ヨルダン・スタディ・プログラム - 「7.おわりに」

本報告書を最後までお読みいただきありがとうございました。

本報告書にはこの一年間の私たちの学びと成長の軌跡が書かれています。特に、多くのぺー字数を割いた第4章の「ヨルダンが抱える開発課題とその取り組みについて」は、私たちが渡航前に立てた仮説について、現地渡航により実際に自分たちの目で見て検証し、そしてそれにとどまらず、渡航後の勉強会での議論を通じてさらに深化させた学びが書かれており、私たちの学びの集大成とも言えるものです。また、こういったスタディ・プログラム全体の学び以外にも、第5章の「参加者の声」にも多く抜粋させていただいたように、参加者個々人が持ち帰ってきた学びも多くあったことでしょう。

このように多くの学びがあった一方で、私が本章の「おわりに」を執筆するにあたって、思い出したエピソードがあります。それは学生時代に読んだ『ソクラテスの弁明』に出てくる「無知の知」というエピソードです。「無知の知」とは、無知であることを知っていることという意味であり、古代哲学者のソクラテスは、“賢者”と言われる人たちとの対談を通じ、何かを知っていると信じている“賢者”よりも、自らが知らないということを知っている自分の方が智慧があるということに気づき、無知を自覚することが真の知に至る道であることを教えてくれます。

上記のとおり、ヨルダン渡航前の私たちは、難民問題を含むヨルダンが直面する課題について、リサーチや勉強会を通じて議論し、各々が仮説を持った状態で渡航しました。しかしながら、ヨルダンで見た景色は、その私たちが立てた仮説を遥かに上回るものでした。ヨルダンに所在する難民の想像以上の多様さ、中長期的な展望が描きにくい難民問題の複雑さ、また若者や女性、そして難民を包摂した経済発展を牽引するヨルダンの産業を導出することの難しさ等、私たちは現地渡航で見たものと自分達がそれまで勉強してきたものとのギャップに戸惑い、それは渡航後の議論を通じても完全には解消されることのないものでした。

それでも、それでいいのだと今になっては思います。なぜなら、ソクラテスの「無知の知」の教えのとおり、ヨルダンが抱える開発課題について、私たちが知らないということを知ることができたということ、その分だけ私たちは賢くなり、その無知への自覚が、より良い国際社会の実現に向けたさらなる思考の起点となるからです。そして何より、その困難な課題について真剣に議論し、解決策を出していこうとする多様なバックグラウンドを持つ仲間ができたことは幸せなことでした。「みんなでつくる」というコンセプトの下、互いのバックグラウンドの違いに刺激を受けながら、昼夜問わず話し合い、一からプログラムを作り上げるという経験は私たちを大きく成長させました。こういった成長の機会が国連スタディ・プログラムにはあります。そういった経験をしてみたい皆さんは是非来年のスタディ・プログラムの門戸を叩いてみて下さい。

最後に、本プログラムにご協力いただいた全ての皆様にこの場を借りて改めて感謝申し上げます。皆様の御尽力が無ければここまで素晴らしい学びの機会とはなりませんでした。本当にありがとうございました。

報告書チーム

長内 友哉