっている側面もある。
感染症の例として、過去にはSARS、MARS、最近ではエボラ熱が猛威を振るっており、東南アジアではいまだにH5N1型鳥インフルエンザが流行している。
感染症は19世紀の末に蒸気船や鉄道の整備により、人の国際移動が活発化した際にも問題となった。現代は航空網の整備により、空間的・時間的距離が短縮されたことにより、感染症の種類によっては本人が感染に気付く、もしくは発症する前に、移動してしまい感染が広がる危険性が高まり、対策を難しくしている。このような状況において、社会の在り方に応じた介入対策が必要である。例えば車社会のアメリカの地方都市と公共交通手段を使う東京など人の密集した都市部では後者のほうが人の移動のコントロールがより困難である。また、鳥インフルエンザが流行した際、東南アジアでは、鶏肉は重要なタンパク源であり需要が高いため、鶏肉を規制することが困難であった。各国、各地域で生活環境・文化が異なるので、それぞれに応じた対策が必要となってくる。
また、感染症の特徴として、感染症は開発途上国により大きな影響・被害を与えると言える。インフルエンザ予防のタミフルをとっても、10ドルの薬は一日一ドル以下で生活をしている途上国の人々にとっては高額である。
東日本大震災の例を取ってみても、地震、津波、原発の専門家は数多くおり、それぞれの立場からの貢献はできたが、全体を見てコーディネーションができる人間がおらず、混乱に陥ってしまった。
このような状況を鑑みると、従来の大学院教育で養成されてきた「高度な専門性」を備えたスペシャリストだけではこれらの問題の解決、言い換えれば危機管理はうまくいかない場合が多く、スペシャリスト養成も重要であるが、スペシャリストの知や技能を適切に配置し、分野・部門間の架け橋となり、全体的に物事を考え、決断できる人材も必要となってくる。GRIPSのGlobal Governance Program(G-cube)はこのような人材を養成するためのプログラムである。
■4■ GRIPS Global Governance Program (G-cube)について
G-cubeは世界で起こっている様々な分野における問題の全体像を把握できる人材養成を目的とした、5年間の修士・博士プログラム (最短3年)。講義は英語でおこなわれる。昨年秋から募集開始した。400名以上応募があり、10月に新入生12カ国から12名受け入れ、日本人はそのうち1名が入学。来年の第二期生からは募集人数は12名のままだがもう少し日本人も増やす予定である。勉強に専念する環境を作るため、奨励金が学生に支給され、フィールド調査費支援費も大学院側から出る。
世界のアカデミックはアメリカ主流であるが、アメリカの学問だけではできないことがある。日本でこのようなプログラムをおこなう強みは、短期間で途上国から先進国になった日本は、明治時代以降、様々な地域と交流をもち、 アメリカに加え、他地域の文化、開発事例も積極的に取り入れてきた経験があることである。
G-cubeは具体的な政策に取り組む課題分析力、幅広い視野と深い洞察力に基づく大局観、国際的な交渉、対話ができるコミュニケーション能力の三本柱を中心にカリキュラムを組んでいる。広域や時間軸で物事を考える能力を伸ばすため、歴史基礎講座は必修である。
学生数名に対して教員が集中的な指導をおこなうチュートリアルがあるのもカリキュラムの特徴である。学生の関心のあるトピックをもとに議論するため、オーダーメイドの形で授業を組む。ディベートセミナーや正しい情報を適切に伝える方法を訓練するメディア対応の授業もある。
質問:プログラムの最短コースについて。
回答:コースワークは集中して1年で終了させるのが理想的。そのあとの博士論文はどこにいても大丈夫。G-cubeは夜間体制にはなっていない。
質問:途上国への進出は日本企業のビジネスにとってチャンスとも言われるが、ODA拠出に見合うだけのリターンはあるのか。日本は今後どのような政策を取るべきか。官と民の役割はどうあるべきか。
回答: 主にアジアでよく見られるが、貿易や直接投資による経済的なメリットがある。アフリカ援助協力のメリットは鉱物資源等の短期的な経済メリットに加え、 サブサハラ・アフリカへの日本進出も増えていく中での相手国との友好関係の構築と言う長期的なメリットもある。また、安全保障理事国の票につながるという外交上のメリットも考えられる。
リターンを高めるために 、コストを減らすという手もある。インフラ整備等のサポートだけでなく、人材育成や知的交流を高めていくことも必要になってくる。例えば、いくら高級で性能の良い機械を寄贈しても、現地の人材 にとっては使い方がわからなく使えなかったり、またメンテナンスができないという事態もある。
質問:アジアで知名度が上がってきたカイゼンを表に出してアフリカでも進めていくのは歓迎されるのではないか。
回答: 途上国支援は、民間企業同士の支援が圧倒的に多い。現地の人を雇う際、現地従業員に基礎を教え、日本での工場でとレーニングをして、長期的に友好関係を築いていくことは重要である。例えば、一般財団法人海外産業人材育成協会(HIDA)は海外の技術者を対象に日本で研修をおこなってきた。東日本大震災が起きた際、海外技術者研修協会で研修を受けた卒業生が真っ先に震災のサポートをした。
途上国支援を始めるきっかけとして、まずは官で初めて、そのあと民間に移っていくのも一つの手である。
日本はODAで多くの貢献をしてきたが、マーケティングが成果を上げていない。援助前後の状況を記録、客観的な評価をし、その成果で日本の良さをアピールするのが重要である。また、「カイゼン」のように地道な支援に加え、支援している国々の政策、制度にも入り込み、関係を築いていくことも大事である。これらを出来る人材を作っていくのが今後の課題である。例えばアフリカ出身の官僚等はイギリスで教育を受ける人も多いため、イギリスの政策や国際開発省等にはなじみがある。日本でも、G-cube等大学院で海外の学生と一緒に学び政策も一緒に作っていきたいと思う。
アフリカの地場工場をまわり「カイゼン」を普及してこられた経験とその成果に始まり、日本のODAが今まで行ってきた貢献、これからの日本の国際協力のあるべき姿、ビッグ・ドナーからスマート・ドナーへ変化すべきであること、従来の大学院教育で養成されてきた、「高度な専門性」を備えたスペシャリストだけでは新興・再興感染症や人身売買といった非伝統的安全保障に対処できないことなどが伝えられた。以上のような多様な視点から、日本が目指すべき国際協力の姿について、大局的な政策の「カイゼン」を目指しつつも、地に足の着いたところから始めていく大切さや、短期的な関わりではなくアジア・アフリカ諸国の真の長期的な発展を心から願うスピーカーの方々の熱意に触れることができた。
ご参考:JICA国際協力60周年を記念して、去る11月21日、22日(計4回)、NHK World(英語放送。50分間)より“KAIZEN: Joining Hands, Changing Lives” と題する特別番組が放送されました。
閲覧はこちらから: http://www.jibtv.com/programs/kaizen2014/
このトピックについてさらに深く知りたい方は、以下のサイトなどをご参照下さい。国連フォーラムの担当幹事が、下記のリンク先を選定しました。
http://www.grips.ac.jp/g-cube/
http://www.jica.go.jp/60th/africa/africa_01.html
http://www.jica.go.jp/publication/j-world/1011/pdf/tokushu_05.pdfl
http://www.bbc.com/news/business-26542963
https://www.youtube.com/watch?v=fqnmY_uHiSQ&feature=youtu.be
https://www.youtube.com/watch?v=qZ7c3ik9m5M
http://www.hidajapan.or.jp/hida/jp/about/overview.html
企画リーダー:高橋尚子
企画運営:小田理代、上川路文哉、志村洋子、高橋尚子、原口正彦、羅佳宝
議事録担当:高橋尚子、志村洋子、上川路文哉
ウェブ掲載:羅佳宝