パプアニューギニア・スタディ・プログラム - 報告書「渡航前:第1回勉強会」
第1回渡航前勉強会:国連組織の概要及びPNGの基礎情報
1.勉強会概要
PSPを通して重要な情報を参加者全員で共有・理解するために、国連組織の概要とPNGの基礎情報について勉強会を開催した。プレゼンターは有志であった。
国連組織の概要については、国連という組織が作られた目的・仕組み・予算等に関する説明と、現場の国連諸機関がどのような体制や戦略のもと、活動しているのかについての説明を行ったうえで、参加者に対しディスカッションテーマを提示した。PNGの基礎情報については、政治・経済・環境・教育・ジェンダー・民族多様性についてリサーチ結果を参加者に説明したうえで、ディスカッションを行った。
それぞれのテーマについてディスカッション結果を全体で共有し、アドバイザーである田瀬さんおよび黒田さんからコメントがあった。
2.国連に関する勉強内容
2-1.国連とは
国連憲章が1945年6月26日に署名され、その4ヶ月後の1945年10月24日に国際連合が設立された。国連には、諸国間の良好な関係の維持、国際問題の解決、人権尊重の促進といった諸国にとって共通の目的を実現するために、諸国の行動を調和させるという中心的な目的が存在する。また、全ての加盟国は平等であり、あくまで平和的手段によって国際紛争を解決するという原則が存在する。
国連の主要機関6機関をはじめとして、国連ファミリーには数多くの機関が所属している。国連機関を分類すると、総会や経済社会理事会の常設・補助機関である機関名の末尾がP(Programme)やF(Fund)の基金・事務所・計画と、経済、社会などの分野で国際的責任を有する国連とは独立した国際機関末尾がO(Organization)の専門機関が存在する。たとえば、国連開発計画(UNDP: United Nations Development Programme)、国連児童基金(UNICEF: United Nations Children’s Fund)、国連科学教育文化機関(UNESCO: United Nations Educational Scientific and Cultural Organization)が挙げられる。
国連の通常予算は総会が承認する。予算の主な財源は加盟国による分担金である。パプアニューギニアの2017年度の分担率は0.07%程度の18万ドルであったが、その分担金を払わなかったため、総会での投票権を失った。
2-2.国連の現場
各国の開発政策に対して、国連システムによる集合的対応を記載した戦略的な事業枠組みとして、UNDPの国連開発援助枠組み(United Nations Development Assistance Framework: UNDAF)が設けられている。これは、国連常駐調整官(RC)のリーダーシップのもとにおかれる、各種国連チームで構成される。援助枠組みは、政府が国連に提示する開発課題に対して、調整の取れた対応を取れるようにするためのものである。現地常駐調整官(RC)は、人為災害、自然災害、複雑な緊急事態に際して人道援助の調整官を合わせて務めることもある。
現場の国連諸機関同士の連携を強めるための、カントリーチーム(UNCT)も存在する。ただし、国連諸機関はUNCTに属していても、組織として常に独立した存在であり、それぞれに与えられている任務や説明責任、活動諸原則などは各機関に委ねられる。なお、UNCTは、国連常駐調整官を調整役として、その国で活動する諸機関の国事務所代表から構成される。
開発援助プログラムの更なる改善として、「ひとつの国連」 という概念が存在する。これは、複数の国連機関の援助戦略、計画、プログラムの内容をより整合性があり相互補完的にする枠組みである。
2-3.ディスカッション
国連に関するディスカッションは以下のテーマで行われた。
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国連は、どの国に対して開発支援を実施する際も、人権に基づいたアプローチ、環境の持続可能性、ジェンダー平等が「規範的に遵守すべき事項」であるとしています。
- なぜ、この3つなのでしょうか。(SDGsでは17個の原則が掲げられています)
- これら3つを達成するための支援が、住民による反発を受けることはあるのでしょうか。具体的な例をあげてみてください。
- 住民の生活をよくすることを目的とする国連の支援は、住民による反発を受けてもなお、遂行されるべきなのでしょうか。
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ディスカッションテーマ(1)に対して、参加者からは、これまでの経済発展重視の開発で抜け落ちていた観点がこれら3つなのではないかという見解、これら3つこそが人類の生存に不可欠な要素だからではないかという見解、各論へブレイクダウンすることができる大きなテーマとしてこの3つがあるのではないかという見解が示された。
これに対してアドバイザーからは、「この3つの原則は、どの開発政策にも明確に組み込まれるべき分野横断的な内容である」、「1948年に採択された世界人権宣言(Universal Declaration of Human Rights)にあるように、人権は国連憲章と同じくらい国連内で重要な概念である」というコメントがあった。
ディスカッションテーマ(2)に対しては、参加者からは、次のような例示があった。ジェンダーに関連して、中国奥地では、ジェンダーの役割が決まっているため、ジェンダー平等は受け入れられないこと、パキスタンでも宗教に基づいたジェンダーの役割が決まっているといった発言に加えて、急にジェンダー平等を掲げられ、女性の自立が求められても、どう受け入れてよいか分からないといった見解があった。環境の持続可能性については、短期的な利益を追求しないと生活できないため焼畑を続けてしまう事情や、巨大プラントが環境を破壊していても、それが雇用を創出し自国に利益をもたらす二面性があるという意見が挙げられた。
ディスカッションテーマ(3)に対しては、参加者は共通して、理想的には遂行されるべきと考えるが実行レベルで起こる問題に着目した。地球レベルの課題であれば理由を問わず介入は必要だが、支援される地域の文脈と絡めたやり方を考える必要性があるという見解や、緊急支援であれば介入が必要であるという理解の他、コミュニティーの中には声が小さい人がいるため、一概に住民から反発があるからといって介入できないとはならないと考える意見が出た。
これに対し、アドバイザーからは、「緊急支援の場合は法律的な基盤があるが、開発支援にはないため、特にステークホルダー分析が必要。各ステークホルダーの意見をそろえる取組みが必要でありグローバルな課題だからといって、ステークホルダーの意見が一致しなければ支援はうまくいかない」というコメントの他、「”Universal values”が存在すると国連は仮定しており、”Universal values”が否定されると国際法が成立しないと考えのもと、地域の文化を問わず、それらが侵害されていれば介入する。一方で、強引なやり方では必ずプロジェクトは破綻するため、粘り強く取り組んでいく必要がある」という指摘もあった。
3.PNG基本情報に関する勉強内容
3-1.PNGの政治
PNGはエリザベス2世を国家元首とした立憲君主制であり、一院制の議会を持つ(定員111名)。現在の首相であるピータ・オニール(Peter O’Neill)は2011年に選出されたが、当時の首相のソマレがシンガポールで病気の療養中の選出だったため、2012年8月にオニールが再選されるまでの約1年間の二重政権状態が生じた。
PNGは中央政府、州政府、地方政府の3層に分かれた政治システムを採用している。1977年に地方分権制度が開始し、州政府は公共事業、教育、保健、第一次産業、商業、情報、予算管理の機能について権限移譲された。しかしながら、財政管理については州政府ごとに権限の差がある。8州にのみ公共事業の管理の能力責任が与えられるのに対して、それ以外の州は中央政府が財政管理を担当している。これは中央政府が州政府をライバル視したことが背景にあり、それらの州では財政基盤の弱さと人員不足が問題になっている。
3-2.PNGの経済
PNGの経済は、農業・林業・漁業および鉱業・エネルギー業が中心にある。後者については、2014年に液化天然ガス(LNG)の輸出の開始に影響され、急激に成長しており、当時のGDP成長率は全世界2位を記録した。一方で、LNGに依存する産業構造では自然災害に脆弱であり、2017年から2018年の地震の影響により主要事業者であるエリクソンモビールがLNGプロジェクトを中止した。
このような経済発展の一方、貧困格差が拡大している。例えば、原油が取れてLNGの恩恵を享受できる地域と、取れず享受できない地域間の格差が存在する。他には、LNGプロジェクトの一つとしてあったパイプライン建設事業終了に伴う失業者の増加や、出稼ぎで都市部に来る若者の失業率といった貧困問題がある。
3-3.PNGの環境
総国土の約67%が森林に覆われ、260種類のほ乳類、720種類の鳥類、122種もの絶滅に瀕した動物や植物が生息するなど、PNGは豊かな自然、生物多様性を享受している。その一方で、換金作物農業や商業伐採等による深刻な森林伐採も問題になっており、天然林は毎年2.6%の割合で減少している。一要因として、熱帯材の最大輸出相手国である中国の企業による違法伐採が存在する。(参照:PNGのInclusive development とSustainable developmentに関する副首相 Charles Abelの発言)。
3-4.PNGの教育・ジェンダー・民族多様性
教育については、地域格差、男女格差、世代による識字率格差、高い中退率が課題になっている。義務教育ではないが、Grade10(16歳まで、日本の高校1年生レベル)まで無償教育である。また、初等教育の中退率が高く、その原因として、児童の就労や部族紛争、インフラ整備の不足、学校教育に対する関心の低さなどが挙げられる。
ジェンダーについては、PNGは、2017年度におけるUNDPのジェンダー不平等指数で188カ国中154位という低い水準である。この理由として家父長制の強い社会による女性の地位の低さ、農村部で残る女性に対する伝統的慣習(一夫多妻、早婚、魔女狩り等)が挙げられる。このような社会の中、女性への性的暴力は多く、4分の3以上の女性が過去に性的暴力を経験しているというデータがある。また、女性の政治参加率は極めて低い。
また、PNGには1000以上の部族と800以上の言語が共存しており、地域や部族により、文化・生活・言語が著しく異なることを示す。特筆すべきは、ワントクシステムと呼ばれる血縁関係や地縁を主とした絆であり、これにより人々は同じワントク内で強く結びついている。なお、ワントクは”one talk”、つまり同じ言語を話す人々の集まりを意味している。しかしながら、近年は貨幣経済の浸透により部族間の紛争が続発している他、ワントクシステムが崩壊する可能性があるという見解もある。
3-4.ディスカッション
PNGの基礎情報に関するディスカッションは以下のテーマで行われた。
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- まずは身の回り、私たちの住んでいる日本のことから考えてみましょう。パプアニューギニアは多民族国家、日本は単民族国家と言われています。しかし、単民族国家とはいえ、私たちの社会も多様性で満ち溢れています。今現在、私たちの周りで議論が巻き起こっている「多様性」に関わる問題としてはどのようなものがあるでしょうか。
- 多民族国家のパプアニューギニアでは様々な問題が日本よりさらに複雑に、幅広く起きていると考えられます。i)パプアニューギニアのような多民族国家において、国として1つのビジョン(大きな開発計画)を掲げることは可能なのでしょうか? ii)可能だとしたら、どのようなビジョン、国家戦略を掲げるべきだと思いますか?内容の具体的な例を考えてみてください。iii) 不可能だとしたら、なぜ不可能なのか、いくつのビジョンがあれば可能だと思うかを考えてみてください。
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参加者からは、「可能だと思うが、一つのビジョンでまとまる(共有できる価値観を育てていく)ことそのものがビジョンや戦略に表れるのではないか」、「可能だと思うが、利害関係を把握することが何より大事ではないか」、「全員にメリットがあることを目標として掲げることができれば一つのビジョンを作ることは可能だが、短期的な利益との相反をどうやって克服するかは難しいかもしれない」という意見が出た。
これに対してアドバイザーからは、「PNGは、ニューギニア島の東側がオランダに占領され、歴史的な断絶を経験している。そのため一国としての全体性が薄い。」という見解や、「国家は、イデオロギーで統治するトップダウンの構成と、基本的な人権を保持する役割という意味でのボトムアップの構成の両方から成り立つ。また、国家のアイデンティティは言語や宗教、政治といったものにより確立される。PNGはどのようにしてPNGとして成り立っているのか分からないが、ビジョンを掲げるだけでは国民はついてこず、社会サービスだけを提供しても国家は成立しない。」というコメントがあった。
3-6.VISION 2050について
ディスカッションテーマに関連して、最後にプレゼンターからPNGの中長期戦略であるVISION 2050について説明があった。VISION 2050は2050年までに達成すべき目標と、そのための枠組みを提示した国としての中長期目標・戦略プランである。前ソマレ政権が中心となりながら、89のPNGを代表する民間組織と連携して作成したプランであり、40年以上前に制定された憲法の目標を達成するまでの道のりを具現化した側面を持つ。
2050年までの目標は、”We will be a Smart, Wise, Fair and Happy Society by 2050”と定義され、そのために7つの戦略分野(人的資源開発、富の創造、体制と組織、安全保障と国際関係、環境と気候変動、教会と統合的人的資源開発、戦略的計画)が示された。しかしながら、Smart, Wise, Fair and Happy Society とは一体どのような状況で、HDI(人間開発指数)の順位を上げることで達成できるものなのかという指摘や、そもそも抽象的な表現が多く本当に地に足のついたプランであるのかという疑問が参加者から発せられた。
4.所感
国連概要のパートでは、第三者がある国の開発のために介入することが許されるのかという問いを考えることになった。その国の人々が現状に満足している状態に、あえて国際協力という大義名分のもとに、第三者がアドバイスや課題解決を推進することはどの程度正当化できるのか、非常に概念的だが核心を突く議論ができた。ちなみに、PSPの参加者の選考課題には同様の質問があり、参加者は当時の自らの考えと他の参加者やアドバイザーの意見を比較することができただろう。
PNG基礎情報のパートは単なる情報提供の場ではなく、「多様性」というテーマを中心に、PNGが抱える問題の中心を考える一助になった。日本では意識する機会が少ないかもしれない多様な構成要素を持つPNGを、どう一国として機能させていくか、政府自身も苦悩していることが文字情報からだけでも感じ取ることができたと思う。
第1回目の勉強会は、続く第2・第3回目の勉強会の重要なインプットになっただけでなく、実際の渡航において何を見るべきか準備する土台を形成した点で、短いながらも重要性の高い会であった。