緊急援助から開発協力へのスムーズな移行のために:
シエラレオネでの「学校を通したコミュニティ開発」の経験から
(財)国際開発センター
田中清文(たなかきよふみ)さん
略歴
東京大学教養学部基礎科学科卒。ニューヨーク州立大学ビンガムトン校大学院開発人類学修士。(社)海外コンサルティング企業協会(ECFA)勤務を経て、1997年より(財)国際開発センター(IDCJ)主任研究員。1994年2月から2008年4月まで合計100回開催された「開発援助と人類学」勉強会で事務局を務めていた。主な編著書に『アフリカの食料安全保障を考える』(アフリカ日本協議会、2008年)、『小規模社会開発プロジェクト評価』(国際開発ジャーナル社、1995年)などがある。
1.はじめに
2.ケーススタディの紹介・経過・結果
2−1.背景:シエラレオネという国
2−2.カンビア県子供・青年支援調査
2−3.私達の支援方法の特徴・仕組み
3.今後の課題と問題分析
4.私の提言
4−1.短期的提言(1)
4−2.短期的提言(2)
4−3.中期的視点から
5.参考文献
私は1990年から日本の政府開発援助(ODA)の世界で仕事をさせていただいておりますが、アメリカの大学院で人類学を学んだため、コミュニティの社会調査やコミュニティ開発の計画づくりや実施の支援に数多く携わってきました。とくに2005年3月から2008年6月までは、国際協力機構(JICA)からの委託で、西アフリカのシエラレオネというポスト紛争国で、緊急援助終了後の自立発展を支援するために、教育開発とコミュニティ開発を連携させた「カンビア県子供・青年支援調査」と呼ばれるプロジェクトを実施してきましたので、その経験を元に緊急援助から開発協力へとどうスムーズに移行させていくべきかを考えてみました。
2.ケーススタディの紹介・経過・結果
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2−1.プロジェクト形成のスピードと資金繰り
シエラレオネは西アフリカの大西洋に面した国で、北海道くらいの面積に約500万人の人が暮らしています。国名は初めてシエラレオネを訪れたポルトガル人航海士が名付けたもので、ポルトガル語で「ライオン山」という意味ですが、イギリスの植民地だったため、公用語は英語です。首都はイギリスの解放奴隷がイギリスから連れてこられて定住した町ですので、フリタウン(自由の町)と名付けらました。
シエラレオネでは1991年から2002年まで11年間、国内のダイヤモンド鉱山の利権を巡って内戦が起こり、多くの子供が反乱軍に誘拐されて少年兵・少女兵として従軍させられ、1万人以上の民間人が手足を切断されたことで知られています。現在シエラレオネの人々は、心の奥では戦争の悪夢をまだ引きずりながらも、戻ってきた平和を大切にして、貧しいながらも少しずつ生活を再建しようと努力しています。しかし、戦争の傷跡は深く、私たちが働いているカンビア県(首都フリータウンから車で3時間ほどのところにあります)では、水・電気・道路といった生活インフラが全く整っていず、多くの建物が戦闘機による爆撃で破壊されたままです。小学校も校舎がなく、木に黒板を打ち付けただけの青空教室で授業を行っている小学校がまだまだたくさんあります。
写真2:シエラレオネの青空教室の小学校を視察
長年内戦に苦しんできたシエラレオネでは、ドナーや国際NGOから難民や帰還民に対して多額の緊急援助がなされてきたため、政府や住民達は「待っていればまた誰かが助けてくれるだろう」と受け身の姿勢にそまりきっています。しかし、内戦が終結し、UNHCRや難民支援NGOなどの緊急援助機関が徐々に撤退し始めている今、シエラレオネの人達はドナーや国際NGOに頼らずに、自分達が主体となって村や国の復興・開発に取り組んでいくことが必要となってきています。
私達のプロジェクト「カンビア県子供・青年支援調査」は、そのような緊急援助期から自立開発期に移行しつつあるシエラレオネで、学校を中心にコミュニティの力を結集して、住民自身による自立的・持続的な開発を実現するモデルを作り上げることを目指して、2005年9月から2008年8月まで3年間の予定で実施されています。
シエラレオネは西アフリカ最古の大学がある国で、人々は伝統的にとても教育熱心です。学校も政府が建設した学校以外に、上述の青空教室のように住民達が自分達で作った学校も多く、そのような学校では村の若者がボランティアで教師をしています。ボランティア教師達は給与もなく、村人が農地や作物を提供してくれてやっと生活できている状況です。
私達が2005年3月に初めて村々を回った時、村には十分な食料もなく、羊や山羊や鶏などの家畜もほとんど見かけませんでした。青空教室の学校に校舎を建てたいとか、ボランティア教師のための宿舎を建てたいという希望を住民は持っているのですが、このように食料が不足していて元気のない村では、住民参加で校舎や教員住宅を建てることもできません。そこで、私達のプロジェクトでは、まず学校の校長や先生に協力してもらってみんなの生活がよくなるようなコミュニティ開発を実現しよう、そして少し経済的に余裕が出てきたなら住民達に力を合わせて校舎建設などの教育改善に取り組んでもらおうという方針をたてました(図1参照)。
図1:コミュニティ開発と教育改善の2つに同時に取り組む相乗効果
具体的には、シエラレオネ北部のカンビア県で30の小学校と3つの中学校をパイロット校として選び、まず各学校に青年グループの代表や女性グループの代表や地元の職人が参加する「教育とコミュニティ開発委員会」(Education and Community Development Committee、略称ECDC)を設立してもらいました(図2参照)。学校にはすでに「学校運営委員会」という組織があったのですが、学校運営委員会は校長や村の長老が仕切っていて、若い人や女性が参加していないという大きな問題を抱えていましたので、新しい組織を作ってもらうことにしたのです。シエラレオネの内戦の原因の一つに、長老支配に対する若者の反発という要素がありましたので、若者をECDCに取り入れることはどうしても外せない条件でした。
図2:ECDCの構成、役割、原則
そして、ECDCのメンバーに、自分達が主体になってできるコミュニティ開発や教育開発の活動を計画してもらう研修を実施し、活動案・スケジュール・実施体制・予算をまとめたプロポーザルを提出してもらいました。
私達のプロジェクトの支援方法の特徴は、住民に自分達がやりたい活動を自由に提案してもらい、そのためにどうしてもコミュニティでは担えない部分の資金を「ブロック・グラント」の形で2―3回にわけて供与し、住民自身にこの資金を管理してもらいながら活動を実施してもらい、毎月きちんと活動報告と会計報告をしてもらおうという方式にあります。
このように住民組織による活動の計画、実施、評価・反省、反省を生かした改善という、いわゆる「Plan-Do-Seeのサイクル」を繰り返し経験することを通して、住民組織の能力育成を図ろうと私達は考え、3年間を以下の3つのステップにわけて、ステップごとに各ECDCの能力を評価しながら、資金援助の規模も小さな規模から始めてECDCの能力に応じて拡大していくという方針をとりました(図3参照)。
第1ステップ:2006年5月〜10月の6ヶ月間(ブロック・グラント額:約5万円)
第2ステップ:2006年11月〜2007年5月の7ヶ月間
(ブロック・グラント額:住民組織の能力に応じて約50万円か約100万円)
第3ステップ:2007年11月〜2008年4月の6ヶ月間
(ブロック・グラント額:住民組織の能力に応じて約50万円か約100万円)
図3:ECDCの能力に応じてステップ・バイ・ステップで支援拡大
第1ステップでは、外部資金がほとんど必要のない、自助努力中心で実施可能な小規模な活動(たとえば学校菜園や学校のトイレ・台所建設等)を計画・実施してもらい、こちらから各ECDCに渡したブロック・グラントは約5万円でした。多くのECDCが第1ステップで学校菜園に取り組みましたが、そこで収穫された農産物は学校給食に使われただけでなく、ボランティア教師に現物支給されたり、市場で販売して現金を得たりして、第2ステップ以降の活動実施に大いに役立ちました。つまり、食が足りてお金の余裕ができてはじめて、住民たちは第2ステップ以降の学校改善に真剣に取り組めたといえます。
この第1ステップで各ECDCの活動に住民達をどのくらい参加したかどうか(特に若者や女性が意思決定や活動にどれだけ参加したか)、またブロック・グラントをきちんと公明正大かつ効果的に使用したかどうか、報告書や会計書類を毎月きちんとつけていたかどうか、村でのECDCに対する評判はどうか等をチェックすることによって、ECDCの実施能力を判定し、第2ステップでいくらの資金を受け取ることができるかを決めました。つまり、実施能力が高いと判定されたECDCには約100万円のブロック・グラントをつけ、これらのECDCでは主に校舎建設などに取り組みましたが、第1ステップで改善の余地ありと判定されたECDCには約50万円のブロック・グラントしかつけませんでした。なお、資金のミスユースなど深刻な問題が発見されたECDCに対しては、援助停止とし、対象校からはずすこともありうると告げておきましたが、さすがにそこまでひどいECDCはありませんでした。このような「住民組織の実施能力に応じて支援額を拡大していく」というインセンティブの仕組みは住民たちのやる気を刺激し、皆が一丸となってコミュニティ開発に取り組んでくれるという成果につながりました。
写真3:住民とプロポーザルの内容について話し合う学校関連施設担当の吉田啓一団員
なお、第2ステップで約100万円のブロック・グラントを受けたECDCに対しては、第3ステップでは約50万円のブロック・グラントしか供与しないこととし、逆に第1ステップでの実施能力が低く第2ステップで約50万円のブロック・グラントしかもらえなかったECDCに対しては、第2ステップで実施能力の改善が見られた場合に限って第3ステップで約100万円のブロック・グラントを認めるという方針をとりました。その結果、第1ステップの実績が悪かったECDCは第2ステップの約50万円を活用して、各種の所得向上活動(種子銀行、農産物売買、精米機、石鹸作り等)に積極的に取り組んで、コミュニティの経済的な体力を高め、なんとかどのECDCも第3ステップでは約100万円のブロック・グラントを得ることができました。ちなみに第1ステップの約5万円(タイプA活動と呼びます)、第2ステップと第3ステップで約50万円(タイプB活動と呼びます)もしくは約100万円(タイプC活動と呼びます)のブロック・グラントを使って実施された主な活動内容を表1にまとめておきましたので、参考になさってください。
写真4:所得向上活動で石鹸づくりに取り組んだ学校
表1:予算(タイプ)別の主な活動内容
タイプA活動 | タイプB活動 | タイプC活動 |
JICA資金約5万円 +住民寄付金0-370% |
JICA資金約50万円 +住民寄付金0-21% |
JICA資金約100万円 +住民寄付金0-39% |
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このように住民組織の実施能力・実績に応じて支援金額を変えることによって、住民組織のやる気(インセンティブ)をうまく引き出せた点が本プロジェクトの大きな成果といえます。単に住民のニーズに応えるのではなく、がんばった住民組織には支援を増やすというニンジンをぶらさげることによって、住民組織のやる気を刺激し、住民組織が経験を通して自立するための能力を身に付けてもらうことができたわけです。このように住民組織の能力育成(キャパシティ・ディベロップメント)を行うことを本プロジェクトでは重視しており、そのために毎年住民組織を対象に各種の研修(計画立案・プロポーザル作成研修、プロジェクト運営・会計研修、理数科研修、識字研修、農業研修、森林管理研修、保健研修等)を実施しており、また住民組織同士が経験をシェアしながら学びあうワークショップやスタディ・ツアーを実施してきました。
写真5:農業研修で野菜の苗を植える女性達
第3ステップが終わる頃に、あちこちのECDCを訪問してインタビューしましたが、プロジェクトの成果として住民たちが異口同音に話してくれたのは、以下のようなことです。
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このプロジェクトによってコミュニティが一つになって協力しあって活動をやり遂げることを経験することができ、村の結束は強まり、人々はもっと助け合うようになり、また村人全員による民主的話し合いによる解決を学んだおかげで、村が平和になった。
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JICAは他のドナー・NGOと違って、学校に魚(校舎建設等の寄付)を与えてくれたのではなく、学校と地域住民に魚のつり方(所得向上活動)を教えてくれたので、JICAがいなくなっても自分たちだけで活動を継続していける。
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自分たちは学校菜園のような自分たちだけでできる小さな活動から始めてステップ・バイ・ステップに拡大していくというJICAのやり方がとても気に入ったので、まわりのコミュニティにも政府やドナーの援助を待つだけではダメで、自分たちでできる小さな活動から始めなさいと宣伝している。
また、多くの学校が校舎の新設・改修・増築を必要としていましたが、私達のブロック・グラントは最大でも約100万円ですので、それでは校舎を建設するには足りないのではないかという危惧も当初はありました。実際には約100万円のブロック・グラントはセメント等の村では入手できない建築資材を購入したり、熟練大工を雇ったりする資金などに使われ、あとは住民達が自分達で砂や水等の建築資材を集めて現場まで運び、現地の土から日干し煉瓦を作り、それでも足りない部分は住民達から寄付金を募って、最終的には立派な3教室+事務所+倉庫の校舎ができあがりました。
写真6:小学校建設のため日干し煉瓦を積み上げる女性達
世界銀行資金を使ってシエラレオネで実施されているSababu ProjectやNaCSA (National Commission for Social Action) Projectで建てられた同規模の校舎の建設費は、建築業者に委託して約300〜400万円かかっておりますので(Sababu ProjectおよびNaCSAからの聞き取り情報)、私達のアプローチがいかに安上がりに校舎を建てることができたかがわかります。この原因としては、自分がやりたい活動のためには住民達は最大限の努力をしますので、自然と住民参加が活発になったこと、また第1ステップや第2ステップでの所得向上活動のおかげで、私達が出すブロック・グラント以外にコミュニティから寄付金をたくさん集めることができたことがあげられます。ちなみに、私達の約100万円のブロック・グラントに対して、地元の人からは労働力や地元の材料を提供してもらっただけでなく、最大約40%、平均7%の現金寄付が寄せられました(ECDCが提出した会計報告書からの集計結果)。
シエラレオネの教育省の役人達と話をしていると、シエラレオネは貧乏な国だからもっと援助してくれという人が多いのですが、実際には私達のプロジェクトのように住民達のポテンシャルをうまく引き出せば、これまでの1/3〜1/2のコストで学校建設を行うこともできるわけです。現在私達の3年間の経験をとりまとめ、教育省や他のNGOに広めようとしておりますが、この経験を生かしてシエラレオネの人達が少しでも自立への道を歩むことができればと私達は考えております。
なお、私達のプロジェクトにおける学校建設の最大の特徴は、じつはローコストであることではなく、住民が主体となって自分たちの力で学校を建てたことにあります。他ドナーの援助では建築業者に委託して学校を建てるため、コスト高になるだけでなく、住民はまったく建設工事をコントロールすることができず、たとえ工事が遅れていても、建設業者からはなんの説明もなく、ただ待つことしかできません。世界銀行のSababu Project担当者によると、2003年に開始されたSababu Projectによる学校建設の完工率は、2007年6月時点でも60%台にすぎず、建築資材の高騰等さまざまな理由で建設業者は工事を中断したままになっていますが(あまりに工事の遅れが多いため、当初2007年12月に終了予定だったSababu Projectは実施期間が延長されることになりました)、住民は契約の当事者ではないので、なにがどうなっているのかも知らされることがなく、全く無力です。また、建築業者に工事の質について注文をつけたり文句を言いたくなったりしても、やはり建築業者は住民と契約しているわけではないので、住民は何もできないのが実情です。
それに引き換え、私達のアプローチでは、住民達が大工と直接契約して、住民参加型で校舎を建設しますので、住民自身が工事を注文し、監督します。もし問題が生じても、自分たちのプロジェクトですから、自分たちで解決しなければなりません。資材費や運送費が値上がりしたり、大工が勝手に仕様を変えたりしたために、工事費が足りなくなったECDCもありましたが、自分たちで資金を集めてなんとか完工に持っていったのは、私達の方式だと住民がプロジェクトのオーナーだからです。校舎が建設できた後も、自分たちで作った校舎ですから、自分たちでメンテナンスができ、とても大切に使われています。私達は、学校のまわりに花壇を作ることと防風用に果樹等の苗を植えることを勧めましたが、これも地域の人達に学校に愛着を持ってもらう仕掛けとして役に立ったと思われます。
私達のプロジェクトの経験は「教育改善とコミュニティ開発のためのECDCモデル」と呼ばれる開発手法としてとりまとめられましたが、その概要を図4に示しておきます。もっと詳しく知りたい方には、「ECDCモデル紹介書」のダウンロード先を「5:参考サイト・文献」に書いておきますので、ぜひダウンロードしてお読みになっていただければと思います。
図4:教育改善とコミュニティ開発のためのECDCモデルの概要
では、このようにコミュニティ・レベルできわめてうまく住民たちの自助努力を引き出すことに成功した「カンビア県 子供・青年支援調査」ですが、今後の課題としてはどのようなことがあげられるでしょうか?
最大の課題としては、シエラレオネ政府の関与の弱さ、能力の低さがあげられます。シエラレオネは地方分権化を進めており、カンビア県議会(行政機構も含んでいます)がカンビア県における地方自治体として機能することになっていますが、実際には県議会は人材も予算も中央政府やドナーに頼っており、自己財源(地方税等)はほとんどなく、人材もうまくリクルートできず空席のポストが多いのが現状です。コミュニティにしてみれば、県議会の存在感はほとんどなく、なんの便益も受けていないので、税金(人頭税)を払うインセンティブも全くといってよいほどありません。このように県議会はいわばゼロから出発したようなものですので、県議会が今後住民へのサービスを充実させ、住民の生活・経済レベルが向上し、それに比例して税収も増加していくようになるためには、まだまだ長い年月がかかると予想されます。私達のプロジェクトも住民主体のコミュニティ開発には成功しましたが、同じことを今後県議会が自分たちの予算と人材で実施していけるかといえば、まだまだ道は遠いのが実情です。地方分権化を支援するドナーはこれからも息長く県議会とつきあって徐々に人材や予算の強化を行っていく必要があるといえます。
一方、中央政府の弱体ぶりも目を覆わんばかりなのが、シエラレオネ等のポスト紛争国に共通する特徴です。シエラレオネの教育省は私達のアプローチを高く評価してくれましたが、彼らは「自分たちの役割は政策を決めるだけで、実施はしない」と言います。地方分権化を進めていますので、中央政府は政策を決めるだけで、実施は県議会が行うというのなら話はわかるのですが、教育省の言い分は少し違っていて、NGOに私達のアプローチを紹介して、NGOはUNICEF等から資金を得て実施してほしいと言うのです。実は教育省が世界銀行からの資金援助で現在実施しているSababu Projectでも、県ごとに1−2の国際NGOを実施パートナーとして選定して彼らに委託して実施しており、教育省自体は実施にはほとんど関わっていません。同様にUNHCRやUNICEFによるこれまでのシエラレオネに対する援助もほとんどが、政府ではなく国際NGOを通して実施されており、政府は自分たちの役割は方針を承認し、全体の調整をするだけで、現場での実施はNGOに頼めばよいと考えています。
このように緊急援助時代からNGOに頼ってきたため、政府の空洞化とでもいうべき現象が起こっており、先に述べたように県議会が弱体なのもこれまでNGOに実施を頼ってきたつけと言って過言ではないでしょう。開発資金はドナーに頼り、学校建設などの現場レベルの実施はNGOに頼り切っていて、人材もいないため、中央政府は開発のリーダーシップをとるにはほど遠い状況です。シエラレオネの教育省には、教育情報システムを整備するために、UNESCOの専門家が来ていますが、彼の悩みは教育省にカウンターパートが一人もいないため、技術移転する相手がいないことだと話していました。
中央政府や県議会が人材難にあえいでいる理由のひとつは政府の給料が安いという面もありますが、どこの国でも公務員の給料はあまり高くないのが普通です。シエラレオネの場合は、緊急援助時代にUNHCR等の資金援助を受けた国際NGOがローカル・スタッフを高給で雇用したため、能力のある人材は給料の安い政府のために働こうと思わなくなってしまったという「緊急援助時代のバブル」の後遺症をいまだに引きずっているのが大きな原因のように思われます。
4−1.短期的提言(1):ドナー協調で「政府職員能力強化基金」の設立
このようにシエラレオネの中央政府も地方政府も弱体であることの背景には、内戦中の緊急援助が大きく影響しています。緊急援助時には素早く住民に食料や医薬品や住居用テント等を届けなければいけなかったため、当時から弱体だった政府をじっくりと育てている余裕はなかったのでしょう。それは仕方のないことだと思いますが、開発支援の段階に入った今、援助機関はいつまでもNGOに実施を頼るべきではなく、じっくりと政府を育てていく必要があると思います。
幸いなことに、シエラレオネでは、JICAだけでなくUNDP等の他ドナーも、中央政府や地方政府のガバナンス能力を向上させようという取り組みを始めています。このようなドナーの支援がお互いに相乗効果をもたらすことができれば、より早く効果が発現するかと思われますが、残念なことに現在はドナーによって支援の方法に違いがあり、お互いに足を引っ張りあっているような面もあります。以下、少し具体的に説明しておきます。
JICAは技術協力の実施機関として、相手国の自助努力とプロジェクト終了後の持続性を重視し、プロジェクト実施においては相手国にも応分の負担を求めながら、専門家と相手国政府がともに汗を流す(協働する)ことを支援の基本方針としています。したがって、一緒に働くカウンターパート(相手国政府職員)に関わる経費(給料、残業代、会合・セミナー参加費、出張旅費・日当等)はすべて相手国の負担であるのが原則で、相手国がどうしても負担できない場合にはカウンターパートの出張旅費・日当の実費をJICAが負担することもありますが、あくまで例外的措置です。
しかし、UNDPを始めとする多くのドナーは、カウンターパートとなる政府職員に追加給料(トップアップ)をインセンティブとして払い、また出張旅費・日当も実費の倍以上となっているケースが多いようです。このようにインセンティブを与えられた政府職員は、プロジェクト期間中こそよく働くでしょうが、プロジェクト資金が尽きインセンティブがなくなると、やる気を一気になくし、政府を見限って転職する人も多く、プロジェクト自体も雲散霧消してしまうことはアフリカではありふれた話です。相手国政府による自立を促したいJICAはそのような事態を避けるために、カウンターパートにかかる経費はすべて相手国負担を原則としているのですが、現実問題としては、カウンターパートはJICAよりも金銭的なインセンティブの高い他ドナーの仕事をどうしても好む傾向があり、実際私達のシエラレオネのカウンターパートの中にも「UNDPと同じ出張旅費を払ってくれないなら出張しない」と言ってきた人間が何人かいました。
政策レベルでは、ドナー協調や援助プロセスの調和化といった美しい言葉がシエラレオネでも喧伝されていますが、援助の現場の実態はこのようにどろどろしています。現場で泥にまみれている私達から言わせてもらえば、政策レベルで調和化を語るだけでは十分でありません。みみっちい話と思われるかもしれませんが、カウンターパートへの追加給料(トップアップ)や出張旅費等に対する対応をドナー間で統一する必要があるのです。JICAでは原則としてこのようなカウンターパート側の経費を負担できませんので、もしドナーが協調して、政府の弱体なポスト紛争国に限ってはカウンターパートへの追加給料や出張旅費を出すということを認めるのならば、その財源もドナーが協力して用意すべきだと思います。
つまり、財政支援が可能なドナーが協調して、どこのドナーのプロジェクトのカウンターパートへも追加給料(トップアップ)や出張旅費等を支出することが可能な「政府職員能力強化基金」のような基金を相手国の人事院等に創設して、ドナーからの申請に基づいて、すべてのドナー・プロジェクトに従事する中央政府や地方政府の職員が平等・一律にその利益を受けられるようにしてはいかがでしょうか?
もちろんドナーにしてもいつまでも「政府職員能力強化基金」を支援し続けるわけにはいきませんから、政府の財政負担能力が低いポスト紛争国に限った特別措置とし、たとえば10年程度かけて徐々にドナーはフェードアウトし、その分は現地政府が徐々に自己負担していくという形にすることが考えられます。途上国政府がドナーから自立するためには、ドナーは途上国の政府職員の能力向上に取り組むだけでは不十分で、政府職員がドナーの去った後によい待遇を求めて退職してしまわないように、途上国が自前で政府職員の待遇改善を行っていけるように支援していくことも必要だと考えております。
4−2.短期的提言(2):住民を信用し、住民自身による主体的開発を支援するための「コミュニティ開発基金」の設立
シエラレオネの中央政府・地方政府がコミュニティ開発を支援するプロジェクトを自分たちで実施できるようになるためには、このような「政府職員能力強化基金」を活用しながら、ドナーの支援を得て、各種の行政強化プロジェクトを一緒に実施していく経験を積んでいく必要がありますが、同時に政府が住民主体のコミュニティ開発に資金供与を行うための「コミュニティ開発基金」を設立する必要があります。
シエラレオネにはすでに世界銀行資金で設立されたNaCSA (National Commission for Social Action)という社会開発基金がありますが、上述しましたように残念ながら現在のNaCSAは建前としては住民参加を標榜しながらも、実際には住民にはニーズを聞いているだけで、住民自身は実施にはほとんど参加せず、建築業者に委託して社会インフラの整備を行っているのが実情です。したがって、NaCSAをより住民主体のコミュニティ開発を支援する基金へと組織改革を行っていく必要があり、その際に私達が開発したECDCモデルというアプローチが大いに参考になるのではと考えています。
NaCSA改革に当たっての最大の障壁としては、NaCSAの多くのスタッフが地域住民の能力をあまり信用していないという心理的な問題があります。実はこれはNaCSAに限ったことでなく、シエラレオネにいる多くのドナーやNGOも、地域住民が論理的なプロポーザルをつくってきたり、公金をきちんと管理したり、工事をしっかりと運営・管理したりすることはとても無理だと考えているようです。しかし、社会的弱者である若者や女性も平等にメンバーにいれた住民グループを設立し、住民グループに対して研修を行い、小さな規模のプロジェクトから徐々にスケールアップしていって徐々に経験を積ませていけば、住民たちはブロック・グラントを最大限有効に使って、またブロック・グラントで足りない分は自分たちで寄付金や寄付物資を集めてなんとかして、ちゃんとコミュニティ開発を実現してくれることは私達のプロジェクトの3年間の経験が雄弁に物語っています。シエラレオネの住民パワーを信じること、そこからNaCSAの改革は始まると信じておりますので、NaCSAやドナーやNGOの方にはぜひ私達のプロジェクト・サイトを訪問していただき、JICA支援終了後もいかに住民たちが自分たちで活動を継続しているか、また彼らがいかにこのECDCモデルを気に入って自分たち自身で周辺の村々に普及にしようとしているかを見ていただければと思います。まさに百聞は一見にしかずですから。
4−3.中長期的提言:スムーズに開発協力に移行するためには、緊急援助の実施方法の工夫が必要
これまでも繰り返し述べてきましたが、ポスト紛争国での開発協力の難しさは、じつは紛争時の緊急援助に根本原因があることが多いと言えます。表2に、緊急援助と開発協力の主な違いをまとめてみましたが、緊急援助時代のバブルが、高給に慣れた人材が緊急援助が終わるとともに他の緊急援助国へと流出してしまう傾向を生みだし、現地の政府はバブル後の人材不足と海外からの援助頼りという依存心にむしばまれています。
表2:緊急援助と開発協力の主な違い
|
緊急援助 |
開発協力 |
援助期間 |
短期(紛争、天災等の緊急事態の期間中だけ) |
中長期(地道に息長く取り組む必要性が強い) |
資金規模(集金力) |
大(テレビ・キャンペーン等を通して、比較的資金を集めやすい) |
小(地味で目立たない活動のため、緊急援助に比べて資金が集まりにくい) |
援助の主目的 |
人道支援、食料援助、仮設住宅建設、復興支援、等 |
自立支援、能力育成、持続的開発、等 |
実施方法 |
現地の政府が機能していないことが多いため、政府を通さず、直接あるいは国際NGOを通して実施することが主流 |
現地の政府が自分たちで実施できるように能力強化を図りつつ実施 |
緊急援助はあくまで天災や人災等の緊急時だけの応急措置・対処療法にすぎませんので、いつまでも続けるわけにはいかず、いずれは、緊急事態が発生しないような体制づくりのために、あるいは万一発生しても自分達で対応できる体力をつけていくために、開発協力へとシフトしていかなければなりません。その移行の難しさは上述した通りですが、なるべくスムーズに開発協力に移行するためには、緊急援助の段階から少しずつでも自立の芽を育てていくことが大切だと考えています。
そのためには、現地政府を完全に無視したりバイパスして緊急援助を実施したりするのではなく、どんなに小さな役割でもいいから緊急援助にも現地政府を最初から巻き込むことが必要だと考えています。たとえばNGOを緊急援助の実施パートナーとする際には、現地政府の職員を緊急援助の期間そのNGOに出向してもらうようにして、政府職員の育成を図ってみてはいかがでしょうか?
短期的提言(1)においてドナー協調でポスト紛争国を対象に時限立法的な「政府職員能力育成基金」の設立を提案しましたが、このような基金も緊急援助段階から作るべきだと考えており、上記のNGOへ出向した政府職員に対しても適用すればよいのではと考えております。とかく資金調達に苦しみがちな開発協力のドナーですが、より一般にアピールしやすく資金調達も開発協力に比べると容易な緊急援助段階から、資金の5−10%はこのような将来の自立のための投資にあてていただければ、開発協力・自立支援へとよりスムーズにつながるのではないかと考えております。
以上、まだまだ経験不足の私による、十分に練れていない、未熟な提言に過ぎませんので、今後さまざまな援助機関・団体・現場で活躍されている皆様方からさらに教えをいただきながら、少しでも緊急援助から開発協力へとスムーズに移行できる方法を模索できればと考えておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
カンビア県 子供・青年支援調査については、日本語のホームページが下記に公開されていますので、プロジェクトのより詳しい情報や現場写真をご覧になりたい方は、ぜひ一度ホームページをのぞいてみてください。
シエラレオネ国 カンビア県 子供・青年支援調査ホームページ(日本語)
http://project.jica.go.jp/sierraleone/0605498/
また、本調査のアプローチをシエラレオネの政策担当者・ドナー・NGO向けに紹介した「ECDCモデル紹介書」も、以下のホームページからPDFファイルをダウンロードできますので、よろしければぜひダウンロードしてお読みいただければと思います。
ECDC Model Book for Self-Reliant and Sustainable Education and Community Development in Sierra Leone (International Development Center of Japan and KRI International Corp. for Japan International Cooperation Agency: Tokyo, Japan, 2008)
http://project.jica.go.jp/sierraleone/0605498/04/index.html
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2008年8月28日掲載
担当:中村、菅野、宮口、藤澤、迫田、奥村