スリランカ・スタディ・プログラム - 報告書「第2部 第3章 第2節 第3項 労働支援・第4項 教育」
第3項 労働支援
- 訪問日:2015/09/08
- 訪問機関:国際労働機関(International Labour Organization: ILO)
- 訪問事業名:Local Empowerment through Economic Development (LEED) Project
訪問先事業概要
ILOは、労働条件の改善を通じて、世界平和への貢献を目指している。その中でも、本事業の目的は、紛争により生み出された母子家庭や障がい者を始めとする社会的弱者の経済力向上にある。国外市場への輸出や農業・漁業組合の統治管理改善により、貧困削減や持続的な雇用創出、平和構築に貢献している。
事業地訪問における主要論点
- 高付加価値作物の輸出による経済的基盤整備を主軸に据えた持続的雇用形態の構築。
- 社会的弱者を包摂した一からの社会構築。
- 地域経済活動の支援および、地域経済と市場(スリランカ南部更には国外市場)との橋渡し。
主な議論内容・質疑応答内容
市場分析と高付加価値作物の分析および発展がILOの強みであるという。加えて、現地の人々に農林水産業に必要なノウハウの提供を行っている。その一環として、漁業に必要な船を作る企業を民間が中心となって立ち上げている1 。
- Q:ILOによる事業終了後の歩みは?
- A(ILO職員):現在は輸出企業と農業協同組合との合弁事業により海外への作物輸出を行っているが、今後は農業協同組合から直接輸出することを模索している。高付加価値作物には需要が確実にあり、国外市場の可能性は大きい。
- Q:民族和解、平和構築にも貢献しているか?
- A(ILO職員):している。経済活動の規模が大きくなるほど南部、つまりシンハラ人との協力が必須であるため、相互理解を助けている。
- A(村人):紛争中、シンハラ人のことを悪であると教わってきたが、実際に会ってみたところ悪い人々ではなかったと感じている。
- Q:平和になるためには何が必要だと思うか?
- A(村人):経済発展が必要であり、そのため教育に大きな関心がある。
- ILO東京事務所「平和、繁栄、パパイヤ」, http://www.ilo.org/tokyo/information/pr/WCMS_351057/lang--ja/index.htm, accessed on 27 October 2015.
参加者の所感
高付加価値作物の輸出を行う仕組みは、地域内だけでの発展と比較し、富の流入を大幅に助けるものであると実感した。このような支援の在り方は、限りある国連機関の支援を上回る効果を及ぼす成功例であると考える。農協訪問時には紛争で夫を亡くした女性たちの自立心と活気に圧倒されたが、目に見えない紛争の爪痕は未だ色濃く感じられた。カウンセリングなどの手法のみならず、経済発展を通した民族問題改善という観点は興味深い。また、紛争で社会的基盤を失い、一から社会構築へ取り組んでいる点にも注目したい。先進国でも問題となる社会的弱者の社会進出であるが、これを社会構築段階から援助することで、社会形成の在り方に今後どのような影響を及ぼすのだろうか。
第4項 教育
- 訪問日:2015/09/08
- 訪問機関:セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン(Save the Children Japan: SCJ)
- 訪問事業名:
- (1)ECCDセンター(幼稚園)
- (2)Mullativaikkal East Government Tamil Mix School(小学校)における教育事業
訪問先事業概要
SCJとは、「すべての子どもにとって、生きる・育つ・守られる・参加する『子どもの権利』が実現されている世界を目指し」て活動するNGOであるセーブ・ザ・チルドレンの日本支部である2 。訪問した事業内容は以下の通り。
- ECCDセンター(幼稚園)
- 2013年11月より事業開始。国際協力機構(Japan International Cooperation Agency : JICA)の投資により建設。SCJが子どもの保護者を対象にした能力向上と意識啓発研修や教員への研修などを実施。
- Mulattivaikkal East Government Tamil Mix School(小学校)
- 2014年5月より事業開始。日本の民間基金からの投資により建設。SCJが教員への研修や経済的に厳しい状況下の子どもへの教材・制服の提供などを実施。
- 2. Save the children Japan, http://www.savechildren.or.jp/about_sc/, accessed on 16 November 2015
事業地訪問における主要論点
- 心のケア
- 意識改革
- 教育上の格差
※ 詳細は、下記の「主な議論内容・質疑応答内容」に掲載。
主な議論および質疑応答内容
- ECCDセンター(幼稚園)
- 概要:同幼稚園は2013年に創設され、約15人の生徒が通園している。通っている生徒はタミル人がほとんどである。
- 就学前教育の位置づけ:渡航前勉強会においては、就学前教育の位置づけがいかなるものかに関して議論が頻繁に行われた。SCJによると、あくまで就学前教育は学校生活に必要な社会性を身に着けることが最も大きな目的とのことだった。
- SCJと保護者の間の意識の差:ただし、SCJ側が社会性を育てることを第一目標にしている一方で、保護者の間では、英語教育などをはじめとした勉学面を重視してほしいとの意見が強く、SCJと保護者の間に就学前教育に対する意識の差があるとのことだった。その差を埋め合わせお互いが歩み寄ってよりよい就学前教育を行うために、意識改革を目的とした保護者への意識啓発研修などを積極的に行っている。
- Mulattivaikkal East Government Tamil Mix School(小学校)
- 概要:同小学校は2014年に創設され、19人の学生が通学している。通っている生徒はタミル人がほとんどである。
- 心のケア:SCJとSSP参加者の間で最も大きな議論となったのは、紛争後の心のケアの問題である。紛争による心のケアをする機関や仕組みは現時点で皆無に等しく、紛争のことには触れないようにしているとのことだった。また、紛争の根本原因として民族対立があるはずであるが、歴史教育は世界史しか行われていないとのことだった。
- 教育上の格差:都市部と比べると、やはり地方の学校は勉強するための環境が整っていないことが多く、受けられる教育の質に格差が出てくる(地方間格差)。また、経済的に豊かな人の方がよりよい教育を受ける機会が多く(経済格差)、タミル人よりシンハラ人の方が都市部に多い分、よい教育を受けられる可能性が高いとのことだった(民族格差)。
参加者の所感
渡航前から「スリランカは就学率や識字率が高く、一見教育が上手くいっているように見える一方で、実際は教育の質に格差が存在するのではないか」という仮説を持っていたが、その仮説がある程度妥当であったということを今回の訪問を通して感じた。
都市部ではなく地方の学校や幼稚園は、勉強できる環境があまり整備されていないことなどを実感し、そのような格差を是正するためには何ができるか、自分なりの考察を試みていた。しかしながら、SCJの職員さんが「以前は教育上の平等を実現するために、地方の人向けの奨学金などが支給されたりしていたが、一部の人のみを優遇するのは公平ではないという趣旨の下、それが廃止された」という話をしてくださり、教育上の実質的な平等とは何なのか、そのために何をすべきなのかを、より深く考えていくことが必要だと強く感じた。また、スリランカの真の平和を実現するためには、内戦による心の傷を癒すことが必要不可欠なはずであるのに、それに触れないようにしている現状の教育を変えなければならないのではと考えた。
- 訪問日:2015/09/06
- 訪問機関:コロンボ大学(University of Colombo)
- 訪問事業名:内戦後のスリランカの状況に関する講義およびグループ討議
訪問先事業概要
コロンボ大学を訪問し、Dr. Mohamed Shareef Asses(紛争研究) 、Dr. Kopalapillai Amirthalingam(経済学)、およびコロンボ大学在籍の大学院生(以下、大学院生)と交流を行った。内容は以下の通り。
- SSP参加者によるSSPの説明
- Dr. Assesおよび大学院生によるスリランカの現状についての説明
- 「スリランカの未来について」をテーマとしたSSP参加者と大学院生のグループ討議
グループ討議の内容
スリランカの未来について全体を6班に分けて議論を行った。議論の内容は多岐にわたったが、どの班についても政府の政策についての議論が大半を占めた。
問題意識として多数派のシンハラ族と少数派のタミル族の関係性について議論した班が多く、”One Nation, One People, regardless of religion and race” (多民族国家、シンガポールの国家ビジョンより引用)や“Peaceful Coexistence” (平和的共存)をどのように実現するかというテーマでディスカッションした班もあれば、“One Nation, One People”(一民族一国家)という体制を推奨する班もあった。
その他にも、「発展を続けている都市部と政治的に取り残されている北部の関係をどのようにすればよいか」や、「汚職や賄賂などに起因する政治家に対する不信感をぬぐうことができるのか」などの問題について議論が交わされた。
解決策としては、政治家に北部を支援する政治的インセンティブを与えることや、三権分立の徹底などが挙げられた。
参加者の所感
持続可能な国を創るために、高い透明性を持った政府、その中で従事する誠実さを持ったリーダーの重要性を感じたセッションでした。紛争が名義上終了していても、民族にかかわらず、コロンボ大学の学生からの政府への信頼のなさは予想以上のものでした。報道メディアのコントロール、少数民族に配慮しない政策などが原因となっているようでした。もちろん日本をはじめとする民主主義国家において、国民から高い信頼性を持っている国家は数える程でしょう。しかしながら、トップ層が集まるコロンボ大学において、中央政府で働くことがカッコいい、夢の仕事ではないことに大きな危機感を感じました。東京大学が霞が関を見るそれとは違う、政府を下に見るような、諦めのような気持ちがありました。誠実さを持つリーダー教育を強化することはもちろんですが、政府の透明性を高め、政府のブランディングをしっかり進めていかなければ、優秀な人材が政府に集まらず、結果として持続可能な成長をもたらす政策がこの国にはもたらされないと感じました。
- 訪問日:2015/09/10
- 訪問機関:スリランカ・国立教育研究所(National Institute of Education)
- 訪問事業名:研究所における事業の内容や、スリランカの教育事情についての説明
訪問先事業概要
スリランカ・国立教育研究所は、教育者の能力育成を行っている。また、学校カリキュラムや教育に関する政策の立案、提言を行っている。
スリランカ事務所における主要論点
- スリランカには、学校が10,000校、生徒が400万人、11の試験がある。Grade11, 13の試験結果が、その後の進路決定に大きな影響を与える。また、40%の学生は不合格となり、公立校には進学できず、私立校および専門学校に進学する。
- 国外への留学生も多く、イギリス、オーストラリア、マレーシア、中国、タイ、日本などが留学先となっている。留学後、帰国する学生の割合は15~20%ほどである。
- スリランカでは言語による問題を解決するため、母国語以外に第二言語として、タミル語、シンハラ語、もしくは英語での教育を取り入れている。
主な議論内容・質疑応答内容
- (1)言語教育
- 母国語での教育を第一に行う。第二言語としてもう一つの言語(タミル語またはシンハラ語)、上記に加えて英語教育を行っている。言語問題による教育へのアクセスの格差を減少させるため、タミル地域においては、特にタミル語のできる教員数増加や英語教育を推進している。英語教育は高等教育を受けるために必須であり、英語教師の育成を強化している。
- (2)紛争教育
- 約25年にわたる内戦について、2009年より主に北東部の300校で、特別なカリキュラムを提供して歴史教育を行っている。具体例として、シンハラ人とタミル人の融和と共生に関して、内戦被害からの回復法などを、授業内容として扱っている。
- (3)職業訓練
- 学校が職業訓練を実施している場合もあるが、2012年からは職業訓練学校がその役割を主に担っている。機械学や生物学など、学べる範囲は様々であるが、特にエンジニア育成と観光学を強化している。教育と職を得ることは密接に繋がっているが、最大の課題は充分な職業機会がないゆえに発生する高い失業率(18~30%)である。そのため、高等教育への進学支援以外での取り組みが必要とされている。
参加者の所感
スリランカの教育政策を立案しているシンクタンクから、大変貴重なお話を伺うことができた。現在スリランカは南アジアの中でも識字率が高いことや、公立校の無償教育を実施していることから、教育に注力していることがわかる。教育は将来の世代を育てることであり、国の将来性に関わるため、今後の発展を考えるうえで欠かせない分野である。 お話をお伺いし、教育格差是正のため、タミル語の学校増設や教師の育成、英語教育に取り組んでいることが分かった。もう一つの言語(タミル語またはシンハラ語)や英語教育を行うことと同時に、内戦の歴史教育や民族教育も行っていくことで、国内での相互理解や共生が円滑に進むのではないだろうか。
また、講演では、現在高等教育への進学率が低いことや留学後に海外流出してしまうことが課題として議論されていたが、今後の経済成長には高等教育への進学率を増やすことよりも、就学前教育や初等教育に注力しようとしている点は意外であった。しかし、工業や産業での人材育成には、専門性に長けた人を育てることも重要である。今後、スリランカがどの分野での経済成長に焦点をあてるかによって、教育面で重点的に支援をしていく対象も変わってくるであろう。